完成品と製作依頼と
翌日、目が覚めた私はミネルたちに挨拶をして着替える。ベルネスは服屋さんだし、行くならそこそこの格好をしないとね。
「でも、開くのは十時からだから急いでもしょうがないんだけどね。さて、顔でも洗ってご飯を食べよう」
食堂を通って井戸へ行き、顔を洗ってから朝食を取る。そして、ミネルとレダのためにご飯を貰うと部屋へ戻った。
「う~ん。まだ三時間はあるし、ちょっと何かしようかな? 細工なら前から気になってたあれだね。だけど、デザインの方向しか決まってないんだよね」
付与もちゃんとしたいから、中途半端にはできない。仕方がないのでデザイン段階で止めて、作るのは今度にしよう。
「魔石の用意もあるしその時だね。気を取り直して、久し振りに置物を作っちゃおう!」
作るのは人気が出てきた置物のティタとミネルとレダのセットだ。本当はラネーも入れてあげたいんだけど、この町にはもう住んでないから、入れていない。
デザインとしてはバックに岩場を作って、そこにティタが座っている感じで右手にレダ、左肩にミネルがいる感じだ。思い付きで作ったんだけど、結構好評みたいだ。何より買う人の対象が広いのがいいみたいだ。
「ティタは冒険者にレダはシェルレーネ教徒にミネルは幸運の鳥として手元に欲しい人にそれぞれ需要があるからね。最初は何でそんなに人気が出たのか分からなかったけど、おじさんに説明してもらったら納得したんだったな~」
そんなことを思い出しつつ削っていく。ちょっと荒く削らないと岩場とゴーレムの肌の再現に失敗しちゃうんだよね。ミネルたちは丁寧にしないといけないんだけど、ティタは自然に溶け込む形だし、岩場は言わずもがな。綺麗にすると逆に浮いちゃうのだ。
「最初に作った時はこの違和感が抜けなくて、とても困ったんだよね」
今はどうすればいいか分かったので、作業になっているけど、あの時はあーでもないこーでもないといくつものオーク材を無駄にしてしまった。
オーク材は価格こそお手軽なんだけど、金属みたいに溶かして再利用ができないから、失敗した時の原価のマイナスはかなり高い。
だから、最近はオーク材作品の試作も銅で作るようにした。失敗作を薪代わりに厨房で使っていたライギルさんから苦情が出たからだ。
「これだけ綺麗なものを薪代わりにするのはこっちの精神的によろしくないからなんか考えてくれ」
私から見たら失敗作だけど、他の人には価値があるって意外だったなぁ。それを機にオーク材の物も銅を使って必ず試作するようにした。
「そういえば試作した商品もかなりの数になってきたし、場所も取るよね……。そうだ! 余った時間でこれまでの試作品をしまえる箱を作ろう。薄いものはそれに入れて、サイズの大きいものは個別にして最後にふたを被せられるようにすればいいよね。折角カタログを作ったのに、ガサゴソとマジックバッグから探すのも大変だし」
あまり作らないものはイラストを見ても印象が薄いんだよね。将来思い出せないぐらい作っちゃったら、マジックバッグの中身を全部ひっくり返す勢いで、探さないといけない。そうなる前に今の内からボックスに入れて管理しちゃおう。
「こうなってくると、細工専用のマジックバッグも欲しいなぁ……いけないいけない。前に買ったばっかりなのにまた買ったら、いつまで経ってもお金が貯まらないよ。我慢我慢」
ぶんぶんと首を振って思いついた考えを意識の外に追いやる。そうして十時まで私は細工の試作を収めるボックス作りに励んだのだった。
《チッ》
「うん?どうしたのミネル」
私がボックス作りにいそしんでいると、不意にミネルがてしてしと頬を叩いてくる。痛いというよりはくすぐったいだけだけど。私が気づくとパタパタと窓の外に飛ぶ仕草を繰り返した。
「外に出たいの?」
しかし、窓を開けても一向に出る気配はない。何だろうと思っていると太陽の位置が目に入った。
「ああっ!? もう十時を過ぎてる! ありがとうミネル」
《チッ》
ミネルにお礼を言ってすぐに作業を中断すると、ベルネスへと向かった。
「こんにちは~」
「あらアスカちゃん、こんにちは。今日はどんな服を買いに来たの?」
「今日は買いに来たんじゃなくて見てもらおうと思って……」
「見る? じゃあ、コートができたのね」
「そうなんです! これなんですけど……」
以前、生地を買う時に服を作ると話していたので、出来上がった服を見せる。
「どうでしょうか? 自分では結構うまくできたと思うんですけど」
「……そうね。こことここと、後はここと。うんうん、きちんと要点も押さえられてるわね。水に対しての加工もきちんとできているし、そこの物より質がいいわ。これよりいいとなると、そっちの棚ね」
