救助と帰還
オーガ五体をせん滅し、状況の確認に入る。
「ふぅ、無事終わりだね」
「そうだ! 最初に投げられた人!」
私は慌てて戦闘前にオーガに放り投げられた人のところへ向かう。
「うぅぅっ……」
まだ生きてる! 見る限り骨も折れ曲がっているし、血も結構出てるけど何とかなるかも。でも、かなり体温が低くなっているみたいだ。
「間に合ってよ、ウォームヒール!」
私が使用したのは凍傷や低体温症などにも効くという火の回復魔法だ。何とかこれで間に合えばいいんだけど。この魔法は傷の治りが早くないので、他の魔法で先に傷だけでも治せないかな?
「ジャネットさん!」
「なんだい?」
「魔法って違う属性でも同時に使えたりしますか?」
「あ、ああ。確か出来る奴はいるって聞いたことはあるけど……」
それに賭けるしかない。そこまでの才能が私にあるかわからないけど、今は賭けてみる!
「風の癒しよ。エリアヒール!」
癒しの魔法の範囲を狭めて回復量が上がるように祈る。実際は魔導書にそんなことは書かれていないので、気休めだけど仕方ない。今は思いつくことをやらないと……。
「さて、事情を聞かせてもらおうかね?」
「そうですね。敵わない力で依頼を受けたところまでは不測の事態ということでいいでしょう。そこから街道に出て、街に逃げ込むのは悪手ですので」
「ひっ、仕方が、仕方がなかったんだ……急にあんな数のオーガが出てくるなんて」
「この辺が最近危険になったことは誰もが知ってることだよ。そんな言い訳より、ありゃ仲間だろ? せめて、捨てられた時に拾って馬車のところまで運ぶぐらい出来たんじゃないかい?」
後ろで色々話がされてるみたいだけど、正直うるさくて集中できない。
「ちょっと黙っててください!」
「……しょうがない。逃げるんじゃないよ」
「ああ」
さっきから回復魔法を使っているけど、傷の治りが今までよりはるかに遅い。少しずつは治っているんだけど、それだけ生命力が失われているのかもしれない。
傷を治す治癒魔法は生命力を活性化させるということらしい。そのため意識が無かったり、死に瀕している人ほど効きにくいとのことだ。
「何とかして意識を取り戻せば……エリアヒールの範囲をもっと絞って」
エリアヒールの範囲を体全体から臓器などがある周辺にのみ集中させる。お願い、もうこれぐらいしか思いつかないの!
「あの子は大丈夫なのですか? 先ほどもかなり魔法を使ったようですが?」
「これぐらいならうちのリーダーは問題ないよ。だけど、他言は無用。分かってるだろうね?」
「もちろんです! 正直、普段の護衛であれば彼らと同じように馬車を見捨てて逃げ出していたかもしれませんし」
「ふぅ、はあぁぁぁ」
休む間もなく魔法を使い続ける私だが、ようやく兆しが見え始めてきた。今まで荒かった呼吸が安定してきたのだ。
「ううっ」
「意識が! ようし、もうちょっと!」
さらに魔法を使うこと三分ほど。腕の傷も治ってきて腕の感じをジャネットさんに確認してもらう。
「うん、これぐらいならほぼ問題ないだろう。全く問題ないとまでは言えないけどね」
見た目より折れ方がひどかったらしく、完璧に治すのは私の魔法では難しそうだ。そもそも風魔法と火魔法の回復魔法はこういう重度の症状には効きにくいらしく、ここまでできるだけでもすごいそうだ。私はそれでもと思い、少し痛いと思うけど、彼女の腕を少し曲げて再度回復魔法を集中させる。
「ぐっ、いたっ!」
「ご、ごめんなさい。耐えてください!」
この人には悪いけど、後のことを考えれば仕方ない。こうしてさらに回復魔法を使い、何とか問題ないレベルまで回復できたことを確認して、私はその人の元を離れた。
「大丈夫かいアスカ? 魔法使いっぱなしだっただろ?」
「多分大丈夫です……あっと」
馬車に行こうとしてふらつく。魔法を一気に使い過ぎたみたいだ。
「ちょっと休んどきな」
「はい……」
私が休んでいる間にもジャネットさんたちは状況を確認するために冒険者たちと話をしている。
「アスカさんでしたかな? 素晴らしい魔法でした。オーガを倒したこともですが、まさかあの傷を癒してしまうとは……」
「あっ、ただ夢中だっただけですから」
「それでもですよ。赤の他人にこうして依頼中に魔法を使えるのはごく一握りの人間です。今回も戦わなければ馬車が襲われていましたが、彼らを守る必要はありませんでしたし」
「何も考えていないだけですよ」
実際そうするのがいいと思ったからしただけで、何か考えていたわけじゃないんだから褒められることでもない。私が休んでいる間にもあっちでは話が進んでいる様だ。
「で、なんであんなところまで来てるんだ? Dランクでも、今はこっちの依頼を受けるのには許可がいるだろう?」
「俺たちはちゃんとCランクの冒険者だ」
「なら、さっきの醜態は何だい? Cランクがいくら強襲されたからってオーガぐらいにいいようにされるのかい?」
「大体、二人しかいないというのもおかしな話ですね」
「それは……」
「商人さんよ、悪いけどちょっとだけ時間をもらうよ」
「少しだけなら構いません。私も状況を把握しておかなければいけませんから。冒険者ギルドに報告が必要ですので……」
「助かるよ」
冒険者のうち傷を負っていた女性の方を馬車に乗せ、ジャネットさんとフィアルさんがもう一人の冒険者を連れて、森へと入っていく。
