番外編 ドーマン商会の商い
私はドーマン商会を預かるセーマンという。祖父の代でこの街に商会を開いて早数十年。数年前に父より商会を譲り受けて、最近は順調に取引高も増えてきている。
しかし、事業というのは常にライバルに脅かされるもの。ここ一年ほどは業績も足踏みしており予断を許さない。何とかしたいところだが、中々うまくいかないものだ。
「商会長お話が……」
「どうしたトーマス」
彼はこの店で店長をしているトーマスだ。仕入れも担当できるほどの目利きなのだが、愛想がなく完全に任せるまでには至らないので少し困っている。商人は愛想が重要ですから。
「近頃、冒険者たちの噂に上がっていた、アルバ方面の魔物が強くなっていることは真実のようです。冒険者ギルド内では貼り紙もされました」
「アルバということは、飲食店が何件か取引していたか」
「はい。後は交易品も通っておりますし、収益の悪化は免れないかと……」
「それで、御者のバンザもこの前ケガをしたのだな。仕方ないとはいえ嫌な流れだ」
「それなのですが、今回代わりに荷運びをする者をどうしましょう」
「……ふむ、相手方も値上げの話も含め不安になっているだろう。私が直接向かうことにしよう」
「自らですか?」
「従業員たちに任せても相手の不安が募るばかりだ。これからも安全に行き来できるということを示す意味でも必要だろう」
「わかりました。冒険者の手配を……」
「ああ、条件はこちらで書いたのを渡す」
条件を書いた紙をトーマスに渡し、執務室に向かう。だが、護衛費用の上昇で収益が悪化するからと、商品の種類を増やすわけにもいかないし困ったものだ。最近はポーションの品質が安定してきたものの、代わりに細工物の質が下がってきて儲けも減って来たし、どうにかしないと。そうはいっても早々に解決できることもなく、目の前の書類と格闘する毎日だ。
「商会長、商品の積み込みが終わりました」
「そうか。では先に待ち合わせの場所に運んでおいてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、流石に街中で何かするバカはいないだろう。それに、護衛が見つかったらすぐに出発したい」
「そう言えば、昨日来たフィアルでしたか。彼も冒険者ということですし、依頼を出してはどうでしょう?」
「冒険者といっても経営者だぞ。良くてDランクの荷物持ちぐらいではないか?」
この時は私は彼がCランクで優秀な冒険者とは知らず、適当に返事を返した。今後はそういうことはないようにしないといけないだろう。
「おや、あなた方が今回の護衛ですか?」
「そうだよ」
「おお、助かります……ん? フィアルさんではありませんか?」
彼が冒険者だと聞いてはいたが、まさか護衛依頼を受けられるほどだったとは。しかも、話を聞くとパーティーリーダーはまだ小さい少女だった。しかし、Cランク冒険者の中では腕利きで、この街でも名の知られているジャネットさんが大人しくしているところを見ると、相応の実力者なのだと思われる。
「護衛するんならボーナスが欲しいねぇ」
護衛の内容を確認しているとそんな話になり、少女の実力も気になったので一応条件を出す。条件は荷物に傷が付いたら報酬を下げるものだ。こちらは馬車が二台であちらは三人。襲撃があれば対処は難しく、受けるはずはないと思っていたが予想外に受けてきた。
「では、出発しましょう」
疑問は色々あるが、折角早く出発できるので馬車を走らせる。道すがらフィアルさんと話をしていると、最近アルバ周辺が物騒になっていることは多くの冒険者が認識しているようで、一部では報酬の値上げ交渉をする動きもあるらしい。
「いやぁ~、まさかそれほどお強いとは……」
同じ馬車に乗っているので無理を言って冒険者カードを見せてもらうと、フィアルさんはかなりの実力者だった。このパーティーなら大丈夫だと思わせる。まあ、何事もないことが一番だが。
「止まってください!」
その後も商談をしていると、いきなり少女が前の馬車を止める。何事かと思っているとフィアルさんもジャネットさんも馬車から飛び降りて、構えている。
「どうやら何か来たようです。馬車から出てこないように」
「は、はい」
少女の声に従ってすぐに臨戦態勢を取るとは、リーダーをかなり信頼している様だ。するとすぐに先前を行く馬車の前に男が出てくる。助けを求めている様だが、街道に出てくるとはいったいなんなのだ?
