2人旅
「へぇ~、それでわざわざ食堂で待ち伏せしてたんだね」
夕食の時間になり私はジャネットさんを捕まえてジュールさんから聞いた話をジャネットさんにしていた。
「確かにあの地方にはヴェゼルスシープって種類のがいるよ。だけど、難しいと思うけどねぇ」
「ジャネットさんも知ってるんですか、その魔物?」
「ああ。初心者でも狩れそうな弱い魔物だよ。大きさは一メートルぐらい。ただし、その速さが曲者で狩るとなるとなかなか難しいんだよねぇ……」
「ちなみに討伐経験はあります?」
「ないね。あの頃の私たちじゃ追いつけないし、罠を張るにも金銭的に厳しかったからね。そもそも生息数も少なくて空振りも多いんだよ」
「思ったより難しいんですね」
「なんでまた手を出す気になったんだい? アスカならベルネスで布を買えばいいだけだろ?」
「ちょっと耳貸してください……」
私はエステルさんに聞こえないように経緯を話す。一応彼女も関係者だし、びっくりさせたいしね。
「へぇ~、また変わったことを思いついたもんだね。ま、リーダーがそういうんならちょっと協力してやるかね」
「本当ですか!」
「ああ。そうと決まれば次の依頼は調査依頼にして、軽めに回って帰ってくるとするか。その次の日には出発だよ」
「えっ、二人は?」
「警戒心の強い魔物相手に四人は多すぎるよ。アスカが足止めしてあたしが一気にとどめを刺す。別に強い魔物じゃないんだからこれで十分だよ」
「何だか二人に悪いです」
「そんなこと言っても向き不向きがあるからね。たまにはいいじゃないか」
「……そうですね。よろしくお願いします!」
その後は、必要なもののすり合わせをしてお開きになった。罠といっても私たちは使えないし、変に使っては回収が難しくなるので、私が弓でジャネットさんが短剣を使うことになった。
「でも、これでぬいぐるみのめどは立ったし、頑張らないとね!」
心配なのはそこまで数がいないということだけど、数日かける予定だし何とかなるかな?
そんなわけでやってきました。ワインツ村行き当日! 昨日はリュートたちが不審に思うぐらいのサクサクっぷりの依頼だった。朝出たと思ったら北側に進んで、湖までノンストップ。簡単に休憩を取ったら、街道まで出て少し南に行ってお昼ご飯。
そこからちょっとだけ薬草を探しながら昼の十四時にはギルドまで戻ってきた。当然戦闘という戦闘もなく、四人で銀貨五枚という、ここ最近では最低の収入を叩き出したのだった。
「本当に昨日はあれでよかったんでしょうか? ノヴァとかずっと文句言ってましたよ?」
「まあ、ああいう日もあるって思ってもらわないとね。実際には体調が悪いやつがいて引き返すことだって今後は出るだろうし」
「でも、実際はこっちの事情ですよね」
「そこはほら、だまされる方が悪いのさ。それに今日行ったからってヴェゼルスシープに会えるとも限らないんだよ? 期日があるなら、最大限の努力をしなくちゃねぇ」
「それはそうなんですけど……」
「まあ、済んだことは仕方ないじゃないか。さっさと出発するよ」
「はい!」
気持ちを切り替えて私はジャネットさんの後をついていく。かつて、薬草を採っていた林や森を越えて少し休憩してから、北側の湖に沿って進んでいく。
「おっ、分岐だね。ここから真っ直ぐだと港町の方へ。北側に進むとワインツ村方面だね」
「以前に一度だけ来ましたけど、あからさまに道の整備状態が違いますよね。港町方面は綺麗な道で馬車もすれ違えそうですけど、村の方は一台通るのがやっとですね」
「まっ、それだけその先には何もないってことさ。さて、いくとするよ」
再びとてててとジャネットさんの後をついていく。ちなみに街道を進んでいるのでいまだに魔物とは出会っていない。最近東側は魔物が増えたけど、西の方はまだまだ問題ないみたいだ。
「ん、看板があるねぇ」
「看板ですか? 前に行った時にはあったかなぁ」
気になって看板のところへ行くとこう書いてあった。『最近魔物多し、注意!』
「これ、案内板じゃないですね」
「今回のヴェゼルスシープを狩る件はちょっと気を付けた方がいいかもね」
ジャネットさんと気を付けようと会話を交わし、そこから十分ほど歩くと村に着いた。
「ワインツ村ってアルバの近くですけど小さい村ですよね」
人口は百人ぐらいだろうか? レンガ作りの家がぽつぽつと並んでいる。面白いのは必ず家の周りのどこかに畑が置かれているということだ。土地があるからできることなんだろうけど、アルバではあんまり見ない。
「おや、見かけない人だね。異国の人かな?」
「いや、あたしたちはアルバから来た冒険者だよ。こっちの子はちょっと離れたところからだけどね」
「そうですか。あまり人も来ない村ですので……もし泊まられるなら宿は奥ですので」
「おじさんありがとう!」
「じゃあ、先に宿に行くとするか」
「はい!」
私たちは案内された宿に向かっていく。ジャネットさんが言うにはこの程度の村なら、基本的に宿は一つだって。私のことに気が付かなかったし、あのおじさんは以前依頼を受けた時には見なかった人なのかな?
