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苦悩と選択

 依頼を終えた翌日、私は休日を冒険者ショップの中でぐるぐる回って過ごしていた。


《チッ》


「うん。ミネル、わかってるよ。迷惑だって言うんだよね」


 せっかくの休日だというのに店で何をしているかというと、目の前のマジックバッグを見ていた。今使ってる二メートル四方とは違う、上位の三メート四方の物だ。

 最近はアルバからレディトへ行くことも増えて、持ち歩く物が増えた。祭壇や服の替えに武器も入れるなら、この先どうしてももう一つ必要だと思ったのだ。

 しかし、三メートル四方の物は金貨三十枚。五メートルになると金貨百枚もする。手痛い出費になることは間違いない。


「結局は必要になるし、ここで買ったら旅に出る時に資金を気にしなくてもいいんだよねぇ」


 旅先で買うとなるとどうしても現在の資金との兼ね合わせだし、思い切った買い物はできなくなるだろうしなぁ。それにそんなに痛まないらしいし、この前みたいに大量のオークが出てきた時にも役立つ。


「でも高いんだよねぇ……貯金の半分以上がなくなっちゃうし」


「どうしたのアスカちゃん。さっきからぐるぐるして?」


「あはは、お姉さん。マジックバッグを買おうかどうか迷っちゃって……」


「あら、この前買ったと思ったんだけど?」


「そうなんですけど、この先のことを考えたらもう一つどこかで必要だと思って、どうしようかなって」


「そうなの。確かに高ランクの冒険者の人たちは基本的に二つは持ってるわね」


 やっぱり複数持ちが正義なのか。私は細工もしてるし、道具に材料もいれるから荷物も多めなんだよね。


「ですよね~。いつか旅に出ると思ったら、服や荷物を入れるものと、素材とかを入れるのがいるじゃないですか。そう思ったら早めに揃えてもいいのかなって」


「確かにひどい傷を受けて壊れない限り、ずっと使えるものだし早めに揃えておくのも手ね。だけど、もう資金が貯まったの?」


「お金に関しては買えないわけじゃないんです。ただ、かなり減っちゃうというか……」


 頑張って貯めた半分以上が飛ぶのは精神的にもキツい。


「ん~、まあ確かに安いものじゃないわね。だけど、先に買っておけばアスカちゃんが言っていた通り、素材を逃さず入れられることも増えるし、便利な生活が長続きすることも確かね。さすがに大きいマジックバッグは冒険者でもほとんど持っていないけど、このサイズなら今でも早くはないと思うわ。Cランク以上を目指すならね。結構大きい魔物との戦いも増えるから」


 お姉さんが言うにはCランク以降の魔物は大型のものも多いらしい。有名どころなのはミノタウロスという大きい牛さんだって。肉や牙に角もあるし、斧も持っているから鉄に変えることもできれば、素材の合計は結構な金額になるらしい。


「むむむ、そう言われると買った方がいい気がしてきました」


「今は冒険者になってそこまで経っていないんだから、焦らなくても大丈夫よ」


 ああ~、ぐらぐらする。欲しい気持ちとまだ待てという気持ちがせめぎ合っている。


「確かに金額を考えるともったいないし。でも、いずれは買うんだろうしなぁ……ああ~~」


「ふふっ、そうやって悩んでる姿は年相応ね」


「もう~、真剣に悩んでるんですよ」


「ごめんなさいね。でも、真剣に悩んで出た答えが一番納得できるものだと思うから頑張りなさいね」


「はい!」


 再びじーっとマジックバッグを眺める。金貨十枚のとの違いは、ちょっとだけ袋が黒ずんだ色合いだけ。基本的な作りも違わないし、完全に買うか買わないかなんだよね。もうちょっとこう……デザイン性とかがあったらきっぱり諦められるのに、実用性だけだから本当に悩む。


「ん~、ねえミネルはどうしたらいいと思う?」


《チッ》


 えっ、私に聞くの? って感じの反応をするミネル。でも、ここまで来たらもう他人任せでもいいような気がした。だって、絶対自分じゃ決められそうにないもん


《チッチッ》


 何々、買って使ってから後悔しろ? 買わないと後悔できないぞ! ミネルは決断力があるなぁ。ようし、そういうことなら私も覚悟を決めよう!


「お姉さん私買います!」


「えっ、良いの?」


「はい! ミネルに言われて分かりました。今買うべきだって!」


「み、ミネルってその鳥だよね」


「そうです! この子は賢いんです。きっと私よりいい判断ができると思います。そのミネルが言うんだから間違いありません!」


「そんな、うちの子がかわいいなんてみたいに……まあ、決意は固いようだし止めはしないわ」


「支払いですけど、さすがにそこまで大金は持ち歩いてないので、ギルドカードでお願いします」


「はい、それじゃちょっと預かるわね」


 ピッ


 カードを機械にかざすと処理が終わる。魔道具なんだろうけど、本当に便利だな。発案者はどんな人だったんだろう? それにしても、『カードで!』なんてセリフが言える日が来るなんてなぁ~。一回どっかで言ってみたかったんだよね。それが自分のカードで言えるなんて。私がジーンとしているとお姉さんが恐る恐る聞いてきた。