「オーガが!」
オーガと言いながらジャネットさんの足にしがみつこうとするが、一蹴される。まあ、こちらにとっても害でしかないし当たり前の対応だな。そして、男を追うようにオーガが五体。そのうち一体は女性をつかんでいるようだ。相手が悪かったのには同情するが、街道に魔物を引き寄せるなど言語道断だ! これが旅人なら巻き添えを食らって死んでいたところだぞ。
「下がって!」
護衛の少女に追い立てられるように男はこちらにやって来る。正直、せめて戦ってもらいたいところだが、邪魔になるのであれば好きにさせておこう。それからしばらくは戦闘音が聞こえてきたが、やがて音が消えた。ここからでも風の魔法が見えたので、少女は魔法使いなのだろう。
「大丈夫でしたか?」
「はい。そちらも?」
「ええ、被害はありませんよ」
フィアルさんからは無事を確認される。もちろん馬車にも私にも傷はない。そして、少女の方を見ると必死に怪我をした女性に回復魔法をかけていた。あれだけの怪我なら命はないだろうが、あの年の子供では治したくなるのも仕方ない……。
しかし、驚いたことに少女の必死の回復魔法が実り、女性が一命を取り止めたどころか、見た目には問題ないまでに回復した。ひょっとして少女はかなりのランクなのではないか?
「少し時間をもらえるかい?」
その後、ジャネットさんたちが奥の様子を見に行きたいとのことで、私は許可を出した。ここで襲撃を受けることを考えるとリスクはあるが、今回の件は商人ギルドの一員としても見過ごすことはできないので許可した。後で冒険者ギルドからは慰謝料をもらうとしよう。
しかし、五体のオーガ相手に馬車へ近寄らせもしないとは、素晴らしいパーティーだ。人数も少ないし、出来れば定期的に護衛依頼を受けて欲しいぐらいだな。
「どうでしたかな?」
私が聞くと彼らは首を横に振る。まあ、あの男が助けを求めていた時点でそうだとは思ったが。少女はかなりショックを受けた様子だったが、気丈にも馬車に戻り、私たちは進みだした。それからは無事に進むことが出来、アルバへとたどり着くことができた。
「これ私が作ったんですよ」
アルバに着いて気になった少女と話をしていると、聞きなれない神様を信仰していた。彼女がその神を信仰して、先程のような治癒行為を行ったというなら興味がわいてくる。すると目の前で少女が作ったという像を見せられた。確かこの少女の名前はアスカと言ったか。
うちの従業員たちがアルバで最近人気の細工師と言っていた者と名前が一緒だ。見せてもらった時はいい細工物だと思ったので、出会えればと思っていたが少女だったとは……。
「うちの守り神にさせてもらいますよ」
立派な神像をくれるということで、貰っておこう。ついでに駄目元で細工作成の依頼をしておく。これだけの細工物が作れるのだ。今後もレディトに来るだろうし、いつか機会を見て仕入れをしてみたい。
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「商会長。アスカとかいう少女が面会を求めているのですが……」
あれからひと月ほど経ったころ、急に受付のものが彼女の名前を呼んできた。フィアルの使いだろうか? なんにせよ今後のことも考えると書類仕事をやっている暇はない。
「すぐに奥の部屋に通せ。私もすぐに向かう」
「は、はい」
「セーマン商会長。わざわざ出向かなくとも私が……」
「ああ、ちょうどいい。トーマス、お前も一緒に付き添いなさい。私がいないときはお前が代わりに対応するのだから」
「はぁ」
トーマスは彼女と会ったことがないからわかっていないようだが、彼女はかなりの掘り出し物だ。そして彼女が出したものはこちらの予想を上回ったものばかりだった。
「こちらの魔道具は金貨二枚ですな」
鑑定してみても本物の様だ。魔道具を作るものも多くない中、懇意にできるものと出会えるとは。しかも、まだ十三歳。うまくいけばこれから数十年はこの恩恵にあやかれるというものだ。
他の細工物もきちんとしたものであり、今日、出回っているものの中でも質が高い。無論上の価格帯を見ればそれ以上の物もあるのだが。この値段でこの品質なら、しばらくは在庫不足も解消するだろう。
「トーマス」
「はっ」
トーマスもこの取引がいかに大事か理解したようだ。逃がさぬように少し条件を上げて交渉する。二人が店から出た後で早速打ち合わせだ。
「店を回ったようだがどうだった?」
「連れの方は普段からアスカ様の見ているからでしょうか。価格と品質に差があるとおっしゃられておりました。アスカ様は単純に粗が目立つと言われておりました」
「ふむ。鑑定のスキルは持っていないが、それなりに目利きもできるということだな。では、こちらに粗悪品が流れて来ることもないだろう」
「はい」
たまに作品を作った後に、その強度や出来をよく見ないまま出荷する職人がいる。折角良い出来でも毎回全てに鑑定が必要で、こちらとしても困ってしまうのだが、そういう心配もないとはますますこれからが楽しみだ。
「くれぐれも私がいない時は頼んだぞ。それと、商談中でも構わないから必ず、すぐ通すように伝えておいてくれ」
「了解いたしました。商会員には伝えるようにいたします」
これで、この街での我が商会の立場は安定するだろう。