「こんにちは~」
教えてもらった宿に入ってみるものの、中には誰もいなかった。
「変ですね。誰もいませんよ?」
「あ~、アスカはこういう村の宿は初めてかい?」
「そうですけど」
「なら見ときなよ。誰かいるか~!」
大声でジャネットさんが叫ぶ。しばらくしてどたどたと音が聞こえてきた。
「はいは~い。ただいま」
走ってきたのは手に土をつけたお姉さんだった。さっきまで農作業でもしていたのだろうか?
「今日から……そうだね。とりあえず、二日ほど泊まりたいんだけど」
「二日ですね。部屋は一つでいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「よかった~。今、魔物のせいでみんな忙しくて。二部屋も掃除する時間取れないんです!」
「そうなんですね……そうだ! お部屋見せてもらえませんか?」
どんな部屋か気になった私お願いすると思いもよらない返事をもらう。
「あまりお客様が来られないので、お掃除から始めないといけないんです。それでも代々続く宿なのでこうして残してるんですけど……」
申し訳なさそうにお姉さんが言う。ちらりと受付を見回すと確かにこの辺も埃っぽい。数日に一度どころではなくしばらくの間、手入れされていないようだ。
「それなら任せてもらっていいので、一回案内してもらえませんか?」
「……はい」
うわぁ~、見られちゃうか~なんて言いながらお姉さんが先導してくれる。廊下には蜘蛛の巣があったりして、代々続いている割にぞんざいな扱いだ。裏を返せばそれだけ人が来ない村なんだろう。
「つ、着きました~」
連れて来られたところは階段上ってすぐの部屋だった。
「これは……埃積もってるですね」
思わず変な口調になってしまった。一部屋といってもこの部屋の掃除がすぐに終わるのだろうか? もう十四時頃だし無理なんじゃ……。
「と、とりあえず窓だけでも開けますね。げほっごほっ」
埃を吸いながら窓を開けたお姉さんはせき込みながら戻ってきた。
「息止めてな。こっちに埃飛んできちまうよ」
「すみません」
「と、とりあえず埃飛ばしちゃいますね」
私はまず、目に見える埃だけを風魔法で集めて窓の外に飛ばす。続いてちょっと強めに風を起こして、軽くこびりついた埃を飛ばしていく。
「す、すごいですぅ~」
「あんたの尻拭いでなければね」
「ごめんなさい……でも、これで素泊まりなら大丈夫ですね!」
「ご飯ないんですか?」
「そ、そのう、厨房は全く手つかずで……」
「仕方ないね。地方の村だとこういうこともあるさ」
「でも、私たちそんなに食料ありませんよ?」
「保存食で済ますしかないね」
「で、でしたら! お掃除の手伝いもしてもらいましたし、うちで食べませんか?」
「良いんですか?」
「とはいってもそこら辺の野菜とかですけど……」
「いや、ありがたいよ。アスカのお陰で助かったね」
「それじゃ、私たちは一度外に出ますから、ここの掃除はお任せしますね」
「任せてください。ここまでしてもらったら後は拭くだけですから!」
こうして、宿のことはお姉さんにお任せして私たちは当初の目的通り、ヴェゼルスシープ探しに向かったのだった。