サナイト草
歩いているとふいにリュートが話しかけてきた。
「なんだか出会ったころを思い出すね。こうやって少しずつ薬草の分布を調べていって」
「そうかも。まだ、あんまり時間が経っていないのにちょっと懐かしい感じ」
「それだけ経験を積んだってことさ。ノヴァたちだって修行をしたんだしな」
「ほんとだぜ。二人とも厳しいんだから」
この一か月、暇を見つけてはジャネットさんとフィアルさんがノヴァとリュートを連れて修業をしていた。帰ってきたリュートを見ると、いつもくたくただったので、かなりのメニューをこなしたのだろう。
私は他にも色々することがあったから参加も二回に一回ぐらいだから、疲れてもちゃんと休めたよ。あの時の二人のうらやましそうな視線はよく記憶に残ってるけどね。
「そうでもしないと、この短期間でDランクに上がれなかっただろ? アスカは例外だよ。あんたたちみたいに装備も経験も少ない奴が一年足らずでDランクになるのも珍しいんだよ」
「そうなのか? でも、あんまり年が変わらなくてDランクの奴のもいっぱいいるぜ?」
ジャネットさんの言葉に疑問を投げかけるノヴァ。
「あんたらの歳の一年は大きいからね。それにそいつらはもっとデカかったり、普段からパーティーで依頼を受け慣れてるからね。二人だと行ける依頼も少なかっただろうし、慎重になるから普通はもっと時間がかかるんだよ」
「じゃあ、ひょっとして俺たちって才能あるのか?」
「今んところは努力すれば誰でもなれるレベルだからどうかね。才能があるかどうかはもっと実力が付いた時に分かることだからねぇ」
「僕らが強くなるまで先は長いね」
「でも、きっと二人ならもっと強くなると思うよ」
これだけ努力してるんだもんね。
「アスカがそう言うならそうかもね」
「まあ、今のままじゃあたしも困るから、もっと強くなってもらいたいところではある」
「ようし! じゃあ、また帰ったら修業だな!」
「元気だね、ノヴァは」
「お前も一緒にだぞリュート」
「もちろんだよ。僕も強くなりたいからね」
「リュートも何か目標みたいなの見つけたの? 断言するなんて珍しいね」
「……一応ね。あっ、そろそろ次のポイントだよ」
リュートの言葉通り次のポイントだ。ここは私たち以外は見つけていないところなので、遠慮なく採取する。ん? 何か見慣れない薬草があるな。
「ひょっとしてこれかな?」
パラパラと本をめくって確認してみる。あった、サナイト草だ! 早速採らないと。だけど、この薬草ってどういう採り方が良いのかな? 本には何も書いてないし。生息時期以外にも硬さとか、もうちょっと情報が欲しいなぁ。
「とりあえず触ってみてと……ちょっと柔らかい。水分量は多めかな? 葉はザラザラだね。後はすぐにくたってなるから慎重にした方が良さそう。茎を切るのも手早くやった方がいいだろうし、ナイフを使おう」
私はマジックバッグから採取用のナイフを取りだし、薬草の上部を持って一気に茎を切り取る。切り取ったら液体が漏れ出ないように皿へ置いてすぐにマジックバッグへと入れる。大体七本ぐらいかな? どれぐらいが薬の材料として必要かわからないから、まだまだ探さなきゃ。
「どうしたのアスカ? そんな方ばっかり見て。ルーン草はこっちだよ」
「うん。サナイト草らしき薬草を見つけたから採ってたの」
「本当? ちょっと見せてくれる」
リュートもサナイト草が気になるみたいなので、私はまだ残しているサナイト草を見せる。採ったものでも良かったんだけど、今後のためにもやっぱり自生しているのを見てほしいしね。
「へぇ~、これがそうなんだ。葉は結構ザラザラしてるんだね。花とかも付けてないみたいだし、分かりにくい薬草だね」
「確かにね。正直、他の草と混ざって隠れそうだから、これまでも見つけられていないだけで近くを通り過ぎてそう」
「何だ、二人で」
リュートと一緒に探し方を話しているとノヴァもやってきた。
