アルバで商談
御者のお兄さんと話をしながら進んでいき、いったん休憩ポイントにつく。でも、私たちは護衛なので休憩じゃなくて、馬のエサやりや警戒をしている。商人さんも荷崩れが無いかなどを確認しているので、実際には休憩といえるほど休まる時間ではない。
「リュート、そっちはどう?」
「異常なし。今回は珍しく何もないみたいだね」
「そりゃいいや。なんたって、護衛依頼の三回に一回は何事もないってのにあたしたちはずっと戦い詰めだったからね」
「でも、おかげで儲かるだろ?」
「素材取りなら調査の時で十分だよ。護衛の時はいちいち気にしてられないからねぇ」
「そうだよノヴァ。それに商人さんたちも何もない方が安心できるしね」
「僕らは守ってもらうだけですからね。何もないのが一番ですよ。さあ、早速出発しましょう」
再び馬車が私達を乗せてアルバを目指して進んでいく。速度はそこまで出ないんだけど、歩かなくていいから楽でいいなぁ。
前回の時は歩いて帯同する形だったんだけど、その時は馬車に動きを合わせるので大変だった。ジャネットさん曰く、「うちのパーティーは重戦士がいないからまだまし」なんだって。重装備の戦士がいたらまずついて来れないから、依頼を一緒に受けられないことも多くて面倒らしい。
「そろそろ着く頃ですね。ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」
アルバの門まで着くと後は検問だけなので、商人さんと別れて依頼完了だ。御者としてついてきてくれた人が先にギルドへ報告してくれるみたいで、私たちは報酬を今日のうちにもらえる。この対応は毎回ではないけどね。
「よし帰ってきたね。報告完了まで一時間ぐらいあるだろうから、各自何か好きなことやってりゃいいよ。時間になったらギルドに集合だよ」
「はい!」
みんなと別れて私は細工師のおじさんの店へ向かう。
「おじさ~ん。いる~?」
「うん? アスカか、珍しいな。今日は何の用だ?」
「実は今日、レディトの商会で依頼を受けてきたんだけど、そこの人が細工師を紹介して欲しいって言ってて……」
「ほう。じゃあ、アスカの納期がまた長くなるのか?」
前に私がレディトのドーマン商会に納品したいというとおじさんは快く了承してくれた。だけど、その代わりちょっとこっちに卸す量が減ったのも事実なんだよね。おじさんはそれを気にしているみたいだ。
「ううん。私はこれ以上お仕事増やしたくないからね。おじさんを紹介しようと思ってるんだ」
「だが、俺はこの店を持ってて、そこで作品を売ってるんだが……」
「それなんだけどおじさんってアルバからあんまりでないよね?」
「まあ、基本は他の街から仕入れなんてしないな。行商人から仕入れたりはするが、自分で作るのか街の奴らのが殆どだ」
「私も、今までは向こうに行かなかったからびっくりしたんだけど、レディトってあんまり品質が良くなくても高いの! 具体的に言うとこれと同ランクだと銀貨二枚ぐらいだよ」
「……何! 俺が修行中の頃はこれなら銀貨一枚でもぎりぎりだったぞ」
「私の商品を仕入れてる人も今回の人も最近は数が多くても、品質は下がり気味だって言ってたよ。そこでおじさんの話をしたの。こっちで売るより高く売れちゃうかも」
「だけどな、売るって言っても運送料だって結構するんだぞ? アスカはそこまで知らないだろうがな」
「それなら心配ないよ! そこの人が運送料は持つって言ってたから」
「本当か? だがなぁ。あまりにも話が旨いし……」
う~ん、何だかおじさんは今一つ踏み切れないみたいだ。そういえば、小箱を預かってたっけ。
「じゃあ、これを見てみて。あげることはできないけど、見たら気が変わるかもって」
私はマジックバッグから小さい箱を取りだしておじさんに渡す。
「何だこりゃ?ただの箱だろ」
「まあまあ、開けてみてよ」
「お、おう。なんだかアスカはやけに乗り気だな」
「だって、おじさんの商品が隣街とは言え、売られるかもしれないんだよ。私よりきれいなものもいっぱいあるんだからきっと人気になるなって」
「ま、まあ、これ次第だな…こ、こりゃ!」
おじさんがカッと目を見開く。何があるんだろう?私も気になってのぞき込む。そこには見事!としか言いようのない髪飾りが入っていた。とてもじゃないけど今の私には作れないレベルのものだ。
「お、おじさんこれって…」
「小さくサインがある。これは、王宮にも品を納めている細工師のものだ。じ、実物は俺も久しぶりに見た」
「サインもきれいだし、すごいんだね」
「ああ、決めたぞ!その商人に品を納める。ここまでできるとも思えないが、絶対にこれに近づいて見せるぞ!」
おじさんをその気にさせるってこういう事だったんだ。でも、このレベルのものを見てやる気が出るあたりおじさんは負けず嫌いなんだね。私はしきりに感心しちゃったよ。
「おじさん、触ってみてみないの?」
「こんなん触れるわけあるか!貴族が身に付けていたら将来、子どもに受け継ぐレベルのものだぞ」
「そんなにすごいんだ…。じゃあ、ちょっとだけ失礼して」
私は風の魔法をその髪飾りの周りに集めてふわりと浮かす。
「これならじっくりどこの角度からでも見れるよ」
「お、おお。アスカ、お前は相変わらずすごいことをするな」
