アスカ細工に挑戦する
服を買った私は続いて小物を買いに行きたかったけど、店が閉まる時間が迫っているので、今日のところは細工用の刃物を扱う店へ行く。
「いらっしゃい!」
おじさんのいい掛け声とともに店へ入る。
「こんにちは、木彫り用のものが欲しいんですけど……」
「なんだ嬢ちゃん。そんななりで細工物かい? 気をつけろよ。で、どういうやつが必要なんだ?」
「えっと、小さい像を彫りたいんですけど、これぐらいの……」
私は身振り手振りで大体こんな木でこれぐらいの大きさですと説明する。
「ふむ、それぐらいならこれで形整えて、ちいと時間かかるがこれだな。綺麗にできるぜ」
私は紹介された道具を手に取ってみる。ちょっとだけ重量を感じるけど、なかなかの出来に見える。
「じゃあ、これとこれをお願いします。あと、手入れの道具とかごみをまとめるものとかもないですか?」
「おう、いい心がけだな。それはこいつだな。まとめてちょっと安くしておいてやる」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、こっちの二本が銀貨二枚と大銅貨五枚。手入れのセットが銀貨一枚だが合わせて銀貨三枚と大銅貨二枚だ」
「銀貨四枚からでお願いします」
「おう、釣りと商品だ。像ができたら見せてくれよ!」
「はい!」
私はおじさんにお礼を言って店を出る。他にも行きたい店はあったけど、これ以上いても店が閉まっていく一方なので、とりあえず今日の買い物はここまでだ。宿へ戻って先に食事を取ることにした。
「アスカおねえちゃんおかえり~、いいの買えた?」
「ただいま。あんまり時間なかったけど、それなりにね」
「そうなんだ。あっ、十八時になったらご飯食べる?」
「荷物置いたらやることもないしそうする。あと、お湯を貰いたいんだけど……」
「あ……今日はちょっと時間かかるかも」
今日は結構、お客さんが来る日らしい。たらいに入れた水をいつも沸かすのだけど、今はそこまで手が回らないと言われた。
「私がやろっか?」
「えっ? おねえちゃんって火使ったことあったっけ?」
「違う違う。魔法でね」
「いいの?」
「大丈夫、大丈夫。ミーシャさんに言ってくるね」
私はエレンちゃんにそういうと一度荷物を部屋に置いてきてから、厨房横で料理の手伝いをしているミーシャさんに話しかけた。
「ミーシャさん、今日のお湯なんですけど……」
「あら、アスカちゃんおかえり。ごめんなさい、ちょっと今日は混むからお湯は遅くなるわ」
「それなんですけど」
私は周りに聞こえないようにミーシャさんの耳元でささやく。
「私たちは助かるけどいいの。疲れるでしょ?」
「お湯ぐらいなら全然大丈夫です!」
「あー、ならちょっとこれも沸かしてくれないか?」
奥にいたライギルさんから声がかかる。見てみると大鍋に水を入れた状態だ。今からスープでも作るのかな?
「は~い」
私は鍋に近づくと魔法を使う。するとたちまち冷たかった水はお湯になる。
「おおっ! やっぱり魔法はすごいな。ありがとうアスカ」
「いいえ。それじゃあ、お湯沸かしてきま~す!」
私は外に行って、たらいを用意する。そして井戸から何度かに分けて水を入れたあと、厨房と同様に魔法で温める。最後に蓋をしてと……しばらくは持つかな?
「ミーシャさん、冷めてきたらまた言ってくださいね」
「ありがとうアスカちゃん。もうすぐ食事ができるから食べてね。それから、コークスキノコは貴重なものだけど貰っていいの?」
「はい! ここに泊まってお世話になってますから。みんなに元気でいて欲しいんです!」
「じゃあ、三人で頂くわ」
私はもうすぐ食事が出来るとのことで席に座ってちょっと待つと、今日の食事が出てきた。
「ん~、いつもながら美味しい! パン以外はだけど……」
パンに関しては何とかしたいとこだけど、作り方なんて知らないしなぁ。寝かせるんだっけ? できないかもしれないけど、ちょっと言うだけは今度言ってみよう。そんなことを考えながら食事を終えた私は部屋に戻り、買った服の寸法を見る。
これまで着ていた服も気に入っているものの、替えがなくて簡単には洗えなかったのだ。
「ふんふ~ん、さ~て次は一応下着も確認しないと……」
下着の確認をするのにいったん、スカートを脱いではいてみた。ちょっと高いかなと思ってたけど、この品質ならいい感じ。
「ちょっと、おねえちゃん寝ちゃってるの~」
そんなことをしているとドアの向こうからエレンちゃんの声が聞こえる。
「エレンちゃん?」
「さっきから呼んでるのに返事がなかったから……」
「ごめんごめん、買ってきた服のことに集中してたから聞こえなかったみたい。今開けるから」
ガチャリ
「……」
「どうしたの?」
「おねえちゃんって部屋では大胆なんだね……」
「へっ……ち、違うの。服と一緒に買った下着のサイズ見てただけ!」
「大きな声で言わなくていいから。これ!」
エレンちゃんが差し出したのはお湯だった。そういえば頼んでたんだった。
