帰宿
宿に帰ったら、ヘレンさんが出迎えてくれた。別に少しぐらいなら待つのに。
「お帰りなさい、大丈夫だった?」
「それは魔物に対して? それとも村人に対してかな?」
「両方?」
「まあ、魔物の方は元々手こずる要素もないから大丈夫だったよ。むしろ、村人の方は大丈夫なのかねぇ……」
「やっぱりですか。近頃の狩人は成りたくてというより、代替わりで無理にやっている人が多くて。グレートボアの件も昔なら狩れてただろうってお父さんも言ってたし」
ヘレンさんも歯痒そうだ。でも、倒せないのはともかく、あの態度は心配だなぁ。依頼を受けてくれる人がいなくなっちゃうよ。
「だとしても、それじゃあ今度出たら冒険者に来てもらわないと行けませんよ?」
「そうなのよねえ。それに依頼を頼むにしても、町まで行かなくちゃいけないし。アルバまでなら大丈夫だと思うけど、誰が行くのかしらね」
「そこまではあたしたちも責任は持てないから頑張れとしか言えないね。誰か冒険者に住んでもらうのが一番だろうけどね」
「こんな村に来てくれる人なんていませんよ。大体、依頼が受けられないじゃないですか」
「まあ、そうだけどね」
「ところでさっきからアスカちゃんが抱えてるそれ、何ですか?」
「子羊ですよ」
間髪いれずに私が答える。
「いや、それはわかるんだけど……」
「ヴェゼルスシープの子供だよ。だけど、村の人間には言わないでくれ」
「どうしてですか?」
「こいつらは簡単に狩れる種族じゃないと言われてる。変に知られたら面倒なことになるよ」
「それは困ります! 黙ってます」
「代わりに触らせてやるから」
そんな約束して大丈夫かなぁ。取り敢えずヴェゼルスシープにじっとしておくように話しかけてみる。ヘレンさんが触るとちょっとびくってしたけど、大丈夫みたい。
「はわぁ~、ふわふわのもこもこですね」
「ですよね。私も気持ち良くって。すぐ撫でちゃうんです」
《ミェ~》
「わっ! ごめんね、くすぐったかった?」
私は慌てて撫でていた手を引っ込めて、膝にごろんと寝かせる。
「なんだかそうしてるとお母さんみたいね」
「確かにね」
「いいお母さんになれますか?」
「甘やかすことだけは確かだね」
「そんなぁ~」
「ふふっ、そろそろご飯の支度をするわね」
そう言うとヘレンさんは家の方に向かっていった。私たちはというとジャネットさんが剣の手入れを、私はヴェゼルスシープの毛繕いをしていた。
「そうだ! ジャネットさん。この子の名前何がいいと思います?」
「名前をまだつけてなかったのかい?」
「すぐに出てこなくて……」
「でもねぇ。アスカに懐いてるんだし、アスカが考えた方がいいんじゃないか?」
「そうなんですけど、案が浮かばなくて……」
「その前にオスかメスが確認したのかい?」
「あっ!? 君はどっちかな?」
改めてジャネットさんに言われて性別を確認してみる。……この子は男の子みたいだ。
「男の子ですね」
「う~ん。それならライズってのはどうだい?」
「ライズ……ライズかぁ。君はどう?」
《ミェ~》
ヴェゼルスシープに確認してみると、嬉しそうに返事をしたので大丈夫だろう。
「よし、君は今日からライズだよ。改めてよろしくね!」
「よろしくなライズ」
名前も決まったことだし、毛繕いを再開したいところだけど、手でするのには限界がある。私としては手でやってもいいんだけど、ライズのことを考えたらきちんとしたくしを用意した方がいいよね。銅を使って塊から切り出したらいいかな?出来るだけ早く作ってあげないとね。
「にしても、こいつをどこに預けるかだねぇ」
「〝鳥の巣〟では無理でしょうか?」
「無理じゃないだろうけど、あそこは冒険者もいっぱい来るからねぇ。あたしたちがいない間に何かあったら責任は持てないよ」
そっか、この子を冒険に連れていくわけにもいかないしね。だったらどこに預ければ……。
「フィアルさんのところはどうでしょう? あそこなら冒険者はそこまで来ないですし、ずっとフィアルさんが付いてますよ!」
「……そこしかないか。あいつに頼みごと何て癪だけど一緒に行くとするか」
「はい!」
一応の引き取り手が決まったところで、夕食の準備ができたと言われ、ヘレンさんの家に向かう。
「こんばんは~」
「はい、こんばんはアスカちゃん」
今日はヘレンさんの家族もちょっと早めに仕事を終えてすでに揃っている。グレートボアの影響がなくなったからか、ちょっと余裕が出ているみたいだ。
「今日は森に入った連中もいたんだろ。どうだったんだい?」
「ああ、やはり今日もウルフが何匹か村の方に来たみたいで、狩人数名で追い払ったよ。数日かけて村側から罠を仕掛けて、少しずつ遠くに伸ばしていく予定さ」
