シェルオーク再び
さて、シェルオークごあるところまでは、アルバを出て西側に進むんだけど、ちょっとだけ道を外れてみる。
「風の加護よ、ウィンドバリア!」
風を体全体に張り巡らせて一気に跳躍すると、後は風を利用して空を飛んでいく。時間はもう十時を過ぎている。ここから歩いてだと帰りは夕方近くになるだろうし、なるべく西側で姿を見られたくない。現在西側は東側の立入禁止で以前よりも薬草の採取地としてにぎわっているからだ。
「リラ草でさえ、街道沿いは採り尽くされちゃったしね。まだまだ、林や森の方は危険もあるから大丈夫だけど……」
ちょっと離れたところに空からリラ草の種をまくのも忘れない。この辺にリラ草が生えれば、成長した株から種が風に乗ってまた街道沿いに生えるようになるだろう。このままじゃ本当に初心者は何もできなくなっちゃうからね。
アルバから新人が消えるのは私としても嫌なので、こういうちょっとしたことからやっている。バジルほどではないけど、リラ草もかなり繁殖力と成長力があるのでこれぐらいの扱いでも生えてくるはずだ。ただ、薬草園で育成するには他の薬草の栄養を取るため育てにくい品種なだけなんだ。
「後もうちょっとで目的地だ」
私は徐々に高度を落とし、林の横へ下りる。よしよし、付近には誰もいないみたいだ。
「さて、ここからだったね。お邪魔しま~す」
私は藪を風で左右にふわりと押し分けながら入っていく。この辺は相変わらず荒らされていないようで、ムーン草やルーン草も生えている。だけど、まだ小さいのも多いからひとまずは採らないでおこう。もっと成長してもらわないといい品質にならないからね。
「ごめんね。また今度分けてね」
そう言って今回の目的のために私は道を進んでいく。
「相変わらず大きな木だなぁ。外からも結構目立つと思うんだけど、みんなどうして来ないんだろうね?」
ここから入る時の目印にできるし、結構便利だと思うんだけどな。それはそうとこの木さんにお願いをしないと。
「どうかお友達のために、その枝を少し分けていただけないでしょうか……」
私はアラシェル様に祈るように手を合わせる。今の私にできるのはこれぐらいだ。市場でも一応シェルオークは流通しているんだけど、どうしてもかつて見たあの枝よりも元気がないというか、何かが足りない気がするのだ。ムルムルさんのお友達に作るならあれではいけないと思ってしまう。
「いたたた」
考えを巡らせていると、また前のように頭へ枝が落ちてきた。それと一緒に右側からは葉が落ちてくる。あげてもいいよということなのだろうか?
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言ってもまだ右側から葉が落ち続けている。どうしたのだろうと思って見上げたら、枝の一本が変色していた。何か病気にでもかかったのだろうか?
「ひょっとして切って欲しいのですか?」
私が話しかけるといったん葉が落ちるのが止まり、また少し落ちてきた。きっとそう言うことなのだろう。ならば、魔力をコントロールして……。
「エアカッター!」
私の放った刃が色の変わってしまった枝を切り落とす。切った根元はまだまだ綺麗な色だ。これで大丈夫かな? 切り取った枝を手に取ると何か良くない気配がする。せっかくのシェルオークだけどこういうのはよくないよね。
「猛火よ、わが手のものを消し去れ! フレイムブラスト」
手に在った枝はすぐ炎に包まれて灰となった。灰からは嫌な気配もなくなっていたので大丈夫だろう。
さわさわ
お礼を言うように木が風に乗せて音を響かせる。とても心地よい音だ。きっとこれでよかったんだなと私は安堵する。
「それはそうとせっかくの葉っぱも大事にしなきゃね」
以前は部屋の飾りとして持ち帰ったけど、なぜかあれからあの小枝は枯れないし、今回は葉っぱだけが手に入ったので、ありがたくマジックバッグに入れる。全部で百枚ほどにはなっただろうか?
「用事も済んだけど、やっぱりここは気持ちいいしちょっとだけ休んでいこう」
私は風の結界を張り、シートを敷いて木にもたれかかるようにして座り込む。
「う~ん、癒される~。最近は気疲れすることも多かったし、こうやって伸び伸びと休んだのって久しぶりかも。これからもたまには一人で依頼を受けてみようかな? それにここで細工をするのもいいかもね」
大自然に囲まれて細工なんて贅沢だとは思うけど。
「だけど、ウルフにも襲われたし、集中してると危ないかな……」
そう思って木を見上げる。すると、五メートルぐらい先に大きくて太い枝がある。あれに登れば安全なんじゃないかな?
