再会
《チュンチュン》
「もう朝か~」
ミネルたちの声で、伸びをして今日も一日を始める。明日にはムルムルさんがやってくるので、細工は今日中に完成させなきゃね。改めて気合を入れ直して……。
《チチッ》
「ん? あっ、ご飯だね」
気合を入れたところにご飯の要請が。そういえばまだ朝食取ってなかったね。じゃあ、食堂へ行きますか。
「おはよう、エレンちゃん」
「おはようおねえちゃん。今日はわたし考案の肉と野菜を入れたパンだよ。おねえちゃんの案をもとに野菜は縦に細く切ったから食べやすいと思うよ」
「本当? ありがとうエレンちゃん」
エレンちゃんからパンを受け取り味見してみる。
「おいし~い。これ絶対人気になるよ」
「ほんと? ありがとう」
食べた感じとしては洋風の青椒肉絲って感じかな? パンにも合う味にしてあるし、汁気もパンの切り目が焼かれているので感じないから、試作より一段と美味しくなった。
思わぬ援護射撃をもらった私は気合いを入れ直し、ミネルたちにご飯をあげて細工の準備をする。後はいつもの銀のワンピースに着替えて、シートを敷いてと。
「さあ、今日は昨日作った試作品を元に本番の作成だ!」
意気込んだ私は早速、銀の塊を削って切り出す。切り出した塊を少しずつ形にした後は、中をくり抜いていき形にする。こちらも軸は棒状にして魔石をはめる。この工程も三度目となり少し慣れてきた。
「この調子なら予定より早くできるかな?」
次の工程は音が鳴るところだけど、この形は別の細工物でも使ったことがあるから短時間で終わりそうだ。
「残るは花のところだね。ここからは慎重に行かないと……」
ここでの出来が全体のほとんどを占めるから頑張らないと! 少しずつ形にしていき、ようやく一つ目の花が完成した。
「ふう、後三つか。失敗したら最初からだから慎重に行かないとね」
一つできる度にミスした時のショックと時間が増えていくからここから絶対にミスはできない。今回の納期は明日だしね。
「……で、出来たぁ~!!」
格闘すること数時間。ようやく私はかんざしを作り終えた。
「完成した~……っとそうだった。まだ彫り終わっただけで彩色できてないから色も塗らないとだね。だけど、ちょっとだけきゅうけい~」
神経を使い切った私は休んで集中力の回復を図る。ここからミスしたら本当にどうしようもないし、万全の態勢で臨まないとね。
「さぁ~て、ご飯ご飯」
お腹もちょっと空いてきたし、何か食べようかなと思って食堂へ下りると、エレンちゃんがこっちを見るなり両腕を腰に当てる。
「どうしたの?」
「また、お昼抜いたでしょ。だめだよおねえちゃん!」
「ええっ、まだ昼だよね?」
「もう十六時です! お外見て」
外を見ると夕暮れの色が差してきている。嘘……そんなに時間が経ってたんだ。
「まったくもう……はい、自分で温めて食べてね」
エレンちゃんが持ってきたのはお鍋だった。下には空間があるから火魔法で温めてということなのだろう。この時間にお昼の食事が置いてあるなんてありがたい。
余り物は次の時間の料理に回しちゃうから、この世界じゃ中途半端な時間は食べられないんだよね。
「おおっ、鍋を包んでたパイの中はリゾットなんだ。それも、火を入れる前提で硬めにしてあるんだね。食べるとちょうどいい堅さだよ」
「全く、アスカはもうちょっと自己管理をしなさい。そんなことじゃ旅に出るのを許可できないわよ」
「は~い……」
エレンちゃんの代わりにやってきたエステルさんにも注意される。でも、旅へ出るのに何時の間にエステルさんの許可が必要になったのだろうか?
後ろでミーシャさんたちまで頷いているし。それはさておいて食事も取ったし、戦場へ戻らねば。
「再開再開」
再び意識を細工に向けた私。後は彩色だけだ。色は混ぜたり定着を考えたりすると、熱を加える加減が難しい。でも、そこを乗り越えてこそ細工師の道を一歩進めるんだと身を奮い立たす。
「よし、まずは一輪目。続いて……」
少しずつかんざしに色がついていく。こうして、今ある形から色が付いていくだけで見た目の印象も違ってくる。こういう瞬間も嬉しい思う。さて、残りはと……。最後にちょっとだけある葉の部分を塗ってと。
「完成~。三日間やり遂げた! 後は渡すだけだね~。疲れたしご飯を食べに行こう」
トコトコと階下に下りてみると、時間は十九時過ぎだ。まだまだお客さんでにぎわっている。
「おうアスカか、どうだ一杯!」
「えっ、いいんですか!」
ついつい、徹夜明けのテンションにも似た受け答えをしてしまう。
「何言ってるのよ。ジュースあげるからこっちで我慢しなさい」
「はぁ~い」
「なんでぃ。エステルちゃんも連れないねぇ」
「アスカに飲ませたら何するか分からないわよ? あなた達が止められるというならいいけど……」
「やめとくよ」
「何でですか!」
出されたジュースを飲み、テーブルにドンっと置いて抗議する。ちょっと酔った感じでたかな?