そうかな~、触らずに見るんだったらこうするしかないと思うんだけど。その後はおじさんはふんふんと頷くばかりで、私に角度を指示する以外は何もしゃべらなくなってしまった。私としても魔法のコントロールに集中できるから助かるけどね。それに、おじさんが角度を変えるたびに私も色んな角度で見れるから一石二鳥だし。
「うむ。もういいぞ」
「は~い」
私は風の魔法を使って再び箱の中に髪飾りを戻す。
「それじゃあ、商会の名前はラーナルトってところだからよろしくね」
「ああ、あそこか。分かった」
そろそろ、待ち合わせの時間も近づいてきているので私はおじさんと別れてギルドに向かう。
「失礼しま~す」
ギルドの中に入って皆の姿が無いか探してみる。ジャネットさんたちは…いた。みんなもう揃ってるみたいだ。
「おや、アスカもようやく来たね」
「みんな早いですね」
「1時間ぐらいだったら、そこまで色々できないからね。僕とノヴァは孤児院に行って、ジャネットさんは宿に荷物置いてきたんだって」
「そうなんですね。それじゃあ、これからどうするんですか?」
「これからも待ちだよ。今日の朝にあの依頼を受けたやつらがそろそろ着くはずだからね」
「結局、そいつらを見るだけならさっさと出発すりゃよかったじゃん!」
「まあまあ」
「時間を自分でも体験する方がノヴァには分かり易いと思ってね。アスカとリュートだけだったら出発してたかもね」
「何だよそれ」
「じゃあ、お話して待ってよっか」
それからみんなの近況報告みたいな感じで話が盛り上がる。とは言っても、私からするとジャネットさんもリュートも宿で会うので、どっちかというとノヴァの動向以外はすでに分かってるんだけどね。
「おっ、とうとう着いたみたいだね」
ジャネットさんが入り口の方を見ると、私たちが受けようとした依頼を受けたパーティーが入ってくる。なので、みんな耳を澄まして会話を聞く。
「はぁ~つっかれたな~」
「本当よ!馬車に空きがあるのに乗せてもらえないし、まさかあの報酬で馬車に速度を合わせろなんてね」
「おまけに10分遅れてきて、遅れを取り戻すために速度を上げろだろ?」
「まあまあ、報酬をもらって一杯やりましょう」
口々に愚痴を言い合った後、まとめ役の人がなだめている。うわ~、ほんとに疲れる依頼だったんだ。
「依頼の報酬を頼む」
「報酬ですね。4名で金貨1枚です」
「はぁ?おいおい、依頼は銀貨3枚で4人だから金貨1枚と銀貨2枚だろ?」
「ですが、依頼人の方からは魔物との遭遇もなく、話もついていると…」
「いや、聞いてねぇよ」
「では、直接依頼人の方と話していただくか、元々の依頼先の商人ギルドへ行ってください。こちらでは対応できませんので」
「はぁ、こっちは疲れてるってのに。どうする?」
「今日は疲れてるし、明日にしない?」
「そうですね」
護衛依頼は魔物や盗賊が出なくても常に緊張した状態なので、思っているより疲労がたまるのだ。私も最初のころはぐたっとベッドに突っ込んでたし、今から価格交渉なんて正直行きたくない気持ちは分かる。
「どうだい?あの連中みたいにならなくてよかっただろ?あの商会は以前からああやって何もないと価格を下げたりして、評判の悪い商会なんだよ」
「でも、明日彼らが話に行ったらどうするんです?」
「明日にはいないよ。ここに倉庫があって今日来た奴らはこれから荷物を積み込ませて、早朝には出発してるからね。その依頼自体はいつも同じパーティーに頼んでるから問題ないのさ」
「そのパーティーはよく引き受けますね」
「こっちから王都方面は交易品を運んでいるらしくて、利益はいいらしいよ。で、話を戻すと明日責任者がいないとどうなると思う?」
「次にあの商会が来た時に話をするんですよね?」
「ああ、だけど当事者が揃わないと商人ギルドも介入できないから、あいつらはずっと街にいて今日来た商人がいるのを確認しないと話ができない。依頼に出て空白が出来ると申し立ても難しくなるしね。結局、銀貨2枚のためにそこまでするかって話になるんだよ」
「ひどい話ですね」
「まあ、商人としては間違っちゃいないのかもしれないけどね。ああいうやつらもいるから依頼を受けるときは気をつけろってことさ」
「だけど、ジャネットはどこでそんな話を聞いてきたんだ?」
「まあ、ここで酒でも飲んでるか食事をしたり、依頼の合間に話をしてだね。うまい話はなかなか教えられないけど、不味い話は愚痴として聞いてやることで情報が集まる。そうしていくと自然とろくでもない依頼人とまともな依頼人が分かるんだよ」
「じゃあ、ラーナルト商会の依頼を受けたのは?」
「アスカを見ても嫌な顔しなかっただろ?あそこは依頼料以外は問題ないところって評判だからね。仕方なく受けるなら真っ先に受けるべきところなんだよ」
「流石です!私も色々、調べますね」
「いや、アスカはそういう事必要ないんじゃないかなぁ」
「どうしてです?」
「勝手に騙されるか、相手が見誤ってぼろを出すかの2択だから慣れないことするより、そのままの方が良いよ。あたしたちもその方が判断しやすい」
「ひど~い!」
「まあ、そうだよな」
「ノヴァにまで言われるなんて…」
「俺には言われたくないのかよ!」
「2人ともあんまり1人で依頼を受けないでよね。なんだか心配になってきたよ」
リュートの発言に釈然としないものを感じながら私は宿に帰って、一週間ぶりの依頼が終了したのだった。