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パーティー

 眠れない夜を過ごした後、普段通りを装い二日を過ごした。いよいよ今日はジャネットさんの誕生日だ。私は昨日から準備をして予定の時間を待っている。今日は夕方十七時からフィアルさんの店でパーティーなのだ。


「早く、時間にならないかな~」


 パーティーのためにお昼もちょっと量を減らしたし、プレゼントの準備もばっちり。後は始まるまで待つだけだからな~。はあ~、まだ三時間もある……。


「おねえちゃん、ちょっと手伝ってもらえる? 洗濯物多くって」


「エレンちゃん。いいよ! ちょうど時間余ってたんだ」


 私はすぐさま井戸まで行き洗濯を始める。


「ふんふ~ん」


「えらく機嫌いいわね、アスカ?」


 残ったシーツを持ってきたエステルさんから声を掛けられた。


「そう見えます? えへへ」


 ああ~、早くジャネットさんに見せてあげたいなぁ~。


「なんだかちょっと気色悪いわね。雨でも降らなきゃいいけど……」


「何か言いました?」


「いいえ、何もないわ」


 エステルさんは何か言いたそうな顔をしていたけど、結局何も言わずに去っていった。後日聞いたところによると、不審者の特徴を教えてくれって言ったら、アスカって言えるぐらいにはおかしかったと言っていた。

 そんなことは露知らず、私は鼻歌を歌いながら洗濯をしていた。もちろん魔法は使っていない。力も少しはまだ伸びるだろうから、こういうところで鍛えておかないとね。実はこの前、こっそりステータスを見てみると、なんと腕力が70から65まで下がっていたのだ。


「確かに最近は宿の手伝いもしてないし、なんだかんだ弓も魔法で引く回数が増えてたからしょうがないよねぇ~」


 今後はパラメータが下がらないように気をつけなくちゃ。ということで、今日は魔法はお預け。さすがにちょっと洗濯したぐらいで筋肉痛になんてならないしね。


「そろそろいい感じかな?」


 一回目に入れた三枚のシーツを取り出す。うん、綺麗に仕上がってる。これは洗濯台にかけて次のシーツに取り掛からないとね。久し振りに手で洗濯したけど、やっぱり力仕事だな。ちなみに魔法は使わないって言ったけど、ちゃんと温水にはしている。そこはほら……力を入れるのとは関係ないからね。


「よし、第二陣も終了! 後は……宿泊客の洗濯物だけだね。これは汚れの多いものが多いからちょっと大変だ。まずはじっくり温水と洗剤を多めに入れたものに浸けてと……」


 十分ぐらい待ったら準備完了だ。浮き出た汚れを先に捨ててから、洗濯板を使って洗っていく。


「う~ん。もうちょっと頻繁に洗濯に出してくれたなら、洗う手間も減るんだけどな~」


 洗濯は一着銅貨四枚とそこそこの値段がかかる。普通なら適当に水で洗うため、宿の洗剤を使う洗濯は服の扱い方としては丁寧な方だ。

 銅貨四枚の内訳はほとんどが水と洗剤の値段で、洗剤の価格が安定しないから洗濯サービスは大変なんだよね。


「こういう世界って魔法もあるし、水もそこら中にあると思ってたけど、街中となると限られた資源なんだよね」


 井戸の数は限られてるし、魔法使いもそんなに簡単には水を出してくれない。一応街の職員の中に水魔法を使える人が何人かいて、共用の給水所があるけどそこで洗濯とかは駄目だしね。


「本の世界ではこんなに苦労してなかったのに、やっぱり実際の世界とは違うね」


 しみじみと感想を述べ、洗濯を続ける私だった。



「おねえちゃんありがとう。もう大丈夫だよ」


「あっ、エレンちゃん。大丈夫なの?」


「うん。今日はお昼が混み過ぎてちょっとそっちに手が回んなくて……」


「そう言えば今日は人多かったね。何かあったの?」


「この前おねえちゃんが言っていたカツサンドあったでしょ? お父さんがオーク肉が安くなったからって調子に乗ってお昼のパンに加えたの。そしたら大人気になっちゃって……銅貨七枚の高い部類なんだけどね」


