ムルムルさん
「さあ、邪魔者もいなくなったし、早速この前したって言う即売会の様子から聞かせて!」
食い気味にくるムルムルさんに私は話し始める。
「~~でですね。孤児院の子とかも来てくれて、最終的には全部買ってもらえて大満足でした!」
「へぇ~、こうしてるともう少し年上って感じよねアスカは」
「そうですか? ありがとうございます」
「良いわよ。今は二人きりなんだから敬語なんて」
「でも……」
「じゃあ、敬語を使うな……でいい?」
「はい……じゃなくて、うん! でも、さんだけは付けちゃうかな? 実際年上だし」
二人で色々話していると、ミネルたちが我慢できなくなったのか羽根を動かしながら鳴き始めた。
《チチッ》
《チュンチュン》
「うわっ!? う、動いた?」
「えっ、そりゃあミネルたちは生きてるし……」
「さ、さっきまでずっと止まってたじゃない。飾りかと……」
「人見知りだからかな? みんな飛んでみて」
《チッ》
代表してミネルが答えると部屋の中を飛び回る。
「アスカって魔物使いだったの?」
「違うよ。私はまだDランク止まりだから職業はないの」
「でも、あれってヴィルン鳥よね。バーナン鳥は一度だけ連れてる人を見たことあるけど」
「確かにミネルはヴィルン鳥だけど、普通の鳥だよ?」
「アスカって変わってるって言われない?」
「……まあ、不本意だけど」
否定しておきたいが、否定できる材料もない。それに否定してもすぐにミネルたちが異議を唱えるだろう。
「そうそう、今日はムルムルさんにお土産というか、即売会にこれなかったから贈り物を用意してたんだ」
「悪いわね。後、やっぱりムルムルって呼び捨てでいいわ。巫女仲間からもそう呼ばれてるし」
「じゃあ、ムルムルね。はいこれ!」
私はマジックバッグからかんざしの入った箱を取りだしてプレゼントする。喜んでくれるといいなぁ。
「へぇ~、この大きさから行くとネックレスか何かかな?」
「開けてみてのお楽しみだよ」
ムルムルが箱の蓋を開けて中身を見ると、目が輝き出した。
「綺麗~、でもこれ見たことのない物ね。どうやって使うの?」
「ちょっとだけ髪を触らせてもらうね」
私はクルクルっとムルムルの髪を束ねて編み込む。そこにかんざしを挿すと、リィンと小さく音が鳴りながら、飾りがゆらゆらと揺れた。
「似合ってるの?」
「うん。とっても!」
「ちょっと確認するわね」
そういうとムルムルは目の前に水鏡を作りだし、鏡のように自分の姿を映し取り確認する。
「うわぁ、本当に綺麗ね。それに見たことのない飾りっていうのも素敵だわ。これいくらぐらいしたの?」
「やだなぁ、ムルムル。私ちゃんとした細工師だよ。自作だよ」
「嘘っ! すごいじゃない。高級品よこれ」
「そういってもらえると作った甲斐があったよ。後これも、はい」
「ええっ、まだあるの?」
私は残り二つのかんざしの箱も渡す。
「これも、それにこれも綺麗じゃない。三つもどうしたの?」
「ムルムルの他にも巫女って三人いるんでしょ。他の人はあんまり出歩けないって言ってたし、一緒にいることも多いからお揃いのもの付けて欲しいと思って。デザインは違うけどね」
「いいの、こんなにすごいのを三つも?」
「うん。いっつもお手紙貰ってばっかりだし、こうして会えた記念にね」
「……アスカっていいやつよね。でも、私もシェルレーネ様の巫女としてプライドがあるわ。きっと次の機会にはびっくりさせてあげる!」
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてるね」
力強く宣言するムルムル。次に会うのが楽しみだ。
「にしても、あんまりこの辺じゃ見ない花ね。アスカの想像上の花?」
「違う違う。私が昔暮らしてたところの花なんだよ。でも、気に入ってもらえてよかった。頑張って作ったからね」
「うん。これまで見た中でも一番よ! 大事に使うわね」
「ありがとう。だけど、ちゃんと使ってね。年に一回だとこの子たちもかわいそうでしょ?」
「そうね。ふふっ、こんなものが貰えるなんて私は幸運ね。二人にも存分に自慢してから渡すことにするわ」