「ほら、これが例のサナイト草だよ」
「何だよこれ! こんなんじゃ俺は探せないぞ」
威張って言うことでもないけど、実際ノヴァは採るだけなら慣れてきたけど、如何せん探すことが苦手なのだ。最初は形が頭に入っていないとか思ってたんだけど、そうじゃなくて単純にどの薬草も同じに見えてくるらしい。ベル草ぐらい特徴があればいいんだけど、中々そんな薬草は無いしなぁ。
「アスカ、お前今失礼なこと考えなかったか?」
「え、そんなことないよ。それより、二人はどうやって採るのが良いと思う? 私は茎を持ってナイフで採ったんだけど……」
「アスカがそうしたんならそれがいいんじゃない?これまでの取り方だっていつもそうやって決めたんでしょ?」
「そうなんだけど、これまでがたまたまかもしれないから」
「とか言ったって、俺たちは薬学スキルなんて持ってないし、難しい採り方なら結局アスカにしかできないだろ?」
「う~ん、そうなのかな? じゃあ、いったんこの採り方で採って、後で他の人にも相談してみるね」
「それが良いよ。僕たちはアスカに教えてもらう立場だから、どうしてもそれ以上って出てこないんだよね」
「師匠を弟子が越えるのが難しいゆえんだね」
「師匠だなんて……」
三人で話していると見張りをしてくれているジャネットさんからそんな風に言われた。そこまで実力があるわけでもないと思うんだけど。
「でも、実際ギルド人のほとんどの師匠みたいになっちゃってるし間違いではないかも」
「リュート、そういういい方されると恥ずかしいよ」
そんなこんなで一応は目標のサナイト草が見つかったことに安堵しながら、次の場所を探していく。
「次はと……ここは結構普段から人が来るところだね。期待しないでおこう」
「そうだねぇ。どうしても見えやすい場所ってのは存在するからね」
目的地までは十分ほど。この森の移動距離としては短い方だ。私たちは警戒しながら進んでいく。
「……何か動きました」
「やれやれ、空振りがないというのはありがたいんだけどねぇ」
みんなも武器を構えて戦闘に備える。リュートは私の真後ろに、ノヴァとジャネットさんは左右の木の陰に隠れる。
《グオォォォ》
威嚇しながら近づいてくるのは大きさからオーガのようだ。私は声を出して気付かれないように角があるとをジェスチャーで伝えて魔法を唱える。
「ウィンドカッター」
魔法を二度唱え、勇気を出して一歩を踏み出す。相手に私の存在を気付かせるためだ。
バキッ
ちょうどいいところに枯れ枝があったので踏み抜いた。その音にオーガたちは気づいたようで一直線にこちらに向かってくる。
《ウオォォォォ》
「数は……五体。いけぇ!」
近づいてくるオーガの群れに一気に風の刃を放つ。前方左側一体を倒して、右側のオーガも傷を負ったようだ。でもまだ中央を突破しようと二体のオーガが突進してくる。
「くっ! まだ二体も……」
「アスカは左を!」
リュートの指示に従って中央左のオーガを射程に定める。
「くらえっ、ウィンドブレイズ!」
円錐状の鋭く圧縮された多数の弾丸が、オーガのお腹に突き刺さり倒す。
しかし、もう一方のオーガは依然としてこちらに向かってきている。
「アスカ、しゃがんで!」
「うん!」
リュートの声に従ってしゃがむ。
「はあぁぁ!」
一瞬頭の上を何かが通り過ぎたと思うと、次の瞬間にはオーガの首を貫くようにリュートの魔槍が刺さっていた。
「すごい!」
「じゃあ、こっちも……死になっ!」
木々をすり抜けつつ、こちらに向かってきているオーガをジャネットさんが真横から一閃する。オーガは少し走った後に崩れ落ちた。
「負けられるか!」
ノヴァもそれと同時に左のオーガに切りかかる。しかし、一瞬早く気付いたオーガは傷ついた腕を前に出して攻撃を受け止める。
「まだまだぁ!」
全力に見えた一撃は余力があったようで、受け止められた剣をすぐに引いて再度攻撃するノヴァ。オーガも反応はしたものの、動きが鈍く心臓を貫かれた。