「ありがとう。持ってきてくれたってことはもう仕事の方は落ち着いた?」
「うん。お父さんも早くにスープができて、他のことに取りかかれたから助かったって」
「それはよかった」
じゃあ、と言ってエレンちゃんはまた食堂の方へ戻っていった。私はもらったお湯で体を拭き終わり、いよいよ像の作成開始だ。
「最初は練習用にもらったこの木で……」
おじさんが一緒に入れてくれた練習用の木を取りだしておおまかに削っていく。もちろん床が汚れてしまわないように一緒に買った敷物を敷いている。
「今まで外で敷いていたものよりも触り心地もいいし、きちんと洗って普段から使うのもいいな」
ただ、この作業音うるさいよね。そういえば音って振動か何かで伝わるって聞いたことがあるなぁ。振動、振動か……。私は風の魔法を使って音を消せないか試してみる。
「ほいっと」
カツーン カツーン
う~ん、簡単にはいかないなぁ。でも、これができないとこの先昼間しか作業が進まないし。もう一度音が消えるイメージを試す。
カツーン
うん、さっきより音が小さくなった。これぐらいの音ならちょっとぐらい暗くなっても大丈夫だろう。私はすぐに練習用の木を削っていく。まずは全体の感じをつかむようにと……。一番下の台になるところは後で考えるからそのままにしてポーズだよね。
「う~ん、考えても簡単に思いつかないな。そうだ! 先に絵にしちゃおう」
私は一気にやるのをやめて絵を描くことにした。顔も時間が経っていくにつれておぼろげになるだろうし、今がチャンスだ。まずは輪郭を描いて、次に綺麗な銀の髪。そして体のラインを描いて行ってローブを描く。手は何も持っていなかったけどなんか寂しいかも。ここはちょっとだけ脚色しよう! 腕輪を描いて後は……足はやっぱり素足だよね。それ以外は空白にしたいけど立たなくなっちゃうからそのままでと。
「よし、描けた!」
こういう時に前世でこもっていた経験が役に立った。本を読んでは気晴らしに絵を描いていたのがここで生きるなんて。絵も完成したし、彫っていきたいんだけど……今日はもういい時間になってきている。今日は寝てまた明日かな? お湯を沸かす時に明日は手伝うって言っちゃったし。
「アラシェル様、もう少し待っててくださいね」
私は祈りをささげると明日に備えて眠りについた。
「んん……」
朝になって目が覚める。鐘の音が響いているので、ちょうど一の音の時間みたいだ。昨日買った服に着替えて食堂へ下りる。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん」
「あれ、今日はエレンちゃんは?」
「今日は休みよ。昨日は人の多い日だったでしょう? あの子も疲れてるし、たまにはと思って」
「そうなんですね」
うんうん、たまには休みがないとね。私はミーシャさんに出してもらった朝食を食べて仕事の準備をする。
「そういえばアスカちゃん。そんな服持っていたの?」
「昨日買ったんですよ。あんまり見る時間はなかったですけど……」
「そうだったの。あなたくらいの頃は私もよく行っていたわ」
「どんな服を買ってたんですか?」
「それが、あんまりお金がなかったからほとんど見るだけで。今なら買えるけれど、見に行くこともわざわざ着ることもないわね」
「そんなことないですよ」
「そう? じゃあ、今度休みができたら行きましょうか」
「約束ですよ?」
「ええ、それじゃあ今日もよろしくね」
「はい!」
元気よく返事をすると、シーツを回収するため私は奥からかごを二個持ってくる。一つを二階に置いて、もう一つは三階にそのまま持って行く。こうしておけば余計な手間が省けるのだ。
「シーツの交換で~す!」
各部屋を回りながら私はシーツを回収していく。偶にドタドタと音がする部屋があるけど何だろ?
「じゃあ、また持ってきますから」
シーツを回収したあとはいったん外に運んでおき、先に新しいシーツを入れて持って上がる。そうしてシーツを替えてから洗いに向かうのだ。そうじゃないとその間にベッドが汚れちゃうからね。
「ふんふ~ん」
シーツを替えて、終わったら洗う。洗い終わったらもう一度、回収できていない部屋のシーツを回収し、同じことを繰り返す。エレンちゃん曰く、つまらないとのことだけど、私にとっては新しいことなのでまだまだ楽しい作業だ。
「終わりました~!」
シーツを洗い終わって干すと食堂へ。
「お疲れ様、はい」
ミーシャさんがご褒美にジュースをくれる。ふわぁ~美味しい~。この一杯があればこの後の仕事もやれるって感じだ。
「いつもありがとう。でも、何かやりたいことはないの?」
「実は今、木彫りの像を作ってみようと思ってるんです」
「そうなの。じゃあ、お手伝いしていてもいいの?」
「はい! 部屋にこもってできることなので。一日中だと疲れちゃうから午後になったら始めます」
「じゃあ、出来あがるまでは夕飯は呼びに行くようにするわ」
「いいんですか! お願いします!」
昨日も集中して時間を忘れてしまったからありがたいな。私は半日、この後も宿のお手伝いをして過ごした。