「今度また試しに来よう」
その後も私は一時間ほど休むと、ゆっくり二時間ほど時間を使って町へと戻った。もちろん、ここが分からないように慎重に気を配りながら。
「おう、アスカ! どうだった?」
「あっ、門番さん。目的の物は手に入りました。そうだ! 門番さんたちも怪我とかしますよね?」
「うん? まあな。最近は俺たちも東側の警備に行く時は見回りの業務が追加されて、街道近くまで行くことも多くてな」
「なら、今度お土産代わりにちょっと持って行きますね」
そう親しげに話すのは私がこの町で最初に話した門番さんだ。彼と約束をして私はおばあさんの本屋へ向かった。
「こんにちは~」
「おや、今日はどうしたんだい?」
「調合の本が欲しくて」
「ほう? とうとうそこにも手を出すのかい」
「ちょっとだけ気になったので」
以前にホルンさんがシェルオークの葉は薬の材料にもなると言っていたので、どんなものができるのか気になっていたのだ。幸い今回は数があるからちょっとぐらい使っても問題ないだろう。
私は何冊か調合の本を持ってきてもらい、パラパラとめくっていく。まるで立ち読みのようだけど、きちんと見ているわけではないし、シェルオークの葉を使ったものでないと意味がないので申し訳ないけど中身を見させてもらっている。
「なんだか珍しいのを探してるようだね」
「はい、シェルオークの葉を使う物なんですけど……」
「ああ、それならそこにはないよ。あれは変わった調合だから、そこいらの本には載ってないよ」
「そんなぁ~」
がっくり。せっかく、いい機会だと思ったのに。
「心配しなくても載ってる本自体はうちにあるからちょっと待ってな」
そう言っておばあさんは奥に引っ込んだ。な~んだ、よかった~。
「ほれ、これがそうだよ」
「これですか……かなり薄いですよね?」
「そりゃそうさ、それについての事しか書いてない本だからね。ちなみに値段は銀貨八枚だよ」
高っ! ページにして六ページぐらいだ。いや、この世界ではこういう専門書が高いのも、情報自体が貴重なのも分かってるけど、たかが六ページで銀貨八枚。でも、せっかく決心してきたんだし。
「か、買います」
「良いのかい?」
「だって、その本じゃないと載っていないんですよね?」
「まずないだろうねぇ。これもちょっと怪しい奴から買い取ったもんだけどね」
「ええっ!? 危なくないんですか?」
「本自体そもそも危ないよ。特に魔導書なんかはね……」
ひっひっひっとまるで魔女のように笑うおばあさん。まあ、言われてみればそうか。するりと納得した私は気も新たに銀貨八枚を払って本を手にする。念願の本! と言いたいところだけどちょっとこの薄さに満足感は少ない。
「それじゃあ、またねぇ。おっとそうだ。調合に必要な物は冒険者ショップで買えるよ」
おばあさんはそれっきり引っ込んでしまった。私も勧められた通り、冒険者ショップへ向かう。
「は~い、アスカちゃんいらっしゃい」
「こんにちは」
冒険者ショップのお姉さんはミーシャさんの友達みたいで最近は特にお世話になっている。このお店の商品には値札がないものもあって困るけどね。もちろん全部ではなくて高額な品だけだけど。
なんでも高額な品は時価だから一々書き直すのが面倒なんだとか。でも、店自体はにぎわっているからお姉さんの見る目が確かなんだろう。
「今日はどんな御用ですか?」
「調合用の道具を探しているんですけど……」
「あら、珍しいわね。何に使うの?」
「珍しい材料が手に入ったので、一度作ってみようかと思って」
「へぇ~、ならこの辺りの物ね。ちょっとだけ値が張るけど、安いものは材料を傷めることもあるし、ムラが出来たりもするから長く使うならこれがお薦めよ。セットでそうね……今なら銀貨四枚かしら?」
「へぇ~、結構お買い得なんですね。じゃあ、それにします」
「ありがとうございます。じゃあ、用意してくるわね。そうだ! よかったら出来上がったものを見せてくれない? 出来によってはこちらで買取もできるわよ」
「そんな、素人仕事ですし……でも、ここでいつもお買物させてもらってますし、出来たら持ってきますね」
「ええ、お願いね」
お姉さんと約束をして、私はお金を払って店を後にする。
「店長、またあんなに安くして大丈夫なんですか?」
「ええ、彼女の採取の才能は知ってるでしょ? ベル草だって持ってきた実績があるって話しよ。その彼女が自ら珍しい材料って言うのよ。ちょっとぐらい品質が悪くったって目玉になるわ」
「でも、店長って今まで商品の品ぞろえには意欲的じゃなかったですよね?」
「当り前よ。初心者の多くいる町に扱いの難しい物を集めるだけ無駄だもの。だけど、これからのことを考えたら少しずつでも目玉が必要なの」
「なるほど」
「冒険者ショップはつぶれることはないけれど、あんまり売上がひどいと店長は交代させられちゃうからね」
「じゃあ、期待して待ってましょう」
「そう言うことね」