完成品の取り扱い
おじさんの店に行く間にもう一度マジックバッグの中を確認する。万能薬(良)・マジックポーション(特)各三本分。多重回復ポーションは量を調節して入れるアドバイスをもらったので、十本分が入っている。
扱いに気を付けないといけないけど、ポーションの保存なんて考えたことなかったし、誰かに相談しなきゃね。
「おじさん、こんにちは~」
「おう、昨日の今日で何の用だ?」
「ちょっと友達のために作りたいものができたので、材料の調達と思って……」
「そうか、何にするんだ?」
「とりあえず、銀をお願いします。後、普通の魔石って何がありますか?」
「細工以外か? 使い道があるとしたらオークメイジの魔石だな。ただ、温度を変化させられるらしいが、そこまで変化できないぞ。熱湯から冷ますのも時間がかかるって話だ」
「大丈夫です。それがいいです」
「なら、銀塊が金貨一枚で魔石が金貨二枚だ」
「はい」
「はい……って相変わらずポンと出すな」
「手は抜けませんからね~」
私は手早く買い物を済ませて宿へ戻る。まずはムルムルさんへの贈り物を作らないとね。他のものは後からでも間に合うと思い着替えを済ませて……。
《チチッ》
「どうしたのミネル?」
せっかく今から作業しようと思ってたのに。すると、タイミングよくドアがノックされた。
「おねえちゃん呼んだ~?」
「あれ、エレンちゃんどうしたの?」
「この子たちが部屋に来いって言うから……お昼ご飯でも持ってきてほしいのかなって」
「あっ、そういうこと。ミネルたちありがとね」
時間を知らせてくれるなんていい子たちだとミネルたちの頭を撫でる。
「ひょっとしておねえちゃん、またお昼抜いて仕事しようとしてたの? 駄目だよ」
「というかお昼という自覚が全くなかったよ」
「もう~、しっかりしてよね。みんなから体調管理を頼まれてるんだから」
「みんなって誰?」
「お母さんとお父さんとジャネットさんとリュートさんとエステルさん」
「ほぼ全員じゃない! っていうかノヴァは入ってないんだね」
「この前聞いたら無駄なことはしないし、そのうち自分で何か作るんじゃないかって言ってた」
「逆にノヴァが私をどんな人間だと思っているのか気になる発言だけど、申し訳ありませんでした」
仰々しくエレンちゃんに頭を下げる。
「分かったらすぐに下りてきてね。ちゃんと用意してあるから」
「は~い」
やる気を出した私だったけど、また着替えて昼食を取るために食堂へ下りた。
「今日のご飯は……っと。うん、お肉だ。これは牛みたいな動物のお肉だね。比較的安価で手に入るのに美味しいんだよね~」
ただ、どうしても品種改良されている前世の肉と違ってちょっと筋張っていて癖もあるけどね。安価に肉が食べられるだけでも良しとしている。
「ごちそうさまでした。あっ、エレンちゃんありがとね」
「どういたしまして。夕方も呼びに行くからね~」
「ありがとう」
エレンちゃんと別れて私は部屋へ戻る。
「さあ、お腹もいっぱいになったし今度こそ開始だ!」
むんっと力を入れる真似をして作業に取り掛かる。まずはデザインだけど巫女だから派手すぎない方が良いと思う。ただ、神聖な感じがして私らしいものが良いよね。となれば、かんざしかな?