「さっきはありがとう。あなたが傷を癒してくれたんでしょう」
「一応」
「小さいのにすごいのね。エルフか何かなの?」
「普通の人間です」
みんなしてエルフなんて言って……というかこの世界にエルフっているんだ。
「この近くにエルフっているんですか?」
「世界の何処かにはいると言われているわね。姿を見たことがないから私は分からないけど。でも、自分で言うのもなんだけど、かなりの大けがだったでしょ? シェルレーネ様の加護でも持っているの?」
「いいえ。魔法をかなりの時間使ったから治せただけだと思います。私の信仰しているのはアラシェル様ですし」
「聞いたことのない神様ね。でも、その神様の信徒のお陰で助かったわけだし今度探してみるわ。ああ、治療のお礼は後でするから安心してね」
「私は別に……」
「だめよ! 実際私は自分でも死んだと思ったもの。これだけの怪我が殆ど治ってるなんて奇跡よ。死んでたらいくらお金があっても意味がないわけだし」
「そう言えばさっき、ジャネットさんがCランクなのかって言ってましたけど、実際はどうなんですか?」
ジャネットさんの見立ては当たることが多いから、気になって聞いてみた。
「……隠していても仕方ないわよね。一応登録上、Cランクパーティーなのは本当よ。ただし、引退同然のAランクの人に加わってもらってだけど」
ホルンさんに以前聞いたことがある。ランクの高い依頼を受けるために引退する高ランクの人をパーティーに入れてランクを引き上げる方法があるって。それをこの人たちは使ったんだ……。
「危ないとは思っていたわ。でも、前までは何もないところにいきなり制限が来たものだから。私たちも侮って数週間の契約で高ランクの人を雇って、集中的に依頼をこなすことにしたの。まさかこんなことになるなんてね」
自嘲気味に話すお姉さん。実際、この辺の危険度は急激に上がっているから話しは分からなくもない。でも、もう少しギルドの人を信用してほしかったな。
「私たちというと他にもいらっしゃったのですか?」
商人さんもお姉さんの発言が気になったので質問する。
「はい。元々四人だったパーティーを二人ずつにして、そこにAランクの人とBランクの人を加えたんです。あまり人数が多いとランクの粗が目立つと思って……」
「その知恵があるのならもう少し安全に気を付けた方がいいと思いますよ。商人だって大きく冒険はしません。なにより抱えきれない商売を持っても仕方ありませんし」
「本当にそうですね……彼らにも悪いことをしてしまいました」
それっきりお姉さんは話すことはなかった。数分後ジャネットさんたちが帰ってきた。手には何かを持っているし、冒険者の男性は前よりも気まずそうだ。
「どうでしたか?」
「向こうに二人いたよ」
「じゃあ、怪我してるんじゃ……」
「治療はいらない。無駄だよ」
「えっ!?」
「やっぱり……」
私はジャネットさんの言ったことが理解できなかった。いや、理解したくなかったんだろう。なんだかんだこの世界に来てから、死ということが身近に感じられたのは昨日ぐらいだ。このお姉さんだって助かったんだ。
「何とかできないでしょうか?」
「死体を綺麗にする暇があるなら、依頼を無事に終わらせることが大事だよ」
「そんな!」
「アスカ、ジャネットの言う通りです。次に襲われればあなたも先ほどの回復魔法は使い続けられないでしょう。先を急がなければ」
「遺体は?」
「埋めてきた。それぐらいはしておかないと可哀想だからねぇ。せめて、エサになるのは避けてやりたいし」
背筋が凍るような感覚だった。死んだらそれまでなんじゃない。食べられちゃうんだ。
「あんたたちには前と後ろの馬車に分かれて乗ってもらうよ。変な気は起こさないようにね」
「わ、分かっている」
「ええ」
こうして私たちは再び街道を進んでいく。少し立ち止まっていたから到着が遅くなりそうだったけど、出発の時間が早かったので夕方にはアルバに着くことが出来た。
「通るよ」
「ジャネットさんたちですね。今回は護衛ですか、どうぞ」
いつものように門番さんに通してもらう。
「ここまで護衛ありがとうございます。荷も無事で安心しました。」
「ああ。だけど、ボーナスは忘れないでくれよ」
「はい、きちんと依頼のところに追記させておきます。ああそれと、アスカさん。」
「はい?」
「あなたの信仰されている神様というのはなんでしたか?」
「アラシェル様ですが……」
「そうですか。今まで私は神を信じていませんでしたが、今日のあなたの行動をみてアラシェル様に興味が出ましたよ。良ければまた依頼をお願いします」
「本当ですか! じゃあ、これを……」
嬉しくなった私はストックとして置いてある、アラシェル様の木像を一体、商人さんに渡す。
「これがアラシェル様ですか?」
「そうです。どうですか? お優しそうな方でしょう。私が作ったんですよ!」
エッヘンと自慢げに胸を張る。
「あなたが作られたのですね。これはいい物を貰いました。今日のこともありますし、うちの商会の守り神様にさせていただきます」
そう言い商人さんは私たちと別れた。フィアルさんも荷物が気になるのでここでお別れだ。店も長くは空けられないみたいだしね。私もこれで一つ巫女として布教の使命を果たせたかな?