晩餐の終わり
コース料理に舌鼓を打つ私たち。ちょっとしたサラダから、スープや魚介の和え物に鳥のソテーなど見た目も綺麗で食べるだけでも楽しいのに、お友達と来ているんだから余計だ。
ちなみにミネルたちはベランダで食べている。ラネーもいつの間にか合流して三羽一緒だ。
「う~ん、素晴らしいわね。王都で食べた店も良かったけど勝るとも劣らない味ね。でも、まだメインが来てないのよね」
「そうですね。きっとびっくりしますよ!」
「ふん! このような場所にしては確かにうまいが、我が家は貴族だ。いつでも食べられる味よ」
強気に言う護衛の人は来た瞬間に匂いをかいでは真っ先に食べて、一番最初に食べ終わってる。
「そんなこと言って、一番最初に食べ終わってるのは誰だろうね」
「こ、これは、護衛として当然だ。先に食べ終えればその後は護衛として動けるではないか!」
「はいはい、無理しないで美味しいって言えばいいんですよあなたは」
同僚の人は仕方ないなぁって感じで対応している。普段からフォローし慣れてる感じだ。
「では、そろそろメインと行きましょう」
「あっ、フィアルさん。今日も美味しいですね」
「アスカにそう言ってもらえると嬉しいですよ。グルメですからね」
「そうなの?」
「ああ。アスカは食い意地張ってるから野営中でも、うまいか不味いかで食べるもん決めてるからねぇ」
「ふう~ん。私も見習いの頃は巫女様に同行してたけど、あの頃の食事はまずかったわね。アスカはそういう経験してないんだ」
「一応、食べたことはありますよ? 冒険者の人に人気だって言って……」
ああ~、思い出すだけで怒りがこみあげてくる。あの味無しぼそぼそのパンモドキめっ!
「ほらね。結構食事にはうるさいから気を付けないといけないんだよ」
「ふふっ、アスカ様は食を大切にされておりますのね」
「まるで子どもね……って子どもか」
「みんなでもう……」
「では、そろそろお持ちしましょう……持ってきてくれ」
「はい」
待機していた人たちが一斉に私たちのテーブルに料理を運んでくる。もちろん今回のメイン料理のパンだ。見た感じはちょっと硬めのパンだね。外には野菜もはみ出てるし、野菜サンドかな?
「これがアスカの言っていたパンね? どうやって食べるの?」
「ナイフとフォークで頂いてもよろしいですし、そのまま食べて頂いても構いませんよ」
フィアルさんがみんなに食べ方を説明する。
「じゃあ、私はそのまま食べるね」
「なら、あたしもそうさせてもらうよ。ナイフとフォークでパンなんざ面倒だからね」
「面白そうね。アスカたちがそうするなら私もそうするわ」
「ムルムル様……」
「良いでしょ? どこかの貴族に招待されたわけでもないし」
「貴族様に招待なんてこともあるの?」
「これでも世界に三人しかいない水の神様の巫女だからね」
「あっ、そうだった」
「アスカ、口に出てるよ」
ええっ、心の中でつぶやいたつもりだったのに……。
「何をパンで騒いでいるのやら。大体、このようなコースメニューにパンとはな……あのようなものを入れること自体が間違いだ」
ああ~、まあ普段から美味しいもの食べてるんだったらあのパンはそうだよね~。
「まあ、出てきた以上は食べるが……」
文句を言いながらもやはり一番先に食べる護衛の人。
「ん、これは中は野菜だけかと思ったが肉も……うおっ! な、なんだこのパンは!? 手に取った時とは違い中は柔らかで、新鮮な野菜と肉の味が馴染んでいる。ソースも洗練されていて、見事に全体とマッチしている。……なんと! 食べ終わろうかというところにパンから甘みを感じるとは。このパンは一体なんなのだ? いや、そもそもパンというのはこのように美味しい食べものだったのか……」
あなた誰ですか? 口が光りそうな変なことおっしゃってますけど。貴族ってみんなこうなのかな、それはなんかやだな。関わる気はないけど、最低限まともな人たちであって欲しいな。
「そ、そんなに美味しいのかい?」
ほっ、よかった。あっちの護衛の人はまともで……。
「ふむ。野菜・肉・ソースに一体感を持たせ、それをパンで包んでいるというわけですね。しかも、パンはまとめ役ではなく、さらに一段味を高める役割をしている。今まで我々が食していたものをパンと呼ぶのがおこがましいほど素晴らしい味だ。まさにパンの革命ですね」
ん、こっちの護衛も駄目か~。というか、この世界の人って美味しいものは美味しい。まずいものはまずい精神かと思ってたけど、ちゃんと評価する人もいるんだね。変だけど。
「あんたたち大げさなのよ。結局のところははさんであるものが美味しいだけのパンでしょ?」
ムルムルはどんな反応を……。
「な、なにこれ、美味しいじゃない! 中身もそうだけど、パンも柔らかいし味もちゃんとある。ありがとうアスカ連れてきてくれて。こんなパン初めてよ!」
「う、うん」
「私の顔に何かついてる?」
余りに普通のコメントで反応しづらかったなんて言えない。こそっとジャネットさんやシスターの方を見ると私と同じ反応をしている。シスターはムルムルの発言に胸をなでおろしていた。うんうん、今後の信仰に関わるところだったね。
「それにしてもアスカたちは良いわね。毎日こんなパンが食べられるんでしょう?」
「毎日ってわけじゃないよ。さすがにここはちょっと高いし……」