 私の知ってるものなら一センチぐらいの厚みのカツを半分に切ったサンドの二個セットだ。オーク肉自体が割と高いので、銅貨七枚でも割安さを感じた気がする。

 ちなみに同じサイズのパンは銅貨三枚ぐらいだから間違いなく高いんだけどね。


「だけど、急に増えるのっておかしくない?」


「いつ売り出すのかずっと聞かれるからつい『曜日を決めて販売する!』って言っちゃったんだって。それが今日だったの……」


「それはお疲れ様。作る方はそれだけ作ればいいから楽だろうけど、売る方は大変だったよね」


「ほんとだよ。孤児院の子たちも頑張ってくれたけど、いっぱい人が並ぶから席に座ってもらってたら、食事に来た人が座れなくなって大変だったんだから」


「だから今日はお昼持ってきてくれたんだね。言えば手伝ったのに……」


「お母さんが、「悪いのはお父さんだからどれだけ大変か一度、目の前で見せないと」って。結局、おねえちゃんに手伝ってもらったからあんまり意味なかったけど」


「じゃあ、今ライギルさんは?」


「お母さんにこってり絞られてるよ。数を制限するとか色々考えられたのに考えなしでお客さんに返事をしたって」


 食材の手配自体はライギルさんだけど、メニューに合わせて発注量を細かく調節するのはミーシャさんがやってるからお冠だろうなぁ。


「そうだったんだ。大変だね」


「まあ、これで改心してくれたらいいかも。それよりおねえちゃん、時間は大丈夫なの?」


「そうだった! そろそろ、行かないといけないからまたね」


「ばいば~い」


 私はエレンちゃんと別れて、部屋にある荷物を確認する。


「服装よし、プレゼントよし、戸締りよし! さあ、行くよ。ミネル、レダ」


 私は二羽を伴って、先にフィアルさんの店に向かう。迎えはノヴァとリュートにお任せだ。私が連れて来た方がいいんじゃないですかといったら、それだと気づかれるから駄目なんだって。連れてくるだけならできると思うんだけどなぁ。


「こんばんは~」


「こんばんは。アスカちゃん、今日は楽しんでいってね」


 お店に着くと副店長のリンさんが出迎えてくれ、二階の特別室に案内された。この部屋はムルムルと来た時の建付けを外して、小さくした部屋だ。


「ようこそアスカ。ジャネットはもうすぐ来るはずですよ」


「そうですか。待ち遠しいです!」


「そう言ってもらえると彼女も喜びますよ。これまでの誕生会といったらギルドの酒場で飲み食いしただけでしたから」


「意外です。フィアルさんは料理ができるし、ジャネットさんも美味しい店をいっぱい知ってるのに……」


「冒険者をしていると、大抵は依頼の帰りですからね。準備もありますし、高い料理よりその場を満たすものになってしまうんですよ」


「うむむ。今は私がリーダーですから、今後はそういうことがないようにします!」


「心強いですね」


 二人で話をしていると、下から声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませジャネット様。ようこそいらっしゃいました」


「おっとと、何だいこりゃ? ノヴァもリュートも付いて来てくれって、相談か何かと思ったら……」


「良いから二階に行こうぜ!」


「ほら、行きますよジャネットさん」


「リュートも今日は強引だね 」


 どたどたと階段を上がってくる音がする。私は上がってきた瞬間におめでとうを言おうと思っていたので、ちょっと仕切りに隠れて音で上がってきたのを確認すると、今日までの感謝を込めて言った。


「ジャネットさん、誕生日おめでとう!」


「ん、え?」




「ほんっとうに信じられない! ノヴァったら先導して上がって来るなんて!」


「悪かったって。でもな、普通誰が上がって来たか確認するだろ?」


 私の渾身の告白はノヴァに捧げられてしまった。私は会話から二人が後ろから押すように上がって来てると思っていたんだけど、実際はノヴァが前で手を引いてリュートが後ろを抑える感じだったのだ。


