魔法の世界は道具も魔法だった
「エレンちゃんこんばんは~」
「おねえちゃんもういいの?」
「うん、一応はだけどね。それとミーシャさんには明日出かけるって言ってもらえる?」
「分かった。伝えとくね」
エレンちゃんに言伝を頼むと、食事が運ばれてくるのを待つ。雨の日は本当に人が少ないなぁ。
元々、夜は冒険者向けだけど宿泊客以外はあまり街の人たちも見かけない。
「はい、お待ちどうさま~」
「ありがとう」
「感謝だったら、あとでいいからお湯沸かしてほしいなぁ」
「ん、いいよ。食べたら行くようにする」
食事を終えた私はエレンちゃんとの約束通り、奥へ行ってお湯を沸かす。普通の人はこんなことにはぽんぽん使わないといっていたエレンちゃんだったけど、便利と分かると時々お願いされるようになった。まあ、私からすれば一瞬だし魔法の練習にもなるから別にいいけどね。かわいい妹の頼みだし。
「お湯も準備したし、部屋に戻ってお掃除しないと」
疲れたから部屋は掃除もまだだ。バサッと広げたままのシートから木くずをごみ箱に入れて道具もメンテする。あとは残ったチリも部屋に残らないように窓を開けて風の魔法で吹き飛ばす。このシートも水洗いできるのかな?
「そういえばシートもだけど、服の洗濯なんてやったことないから注意することがないか聞いとかないと」
明日の予定をメモに書き込んでいく。まずは部屋の小物をみてから、像を見せに行ってその後に服屋さんでいいかな? 私は明日の予定を考えていく。
でも、そうなるとお昼ご飯はどうしようか? ここに戻って食べてもいいけど、せっかくだからどこか別の店に行ってみたいし……。できればどこかで聞いてみよう。明日が楽しみだなぁ~。
「ふわぁ~」
起きてぼ~っとしていると一の音が聞こえてきた。生活リズムは狂わないようにしないとね。学校も仕事もない私にとっては一度崩れた生活リズムを保つのは大変だ。冒険者っていったってただの自営業で、納期も自分で依頼を受けない限りないからね。
「おはよ~エレンちゃん」
「おはよう、アスカおねえちゃん。朝早いね、店はまだ開かないよ?」
「そうなんだけど、生活リズムを崩さないようにって。暇だから一度目のシーツ交換と洗濯までは手伝うよ」
「いいの?」
「うん。部屋にこもっててもやることないしね」
エレンちゃんが持ってきてくれた朝食を食べ終わると私は早速、シーツを回収する。今日はちょっと少ないかな?
「さてさて、やりますか」
集めてきたシーツをたらいに入れて洗っていく。いつもならそこそこは手で洗うのだが、今日はなるべく早く終わらせて買い物に行きたいし、四枚ぐらい洗ったら後は魔法で洗っちゃおう。
ジャブジャブ
手洗いで四枚のシーツを洗ったら、ここからは魔法の出番だ。シーツをまとめてたらいに放り込み、風の魔法でぐるぐる洗濯。それが終わったらぎゅっと絞って物干し台へ。これを繰り返していけばすぐに終わるのだ。
「それそれ〜」
右手で風の魔法を使って洗濯をして、左手は風と火を使って温風で乾かしていく。こうするのも慣れてきたけど、手洗いと違って本当に早く終わる。四十分ぐらいで洗濯も終えた私は食堂へ戻る。
「ミーシャさんお疲れさまです。さっき、最初の分の洗濯終わったのでエレンちゃんに伝えといてください」
「ごめんなさいね。お休みなのに」
「いいんですよ。それじゃあ、準備してきます」
私は部屋に戻ると出かける用意をする。像も忘れないようにバッグに入れてと。
「最初は小物屋さんからだね。それじゃあ行ってきま~す!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
ミーシャさんに見送られた私は、ひとまず小物屋さんに向かうことにした。ただし、今から行くのは飾り物ではなくれっきとした冒険者用だ。街のやや北に位置する通りにあるようでウキウキしながら店に向かう。
「こんにちは~」
冒険者を意識しているのだろうか。外装は武骨なイメージだったが、中は色々なものが置いてある。ただ、冒険者が通りやすいように中央と壁際以外にものは置かれていないようだ。
「いらっしゃい。あら、かわいい子ね」
「バルドーさんから聞いてきたんですけど……」
「そうなの? あの人が紹介なんて珍しいわね。どういうものを探してるの?」
「今は特に遠出しないので、匂い袋と煙玉と小さめのポーションを」
「堅実なのね。どれぐらいいるの?」
「匂い袋と煙玉をそれぞれ二つずつ。ポーションは四つでお願いします」
「じゃあ、合計銀貨一枚と言いたいところだけど、初めてだし大銅貨八枚ね」
「ありがとうございます。それと、マジックバッグって売ってますか? ギルドで貸し出してるのと同じのなんですけど……」
「もちろんあるわよ。今だと金貨十枚と銀貨二枚ね。結構貴重なのよ、お金はある?」
「私、力がないし一人だから早く欲しいんです。また、お金がたまったら来ますね」
