冬服と巫女服
エステルさんと別れて、夕食を食べた私はエレンちゃんに声をかける。
「エレンちゃん、ちょっと来て~」
「はいは~い。さっきエステルさんから聞いた話だね。それでどうしたの?」
「まずはお風呂にお水入れちゃうね」
私は説明を省くため、風魔法を使って井戸からお風呂に水を入れる。
「最初はいつも通り湯船にお水を入れるんだけど、今日はここからこれを使います!」
じゃじゃ~んと私が取りだしたのはこの前作った、周囲の温度を上げる魔道具だ。
「なにこれ? 変な形してるけど……」
「これはコールドボックスとは逆の、温度を上げる魔道具です。私がこれを湯舟にセットするから、エレンちゃんは魔力を流してお湯に変えてみて」
「わたしにできるの?」
「多分ね。どれぐらい魔力がいるかは分からないけど、一回試してください!」
「う、うん」
私の珍しく強気な態度にエレンちゃんもたじたじだ。だけど、これがうまく行けばこの水の冷たい時期に冷たい思いをする機会が減るんだからぜひともチャレンジしてほしい。
「それじゃあ、魔力を流してみて」
「これもコールドボックスと一緒でこの手前の銀に魔力流せばいいの?」
「そうだよ~」
「それじゃ……えいっ!」
エレンちゃんが魔力を込めると思った通り、どんどんお湯は温くなっていく。二分後にはもう入るには十分な温度になっていた。
「うん。それぐらいで大丈夫だと思うな。それで魔力の方はどんな感じ?」
「疲れた感じはないかも」
「それじゃあ、男湯もやってみようか。これで疲れないんだったら、コールドボックスとお風呂とが一人でできるね。最初はリュートと交代でどちらかを担当すると思うけど」
「そうだね。でも、わたしってこんなに魔力あったっけ? もっと弱かったと思ったんだけど……」
「ひょっとしたらこれまでは魔道具使う機会がなくて、上がらなかっただけかもね」
「じゃあ、私もおねえちゃんみたいにすごい魔法使いになれる?」
「それはどうなんだろうね……」
私はアラシェル様にこのぐらいまではって力を貰ったわけだし、参考にならないからね。
「でも、できるようになるんだったら、もっと色んなことができるよ〜」
「無理は駄目だよ。私も魔法を使いすぎたらふらついたりするし」
「確かに。おねえちゃんもこれまでふらついてる時があったもんね。わたしも今後は気をつけなくちゃ駄目かぁ~」
「ちょ、ちょっとエレンちゃん?」
「さあ、男湯の方もやっちゃうね~」
私の問いかけには無視してエレンちゃんは男湯の方も温度を上げていく。こちらも難なくこなすエレンちゃん。まだまだ、魔道具を使い始めて間がないから、本当に才能あるんじゃないかな?
