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初めての外食

「やっぱり色々あるなぁ~。どこに入ろうか迷っちゃうな」


 初めての外食ということでそわそわしている私だけど、これが良くないことは分かっている。さっきからどんどんお客さんが店に入ってるんだよね。


「このままだと店内が混み合って食事の時間が遅くなっちゃうよね。でも、どこに入ればいいのか……」


 そう決めかねている時だった。背後から声がかけられる。


「ねえ君一人なの? 俺と一緒にどこか行こうぜ!」


 どこにでもこういう人っているんだなぁ。といってもこういう風に声をかけられたのは初めてで、漫画とかで見るだけだったけど。


「い、いえ。ちょっと悩んでるだけですので」


「そんなこと言わずにさ~」


「……おい!」


「ねえねえ~」


「本当にいいですから……」


「おい! そこの男!」


「なんだ。俺は今忙し……ジャ、ジャネット!」


「ジャネットさんだろう? あたしの知り合いに何か用かいデルン。客引きでもなさそうだけど、あんたにそんな暇があるのかい?」


「ちっ、分かってるよ! 金は今度まとめて返す」


 ジャネットさんというお姉さんの知り合いの男はばつが悪そうに去っていった。よかった~、なかなか諦めてくれなさそうだったし。


「あの、ありがとうございました」


 私は改めてお礼をと思い頭を下げる。


「よしてくれよ。いつも世話になってるからね」


 お世話なんてしたっけと思って、ジャネットさんの顔をもう一度よく見てみる。あれ、どこかで……鳥の巣に泊まってる人だ! いつもは部屋着で冒険者姿を見たのは初めてだからわからなかった。


「や、宿に泊まってくれてる方ですよね?」


「そうそう、変なのに絡まれて災難だったね。ところで一人でどうしてこっちに? 仕入れ市場はあっちだよ」


 ジャネットさんの指した先は東でも通りを一つ外れたところだ。そこには青果がずらりと並んでいる。


「あの、ジャネットさんは知らないかもですが、私も一応冒険者なので。今日は買い物のついでにお昼を食べに来たんです」


「えっ!? あ、いや。確かそういう話をエレンから聞いたような気がするね。じゃあ、一緒に食うか? 私も今から昼なんだよ」


「いいんですか! 実はこの町だと宿でしか食べたことがなくてお店を選ぶのに困ってたんです」


「そういうことなら任せな。持ち合わせはあるか?」


「はい!」


 本当はお金を貯めたいところだけど、初めての外食だ。嫌な思い出にはしたくないと元気よく答える。さすがに初外食はこげた料理でしたっていうのは嫌だからね。


「ここだよ」


 ジャネットさんに連れられて入ったのは大通りから外れて、南に下ったところの店だった。外装は店というより邸って感じかも。


「ここですか? 他の店とはちょっと違う店構えですね」


「おお、分かるかい! ここの店主とは仲良くってな。たまに来るんだよ。こういう店だと私みたいな格好の奴は歓迎されないんだけどな」


 そう言って笑うジャネットさん。そんな彼女の格好はというと、背中に長剣、服はジーンズのようなものに上は半そで。鎧は胸と腕と足が金属で他はレザーだ。いわゆる冒険者です! って感じの姿に紫の髪を肩までで切りそろえている。


「それじゃあ入るよ」


「はい」


 カランカラーン


 おっ、ベルの音が入店の合図なんだこの店。おしゃれだな。


「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか? ……これはジャネット様、ようこそいらっしゃいました。二名様ですね」


「ああ、よろしく」


「では、こちらに……」


 綺麗な格好をした男の人に連れて入ったのは、入り口からすぐの階段を登ったところにある個室だ。何だかすごい店だなあと、私がきょろきょろしているとジャネットさんが面白そうにしている。


「こういうとこは初めてだったのかい? てっきり慣れてると思ってたんだけどね」


「ど、どうしてですか?」


「だって、宿の奴も街の奴らもお前さんはどこかの商人か貴族の娘が労働体験に来てるって思ってるよ」


「そんなぁ~。私はこれでも冒険者なのに……」


「あっはっはっ。冒険者って言いたいなら、せめて休みの日だからって装備を全部置いてくるんじゃなくて、それなりの格好をするもんさ。あの宿じゃありえないだろうけど、安宿だと物が盗まれたり、店主が勝手に部屋に入るような信頼できない奴だったりするんだよ」


「ええっ!? そんなひどい!」


「そういうところが世間知らずのお嬢様って言われてるんだよ。これぐらいこの国どころか世界中の常識だよ」


「比較的安全な世界って聞いてきたのに……」


 ジャネットさんには聞こえないようにつぶやく。だけど、よくよく考えればこういった魔物もいる世界じゃこれが安全な方かもしれない。アラシェル様も最初は結構物騒な世界を勧めてきたし……。


「そういえばあんた名前は? 宿じゃあんまりあたしはあんたを見ないからさ」


「あっ、ごめんなさい。アスカっていいます」


「アスカね。これからよろしくな!」


「はい、こちらこそ!」


 ジャネットさんと握手をして自己紹介をする。さっきも変な勧誘から助けてくれたしとってもいい人だ。でも、さっきの変な男の人とも知り合いみたいだったけど……。


「そういえばジャネットさんはさっきの人と知り合いなんですか?」


「さっきの? ああ、デルンのことか。あいつとは昔、何人かでパーティーを組んでたことがあったのさ」


「パーティーですか?」


「ああ、あたしは見た通り剣士。デルンは斥候で……要は探索や探知要員だね。後はもう一人剣士と弓使いがいてね。ここや王都に近い町のところで依頼を受けてたのさ。だけど、ある時に戦闘で剣士が死んでね。さすがに前衛一人で後衛二人の面倒も見れないし、新しい奴も見つかんなくて解散したんだよ」


