三匹が鳴く
宿に戻るとまずは銅の塊を探して、魔道具と一緒にバッグへ入れる。まだ、夕方まで時間があるからこの時間に作るつもりだ。道具を持ったら、街行きの服装に着替えて、ミネルとレダも連れてジャネットさんと合流する。
「さあ、行きましょう!」
「はいよ」
ちょっとライズには窮屈だけどくるっと布に包まれてもらう。
《チッ》
《チュン》
さっきから二羽はライズのことが気になるみたい。ちょくちょく見てるけどライズの方は普段見かけないのか、鳥に嫌な思い出があるのか分からないけど、動きがない。私もみんなには仲良くなってもらいたいから、フィアルさんの店に着いたら一緒にさせてみよう。
「さて、店に来たし早速交渉だね」
「それじゃあ、お願いしますね」
「アスカは交渉に参加しないのかい?」
「私はライズのくしを作ってあげたいのでジャネットさんにお任せします」
「はいよ。そっちは協力できないから任せるよ」
「いらっしゃいませ! あら、ジャネットさんとアスカちゃん。本日は夕食ですか?」
「それもいいんだけど、フィアルに用事があってね。今大丈夫かい?」
「仕込みが終わる時間なので大丈夫だと思います。ちょっと呼んできますね。店長~」
ぱたぱたと店員さんがフィアルさんを呼びに行く。それからすぐにフィアルさんが奥から出てきた。
「私に何か用事とのことですが?」
「ちょっと奥を貸してもらえるかい?」
「構いませんが……」
いきなりのことでびっくりするフィアルさんだけど快く通してくれた。私は通してもらうとすぐにマジックバッグから魔道具を取りだして、くし作りを始める。
本格的に交渉はジャネットさんに丸投げの意思表示だ。あんたは……なんて声が聞こえてきたような気がするけど、気にしない気にしない。
「折り入って頼みたいことがあるんだけど……」
「ジャネットから頼みごと何て珍しいですね」
「用件が用件なもんでね。アスカ、こいつ借りるよ」
「はい」
ひょいってジャネットさんがライズを持ち上げるとフィアルさんの目の前に置く。
《ミェ~》
「……これはひょっとして」
「さすがフィアルは博識だ。頼みたいのはこのヴェゼルスシープの子供の世話だよ。あたしたちじゃ依頼中に何があるか分からないし、宿に置いておけるものでもないだろう? あんたの所なら安心だって思ってね」
「まあ、それなりには安全だとは思いますが、営業中はどうします?」
「そんなに騒がしいやつでもないから店の裏とかで飼えないかい?」
「……できないことはないと思いますが」
「なら決まり! アスカ、交渉は終わったよ」
交渉? 聞こえてきた会話だけでも交渉とは無縁の内容だったけど……。私はくし作りに忙しいから知らんぷりしておこう。
「全く強引ですね。ただし条件があります!」
「なんだい?」
「エサ代や小屋を建てるのも費用が掛かります。店裏の私の家を使うことになるでしょうが、費用をもらう代わりにこのヴェゼルスシープの毛を定期的に刈らせてください。もちろん、季節に合った分だけですよ」
「自分の食い扶持は自分で稼ぐもんだし、それぐらいならいいや」
ジャネットさんはあっさり納得しちゃった。でも、ご飯代とか考えたら結構お金もかかるし仕方ないよね。
「では、この件は了承しましょう。ところでアスカはさっきから何に夢中になっているのですか?」
「ああ、このヴェゼルスシープの手入れにくしがいるってんで作ってるんだよ」
「そうですか。こういうことは彼女の方が言って来そうだったのですが、静かだったので気になったので」
「まあ、すぐにくしを作るぐらいにはすでに懐いてるんだけどね」
ジャネットさんの表現だとどっちがどっちに懐いてるんだろう?
「とりあえず、交渉は成立だね。今日はこのまま預けておくから頑張んなよ」
「えっ、家に小屋なんてありませんよ?」
「小屋ならこの後すぐ作りますから大丈夫です」
私はくしを真剣に作っているので、やや生返事になりながらも返答する。
「後はここをこうしてと。持ち手は持ちやすい形でくしの先の方には、飾りを入れていって……」
削り込みを終えて、くしの先を一本一本丸める作業も終わり、後は飾り付けの部分だ。これが羊用と分かってもらうためにくしの中心部には羊を何匹もデフォルメして彫り、持ち手の先の方にも大きめに一匹彫る。こうすれば間違えないだろう。
「ふ~む」
いったん出来上がったくしを肩口まで上げると、光に照らして問題ないか確認する。特に皮膚に触れるくしの先端については痛くないか手のひらでも試してみる。……うん、問題ないみたいだね。
「さあ、ライズおいで~」
私がくしをもって手を広げるとライズはとことことこっちにやってくる。抱っこして膝に乗せると早速、くしを入れてみる。最初は入りが悪いからゆっくりゆっくりやっていく。その内にくしの通りがよくなっていき、少しずつ奥の方まで入れていった。
「どう、気持ちいい?」
《ミェ~》
一声鳴いて気持ちよさそうな返事をすると。とうとう、気になって仕方ないのかミネルたちがライズの横に降り立った。
《チチチッ》
《チュンチュン》
《ミェ~》
三匹が何か話しているようだけど、この会話だけは私にも何を言っているのかわからない。ひょっとするとミネルたちの言っていることが分かる気がするのは、会話を合わせてくれているのかもしれない。
《チュチュン》
会話がしばらく続いた後、ミネルとレダがライズに飛び乗る。毛がふわふわだから沈むこともなく、毛の上に足が乗る感じだ。それにライズも気にした様子がないから、もう仲良しになったのかな?
