細工の日々
充実した休日を過ごした私は、次の日から心機一転。また細工師としての日常だ。細工の仕事を一定期間続けるようになってから、やり方を考えた。
二週間のうち、一週目は新規商品の開発・作成。二週間目は既存商品の補充だ。これを交互に行い、商品数を増やしつつ在庫を確保してきた。
「だけど、最近あんまり売れない商品も出てきたし、そろそろ絞って行かないとなぁ……。でも、欲しいって人がいたら可哀そうだし、どうしようかな?」
職人として欲しい人に作るのは構わないけど、不良在庫の山になっても困る。その塩梅がある程度見えてきた商品をどうにかしたい。せめて、どのぐらいの要望があるか判ればいいんだけどなぁ。
「そうだ! これまでの商品のカタログを作ろう!在庫の無い商品はこのカタログを元に発注してもらって、ある程度たまったところで一度に作れば簡単に在庫も掃ける。問題は直ぐに作るわけじゃないから、その時には売れなくなってるかもしれないってところだね。だとすると、五個分は多いかな? 三個にしよう!」
方針が決まれば、早速作った細工のイラストを見ていく。これを実寸大のサイズで描き、横には商品名を、下にはカスタマイズ項目だ。色を塗るぐらいしか今は思い浮かばないけどね。
「料金は材料費が時価になっちゃうから、目次とか差し替えられるところに書いた方がいいよね」
考えた末に費用は製作費+カスタマイズ×個数という形にした。カスタム項目に関しては木製でも金属を選べるようにする。いいものが欲しい人は銀で、安く済ませたい人は銅や鉄で作れるようにする。
後は商品の検索がしやすいように厚紙の下地に張り付ける形でファイリングすれば、花や置物などカテゴリ別にまとめてみることも出来るだろう。
「ようし、後はこれをおじさんのところに持っていくだけだね。でも、今日は細工を作っていないし、とりあえず新作だ。今回の新作は魚だったっけ?」
この世界では魚はただの食糧扱いで、飾り物にはほぼ使われていない。蛇とか牛は一部で使われているから、題材にしてもおかしくないと思ったのだ。
むしろ物珍しさが手伝って売れるんじゃないかと思っている。ただ、リアルな感じは怖いので、子ども向けのデフォルメしたデザインだ。
「目指すのは『それなに~』『ちょっと珍しかったから買ってみたんだ!』って話題になるぐらいがいいんだけど、それならバリエーションが欲しいよね~。つぶらな瞳のやつと、焼かれて切り込みを入れられて目が×になってるやつとかかな?」
まずは思いついた三種類を作ってみる。後はこれをヘアピンに加工するんだけど、こういうのが欲しい子は背も小さいから、エレンちゃんで大きさを合わせよう。
《チッ》
「私で合わせればいいって? ミネルってばひどいよ」
《チュン》
「レダまで納得しないでね。私は食堂へ行ってくるから」
私は二羽に言伝、洗濯の手伝いついでにエレンちゃんのところへ行く。
「エレンちゃ~ん、今って時間ある?」
「おねえちゃん、お洗濯手伝って~。手が冷たいの!」
「そう言えばもう冬だもんね。どれどれ……冷たっ!」
「でしょ~、冬はいっつもこうなの」
「よし! そういうことなら」
私は火の魔法を使って水を温めて洗濯をする。
「おねえちゃんずるい! 私はいつも我慢してるのに」
「う~ん、確かにちょっとかわいそうかな?」
そう言えばエレンちゃんは水の魔力持ちだからオークメイジの魔石で温度変化ができるんだよね。それならやりようはあるかな?
