冬服とすじ肉
買取が終わった後はギルドの前でみんなと別れて、冬服を買いにベルネスへと向かう。寒くなってきたし今の服装ではさすがにこの冬を越せないと思ったのだ。
「こんにちは~」
「アスカちゃん、こんにちは。今日は何をお買い求め? また石鹸かな」
「ううん。今日は冬服を見ようと思って来ました。みんな今年は寒いって言ってるので、今から買っておこうかなって」
「確かに今年は寒いわね。でも、アスカちゃんは家からこの町へ来る時に持ってこなかったの?」
「あはは、私って力が無かったので全部お金に換えて出てきちゃったんですよね。だから、本当に着の身着のままで……」
実際、持ってきたところで、腕力5の私には旅の危険度が上がるばっかりだったと思う。
「そうだったのね。冬用はこのエリアがコートで、こっちは上着ね。スカートとかパンツはこの辺よ」
「ありがとうございます」
私はお姉さんに案内してもらった後、コートから見てみる。う~ん、色々な種類があるけど、どれも保温性はあまり変わらなさそうだ。
「これって何の毛皮ですか?」
「ここにあるのはウルフの物が殆どね。種類によって毛皮の色が違うから、ほとんど外側はそのままなの。その代わりといっては何だけど、加工の手間を省いて裏地が安い生地は値段も安くなるから一般的に買われているわ」
なるほど、さっきから単色の物ばっかりだと思ってたけど、ウルフの毛の色そのままなのか……。そう言えば最初に森で出てきたウルフは青色で、次に出たウルフは白色だったな。
それを人用につなぎ合わせるのなら、毛皮と裏地の布だけあればいいから作業も楽そうだ。
「値段は……銀貨三枚か。使ってある毛皮の量とか裏地を考えても高いとは思わないな。でも、この辺はちょっと糸の紡ぎ具合が微妙かも。こっちのは銀貨五枚か、いきなり上がったなぁ。あっでも、この裏地はかなりいい生地だな。う~んでも……」
私の悩みは店にあるコートにフードがないからだ。今年は寒いならせっかくだし風を防げるフード付きのコートが欲しかったんだけど、なさそうだな。
「仕方ない、先に上着を見てみよう」
上着に関してはさすがの仕入れですぐに気に入ったものがあった。二着ぐらいキープして、パンツとスカートに移る。
汚れるのが嫌なので、パンツはちょっと丈が短いものを選ぶ。スカートも厚手の生地だけど、なるべく軽いものを選んだ。なんだかんだ言ってかなり買っちゃった。
「お姉さん、はい!」
「あら、コートは良いのね? じゃあ全部で……銀貨八枚ね。ごめんね、冬服は生地が多く使われてるから高いのよ」
「いいえ~、丈夫そうだしデザインも気に入ったので大丈夫です!」
「ありがとうございました~」
服を買ってご機嫌で帰る私だったけど、今日の儲けはほとんど飛んじゃったな。頑張って他で稼がないとね。
「ただいま~」
「お帰りアスカ。あなたにしてはちょっと遅いわね」
「エステルさん、今日は帰りに冬服を見に行ってたんですよ。ほら」
そう言いながら私はマジックバッグから買った服を取り出す。
「へぇ~、いい生地を使ってるわね。ベルネスで買ったの?」
「そうです。大体、あそこで買ってますね。部屋着とか一部はドルドでも買いますけど」
「アスカは食といい、そういうところにはお金かけるわよね。私はいつもドルドで買ってるわ」
「そうなんですね。あっ、これライギルさんと分けてください。今日は一体だけですけどオークアーチャーの肉ですよ!」
「ほ、本当! これで燻製だけじゃなくて煮込み料理にも手を広げられるわ! ライギルさ~ん、次の研究テーマですよ!」
私がほいっと肉を出したと思うと、エステルさんはすぐに受け取って厨房へ行ってしまった。今はもうライギルさんと打ち合わせに入っている。筋が多くて下ごしらえにも時間がかかるから、今からやるんだろうなぁ。
「アスカちゃんごめんなさいね。いつも貰ってばかりというか、エステルちゃんもあの人も最近は研究と称して変なものも食べさせたりして……」
「いいえ、私も色々な料理が食べられて嬉しいですよ。それに変わったものもありますけど、二人が味見をしているので不味い料理は出ませんし……」
「でも、おねえちゃん。呼ばれては食べるを繰り返してるけど、大丈夫なの? 太っちゃうよ」
「そこは大丈夫だと思う。これまでも大丈夫だったし、一応運動とか頭も使ってるからね」