「その時を楽しみにしているわ、小さいお嬢さん」
私は目的を果たして次の目的地へと向かう。ちなみに匂い袋とは鼻のいい魔物の好きな匂いを投げつけて意識をそらす道具だ。それを投げつけるとしばらくは時間を稼げるという事らしい。煙玉は多少の臭いと煙で視界を悪くするものだ。少数の盗賊とかならこれで対処できるとのことだ。
どちらも対人経験や魔物の討伐経験の少ない私には必要なものだ。あとは万が一、傷を負った時に備えてポーション。小さいけれどちゃんと効くとのこと。
「バルドーさんに色々教わっててよかった~。これも宿の手伝いのおかげだね」
バルドーさんとは食事の時やシーツ交換の時に少し話す機会があったので、その時に少し教えてもらったのだ。ここにきて冒険と何も関係ない宿の手伝いの効果が出ているのである。そして私は次の目的地である細工屋さんに向かった。
「こんにちは~、おじさんいますか?」
「んん? ああ、お嬢ちゃんか。もうできたのか?」
「いい出来じゃないですけど……」
「まあ一度よく見せてみな」
おじさんに言われた通りカウンターに像を置く。
「ほう、あんまり見たことのない姿だな。モチーフがあるのか?」
「はい、一応は私が信仰している女神様なんですけど……」
「なるほどな。だが、この辺の線が強すぎてちょっと飾るには厳しいな」
「そうなんです。道具を使いなれていないという事もあると思うんですけど。はぁ~、魔法だったらもう少しうまくできるのになぁ」
「ん? お嬢ちゃんは魔法が使えるのか?」
「はい。これでも冒険者なんですよ!」
「ふむ。ちなみに魔力はどんぐらいだ。いや、言いたくなけりゃ別にいいがな」
「え~っと、75ぐらいですね」
「だったら……いや、しかしな……」
おじさんがぶつぶつ一人で何か言い始めた。私の悩みを解決できる何かがあるのだろうか?
「何かいい道具があるんですか?」
「いやな。無いわけじゃないんだが、魔道具なんだ」
「魔道具?」
「マジックバッグは分かるだろ? あれと一緒で魔法が込められた道具だ。使う時に使用者の魔力を使って動くんだが、割と使いにくいのも多くてな……」
おじさんが渋っているところを見るに使いにくい部類のものなのだろう。でも、今のままじゃ納得のいくものは作れないし。
「一度見せてもらえませんか? このまま頑張ってもいいんですけど、もっとうまくできるなら試してみたいです」
「ちょっと待ってな」
おじさんは一度奥に引っ込むとガサゴソと何かを探している。しばらくすると手には小さい道具が握られていた。
「私が細かい仕上げに使っているのと同じようなデザインの彫刻刀ですね」
「ああ。だが、これの用途はそんなんじゃない。削ることは削るんだが魔法で削るんだ」
「魔法で削る。風魔法ですか?」
「ああ、魔法自体は風の魔法がかかってる。だが、別に風魔法が使えなくても使えるぞ。使い方はな、ある程度整った形にした木に対して、出来上がりのイメージを意識して使うんだ。すると刃を当てなくても削れていく」
「刃を当てなくてもですか?」
「そうだ。制作者によると、この形は使う時にイメージがしやすいようにしてるだけであまり意味はないらしい。使用者のイメージに従って削れているんだそうだ。ただ、イメージがぼやけていたり、どう削っていくかのイメージが崩れていたりすると、削っていた木はもちろんだが周りも削ってしまうことがある。だから、あまり勧められない」
なんだか難しそうな魔道具だなぁ。でも、アラシェル様のイメージは鮮明だ。何せ実際に見ているんだから。それに魔道具なら魔力操作のスキルが役に立つかもしれない。
「多分大丈夫だと思います。それください!」
「いいのか? うまく使えなくても、ものがものだけに返品はできないぞ」
「構いません。きっと今のよりいいものができると思います」
「そうか。だが、もう一つ問題があってな。魔道具は総じて高いんだ。売れないこいつでも金貨一枚する」
「そ、そんなにするんですか!」
「だが、大なり小なり魔道具は最低でもこれぐらいだな。使い捨てのものなら安いのもあるだろうが……」
う~ん、ちょっと手持ちを見る。さすがに金貨となると考えてしまう。
だけどなぁ~。ここでの生活も、元はと言えばアラシェル様によって頂いたものだし。今の手持ちのお金もほとんど用意してもらったのだ。作るといった以上は迷ってはいられない!
「決めました! 買います!」
「そ、そうか」
私の勢いにおじさんは少しびっくりしていたが、気を取り直すと商品を包んでくれる。
「ほらよ。それと一緒に今回も練習用の木を入れておいたから使ってくれ」
「ありがとうございます!」
私はお礼を言って店を後にする。ちょっと手痛い出費だけどこればっかりは仕方がない。気を取り直さなきゃ、と思っていると鐘の音が聞こえた。鐘の回数は三回、十二時の鐘だ。
「もうお昼か~。じゃあ、どこかの店に入ろうかな?」
そう言って私は辺りの飲食店を物色し始めたのだった。