冬とランクと
あれから数日、季節は冬になり私がこの世界に来て半年となった。今日は絶好の依頼日和。今日もアルバを東に出てから北側のルートを通って、湖を横にまた町へと帰るルートだ。
「それにしても、こう亜種ばっかりだと逆に簡単だよな~」
「ノヴァ、もっと注意してよ!」
「だけどよリュート、さっきからゴブリンアーチャーとオークメイジばっかりだぞ! 前衛の俺からしたら、さっと距離を詰めて斬るだけだぜ」
「そんなこと言って、アスカが補助とけん制してくれてるからだろ。調子に乗るんじゃないよ」
実力もついてきたノヴァをたしなめるようにジャネットさんの指導が入る。
「痛てーなジャネット。分かってるよ!」
「まあまあ、ノヴァたちも強くなったってことですよ」
「だけど、本当に通常のゴブリンやオークたちはどうしたんだろう。オークもメイジとかばかりだし」
あの日はちょっと大変だったけど、お肉も手に入ってラッキーって思ってたのに、代わりに今は苦労の連続だ。
「この前、普通のオークを十一体倒しただろ。それがいけなかったのかもねぇ。亜種の方が頭が良いって言われてるから、しばらくの間は身を潜めてたのかも」
「じゃあ、今は私たちがその縄張りに入ってるんですか?」
「多分ね。じゃないと、さすがにここまで数がぶれるのはおかしいよ」
「まあ、どっちにしろ亜種の方が討伐報酬高いから、俺は嬉しいけどな」
「確かにそこはそうだね。だけど、食べることを考えたらちょっとね……」
「何だいリュート、アスカみたいなこと言って」
「ちょ、ちょっとジャネットさん。私っていつも食べ物のことばっかりですか?」
「でも、さっきオークアーチャー見た時、すじ肉って言ってたじゃないか。魔物を肉扱いするのはさすがにねぇ……」
「だって、久し振りだったんですよ。最近はオークといっても通常ので、後はオーガ種ばっかりじゃないですか。さすがに宿で色々な料理を食べてても、飽きるんですよね。オーク肉がボア肉より安い日もあるんですよ?」
アルバ周辺の魔物の強さが上がったせいか、ゴブリンとウルフの目撃情報が減り、代わりに多くを占めるのがオークとオーガだ。オーガは可食部がないので、必然的にオーク肉の供給ばかりが上がる。
ウルフの肉は元々あまり流通しないので、冒険者が持ち帰る肉といえば、サンドリザードかオークとなる。ただ、サンドリザードは皮が硬くて身が潰れることが多いので、相変わらずやや高級な肉だ。
これを受けてオークの肉だけ流通量が上がっているのだ。買取価格もこれまでの大銅貨八枚から七枚に下がった。もう少しすると六枚と言われる日も来るかもしれない。
「でも、高い部分が安く手に入るのは悪くないですね」
「そうそう。孤児院の奴らもこの前いい肉が食えたって喜んでたぜ!」
「そういえば、ノヴァたちも最近はいいところを持ち帰るようになったよね?」
「リュートは兎も角、俺は一応居候させてもらってるし土産ぐらいと思ってな」
「僕は料理の研究に今までと違うところが持ち帰れるって理由だけどね」
みんな理由はそれぞれだけど、選択肢ができてよかったな。
「その割にリュートはあんまり大きくならないねぇ」
「確かにお前って背が伸びないよな」
「ほっといてよ! 僕だってちょっとは気にしてるんだよ」
「そうだったの? 気持ちは私も分かるよ。私もそんなに伸びてないんだよね……」
背が高くてキリッとしたお姉さんが理想なのに。
「アスカはそのままでもいいんじゃないか? その方が受けもいいだろ?」
「またこの前、ギルドで知らない人に『お嬢ちゃんどこかのお使いか?』って勘違いされたんだから!」
「ああ、あれねぇ……。だけどまあ、パッと見てこれでDランクの冒険者って言われてもなかなか信じられないだろうね」
「ジャネットさんまで……」
「そんなに言うなら、来月あたりCランクの昇格に挑戦してみるかい?」
「えっ、でもまだ早いんじゃ……」
Cランクと言えばジャネットさんやフィアルさんと同じだ。それに念願ではあるけど、冒険者として職業にも就ける。冒険者生活半年とちょっとでなれるものなのだろうか?