「アスカ、壊れるからやめなさい」
「……はい」
ううっ、これだって私が作ったのになぁ。ちょっと壊れても替えぐらいすぐ用意するのに……。
「まあ、アスカがお酒を飲むのは後十年先かな?」
「それじゃあ私、二十三歳ですよ」
「えっ!? アスカちゃんってそんなに歳いってたのか?」
「ひ、ひどい。みなさん私をいくつぐらいだと……」
「十一歳ぐらいかな?」
「ああ、分かる分かる。知り合いの子どももこれぐらいなんだわ」
「そういえば、この前……」
おっと、私を置いて井戸端会議が始まってしまった。それにしても、この世界の人の平均身長が高いせいでこんな扱いを受けるとは。十三歳なら別に低くないはずなんだけどなぁ。
納得のいかないままご飯を食べる。今日のメニューはオーク肉の薄切りステーキと温野菜とパンだ。薄切りにも意味があって、温野菜を巻けるようにしてあるのだ。柔らかいオーク肉ならではだね。
「ん~、何だかんだあったけど美味しい~。あっ、ミーシャさん。明日はちょっと出かけるので、お昼は無しでお願いします」
「分かったわ、夜はどうなの?」
「ん~、多分食べると思うんですけどまた言いますね」
「ええ、ゆっくりしてね」
必要なことを伝えたので食事へ戻る。温野菜もドレッシングが絶品だ。味は薄めで野菜の味を保ちながらも少しピリッとしていて食べごたえがある。
好みにもよるけど、かけない方が美味しいものもあるのに、ライギルさんの料理の腕にはいつも感心しちゃうな。これからも美味しいものを作ってもらわなきゃ。
「ごちそうさま!」
「は~い、おねえちゃん。食器は置いといてね」
私は食器をそのままにして部屋へ戻ると、簡単に着替えをしてお風呂へ入る。明日はムルムルさんに会うんだからきちんとした身なりじゃないとね。
お風呂から上がった私は連日の疲れも手伝って、すぐに眠りについた。
《チチッ》
「おはよ~、ミネル。今日は出かけるけどついてくる?」
《チッ》
「別にこの子たちなら連れていってもいいよね。忘れ物はと……」
私は完成したかんざしたちを眺める。うんうん、我ながらいい出来栄えだ。さ~て、これを……。
「あああ、入れ物がないっ! いいい、急いで作らなきゃ!」
完成品はいったん、布にくるんでいたから気づかなかったけど、これだと保管できない。慌ててオーク材を取り出して、簡単に長方形の入れ物を作る。後は簡単にかたどって、上からコの字の固定具を差せる様にしてと……完成!
「焦った~。付けた後にこれどうするのって言われてたよ。気づけて良かった!」
無駄な時間を過ごした私は、急いで食事を取りに食堂へ向かった。
「おねえちゃんおはよ~。今日早いんじゃないかったっけ?」
「ちょっと、色々あってね……」
さすがにさっきのことは恥ずかしくて言えないから誤魔化しておく。
「それより、ご飯お願い。ちょっと遅くなっちゃったから」
「は~い」
すぐに食事を持ってきてくれたので、私は急いで食べて部屋へ戻る。服装は杖とローブを着てと。
「さあ、ミネルたちも準備できた? 行くよ!」
《チチッ》
《チュンチュン》
みんな揃って今日はお出かけ。ムルムルさんとは教会で待ち合わせている。でも、昨日の夜に着くって書いてあるけど朝から行っても大丈夫かな?
「ひょっとしたら疲れてるかもしれないから、なにか差し入れでも持って行こうかなぁ? 今バッグに入っているものだと、ライギルさん謹製の燻製肉だね」
あれから、作り方を説明して試しに作ってもらったものだ。普段は高くて作れないと言われたけど、料理の幅が広がるからとたまに作ってくれるようになった。
「よし、お土産も確保できたし出発!」
私は勢いよく宿を出て教会へ向かう。まだまだ朝早い時間だけど、教会の人たちは普通に働いている。もっと早くから起きているのだろう。
「シスターさん、こんにちは」
「あら、アスカ様。おはようございます」
「アスカでいいですよ」
「いいえ、巫女様のお知り合いの方を呼び捨てなどと……。本日はムルムル様にお会いに?」
「はい。手紙で約束していたんです」
「そうでしたか。少しお待ちください」
シスターは奥に引っ込んで誰かと話をしている。前は気づかなかったけど、やっぱり巫女様ともなれば護衛の人もいっぱいいるんだろうな。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
促されるまま教会の奥へと入っていく。この辺りまで入ったことはなかったので、初めての場所だ。
「お前がアスカか?」
「は、はい」
目の前の扉にいる騎士風の人に話しかけられて思わず答える。
「巫女様が特別に会うのだ。失礼のないようにな」
「はい」
う~ん、やっぱり私が思っている以上にムルムルさんは偉い人みたいだね。騎士さんが扉を開けてくれると私は奥へと入っていく。
「アスカ、久しぶりね。会いたかったわ!」
「私もです。ムルムル様」
「もういいわよ。扉を閉めて」
「はっ? ですが……」
「女子の会話を盗み聞きするおつもりかしら?」
「も、申し訳ありません」
ムルムルさんの言葉で扉が閉まり途端に息苦しさがなくなった。きっと私に気を使ってくれたんだろうな。
「いいんですか? 護衛の人なんですよね」
「いいのよ。アスカはあの人がいると緊張してうまく喋れないでしょ。さあ、色々話しましょうね」
こうして私たちは再会したのだった。
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