「ちょっと待っててね。っと、そうだった。これつけてみて」
私は本来の用事である魚の細工をつけてもらう。
「つけたけど、お魚さんの飾り何て珍しいね。おねえちゃんが作ったの?」
「そうだよ。私のいたところだとこういうのもあったから。サイズ感はと……問題ないね。このサイズでいくらか作っちゃおう。それじゃ、エレンちゃん。楽しみに待っててね」
私はそれだけ言うとその場を去って行った。エレンちゃんの呟きを待たずに……。
「おねえちゃん。出来たら、お洗濯終わらせてほしかったな」
さて、部屋へ戻って来たところで、この細工仕事は終わったようなものだし、別件だね。今回のお魚さんは形も簡単だし、子ども向けだからうろこなどの細部の細工も適当だ。作るのは材料さえあれば、魔道具なら一つ十分ぐらいだろう。
「というわけで、お湯製作キットを作ろう! まず用意するのはオークメイジの魔石! これに金属をかぶせて、真下に銀の棒を垂らして下は平たくして面積を広げてと。今後のことも考えて、たらいの縁と浴槽につけられるようアタッチメントを考えなきゃね」
頷きながら私は作業を進めていく。こういう実用品は飾りが必要ないからサクサク進むなぁ。出来上がったら問題なく使えるか試してみて、後はエレンちゃんが使えるかだね。
「水も無駄遣いはできないし、これを試すのは明日の夜まで待たなきゃな~」
私は余った時間で予定通り、魚型のヘアピンを作っていく。単純な形とバリエーション違いなのでたちまち手元には十五個のヘアピンが出来上がった。
「よしよし、まずは様子見程度だからこれぐらいでいいかな? 後は一つだけ色を塗って耐久テストをしないとね」
各種一つだけ色を塗り、耐久性の違いを比べてみる。錆止めに塗ることもあるからね。
「あっ、もうお昼過ぎてるな。そろそろご飯食べなきゃ」
この世界に来て私の新たな特技となったのが、太陽の位置から時間を推測することだ。一時間単位なら大体言い当てられる。
「リュート、こんにちは。お昼お願いします」
「アスカ、おはよう。そろそろ来ると思ってたよ。ちょっとだけ待っててね」
「うん!」
リュートが持ってきてくれたのはパン二つとスープだ。きっと遅くなる私用に確保してくれたんだろう。パンは肉中心のサンドと野菜中心のサンドが一つずつ。スープはちょっとした具が入ったコンソメスープだ。
「うん、今日も美味しい。いや~、この宿を見つけられて本当に良かったよ」
「逆に僕は心配だよ。アスカ、どんどんだらけてきてるよね」
「何言ってるのリュート? 私は元々だらだらするのが好きなの」
「そんな強気に言わないでよ。でも、その割にはきちんと朝起きてくるし、依頼にも積極的に参加するよね?」
「まあね。ちゃんとしておかないと絶対すぐに崩れていくからね。一度崩れたら、多分もう立ち上がれないよ」
私のだらけたい精神にリュートが質問を投げかけてきた。今言ったこと以外にももう一つ理由があって、街での娯楽がほぼ日中だからということもある。昼に起きるとあんまり楽しむ時間がないんだよね。
「すごい自信だね。でも、細工の方も頑張ってるみたいだし、無茶しないでよ」
「うん。そこは大丈夫、楽しくなくちゃね!」
私は暇になったリュートと話をしながら昼食を食べ、部屋へ戻る際にはミネルたちのご飯も貰って意気揚々と部屋に入る。
《チュン》
《チッ》
「ん、お腹空いた? はいはい、すぐにあげるからね~」
私はご飯台に食事を乗せたら、その光景を眺めた後で再び作業に入る。さてと、午後からは何か目新しいものの案だけでも考えないとな。
「今回のお魚さんは今までと違って完全に子ども向けの商品だし、もう一種類位は完成させておきたいな」
色々考えていくけど、中々いいものが思い浮かばない。花の新作ならすぐ思いつくけど、安易に花の作品数を増やせばいいと思いたくない。
作品としては新作でも、この世界に存在しているという点では既存品だ。だから、色々考えて作った方が、後々の細工師としての活動に役立つと思うのだ。
「だけど、花も捨てがたいのは確かなんだよね。ん~、これまでと違うアプローチをしてみたいなぁ……」
ひねり出した私の案がこれだ。
「じゃじゃ~ん。これが私の新作『花束』で~す! なんてね」
私が考えた末に作ったのが、色とりどりの花を重ねて作った花束だった。これなら、色々な花の組み合わせもできるし、中々オリジナリティがあるんじゃないだろうか?
お魚と同じヘアピン型で、花束をざっくり半分に割ったような形だ。後は安く手に入れた宝石や魔石の欠片を、花びらや中央の花弁の部分にちりばめればちょっと豪華さもアップするし、いい感じに仕上がるだろう。
「早速、造型の方に入ろう。実際に作ってみて問題点が出てくるかもしれないし」
特に花びらや花弁のところに石を埋め込んだりするのは難しいから、変に膨れ上がったりしないか心配だ。今までも何度かイラスト段階ではとてもうまくいったのに、立体化に際して諦めたものもいくつかあった。
これをクリアすれば新作として扱えるから、実際は三つか四つぐらい作って、二つぐらいが新作になる感じだ。
「最初の頃は簡単な物でも結構力を入れて作ってたからほとんどいけたけど、予算抑えるとうまくいかないんだよねぇ」
私の手元には今も商品化できなかったものが残っている。いつかもう少し細工がうまくなった時には再度試してみるつもりだ。
「やっぱり作りたいものを作るってことが大事だもんね」
うんと頷きながら手慣れた動作で花束を作っていく。大きさが少し大きくなるのはご愛嬌として、細工の繊細もあるので、注意しながら銅を加工していく。
「よし、完成かな? 後はこれに宝石とかをはめ込んでいって、違和感がなければいいなぁ」
時間も遅くなってきたので、その日は夕飯を食べて、いつものようにお祈りをして床に就いた。