「この町の依頼も最近は難しくなってるからね。きっと、昇格に必要なポイントも問題ないと思うよ?」
「でも、ひとりじゃ緊張しますよ」
「ああ、それなら大丈夫だよ。あたしもちょうどBランクの昇格試験を受けようと思ってるからね」
「ええっ!? ジャネットさんBランクになるんですか?」
「受かったらの話だけどね。元々、あたしの入ってたパーティーはAランクを目指してたから当然さ! どうだい、一緒に受けないか?」
「ジャネットさんが一緒に受けるなら私も受けようかな? どの道、Cランクにはなろうと思ってましたし」
アラシェル様にもCランクになれれば世界を回れるって言われてたし、挑戦するのは悪くないかもしれない。
「へぇ~、とうとうアスカもCランクになるのか。って、また俺たちと差が付くじゃないか!」
「まあまあ、そこはアスカだし僕らも頑張って追いつこうよ」
「しゃあねえなぁ。追いついたと思ったら、すぐに離されて」
「ふ、二人ともまだ受かると決まったわけじゃ……」
「そんなこと言っても受かると思うけどねぇ。あたしがCランクになった時はもっと弱かったからね」
「う~ん。そんなジャネットさんは想像できないですね」
「まあ、あの頃のあたしを見たらあんたたちもびっくりすると思うけどね」
「いつか聞かせてくださいね」
「気が向いたらね」
そんなことを話しながら、私たちは調査依頼を続ける。結局、その後も遭遇したのはオークメイジが三体と、オーガ四体だった。そして東門が見えるところまで帰ってきた。
「あ~あ、こんなことならオークメイジじゃなくてせめて、オークアーチャーが欲しかったです。肉にすらならないなんて……」
「そんなこと言ってアスカは。さすがにあんたが食べるのが好きで持ち帰っても全部食べられないだろ?」
「残念ながら、宿にはライギルさんとエステルさんがいるんですよ? 肉屋のおじさんに触発されて、二人とも今はオーク肉の燻製や干し肉の可能性についてずっと討論してるんです。余るなんてことないですよ」
私は宿の機密情報を得意げに話す。
「でも、それってアスカに何か利点があるのかい?」
「もちろんですよ! 二人が色々実験したものの味見は私がしますからね。中には調味料が高くなりすぎてお蔵入りになった幻のメニューとかも食べられるんですよ!」
ドヤァと私は胸をはってジャネットさんに向き直る。
「いやいや、それって体のいい実験だ……」
「ジャネットさん。二人に恨まれますよ。パトロンが去って行ったら二人から何されるか」
げんなりした顔でリュートがジャネットさんに何か言っている。最近疲れたことでもあったのかな?
「そ、そうか……。ま、まあ、アスカがいいならいいよ。それよりこの後はどうするんだい?」
「そうですね。ベルネスに行って服を見ようと思ってます。冬服も少しは揃えたんですけど、思ったより寒くて……」
「確かに最近は寒いよね。普通はもう少し暖かいんだけどね」
「言われてみればそうだな。ガキたちもまだ十二月だってのに寒そうにしてたし」
「……やっぱり孤児院って暖房とかないの?」
薪ストーブみたいなものでもあれば違うと思うんだけど。
「暖房何てそれこそ普通の家にもないよ。薪代だってかかるから、普通は一月中頃位の冷える時期しか使わないんだよ」
なるほど、確かに薪だって私は魔法でカコンカコンと割っているけど、ライギルさんは結構力も入れながらやってたな。木材を運ぶのも大変そうだし、中々物価を考える知識が足りないみたいだ。
「それじゃあ、魔力を持った子なんかが火をつけたりしないの?」
「魔力があれば捨てずにどっかの貴族に売り飛ばしてるぜ。魔力持ちはほぼいないんだよ。リュートだって最初はないって言われてたのが、たまたま急に伸びただけなんだぜ」
「そうだったんだ……」
「でも、今年は僕らもそこそこ稼げたから、ちょっとぐらい贅沢させてあげられるよ」
「だな」
リュートたちは笑顔で孤児院のことを語る。自分たちがつらかった分、何かできることがあるのが嬉しいんだろうな。
「みんな苦労してたんだね」
「今更なんだけどな。俺たちは慣れたといえば慣れたし」
「そうだね。逆にアスカが心配だよ。森のど真ん中でお風呂に入りたいって言いそうだよ」
「そ、そんなことまでは言わないもん!」
「じゃあ、どこまでだったら言うんだい?」
「そうですねぇ、あったかいスープに熱々の肉とかですかね~。って、そうじゃないですよ。贅沢は言いません!」
「今は野営といっても、一日足らずだからねぇ。次の日には町へ着くって分かってるし。果たして二日、三日と野営を繰り返してる中でアスカはどうなるかねぇ……」
さらりと脅かしてくるジャネットさん。きっと大丈夫だよ。
「そ、そんな驚かすことばかり言わないでください。街道だって通りますし、地図だって購入しますよ。私の目的は山野を駆け巡るんじゃなく、あくまで世界一周ですから!」
「よく覚えておくよ」
「うん」
「だな」
「みんなして何なの今日は~」
楽しくおしゃべりしながらアルバへ戻ると、門番さんに通してもらってギルドで精算する。
「アスカちゃん、今日の額が出たわよ。調査依頼が銀貨三枚。ゴブリンの亜種とオークの亜種、それにオーガで金貨二枚と銀貨四枚ね。買取の方は何時も通りでお願い。そうそう、悪いけどオークアーチャーの肉の買取価格はしばらく大銅貨六枚よ。気をつけてね」
「一気に大銅貨二枚も下がりましたね」
「仕方ないのよリュート君。うちじゃ、物珍しさもあっての買取価格だったんだから」
その他の素材の買取をまとめると金貨一枚と銀貨三枚だった。別に薬草の買取が金貨一枚と銀貨七枚。割といい額なのだけど、珍しいものはなかった。もやっとした感じを胸に私たちはそれぞれ分けて、残りをパーティー資金に入れる。まだまだ、旅の準備の途中だし頑張らないとね。