「でも、和装ってどんなのが正式なのか知らないんだよね。ちょっと細長くて音が鳴るようなのがかわいくていいかな?」
悩んでいても時間は過ぎていくので、早速試しに作ってみる。素材は作り直す時間も短縮したいので銅を使った。
「さあ、どうだ!」
完成したかんざしを見る。出来栄えはちょっと歪んでいる部分もあるけど、初めてにしては音もちゃんとなったしいい感じだ。
「後は飾りだよね。蝶は馴染みがないと思うしやっぱり花かな? 他には何にしようかな。う~ん……」
考えた末に私が選んだのはスターゲイザーの花を数個被せたデザインだ。かんざし自体の大きさから考えるとかなり縮小した作りになってしまって細工は大変だけど、だからこそやりがいもある。
「今できる最高のものをあげたいしね。頑張るぞ~!」
先ずはさっきの経験を生かして、かんざしの棒の部分を作っていく。ここは髪に刺しやすいよう二股にする。後は音の鳴る部分だ。出来るだけ細く伸ばしていく。あんまり大きいのは好きじゃないから気持ち長めにする。花の部分は記憶頼りなので後回しだ。
「うう~ん、この状態じゃ完成品としては出せないなぁ。もう一度作り直しだ」
この銅はもういらないので再加工行きだ。気を取り直し、次の銅を取り出して再び作成する。この工程を四回ほど繰り返すと、ようやく納得する出来のものができた。できたものを参考に、一つ銀で作ってみる。
「よし、後はこれをどうやって飾っていくかだね。刺した方向以外からの見栄えも気になるし、慎重にやらないとね。後は強度も心配だ。金属だし大丈夫だとは思うけど……」
うむむ。持ち主もだけど、このかんざしにも防護の力をまとわせたいな。
「そうだ! このウィンドウルフの魔石を使って……」
私は取り出した歪な形のウィンドウルフの魔石を三日月形に加工し、かんざしの飾り部分も合うように削っていく。そして加工した魔石をはめ込んだ。
こうすれば飾りとして緑色が入るのと、魔石が加わって魔法を掛けられるはずだ。削ったから魔石の効果は下がっちゃうけどね。
「よし、これで後はスターゲイザーを彫っていくだけだね! 今度加工するのは銀だし、より慎重にやらないと」
原材料の価格が違うから、再利用できない時に損失が大きく出てしまうし、何より加工の難度が違うから気合入れていかないとね。私は深呼吸して呼吸を整えてから作業にかかる。
最初は花の輪郭を、次におしべやめしべを。最後には花びらの形を整える。後は、この作業を繰り返して……できた! 最近は器用さも上がったし、細工のスキルも上がったからか、作成にかかる時間も短縮できるようになったと思う。
「この調子で後は彩色も……」
これからの段取りを考えていると、コンコンとドアがノックされた。
「は~い!」
「おねえちゃん、ご飯の時間だよ」
エレンちゃんだ。忙しい合間を縫って、本当に呼びに来てくれたんだね。呼びに来れるということは十九時は過ぎてそうだ。先にお風呂を沸かしてから食事にしよう。
「ありがとう呼びに来てくれて。お風呂沸かしたらすぐに行くから」
「は~い、じゃあ、おねがいしますね~」
トコトコという階段に向かう音を聞きながら、簡単に着替えを済ませお風呂へ行く。
「あら、今日は来ないと思ってたわ。お願いね」
「はい」
女湯の前で私に話しかけてくれたお姉さんは、いつも一番風呂を使ってくれる人だ。使ってくれるというのも本当に最初は熱いんだよね。
「いや~助かったよ。アスカのお風呂じゃないと入った気がしないからさ」
「ありがとうございます。じゃ、すぐに支度しますね」
私は湯に魔法を放って温度をどんどん上げていく。女の人は私が湯の準備をしている間に用意を済ませている。
「ああ~、これこれこの温度だよ」
「良い感じですか? じゃあ、ごゆっくり」
「うん、ありがとね」
「ふぅ~、女湯は終わり。だけど、あのお姉さん恥じらいないのかな? いつも大胆な格好だけど」
まあ、同性だしいいか。深く考えることは辞めて男湯に入って温度を上げる。こっちは我慢大会みたいな感じで、今日は一番風呂に何秒入れたとかくだらない争いをみんなでしてるみたい。何が面白いのか分からないけど、利用者増加に繋がってるから何も言わない。
「これで終わりだね」
お湯を張り終わると、エレンちゃんと一緒に食事を摂って部屋へと戻る。それから机の上にある細工ケースを開いてみた。
「細工ケースの中、結構スカスカだなぁ。おじさんの店に卸す細工の数が無いし、ちょっとだけやろうかな?」
私は気分転換も兼ねて簡単な細工物を二つだけ作った。合間にお風呂も入って今日の業務は終了。
「アラシェル様、本日もありがとうございました」
感謝の気持ちを込めて祭壇の像に祈りを捧げ眠りにつく。
「ふわぁ~、おはよう」
《チチッ》
う~ん、最近はよく眠れるなぁ~。最初の頃はちょっとベッドもかたいと思ったけど、最近は下にウルフの毛皮を敷いているからふんわりしていて、よく寝られる。
ウルフの毛皮は高くなかったから買ってよかった。ちょっと毛が抜けるのは大変だけど、すぐに綿のカバーをかけたから大丈夫だ。冬の間も温かそうだし、防寒具がいるなら今から同じ素材でコートを用意しておこうかな?