ニヤリとムルムルが悪い顔をしている。ほどほどにね……。
《チッ》
「ん? ミネルどうしたの。お暇かな?」
ミネルが私の手に飛び乗ってくる。さっきまでじっとしてたし、最近もかんざし作りで遊んであげられなかったしなぁ。なんてことを考えていると、ムルムルの視線がミネルに釘付けなことに気づいた。
「ね、ねぇ。その子触っても大丈夫?」
「大丈夫だよ。大人しいし」
「ほ、本当? ヴィルン鳥って人前にほとんど姿を見せない幸運の鳥なんて言われてるし、気になってたのよ」
「大丈夫だって。ほら!」
ミネルにムルムルの手へ行くよう促してみると、ぴょんと飛び乗った。
「の、乗った! すごい! あっ!」
「もう~、大きな声出しちゃ駄目だよ。びっくりするから」
大人しいといっても人懐っこいわけではない。小鳥ゆえの警戒心の強さは失ってはいないのだ。もう一度ミネルに止まってもらえるように促す。
《チチッ》
仕方ないなぁという感じでミネルはテーブルの上に止まった後、ムルムルの手の方へ向かう。
「良いの?」
《チッ》
《チュンチュン》
ミネルがムルムルの手に飛び乗ると同時に、レダとラネーが腕に止まる。もう、いたずら好きなんだから。
「わわっ! 片腕に三羽も……」
「もう~、レダもラネーもいたずら好きなんだから」
「ヴィルン鳥もだけどバーナン鳥もこんな間近で見たの初めてよ。街にいても、懐いている人のもとにしか寄らないのよね」
「ならよかったね。街の人の中にはご飯をあげてる人もいるけど、実際に近くで見た人はほとんどいないみたいだし」
「普段から一緒にいるの?」
「うん。部屋に巣箱があってみんな一緒に寝てるよ」
「すごい。いいなぁ~。神殿じゃ、そういう風に飼ってる人いないのよ」
「飼ってるっていうか、いつの間にか居ついてる感じなんだけどね」
「へぇ~、君たちうちに来る気はない? 可愛がってあげるよ~」
ムルムルがそっとバーナン鳥に手をやる。あれは小さいからラネーかな?
「ムルムルも小鳥好きなんだね」
「ええ、かわいいもの。それに、バーナン鳥って水属性の魔物なの。人と敵対してる魔物でもないし、シェルレーネ教でも大事にされてるのよ」
「へぇ~、そうなんだね。ラネーたちはどうなのかな?」
《チッ》
《チュン》
ミネルとレダは即こっちに飛び移ってきたけど、ラネーだけはこちらとムルムルの方を交互に見比べている。
「あっちが気になるの? でも、レダと離れても大丈夫?」
私の言葉を聞いたレダは心外だといわんばかりにミネルにそっと寄り添う。ううん? 君たちそういう関係だったの!
じゃあ、ラネーが最近よく夜に飛んでっちゃうのは気を利かせてたんだ……。思わぬところで知ってしまった小鳥たちの関係だ。
「ど、どうなのかな?」
「レダはミネルと一緒にいたいみたいだけど、ラネーはそうでもないみたい。大切にしてくれるならついて行ってくれると思うよ」
「アスカはいいの?」
「寂しいけど、ラネーが行きたいなら応援したいかな?」
《チュン》
私がそう言うとラネーはムルムルの腕から頭へと飛び乗っていく。そしてその後、窓から出て行ってしまった。
「今度はどうしたの?」
「多分、お友達にお別れを言いに行ったんだよ。心配しないで」
「アスカはすごいわね。魔物たちの言葉が分かるの?」
「ううん、そんな気がするだけ。でも、間違ってないと思う」
それからも色々な話をしてると、お昼というお知らせがあった。
「お昼はこちらにお持ちしましょうか?」
「お願いするわ。それと彼らにもお願いね」
「彼ら?」
《チチッ》
「これは、かわいらしい訪問者ですね。きっと、ムルムル様の徳によるものでしょう」
「そ、そうね」
入ってきた修道女らしき人は希望を聞くと出て行った。ミネルたちが偶然入ってきたと思ったみたい。普段見ない人だから、今回ムルムルについてきた人なんだろう。
「ごめんね。みんなもアスカが連れているとは思ってないみたいで……」
「良いよ。実際、魔物使いじゃないから」
「でも、一緒に住んでるんでしょ。それより、ラネー遅いわね」
「大丈夫だよ。街中だし」
早速、心配するなんてさばさばしてると思っていたけど、ムルムルは意外と心配性なのかな?