「とりあえず、無茶は駄目だから今日のコールドボックスの魔力補充は私がやっとくね。しばらくの間はこうやって誰かと交互にやっていこうね」
「は~い!」
「それじゃ、この魔道具は回収して井戸に行くよ~」
「まだあるの?」
「もちろん! こうやってたらいに水を張ってと……さて、ここで質問です! この魔道具をたらいにつけるとどうなるでしょう?」
「えっ、ひょっとして……」
「ぴんぽ~ん。エレンちゃんの予想通り、水を温められるので冷た~い思いをしながらお洗濯をする必要がなくなります!」
「ほ、ほんとおねえちゃん!」
「うん。ちょっとだけやってみて。さっき、魔道具使ったからほんとにちょっとだけだよ?」
「わ~い!」
喜んでエレンちゃんは魔道具を発動させると、すぐに湯気が出てくる。
「ほんとだぁ~。これで、ずっと冬は冷たかったのがなくなるよ! ありがとうおねえちゃん!!」
「どういたしまして。気に入ってくれたら私も嬉しいよ。それに魔力が要るとはいえ、需要も見込めそうだし」
「そういえばこれ高いんだよね?」
「う~ん、値段かぁ。魔石が金貨二枚でその他材料が銀貨三枚ぐらいだから金貨三枚から四枚のどこかかな?」
「やっぱり高いものだったんだね。この値段じゃ使えないよ」
「大丈夫。これはモニターで使ってもらうから!」
「もにたー?」
「うん。新しく商品を作るでしょ? でも、その使い勝手とか実際に使ってるところを見てみないとそれがいいものかは誰も分かんないよね?」
「そうだね。これだって、高すぎてみんな買えないと思うし……」
「そこでモニターです! どこかの店とかで使ってもらうことで、「これどうしてるの?」「ここの商品でとっても使い易いの」って周りに宣伝できるようにするの。感想以外にも改善点ももらえるし、その感想をチラシとかに乗せて宣伝にも使えるんだよ。その代わりに機材の方は無償で提供したりするの。だけど、宣伝費を考えたら断然安いんだって」
実際はどこまで本当なのかはよく知らない。なんてったって社会人経験はないしね。
「ふ~ん。それってもうお父さんとかに話したの?」
「まだだよ。だけど、大丈夫だって! 宿の仕事が便利になるんだし。こっちだって利益のあることだしね」
「う~ん、いまいちよくわからないけど、言っておくね」
「お願いエレンちゃん。後、その魔道具はもう宿のものだから自由に使ってね。私は今日は早めに寝るからじゃあね~」
ばいばいと手を振ってエレンちゃんと別れる。これで宿のことも一つ片付いたし、明日はこの前買った赤い糸を使って裁縫だ。入荷待ちしてた糸が手に入ったんだよね。
「それじゃ、お休みミネル、レダ」
とりあえず、明日に備えて今日はお休み。
《チュン》
「う……ん。おはようレダ。今日もありがと」
今日はレダに起こされて私は目覚める。朝食をしっかりとって、今日の作業に移る。
「この前買った赤い糸がとうとう生地になったので、今日は巫女服を作らないと!」
長かった。糸を織っていってようやく赤い生地と白い生地ができたのだ。でもまあ、ここからはそんなに難しいこともないから大丈夫だね。
「それに今回は模様を後で縫い付ける形にするから、手間も少ないね」
型紙というか板に合わせて布を切って縫っていく。下側は赤の生地に白のラインを側面にあしらう。上は白生地に赤の生地の模様を縫い付ければ完成だ。
模様はちょっとだけ赤の色を抜いて、モミジ柄にする。この世界でまだ紅葉は見たことないし、季節も関係なけ使えるだろう。そんなこんなで少しずつ出来上がっていく。
「後は帯はいいとして、リボンみたいなのはどうしよう。う~ん、生地の腰の部分をひと折りしてそこにひもをつけちゃおう。偉い人に怒られそうだけど、ちゃんとした服の作りは知らないしね。上も服は一番外側だけで、内側の部分は布地が足りないし。まあ、巫女っていう言葉につられて作っただけだしいいよね?」
自分を納得させてモミジ模様を縫い付けていく。そうして頑張ること三時間。ようやく、巫女(風)服の完成だ。
「とりあえず完成だね。巫女服……というには色々足りてなさそうだけど、そもそもよく覚えてないしなぁ。後は白糸と一緒に買った緑の糸の生地で肩掛けも作っておこうかな? 出番はないかもしれないけど、寒い時に役立つかもしれないし」