「おっと、それより今は朝ご飯だね。ミネル、ご飯貰ってくるね」
《チチッ》
私を起こさないよう静かに巣で大人しくしていたミネルたちのために食堂へ下りてご飯を持ってくる。
「それじゃあ、私もご飯食べてくるね」
今日のご飯は何かと再び食堂へ向かう。
「おはようございます」
「おはよう、おねえちゃん。今日は一緒なの?」
「えっ?」
エレンちゃんの問いかけに振り向くと、そこにはジャネットさんがいた。
「おはようアスカ。一緒の時間になるなんて久しぶりだね」
「ジャネットさん。どうしたんです、今日は依頼受けるんですか?」
「いいや、ノヴァの奴が休みだって聞いてね。ちょうどいいからこっちをね」
そういいつつ、腰に差した剣をくいっと上げるジャネットさん。修行かぁ……。
「そうだ! 依頼で思い出したんですけど、最近ちょっと調合とかで忙しかったんで、来週はお休みしてもいいですか?」
「ああ、別にいいよ。ちょうど今日は二人にも会うから言っておくよ。ところで首尾はどうだったんだい?」
「ちょっと待っててくださいね」
食事が運ばれてくる前だったので、ちょっと部屋に戻ってマジックバックを取ってくる。
「これなんですけど……」
私はバッグから作ったポーションを取りだし、ラベルを見せる。
「へぇ~、変わった効果の奴を……アスカ、誰にも見せてないだろうね?」
最初は失敗作のものを見て苦笑いしていたジャネットさんだったけど、二本目を見て真剣な目になる。
「……はい。ホルンさんとジュールさんだけです」
「絶対、店とかここでは出さないようにしなよ」
「ホルンさんも言ってましたけど、そんなに貴重なんですか?」
「商人なら、懇意にしてるパーティーに、腕のいい冒険者なら闇討ちしても狙うだろうね。ちなみに一番いいやつは、最低でも金貨四枚ぐらいはするね。後衛職からしたらパーティーが壊滅しそうな時に起死回生が狙えるもんだからね」
「じゃあ、皆に一本ずつ渡しておきますね」
「はぁ? 自分で持っておきなよ、そんな貴重なもの」
「どんな貴重なものも使ってこそですよね? 私こういうのって躊躇しちゃうので……」
全体HP・MP回復とかゲームでも結局一つも使わない私より、みんなが持っていた方がいい。改めて本を読んだら、ポーションは長期保存ができるってことだし、私がいなくても何時でも使えるようにね。
「……一本だけだよ」
「はい!」
こうして半ば押し付けるような形で、多重回復ポーションを四本と、リュート用にマジックポーションを一本渡した。彼ならきちんと必要な時に使ってくれるだろう。一応ノヴァにも渡しておこうかな?