「それができれば安全だろうね。まずは、手前の縄張りを作っちまわないといつまでたっても境界が生まれないからね」
「ジャネットさんは博学ですね。うちの村に欲しいですわ」
「よしてくれよ。単なる経験からなんだから」
「それよりご飯は?」
「こら!」
弟さんはお腹が減って話どころではないらしい。ヘレンさんも先に弟さんに料理を持ってきた。
「はい。今日は後ろ脚のところをローストしたものと、骨周りのところを煮込んだスープよ」
「連続して肉だなんていつ以来かな?」
「良かったね」
「うん。冒険者さんのお陰だよ。ありがとう」
そう言いながらすでにスープに手を付けている弟さん。
「こら! みんな一緒に食べるのよ」
「だってお腹空いたもん!」
「今日は特別よ。明日からはきちんと待ちなさいよ」
「はぁい」
仲のいい親子だな、うらやましい。
「はい、アスカちゃんもジャネットさんもどうぞ」
次に私たちの分が運ばれてくる。昨日と違って、香草を採ってきたらしく、ローストの方もスープの方もちゃんと塩以外の味が付いている。
「美味しい! ちょっとだけローストは固いけど、噛み応えがあって味が後から後から出てくる! スープも鳥とはまた違った味になるし、こっちの肉はすごく柔らかいよ」
「アスカちゃんのこの圧力鍋のお陰よ。どこで買えるのこれ?」
「どうなんでしょう? 私が泊まってる宿の人に作ってもらったんで、売り物なのか分からないんです」
「残念。調理時間も短縮できるし、味も美味しくなるしで気に入ったのに……」
「もし売ってるのだったら、今度持ってきますよ」
「本当! でも高くないかしら。今はそんなに余裕ないし」
「多分、銀貨二枚ぐらいだと思いますよ。鉄製ですし」
「うう~ん。お母さんどう?」
「短い時間で筋肉がほぐれて美味しくなるのならありかしらね。うちはみんなで農業でしょう? 帰ってから料理を作るのは大変だもの」
ヘレンさんのお母さんの許可が出たので、アルバに帰ったら一度相談するということで話はまとまった。
「ごちそうさまでした」
美味しい料理の時間は終わって、後は寝るだけだ。目的のヴェゼルスシープの毛も手に入ったし、明日は宿を発つことも伝えてある。
「それじゃあ、一緒に寝ようねライズ」
《ミェ~》
私は簡単に桶で洗ってあげたライズと一緒に布団にもぐりこんだ。
「アスカ、朝だよ!」
「ふぇ?」
「全く、ライズの毛が気持ちいいからっていつまで寝る気だい?」
「ん~、ジャネットさん今何時ですか?」
「さあね。多分九時ぐらいだろう」
「本当ですか! すぐに帰りましょう」
昨日の話では八時には出るって話をしていたのにすっかり遅くなってしまった。私はあわてて身体を起こすとささっと着替える。
「さっ、行くよライズ。途中で疲れたら言ってね。抱っこしてあげるから」
「はぁ、本当にアスカは過保護な親だねぇ」
「でも、まだまだ子どもですしこの子」
そう言いながら食堂へ下りる。
「アスカちゃん起きたのね。ちょっとだけど、朝ご飯があるから食べていって」
「お仕事もあるのにこの時間まですいません」
「良いのよ。村としても家としてもお世話になったからね。この宿も掃除してみてきちんとしなきゃって思えたし」
「まあ、あたしから見てもひどい状態だったからねぇ」
「その節はすみません」
「それじゃあ遠慮なく」
私は用意された朝ご飯を食べて、改めてヘレンさんにお礼を言って宿を出発した。帰り道も街道沿いに進んでいく。
「当然ですけど、こっち側では何も出ませんね」
「西側は今も初心者でも制限のない場所だからねぇ」
魔物に出会わなければ採取も簡単そうだ。まあ、今日はしないけどね。それから分岐のところを通り過ぎ、湖伝いに街道を進んでいく。森の横を通り過ぎ、林を越えて町が見えてきた。
「ようやく帰ってきましたね」
「たかだか二日で何言ってんだい?」
「でも、こういう何日かかるか分からないことは初めてでしたし……」
「それでも運良く二日で終わっただろ?」
「そうなんですけどね」
そんな会話をしながら町へ近づいていく。
「おっ、最近こっちで見かけるのは久しぶりだなアスカ!」
「門番さん! お元気ですか?」
「ああ、東側はたまに旅人に呼び出されることもあるけどな。おかげでみんな訓練も真剣になるようになったよ」
「頼むよ。あんたらがしっかりしないと、街の奴らも不安になっちまうんだから」
「おう。新人だとビビってるやつもいるが、俺たちは大丈夫だ。任せとけ」
自信げに言う門番さんと別れて、二日振りに私たちはアルバへ帰ってきた。私たちは荷物を置きにそのまま宿へ直行する。ちょっとだけ準備をしてからフィアルさんのところへ向かうのだ。