「そうですね。普通のパンよりやはり高くなりますから」
「高いってどのくらい?」
「銅貨五枚から八枚ぐらいですね。パンのみと具を入れるのでは差が出ますから」
「それぐらいなら全然ありよ。職人を持って帰りたいぐらいね」
さすがは巫女様だ。食べられる分ではなく職人をご所望とは……。
「でも、神殿とかってあまり贅沢できないんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけどね。でも、パンなら別よ? だって、毎日出るものだし日々の感謝のものとして認識されてるから、多少は融通効くわ。何よりこのパンを食べられるって言ったらみんな賛成してくれるわよ」
何なら、巫女で相談してちょっと給料下げてもらってでも雇うって言い出すムルムル。本当に美味しかったんだな。
「ふふっ、私も初めて食べましたが、確かに美味しいですわね」
「シスターも初めてなの? この町に住んでるのに?」
「ええ、お恥ずかしながらあまりこういう店には縁がなく。アスカ様のお宿のパンでしたら何度かいただいたのですが……」
「へぇ~、そっちもこれぐらい美味しいの?」
「美味しいけどどうかな? この店から教えてもらってるけど、材料が違うからね。うちだと高くても銅貨四枚ぐらいになるように調整してるし……」
「こちらはお食事を楽しむ店で、あちらは冒険者や街の方に毎日食べて頂く場所ですからね。仕方がなありません。ですが、私の店と違ってバリエーションが豊富なので一概にこちらが上とは言えませんし」
「しかし、これほどの料理のレシピを渡してしまってよいのか? うちの家であれば秘匿するものだが……」
「代わりに向こうの店のレシピを頂いているのと、売り上げの一部を頂いてますよ。あちらの方も大層な料理上手でとても勉強になります」
「へぇ~。ねえ、うちの神殿にもそれ出来ない?」
「どうでしょうか。神殿相手となりますと相手の規模が大きすぎて……」
確かに立場が街の一軒の店と世界中に支部がある組織じゃね。逆にレシピを買ったなんて言われかねないし。かといって商人ギルドに登録しちゃうと誰でも作れちゃうしな~。
「私の所属する神殿だけでも駄目?」
「ふむ……ですが誰に教えればよいのでしょう? それが決まらないことには話が……」
「それでしたら私が!」
「エスリン、あなた出来るの?」
「はい。教会では炊き出しなどもしますので私も一通りのことはできます。ムルムル様付きになってからはしておりませんが」
お付きの人って着付けとかマナーとかの人かと思っていたけど、万能だったんだ。
「なら決まりね。使用料に関しては個数で行くと管理しきれないから、一日の料金でいいかしら? もちろん、神殿も必要な分という制限はかけるわ。もし、配布する場合はその分は別料金で」
「よろしいのですか、相談もなしに?」
「大丈夫だって。なんてったって私が一番地方を巡ってて、忙しいのに普段何も言わないから欲しいものは何かって聞かれてるんだから」
「そうですね。そのおかげでこうして今回の巡礼に関しても即了承されたのですし……」
「ちょ、ちょっと、それは……」
「ええっ! ムルムルさんの希望だったの?」
「ええ、アスカ様にお会いしたいし、街のことも気になっておられて……」
「だめ、言っちゃだめ」
ムルムルはもう真っ赤な顔をしている。よほどばらされたのが恥ずかしかったらしい。
「ふむ、確かに我等にも準備をすぐ済ますようにといわれたのは珍しかったですな」
「あなたたちまで!」
「おや、次の料理が出来たようですね」
嘘か真かフィアルさんのフォローによってこの話題は収まり、次の料理が出てきた。
「これは?」
「サンドリザードのスライスステーキです。薄切りにしていますのでやや硬い身も美味しくいただけますよ」
「ふぅ~ん。色々考えてあるのね。こういうの考えるのって疲れないの?」
「もちろん疲れますよ。ですが、ライバルもいますし人より美味しいものが作れるようにと頑張っているので……」
「なるほどね。じゃあ、ありがたくいただくわ」
そうして残りの料理も楽しくいただいた。支払いの時は護衛の人がこの金額ですかとちょっと驚いていた。あの貴族だと言ってた人だ。予想していた金額よりだいぶ安かったらしい。
フィアルさんはみんな産地が近いところにあるから、離れたら値段も変わるって言ってたけど、パンの味には変えられないよね。
「それじゃあ、帰るわね。そうそう、パンのことだけど明日明後日とエスリンをよこすからお願いね。その時にきちんと契約書も持たせるから」
「分かりました」
これで今日の視察は終わりというわけで、残念ながら私も帰ることになった。
「それじゃ、またねアスカ!」
「ムルムルさんも。ラネーも元気でね!」
《チュン チュン》
あれ? ラネーの横にもう一匹いる気がするんだけど……。レダはいるよね?
「その子お友達なの?」
《チュン》
キュッと身を寄せるラネー。どうやら、一緒に神殿までついて行ってくれるみたいだ。一緒にいる人がいてよかったね。
「じゃあ、ラネー。その子の名前は私がつけていい?」
《チュン》
ムルムルとラネー、すでに二人は仲良しなようだ。ちょっと寂しいけど幸せにね。こうして私たちの再会の一日は終わりを告げた。