《グオォォォ》
「やったぜ!」
「ノヴァ!」
しかし、オーガは死ぬ間際に捨て身で腕を振りかぶり反撃に出る。
「なっ! 刺さった剣が抜けねぇ」
「ウィンド!」
咄嗟にノヴァに向かって風を圧縮した魔法を放つ。
「うわぁ」
間一髪、オーガの拳が当たる前にノヴァの体が吹っ飛んだ。そして、オーガをちらりと見るともう動くことはなかった。
「だ、大丈夫だったノヴァ?」
「ああ、いちち」
どうやら魔法はお腹のところを直撃したみたい。ちょうど防具のあるところでよかった。
「アスカもリュートも鮮やかだったよ。ノヴァはもうちょっとオーガとの戦い方を学ばないとね」
「うっ、言い返せないぜ」
「あたしらは常に一撃が危険につながる場所で戦うんだからとっさの判断を身に付けないとね」
「うまく行ったと思ったんだけどなぁ」
「自分に置き換えてみたらノヴァ? きっとノヴァだって、私たちがやられそうだったら身をもって助けてくれるよね」
「そりゃそうだぜ!」
「だから、あのオーガも何とか仲間のために一矢報いようとしたんじゃない?」
魔物だって生きている以上はそういう気持ちもあると思うのだ。
「なるほどな。魔物だって感情がないわけじゃないか……」
「僕も気をつけなきゃ。今回はたまたま後ろで戦っただけだからね」
「そうだねぇ。リュートの槍投げは見事だったけど、前衛で戦ったらどうだったかはまだわからないわけだし」
「ジャネットさん。それじゃあ、今から隊列変えます?」
「いいや、まだまだ実力的に不安も残るし、今はこの隊列が良いと思う。そういうのはもっと修行して強くなってからだね」
「強くってどのぐらいだ? Cランクか」
「Cランクにこだわらなくてもいいさ。だけど、実力だけはCランクぐらいあって欲しいね」
「具体的にはどのぐらいですか?」
「少なくともパラメータの内、二つに150は欲しいね」
「はぁ〜、俺なんか最近ようやく一つが100を超えて喜んでたのにそこかよ」
「まあまあ、ノヴァ。どうせ僕らもその内超えないといけないんだから」
「リュートは前向きだね。ノヴァも頑張ろうね!」
「アスカはそう言うけど、あんまり修業に一緒に参加しないよな?」
「えっ、私は他にも色々やることがあるからね」
危ない危ない。私も体力とかは付けないととは思うんだけど、さすがにこれ以上時間を奪われるのはつらい。せっかくのお休みがなくなっちゃう。
「そういえば、やることで思い出したけどファニーが依頼してたナイフはどうなってるんだ?」
「あの件は、必要な魔石が細工屋のおじさんのお店に入らなくて……。風魔法の使い手がいないパーティーなのでナイフの属性は風属性にしたいんですが、誰でも使えるようにするにはウィンドウルフの魔石が必要なんです」
属性魔石は大きく分けて二種類ある。火属性なら火の魔力を必要とする専用魔石と、魔力さえ込めればどの属性持ちでも使える汎用魔石だ。当然、使い勝手のいい汎用魔石の方が値段も高いので、普段魔道具を作らない細工屋のおじさん経由の仕入れに時間がかかっている。
「何だ、そうだったのかい。言ってくれれば解決できたのにね」
「えっ!?」
そう言うとジャネットさんはバッグから魔石を取り出した。魔石は濃いめの緑色をしていて透明度も高い。
「これがウィンドウルフの魔石だよ。王都側ならそこまで珍しくもないからストックがあるんだよ。あたしは使わないからやるよ」
「あ、ありがとうございます。ちなみにいくらですか?」
「市場価格だと金貨一枚ぐらいかね。この小さいサイズだとそこまで強い魔力が込められないからね」
金額を聞いてお金を渡そうとしたけど、断られてしまった。
「ファニーが無理を言ってるわけだし、元はと言えば私が原因の依頼だし今回だけはやるよ」
「分かりました。ありがたく使わせてもらいますね。その代わり良いのを作ります!」
こうして私の次の細工の日程の一部が埋まったのだった。