「なんにしても、二人とももうちょっと落ち着いてほしいわよね」
「普段はそんなことないんだけどね。まるで、おじいちゃんがいた時みたいだよ」
「そうね。あの頃はお父さんも変な食材を買ってきては色々作ってたから」
「おじいさんですか? そう言えば私は会ったことありませんね」
「私ももう何年も会ってないわ。手紙は送られてくるだけなの。どうも隣国まで行って店を開いてるみたいなのよね」
「ええっ!? そんなに離れたところで大丈夫なんですか?」
「手紙にはここなら色々な国から交易で食材が集まるから、ここ以外は考えられんって書いてあったの。宿みたいに客の管理とか部屋の管理もしなくていいって書いてあったわね。はぁ……」
珍しくミーシャさんがため息をついている。きっと出て行く時も飛び出すように出て行っちゃったんだろうなぁ。
「エレンちゃんは寂しくないの?」
「さみしいけど、おじいちゃんも楽しくやってるみたいだし、それに会いに行くにも遠すぎるしね」
確かに隣国といっても車も飛行機もないとかなりの距離だろう。一日休むのも大変なこの宿ではできないことだ。
「しょうがないな~、ほら、エレンちゃん。おねえちゃんが慰めたげる」
私はエレンちゃんを抱きしめる。
「も、もう、そんなに小さい子じゃないよ!」
「まあ、そう言わずに……」
なんだかんだいって抵抗もしないし、しばらく私はエレンちゃんを抱きしめていた。
「アスカ、エレン返してくれる? そろそろ時間なの」
冷静さを取り戻したエステルさんがスッとやって来て、エレンちゃんを奪っていく。
「ああ~」
「おねえちゃ~ん!」
「二人とも何をやってるの?」
「悪人に連れて行かれる私とおねえちゃんごっこ」
「へぇ~、エレンは普段から私をそんな風に見てたのね」
「ち、違うよ! おねえちゃんが言ってたんだよ」
「わ、私!? そんなこと言ったことないよ!」
「そうだったの? 妹にいけないことを教えるおねえちゃんにはちょっと働いてもらおうかしら……」
「働きます、働きますからどうかお許しを」
「分かればよろしい!」
こうして私は冒険者の格好のままで食事を配るという、コスプレ喫茶のようなことをするのであった。
「アスカちゃん、普段はそんなかっこしてるんだな」
「俺たちゃ朝は準備に忙しいから見たことなかったぜ!」
「いや~、たまには夕食を食べにくるもんだな」
「それに肩に止まったヴィルン鳥と一緒の姿は愛らしいわね」
食事の時間だからか、部屋からもミネルたちがやって来て肩に止まったり、お客さんから食べ物を分けてもらったりしていた。うう、もうちょっとおしとやかにしてほしいなぁ。
「はぁ~、つかれたぁ~」
「ごめんねアスカ。まさか本当にやるとは思わなくて……」
「いえ、久し振りでしたけど、やっぱり夜はお酒も入るからか空気も違うし、楽しいですよ」
「たまにだからそういうんだよおねえちゃん」
「あはは、そうかもね」
「はい、アスカちゃん。夕食よ」
「ありがとうございます、ミーシャさん」
夕食はパンとスープと煮込んだ肉に野菜のトッピングだ。うんうん、肉も筋が多いのに十分煮込まれているせいかとっても柔らかい。
「この肉すっごく美味しいですね。何の肉ですか?」
「これはアスカが持ち帰ってくれた、オークアーチャーの肉よ」
「あれから三時間も経ってませんよ?」
「アスカの言っていた圧力鍋だっけ。鍛冶屋のおじさんのところへ話を持ち込んだら興味がわいてきたみたいで、ついこの間完成したのよ。あれすごいわね。何時間も煮込む時間がすごく短縮されるし、食感も変わるしね」
確かに前に話したことがあったけど、もう作っちゃうなんて……。おじさんの熱意もすごいけど、きっとライギルさんたちが押し掛けたんだろうなぁ。
あの時の眼を思い出してみる。身を乗り出して聞いてくるものだからちょっと怖かった。そんな楽しい夕食の後はお風呂だ。途中、中抜けして湯を沸かしておいたお風呂に入る。順番はちょっと遅めになっちゃったけど、私自身が沸かせるから何の問題もない。
「ん~、この瞬間がたまらない!」
汗を流して、湯船につかる感触はやっぱり何物にも代えがたいよ。本当にお風呂ができてよかった~。
「ふぅ、お風呂も堪能したし、今日はこれでぐっすり眠れるね」
私は祭壇を出して祈りをささげてから今日も眠りにつく。