「あっはっはっ! アスカらしいねぇ」


「ジャネットさん、笑い事じゃないですよ。私の頑張りが無駄に……」


「まあまあ、アスカ。気持ちはこうやって伝わってるわけだし」


 私は余りの出来事に一瞬頭が真っ白になったかと思うと、その場で泣きだしてしまって今はジャネットさんの膝にばっちり座っている状態だ。


「今日のアスカは一段と子どもですね」


「そうだね。よっぽどショックだったんだね」


「む~~」


「ほら、アスカ。それで今日は何の集まり何だい?」


「あっ、今日はジャネットさんの誕生日パーティーです! フィアルさんから聞いたんですよ。えへへ」


「……誕生日ねぇ。こんなに祝われたのは初めてだね。フィアル、気を遣わせて済まないね」


「いえ。これまで男性三人、女性一人のパーティーでろくなお祝いができていないと思いまして」


「あれはあれで楽しかったけどね。こんな豪華な料理はないけどさ」


 目の前にはすでにサラダや冷製スープが並んでいる。もうすぐしたら、メイン料理が運ばれてくる寸法だ。


「ほんとだよな。俺たちの時もよろしく頼むぜ!」


「そうですね。同じメンバーで差をつけるのも失礼ですし、誕生日をうかがっておきましょうか」


「僕たちは孤児院の出だから二人とも一月一日なんです」


「二人とも同じ日に拾われたの?」


 そんな偶然ってあるんだなぁと尋ねる。


「違うよ。孤児院の子は拾われた日って言われても、特に思い入れはないからみんな平等に一月一日生まれになるんだ」


「へぇ~。みんな誕生日一緒で仲良しなんだね」


「最初は俺たちもそう思ってたんだけどよ、ただの記念日減らしなんだよな」


「どういうこと?」


「みんなの拾われた日を誕生日にすると、誕生日が何日もできるでしょ? 孤児院には金銭的余裕はないからそれだと、みんなの誕生日を祝えないんだ。そこで院長先生たちが苦心して考えたのが、同じ日にしてしまって一度だけ豪華な食事にしようってことなんだ」


 なるほど。拾われた日なら、ひと月に多くあれば生活が苦しくなっちゃうし、かといって子どもたちの誕生日を祝わないのは駄目だもんね。


「単純にいい話かと思ったのに……」


「ま、そんなもんだよねぇ。でも、院を出たらどうしてるんだい? そのまま全員一月一日生まれで通すのかい?」


「院を出る時に拾った日を伝えられて、後は各自で好きにしてますね」


「でも、リュートたちは一月一日のままなんだね」


「おう! 拾われた日に思い入れはないし、こいつと一緒にやっていくって意味でも一月一日のままの方がいいと思ってな」


「ノヴァ、そこはエステルも加えてあげなよ」


「エステルは他の日の方がいいのに、あいつも変えてないんだよな」


「エステルさんも一緒なんだ。だけど、変えた方が良いの?」


 本人が選べるなら構わないと思うんだけどな。


「一月一日が孤児院出に多いってことはある程度広まってるからな。あいつぐらい見た目も良くて料理もできるんなら、わざわざ相手に教えなくてもなってだけだ」


 へぇ~、ノヴァもエステルさんのことをしっかり考えてるんだ。初めて会った時も気にしてたし、仲間思いなんだな。


「良いお話ですね」


「そういうフィアルさんは何時なんですか?」


「私は九月二十一日ですよ」


「もう過ぎちゃってるじゃないですか!」


「ええ、特に祝ってもらうこともないので……」


「そんなぁ。来年はきっと、お祝いしましょうね!」


「ぜひ、お願いしますよ」


 ちらっとフィアルさんの奥にいる人がペンを走らせてるけど何かあったのかな?


「そういうアスカは何時なんだい?」


 改めて誕生日を聞かれると私っていつなんだろう?



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