案内されたところへ行くと、金貨一枚以上の服が並ぶ場所だった。色味も統一されているし、私のは革をつなぐ時にもったいないから、ぎりぎりまで革を使って材料費を浮かしているのだけど、これは固いところを思い切って切り捨てていい部分だけを使ってるみたい。外も内も手触りがいいし、柔らかさも均一になってる。
「確かにすごくいい作りですね。でも、ちょっともったいなくて私には向いてないかも」
「ふふっ、そうね。確かに他の物の倍以上毛皮を使ってるし、結局は裏地が良ければ冒険者として困ることはないものね。実際にこれを買うのは商家の主人とかになるのよ」
値段からそうじゃないかとは思っていたけど、やっぱり高級品なんだね。まあ、冬といってもコートを着る機会は少ないってことだし、今はここまでの物は必要ないや。お姉さんの感想からも品質は問題ないみたいだし。
「それじゃあ、また毛皮と布もらえますか?」
「あら? 十分いい出来だけどまた作るの?」
「はい。といっても今度は自分の分じゃないんですけど」
「そうなの。それじゃあ、材料はこの前より多めかしら?」
「そうですね。前の五割増しでください。布は二種類で」
「良いけど、二種類の裏地を使うの?」
「あっ、いえ、一種類は端切れみたいなものでもいいんです。欲を言えば、綺麗な布が良いんですけど」
二種類目の布は細工の試作を入れるボックスに敷く布だ。傷がつかなければいいのだけど、なるべくならいい布を使いたい。古いのを取り出す時は人に見せる時だろうしね。適当に型を扱ってるなんて思われたくないし。
「分かったわ。じゃあ、まずは毛皮が銀貨二枚と裏地の布が銀貨一枚。もう一種類の布は大銅貨三枚ね」
「ありがとうございます。それじゃあ、カードで支払いますね」
私はカードを出して支払いを済ませると、お姉さんにお礼を言って再び宿へ戻る。
「もう一時間もすればお昼だし、買ってきた布をボックスに貼り付ける作業だけやっちゃおう」
私はすでに完成していたボックスを取り出して四隅の端に布を打ち付けるためのコの字の杭を打ち、試作品を置いていく。
「よしっ! これで、試作品も傷つくことなく保存できるし、今後もこうしていこう。後はボックスを一つ追加で作ればちょうどお昼かな?」
お昼はみんな忙しいからちょっとだけ時間をずらす。だから、十三時に出来上がるのが目標だ。
こうしてボックスをもう一つ作ってから、お昼を食べた。
「腹ごなしも済んだし、今からはジャネットさん用のコートを作らなきゃね」
まずは買ってきた毛皮を繋ぎ合わせる。私の物と同じようにフード部分は一枚革で、腕や背中の部分は何枚かつなぎ合わせて作る。こうして針を使って大きなコートの下地を作ると、外側の出来を確かめる。
「うん、水も入ってこないしごわっとしてる部分はあるけど、変なところはない。このまま続きを作っちゃおう」
今度は布を手に取ると、コートを裏返しにして裏地として縫い付けていく。二回目となればそこそこ慣れているので手際よく縫合していく。
「これでいいかな?」
表返してコートを見る。特に問題はなさそうだ。ポケットも内側に作っておこうかな?。
「そう言えば、ジャネットさんは前ボタンとか嫌がるかな?」
普段の服装も実用性に重きを置いてるし、変に飾ったデザインだと、気に入らないかもしれない。そこだけ聞いてこよう。私は食堂へ下りて、エレンちゃんにジャネットさんを見たかどうか確認する。
「エレンちゃん。今日ジャネットさん見た?」
「見たよ。今日はゆっくりするって言ってた」
「そうなんだ。ありがとう」
「何か用事だったの?」
「うん、ちょっとだけ」
今は部屋にいるみたいなので、部屋をドアをノックする。
「ジャネットさん居ますか?」
「ああ、アスカかい。入っていいよ」
部屋に入るとジャネットさんはエールを飲んでいた。この時間から飲んでいるということは、今日はもう出かける気もないみたいだ。
「どうしたんだい。わざわざ部屋に来るなんて?」
「頼まれてたコートなんですけど、大体出来たんです。ただ、前の部分をどうしようかと思って」
私はコートの前を簡単なボタンか、自分と一緒か、それともいらないかを確認する。
「それならアスカと一緒でいいよ。たまには飾ったものもいいかと思うしね。その程度だったら邪魔にもならないよ」
「分かりました。それじゃあ、今日中に作っちゃいますね」
「悪いねぇ。急かしたみたいで」
「いいえ、私も新しいものを作るのは楽しいですから」
ジャネットさんと別れ部屋へと戻る。心配事も片付いたし、一気に作っちゃおう。こうしてジャネットさん用のコートを完成させたのだった。