捜索2日目
「ふわぁ~。おはようございます~」
「おはようさん。アスカは寝つき良いんだね」
「床に直でも寝れますよ」
昨日、宿に戻って寝ようとした私たちはちょっとびっくりした。あまり部屋を見ていなかったのもあるけど、ベッドがなくて布団を敷いた雑魚寝だったのだ。とはいえ、ベッドといっても質の悪いものは逆に体を痛めてしまうし、前世が日本人だった私からすればなくても問題ない。
「そりゃよかったよ。ベッドなしの宿も普通だからね」
「まあ、ちゃんとしたのは高いですしね」
「そうそう。フィアルもベッドじゃないけど、店を開く時に家具を買ってたら思ったより高いって愚痴を言ってたからね。ここの宿にベッドを揃えてたら、たちまち廃業だろうね」
久し振りに客が来たって言ってたぐらいだしね。
「それじゃ、準備して下りましょうか?」
「ああ」
一階へ下りると昨日とは違ってきちんとテーブルと椅子が用意されていた。というか、受付兼食堂だったんだここ。
「あっ、おはようございます! 昨日の残りですけど、お食事できてますよ」
出てきたのは昨日の野菜スープと”パン”だった。
「パン、パンですか……」
「おい、アスカ。ここはアルバじゃないって分かるよな?」
「どうかしました?」
「い、いや。ありがとなヘレン」
「あ、野菜スープ美味しい。うっ、パン……そうだよねパンだよね」
「アスカちゃん、どうかしたんですか?」
「ああ、気にしないでくれ。こいつ贅沢なんだ」
「お姉さんは大変ですね」
「まあね。ほらアスカ。飯は食べ終わっただろ。さっさと行くよ」
「はい……」
気を取り直して用意をしたら宿を後にする。昨日は村を出て真っ直ぐ西に進んでいったけど、目的のヴェゼルスシープには出会えなかった。そのため今日は村を出たらすぐ北に出て少しずつ西へ進む予定だ。こうやって様々なところを回ればいずれは出てくるだろう。
「それにしても本当にのどかでいいところですね」
「ちょっと前まではアルバもこれに近い感じだったんだけどね。ギルドの酒場といえば、適当な冒険者がぐだってだべるだけの場所だったのにさ。今じゃ、Cランク冒険者がそこそこ集まる街になっちまって」
「確かに。昔いた人も今は見かけない人が結構いますね」
「オークまでしか相手に出来ない冒険者は儲けるのが難しくなっちまったからねぇ。若けりゃそれでもまだいいんだろうけど、ちょっと旬を過ぎたやつらにはきついんだろうね」
「ちょっと寂しいですね……」
「ほら、そんなこと言ってないでさっさと進むよ。今日こそ姿くらいは見ないとね」
「はい」
道を北にずれて進んでいく。途中でお昼を食べて私たちはさらに先へと進んでいく。獣道しかないけど、逆にこういう道の方が捜すなら良いのかもしれない。
「!」
森を進んでいるとガサガサと音がしたので、私たちは緊張した面持ちで前方の様子をうかがう。
《クメェー》
《ウォン》
鳴き声からどうやら少なくとも二種類の魔物がいる様だ。私はジャネットさんと目で合図して、どうなっているか風魔法で空から見てみる。
「これは……」
そこにはウルフの群れに襲われる羊がいた。多分あれがヴェゼルスシープなんだろうけど……。
「足が速いって聞いていたのにどうして?」
ヴェゼルスシープを見てみると、足元には小さい子どもがいる。その子どもが怪我をしているみたいで、逃げ出すことが出来なかったようだ。
「助けなきゃ!」
とっさに思い浮かんだ通りに私は行動する。まずはヴェゼルスシープとウルフの間にウィンドカッターを放ち、第三者がいるということを示す。そしてこっちを向いた瞬間がチャンスだ。
「ウィンド!」
ヴェゼルスシープを巻き込むように風を巻き上げ、こちらに吹き飛ばす。そして地面に叩きつけられないように続いて魔法をかける。
「ウィンドバリア」
木の陰に隠れるように親子を降ろし、私はウルフに向き合う。
「悪いけど、この先には行かせない!」
「やれやれ、後でちゃんと説明しなよ」
「はい」
ジャネットさんと十一匹のウルフの群れを相手にする。しかし、多少動きは早いとはいえ三桁に届くかどうかの速さしかないウルフではジャネットさんの動きについてこれない。もちろん私の魔法にも……。
「ファイア!」
私は数匹のウルフが倒れた後に火の魔法を使う。これで実力差も分かり、炎を見れば逃げ出すだろう。
《キャンキャン》
予想通り、半数に及ぶ五体が倒れた後にウルフたちは逃げ出していった。
「ふぅ、終わったね。さてアスカ説明を……」
「ちょっとだけ待ってください」
私はジャネットさんに断りを入れると、ヴェゼルスシープの親子のもとに向かう。
《ミェー》
必死に子どもが私の前に立ちはだかる。
「大丈夫。お母さんを治してあげるからね。エリアヒール!」
私は親子に向けてエリアヒールを掛ける。しかし、子どもの方は順調に治っていくけど、親の方には効果がない。慌てて脈を診ると微かに動いているだけだ。魔力による回復も万能ではない。残念だけど、これてまは助からない。
「ごめんね。助けられたのは貴方だけみたい……」