「お友達ができてよかったね。ライズ」
《ミェ~》
これならライズも寂しくはないだろう。ミネルたちは私が依頼に行く日は家で大人しくしてたり、どこかへ飛んで出かけてたりするみたいだし、遊び相手になってくれるよね。
「ふむ。ヴェゼルスシープは警戒心が強い生き物ですが、敵意は見られないと認めたようですね」
「まあ、こいつは親を亡くしてアスカに助けられたから、例外かもしれないけどね」
「いずれにしてもしばらくは預かりますが、どうするかを後々考えないといけませんね。ライズも独り身では寂しいでしょうし」
「……そうですね。もう少し大きくなって元気になればどうするか選んでもらおうと思います」
そうだよね。一匹で街でいたって結局は寂しいだけだもんね。おんなじヴェゼルスシープの子がいたらいいんだけど、街にはさすがにいないよね。
「まあ、先のことはともかくとして、今はこいつの小屋だね。アスカ、どれぐらいかかりそうだい?」
「本当に簡易的な物なら十分あれば。ちゃんとしたのは結構かかると思います」
「ならいったんは泊まれるぐらいのものを作ればいいね。さすがにこれ以上はしんどいだろう?」
「仕方ないですね。ライズ! 明日、明後日にはもっといいの作るからね」
《ミェ~》
早速私は店の裏手にあるフィアルさんの家へ行って、貰った木を使い小屋を作る。金属でも木でも簡単に加工できるのが魔道具の強みだ。
「最後は屋根の山の部分をパチッとはめ込んだら完成だね。ライズ、可哀そうだけど今日はここで我慢してね。きっと、もっといいのを作るから!」
《ミェ~》
「アスカ。言っておきますが、家に置けるサイズにしてくださいよ」
「先に縄でも張って広さを決めておいた方がいいよ。絶対にでっかいのを持ってきちまうよ」
「そうですね」
ライズも無事に小屋に入ってくれたし、今日のところはお別れだ。
「また、来るからね」
バイバイと挨拶をして別れる。ミネルたちはもっとお話ししたいみたいだから、今日はフィアルさんのところで預かってもらうことになった。
「さてと、あたしたちはギルドだね」
「そうですね」
ギルドに向かうとは言ったものの、実際に用事があるのはその先にある解体場だ。グレートボアの肉の残りもそうだけど、ライズのお母さんの毛も取らないといけないからね。
「こんにちは。クラウスさん居ますか?」
「ああ? なんだアスカか。こんな日にどうした?」
「ちょっと買取希望の物と分けて欲しいものがありまして……」
「ふむ。出して見な」
私とジャネットさんはそれぞれボアと羊を出す。
「ほう! グレートボアとヴェゼルスシープか。良く捕って来たな」
「グレートボアは一部の肉以外は買取で、ヴェゼルスシープも毛と肉の一部は持ち帰りたいです」
「ふむ、グレートボアは各部ごとに解体されてるから、銀貨五枚だな」
高い! そんなにするものなの? 一部はもう食べちゃったけど……。
「ああ、こいつは味もそうだがボアが成長した上位種なもんであんまり数がいないから高いんだよ。うまかっただろ?」
「それはもう!」
「腹んとこと肩から背にかけてが一番うまいんだ」
「なら、そこを半分ずつお願いします」
「相変わらず、高級志向だな。ちょっと待ってな」
クラウスさんはちょっと短めの刀のような刃物を取り出すと、一気にスッと肉を切り分けていく。流石は元冒険者だ。横で見ている他の解体師さんもうんうんと感心している。
「ほらよ。銀貨一枚と大銅貨五枚だ」
結構するなぁ。
「ジャネットはどうするんだ?」
「あたしもちょっともらうとするかね。脂ののったところと薄切りでもうまいところをくれ」
「誰かにあげるんですか?」
たしか、ジャネットさんは肉を食べる時はいつも厚切りにしてたはずだ。
「ああ、ファニーたちとジェーンへの土産にと思ってね」
なるほどなぁ。私もヒューイさんたちにあげようかな?
「クラウスさん。三分割ぐらいにしてもらってもいいですか?」
「構わんぞ。それじゃあ、後で分けた分を渡すぞ。それよりもこっちのヴェゼルスシープだな。噛み跡があるがどうかしたのか?」
私は簡単に会った時の話をする。
「なるほどな。その部分は廃棄するしかないが、他の部分は大丈夫だろう。ちょっと時間が経っているが、貴重なヴェゼルスシープだからな。期待してくれ」
結局、ヴェゼルスシープは肉だけで金貨一枚になった。毛があれば金貨三枚ぐらいになるらしい。味よりも滅多に流通しないから高いのだそうだ。私はちょっとだけ肉をお願いして、解体を終えるともう夕方だった。
「クラウスさんありがとうございました」
「おう、また珍しいのを持ってきてくれ。こっちとしちゃそれだけで満足だからな」
「はい!」
それじゃあと言って、クラウスさんと別れて宿へ戻る。さっきは直ぐに出て行ったから、ようやく帰ってきた感覚だ。