「……」


 分かってたんだけど、やっぱり戦いって怖いんだな。私はまだ二回しか経験がないけど死んじゃうなんて……。


「そう悲しい顔をするなよ。冒険者を。ただね、解散の報告で困ったことになったのさ。私たちはそれぞれ別のパーティーや町に行くことになってたんだが、デルンだけは決まらなくてね」


「どうしてですか?」


「あたしたちはその時、オーガの群れ十二体と出遭うルートにいた。流石に数が多いし、あいつらは硬いからいったん引こうってなったんだ。けど、デルンがこの先のことを考えたら戦うべきだって主張してね。あたしは反対したんだけど、その剣士の……リーダーだった奴がその一言で乗り気になって戦ったのさ」


「そ、それで?」


「結果は何とか勝てたけどみんなぼろぼろ。デルンは身のこなしが素早いから致命傷はなかったけど、それでも足を怪我してた。弓使いの奴も弓が折れて最後は短剣。あたしも片腕は使い物にならなくなった。……まあ、大枚はたいてこうして治ったけどね。そして、リーダーは何とかしようとオーガが半分になったところで入り込みすぎて死んだ」


 そこで、ジャネットさんは言葉をいったん区切る。あまり思い出したくないのに悪いことを聞いちゃったな。


「そんでもって、パーティーは一蓮托生だ。死亡や離脱があればギルドに必ず詳細な状況を報告しないといけない。そこでリーダーは死んでたからペナルティはなかったけど、デルンは無謀にも戦いを挑んだって言う経歴が付いた。それも、自分が前衛や後衛の魔術師じゃない。敵の戦力がどれぐらいが見極めるための斥候だ」


 やるせない表情でジャネットさんが語る。デルンという人は危険を遠ざけるための人だ。そんな人がみんなを一番危険な状況に追いやったんだ。もちろん、リーダーの人の判断が最終的にはあったとしても……。


「当然ギルドは怒った。あたしたちのパーティーは割と仕事も早くて評判が良かったからね。そこでデルンは新たにパーティーを組む場合は当該の事件を話して組むこと、というペナルティが付いたのさ。勿論、それを聞いて組んでやろうなんてもの好きはいなかったね。あたしだって話しを聞けばお断りさ。そんで、半年ほど経ってこの町にあいつが現れたと思ったら、冒険者をやめて店を出すからちょっと金を貸して欲しいって言われてね。目利きはある方だったから貸したんだけどねぇ」


 これじゃあ戻ってこないかもねと寂しそうにつぶやく。きっと、ジャネットさんたちのパーティーはお互いを信用していたんだろう。反対していてもリーダーの人の意見に従うぐらいには積み上げてきたものがあったんだな。


「じゃあ、今はジャネットさんもどこかのパーティーに?」


「いいや、あたしは組んだり組まなかったり。よくないことなんだけどさぁ、どうしても比べちゃってね」


 私が言葉を探しているとふいに扉がノックされる。


「なんだい?」


「お料理をお持ちしました」


「入ってくれ」


 男の人がカートに料理を乗せて持ってきてくれた。遠目から見てもとっても美味しそうだ。肉に野菜にスープに……パンもある。


「どうだ、すごいだろ? ここの料理はかなりのもんだよ。レディトにいた時も色々な店に行ったけど、ここのが美味しいね」


「ありがとうございます。後で、店長が来るということでした。それではごゆっくり」


 料理を運んできた人が出ていくと、さっきの会話で気になったことがあったので聞いてみた。


「レディト?」


「あんた、レディトも知らないのか? 王都とこの町の中間にある都市さ。ここよりも大きいよ」


「へぇ~、いつかいってみたいな~」


「そん時はあたしにも声をかけてくれよ。ちゃんと案内するからな」


「はい!」


「じゃあ、折角の料理が冷めないうちに食べるとするか!」


 私とジャネットさんは出された料理に手を伸ばす。ジャネットさんは豪快にナイフを使って肉を切り分け食べている。私はナイフとフォークでスッスッと小さく切り分けてから食べていく。するとなぜかジャネットさんがこちらをじーっと見ていた。


「なあ、本当にどこかの商家の娘とかじゃないんだよな?」


「違いますよ~」


 みんな何なんだろう。ただの病弱っ子に。それにしても本当にこのお店の料理は美味しい。肉も柔らかいし、野菜も新鮮だ。きっと今日の朝市で買ってきたものなんだろう。


「本当に美味しいですね」


「ああ、それにここはパンもひと工夫してあるんだ!」


 ジャネットさんがパンをちぎって見せてくれる。あれっ? 今までのパンと違って柔らかそうだ。


「わ、私も!」


 ぐに~


 割れた! ちょっと力が必要だったけど、フランスパンぐらいだ。これなら私でもちぎれる! 感動しているとジャネットさんがまた面白そうにしている。


「そんなパン一つぐらいで……」


「でもでも、これまで食べてきたパンはもっと硬くて正直あんまり美味しくなかったんです」


「だろ? ここのはどうやってるか知らないが、柔らかくて気にいってるんだ」


 パンに感動していると、またドアがノックされた。今度は何の用なんだろう?



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― 新着の感想 ―
やはり危惧した通りナンパ野郎が現れたか~ アスカの見た目がかなり良いから、今後もそういうトラブルが多そうだな… パーティー組むならジャネットさんみたいな頼れる女性とじゃないと色々と危険そうだ
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