《クメェー》
最後に大きく私たちに向かって鳴いた後、お母さんヴェゼルスシープは息を引き取った。
「こっちは片付いたけどどうするんだいそいつ?」
「何とか誰かに育ててもらいたいんですけど、駄目ですかね?」
「駄目じゃないよ。元々は毛を取りに来ただけだしね。でも、ヴェゼルスシープの毛は高いからワインツ村じゃ誰かにさらわれちまうだろうね」
「そんな……」
「まあ、一先ず目標は達成したことだし、戻ろうか」
そう言ってジャネットさんは、ヴェゼルスシープをマジックバッグに仕舞って来た道を戻り始める。お墓を作ってあげたかったけど、今は毛も必要だし、持ち帰らないといけない。
「ごめんね。守ってあげるからついてきて」
私が歩き始めるとゆっくりとまだ全長三十センチほどの小さい子がついて来る。
「そうだ。抱っこしてあげるね!」
最初こそちょっと嫌がる素振りを見せたものの、後は大人しく抱っこされていた。目的は果たしたからもう帰ってもいいんだけど、さすがにもう暗くなるのでもう一泊だ。
「ようやく村ですね~」
「ああ、重くないかい? そいつ」
「ちょっとだけ。でも、すやすや寝てますし起こしちゃ悪いと思って」
「案外図太いやつだね」
「きっと疲れてるんだと思います。今日は消化のいいものにしないと」
「アスカは色々手懐けるねぇ」
「普通ですよ」
村まで来ると、村人が私たちに駆け寄ってくる。
「あんたたちがグレートボアを倒したんだって?」
「ヘレンのとこから聞いたのかい?」
「ああ、それで一応現物を確認したいんだが……」
「あたしたちは冒険者だよ? なんでそんな面倒なことを……」
「申し訳ないが村の若いやつらが本当か確認したいと言ってな。すまんな」
「おお~い。デンさん、そいつらかい?」
《ミェ~》
あらら、周りがうるさいからヴェゼルスシープが起きちゃった。もう~。
「ほらほら、知らない人が一杯だからこれ被ってようね~」
私は荷物からストールを取り出すとヴェゼルスシープに掛けてあげた。
「あんたは?」
「この村の猟師だ。疑うわけじゃないが、村の安全のことなんでね」
やたら上からだけど、昨日のヘレン一家の話だと、そもそもこの人たちが倒せなかったんじゃないの。ジャネットさんも少し気にさわったのか乱暴に答える。
「ああ、倒したよ。一撃であっさりとね」
「そんな! 見せてみろ!」
「お、おい。もっと丁寧に……」
「ヘレンさんとこは信じたようだが、俺たちが四人ががりで逃した獲物だ。実物を見るまでは信じられない」
「やれやれ、あんたは冒険者じゃなくて良かったね。ほらよっ!」
「どういう……うわっ!」
ジャネットさんがマジックバッグからグレートボアの後ろ足を男に投げつけた。慌てて受け止めた男だったけど、血抜きされているとはいえ、服に血がついてる。
「何をする!」
「お前が見たいって言ったんだろ? よく見なよ」
「くっ」
「おお、この足首の太さ。皮があれば通常より遥かに大きい!」
「だけど、他にもいるかもしれないだろ!」
「そんなこと言われてもねぇ。あたしたちは偶然出会っただけだし、依頼も受けてないからね」
「ほら見ろ!」
「止めんか! 本来は村のものが始末をつけるところなんじゃぞ? 運良く依頼もなしに退治して頂いたというのに」
「俺たちだって手は抜いてない! ウルフぐらいなら遅れはとらない」
ウルフなら初心者時代の私でも倒したけどね。一般人の強さを垣間見たなぁ。
「そういえば今日はウルフの群れと遭いましたけどこの辺でも良く来るんですか?」
「い、いや。あまり見ないな。何匹ぐらいいましたかな?」
「十一匹位でしょうか?」
「本当ですか! 重ねて有難うございます」
おじさんは深々と頭を下げる。大したことじゃないと思うけどな。
「お前らさっきから本当だろうな?」
「なら、面倒だし試してみるかい?」
ジャネットさんが剣に手をかけると男は一瞬で狼狽える。まあ、四人がかりで倒せなかった魔物を二人で倒したんだから、それが本当だったら戦いたくないよね。
「い、いや。それは……」
「分かったらさっさとそれを返しな!」
ジャネットさんが男から後ろ足を取り返すとおじさんに向き直る。
「昨日ヘレンの家で聞いた話によると、しばらく狩りには出てないんだろ?」
「え、ええ。田畑を荒らされてそちらで手一杯でしたので……」
「なら、邪魔なグレートボアがいなくなって縄張りを広げようとしてるのかもしれないね。明日からでも猟師を森にいかせて、威嚇と罠を置いて危ないと思わせるべきだよ」
「確かにそうですな。いやいや、アドバイスまで頂いて有難うございます」
「いや、あたしもそこそこ田舎の出だからね。あんたらの辛さは分かるよ」
もう一度、有難うございますとおじさんにお礼を言われた。若者の方はまだなにか言いたげだったけど、おじさんに足を踏まれて黙っていた。
「とんだ帰りだったね~」
人もいなくなってヴェゼルスシープに掛けたストールを外してやる。この子の種族名は長いし、名前考えて上げないとね。そんなことを考えながら私たちは宿についた。