少しして運ばれてきたご飯は野菜中心のものだった。パンも持ってきてもらったけど、残念ながら硬い方のパンだった。おおぅ、最近食べてなかったけどこういう味だったな……。
「パンがどうかしたの?」
「う、うん。パンって前はこういう味だったなって思って」
「前はってずっとこんな感じだと思うけど?」
「最近アルバでは柔らかいパンとか、色々具の入ったパンが流行ってるんだよ」
「へぇ~、面白そうね。夕食はそこで食べようかしら?」
「ここで食べなくても大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと邪魔者がいるけど大丈夫よ。予約とか取れる?」
さすがに宿でそういうのは無理そうだな。そうだ、フィアルさんのお店ならいけるかも!
「いけそうなところを知ってるんだけど、これから出かけても大丈夫?」
「ええ。じゃあ、準備するわ。さすがにこの服では目立つしね」
そう言いながら巫女服をふわりとたなびかせ奥へ行って服を出してくる。
「こんなのでどうかしら?」
「似合ってるしいいと思うけど、すごく庶民的なカッコだね。もっと、お嬢様風なのかと思った」
「これでも巫女の中じゃ、一番地方には行ってるからね。庶民の服装ならお任せよ!」
そう言いながら着替えも手慣れていて、着替えさせてもらえるかしら? なんてこともなかった。
「じゃあ、出かけましょうか?」
「うん」
「あっ、一応ここからは外モードだから」
「了解!」
ドアを開けるとすぐに護衛の騎士から話しかけられた。
「これはムルムル様。そのような格好でどちらへ?」
「良い店を紹介してもらえるということでしたので、街へ出ます」
「ご自分でその様なことをなさらなくとも……」
「この街には慰労に来たはずです。実際に彼らが危険になった街周辺をどう思っているか見る機会でもあります。何か異論が?」
「……いいえ。でしたら護衛を」
「護衛ですか? あなたたちはその格好で付いてくるつもりでしょうか?」
「それが役目ですので」
「それでは私が巫女だと言っているようなものです。意味がありません」
「では……」
「あなた方の私服では貴族とみられるでしょう。ここにいるアスカは若くとも腕利きの冒険者です。安心して帰りを待ちなさい。食事も外で取りますが、その時はきちんと一度戻ってあなたたちも伴っていきます」
「しかし……」
「護衛の神官様。アスカ様はこの街でも有名な冒険者です。彼女がいれば街で危険はありませんよ」
「一介のシスターが口を挟むのか!」
「ですが、この街に関しては私共の方が良く知っております。それならば、腕利きのものをもう一名付けましょう」
「ほう? そのようなものがいるのか。では、連れてきていただこう!」
自分の方が強いと言わんばかりに回答した護衛の人だけど、シスターさんはそんな知り合い居たんだね。私は会ったことないけど。それから、十分ほど教会の礼拝堂で待つと一人の冒険者が来た。
「よう! あたしはここには普段来ないんだけど、ただ飯が食べられると聞いてね」
「シスターが呼んだのってジャネットさんだったんだ……」
「へぇ、アスカの知り合いなの?」
「うん。同じパーティーなんだ~」
「ふぅ~ん……」
じとーっとジャネットさんを見るムルムル。何だろう?
「ほう、お前が腕利き冒険者か? この街には腕利きといえば女しかおらんのか?」
「何だいこの失礼な奴は?」
「私の護衛が失礼しました。私はシェルレーネ様の巫女のムルムルと申します。本日護衛の依頼をしていただきたいと思いまして……」
「ムルムル様の言う通りだ。しかし、実力の伴わぬものに任せることは出来ぬ!」
「黙りなさい! 先ほどから無礼です。それにアスカを腕利きといったのは私ですよ? 私の言葉を疑うのですか?」
「そ、それは……」
「威張ってないで、実際に腕を見せたらどうだい?その方がお互い納得できるだろう?」
「無論だ!」
ムルムルがその場を収めようとするも、お出かけ前に何故か決闘の様相を見せたのだった。