「あ、あの、アスカちゃん。今からでもやめておく?」


「いえ、ちょっと感動してただけですから!」


「そう。あなたってたまに分からなくなるわね」


「あっ、それより前に言ってたポーションの話あったじゃないですか。実は今日持ってきたんですよ」


「あら、そうなの? ちょっと見せてもらっていい」


「どうぞ~」


 私はとりあえずマジックポーションから見せていく。次に万能薬で最後に多重回復ポーションだ。


「へぇ~、綺麗な色ね。調合されたポーションは仕事柄よく見るけど、結構綺麗な方ね」


「そうなんですか?」


「ええ、手順は個人個人によって違うけど、いいものほど透明感があるのよ。さてラベルの方は……っと」


 ラベルをしばし眺めたお姉さんだったが、目が点になったかと思うとそのまま動きが止まってしまった。


「あ、あの、アスカちゃん。このラベルに書いてあること本当かしら?」


「えっ? もちろんですよ。きちんとホルンさんのお墨付きですよ」


「ホルンさんが……なら本当なのね。ちなみにこれって在庫は……」


「それがほとんどないんですよね。万能薬は三つあるんですけど、マジックポーションは手元にこれ一本なんです」


「万能薬もあるの?」


「はい、薬は後二種類ありますよ」


 私は残りの薬も並べていく。


「万能薬……万能薬? 確かに万能だけど、ここまでなの。初めて作ったのよね?」


「ま、まあできちゃったみたいです」


「次はと……た、多重回復ポーション。初めて見た……」


「それは後六本ありますから、二本だったら売ってもいいですよ」


「本当! 前言撤回とかなしよ?」


「いいですよ」


「そ、それじゃあ……金貨六枚でどう?」


「買取価格高いですね」


「もちろん、一本当たりよ。私もまとめてなんて無茶は言わないわ」


「えっ!? 一本当たりの値段ですか?」


 てっきりまとめてかと思ったのに。


「当たり前じゃない! 効果からするとこれでも王都なら安い方よ。この周辺の魔物に使うわけにもいかないような値段だから、この店の目玉商品として置くことになると思うけどね」


「ジャネットさんに聞いたら金貨四枚ぐらいって言ってたんですけど……」


「それは冒険者目線の話ね。これだけの複合効果があれば貴族たちや、騎士階級の人だってもしものために持とうって人がいるわ。だから、金貨四枚だとあっという間に売り切れちゃうわ。もちろん、売る時にアスカちゃんの名前は出さないから安心して」


「そ、それでいいんですか? 私はさっき大金を使っちゃったので嬉しいですけど」


「なら話はまとまったわね。はい、金貨十二枚」


 ポンと店の奥からお金を持ってきたお姉さんの興味は二本の多重回復ポーションに移っている。色味を見ては効果の説明書きを読み、何かと比べているようだ。

 この店は色々な道具を置いてると思ってたけど、ひょっとするとお姉さんが自分で買い付けてるのかも。邪魔するのもあれだし帰るとしよう。


「お邪魔しました~」


 返事を待たずに私は冒険者ショップを出て行った。



「さて、目当ての物も買ったし、臨時収入もあったしこれからどうしよう? ちょっと本を買いに行こうかな?」


 でも、この前行った時に魔導書も新刊も入っていないって聞いたんだった。


「となると特に行くところはないか……もうちょっとしたらお昼だし、久し振りにあそこへ行こうかな?」



「いらっしゃいませ~。あら、アスカさんですね。奥へどうぞ」


 私はフィアルさんのお店へやって来た。最近また新メニューができたというので気になってたんだ。

 宿にこもっていても、細工を納品する時にお姉さんたちが教えてくれたり、ベルネスの中の会話が聞こえてきて自然と情報が集まるんだよね。


「何になさいますか?」


「最近新作ができたって聞いたんですけど……」


「新作はケーキになりますので、先に食事をされますか?」


 ケーキ! 新メニューはケーキだったんだ!! ワクワクを抑えながら私は、温野菜とボアのヒレステーキを頼む。せっかくのケーキを食べる時にお腹の空きがないと美味しく食べられないから控えめだ。

 メインの料理にはスープも付いてくるようで、キャベツのような野菜とベーコンが入っていた。


「う~ん、やっぱり美味しい。でも、これならロールキャベツの方が私は好きかな?」


「ロールキャベツですか?」


「あっ、すみません。失礼ですよね」


「いいえ。ぜひ、どんなものか教えていただけませんか?」


 お姉さんの勢いに押されて簡単に口頭で説明する。


「ふむふむ、巻きに関してはそれに使えそうなものがありましたね。具も色々考えられそうですし、店長に教えてあげましょう。そうすれば……ふふふ」


「あ、あの……」


「ごめんなさい、食事中に。サービスをお持ちいたしますね」


 そう言ってお姉さんが紅茶を持ってきてくれる。香りもいいし、品質のいい茶葉の様だ。う~ん、美味しい食事に美味しい飲み物、いい休日の昼下がりだ……。

 ちなみに新作のケーキはチョコムースケーキだった。ちょっと苦めのこの茶葉に最適で、もう天にも昇る気持ちだった。



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― 新着の感想 ―
聞き出したことがバレたら、怒られるぞ、お姉さん………………何しろ、出先がバレるからなww
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