こんなことなら、神社へお参りに行った時にじっくり見ておけばよかった。でも、それっぽくはあるし、一応これで完成だね。
「よし! この服は今日からお祈りの時に使うとして、後は冬服だね」
この前、べルネスで見たけど気に入ったコートがなかったので、ちょっとだけお金を出してウルフの革を買っておいたのだ。下処理はしてあるから、あとはこれを加工して裏地をつけるだけなんだけど、お店の人が何を思ったのか頭までつけてくれたんだよね。フードをつけるって言ったからなのかもしれないけど、さすがにウルフの頭をそのままは使わないよ。
「だけど、折角だからパーティーグッズにはしてみようかな?」
先に私はウルフの頭を形を整え、内側に布を張って被れるようにする。下あごの部分は後ろで縫合して、ひもを使って耳のところで結べるようにしてと……。
「完成~。ウルフの被り物! 多分使うことはないと思うけど、パーティーグッズとして一応持っておこう」
すぐに私はマジックバッグに入れていく。この前、中サイズのマジックバッグを買ったので今は小サイズを物入れとして使っている。今は空きがあるけどスーツケースみたいに色々区画分けして入れないとすぐに埋まっちゃうから気をつけよう。
中には服だけじゃなくて、細工の道具とかポーションの予備とか入れるものがいっぱいあるんだから、定期的に整理もしないとね。
「それじゃあ、本題の冬用コ-トだね。まずはウルフの毛皮を……」
今回使うウルフの毛皮はやや薄めの茶色をしている。決め手はこの革が肌触りも値段もいいぐらいだったからだ。正直、どこまで冬に需要があるかは分からなかったからね。
作業の手順は幾つかに分かれた革をつなぎ合わせることから始める。つなぎ合わせる時はちょっと被る部分を多めに取って、水気が入らないように隙間なく縫っていく。
袖口、肩、胸と順番に作っていったら、最後はフード部分だ。フードとの境で革を合わせないように、取っておいた大きめの部分を使って背中の部分に縫い付けていく。そこまでできたら水をかけて浸水具合を確かめる。簡単に水がしみてくるようだったら作り直しだ。
「うんうん、水はしみてこないし、魔法で乾燥させて次の工程に移ろう!」
私は火と風の魔法を使ってすぐに乾燥させると、革を内に向けて裏地を貼っていく。こちらは癖のない革を薄くのばしたものを用意して、そこに布生地を張り合わせて肌触りと保温性を保てるようにする。
外皮・革・布地とやや分厚くなってしまうけど、本格的な冬の場面に出くわした時にきちんと使えるようにしておかないといけない。
「ネットでも雪山は危険だと言われていたし、こういうのは作りが良くて困ることはないよね。さあ、張り合わせも終わったし、これをコートに縫い付けていってと……」
作業を進めようとすると部屋のドアがノックされた。
「は~い!」
ドアをあけるとエレンちゃんがいた。
「どうしたの? 今日は何かあったっけ?」
「どうしたのじゃないよおねえちゃん! もう十五時なのに一向に下りてこないんだもん。ほら、これちゃんと食べてね!」
「う、うん」
もう十五時を過ぎてたんだ……。そういえば、巫女服が完成した時点で三時間経った感覚はあったな。あの時すでに十二時だったのかぁ。やっぱり集中しちゃうと時間の流れが分かんなくなっちゃうな~。
「また、そんなに時間経ったっけ? みたいな顔しないの。ちゃんとご飯食べてね!」
「わ、分かったよ」
「それじゃあね、おねえちゃん。私まだお仕事残ってるから」
「は~い。頑張ってねエレンちゃん」
エレンちゃんが持ってきてくれたお盆にはちょっと小さめのサンドウィッチが二つと、スープとジュースが乗っていた。ありがたくいただくことにしよう。
「いただきま~す。ぱくっ……これはオークカツ! いやぁ~最近揚げ物なんて食べてなかったけど、やっぱり美味しいな。頻繁に店で出すとなると、油・パン粉・卵とお金がかかるからね」
オーク肉自体が値下がりしてもまだまだ高い食材には違いないので、その他の材料費がかかるカツを出すのはなかなか難しいのだ。
「それに油の保管を考えると、しばらく油続きになるのもあるしね……」
目の前の食事に舌鼓を打ちつつ、厨房の苦労が口に広がるアスカだった。