アルバへ帰還
「アスカ…アスカ!起きろ!」
「ふぇ?」
体をがくがくと揺さぶられる。な、なになに?
「ようやく起きたね。びっくりしたよ、朝っぱらからうわごとばっかり言ってるんだから」
目を覚ました先には心配そうなジャネットさんの顔が見えた。
「あれ? アラシェル様は?」
「何寝ぼけてるんだい?」
「私、アラシェル様の神託を受けてそれで……お別れしたんだった」
そうそう、本当に夢みたいだったから実感はないけど、また会ってもらえる約束もしたもんね。
「今なんて?」
「だから、神託を受けたんですよ~」
「誰の?」
「アラシェル様のです」
「~~。アスカ、あんた大変なことをしたねぇ。それって巫女になったってことだろ? これからどうするんだい?」
「えっ、アラシェル様は別に何もしなくても良いって言ってましたよ?」
もちろん私は布教とかも頑張るけど。もちろん信者になってと強制はしないよ?
「それは神様から見た視点だろ? どこの巫女も毎月一度は神の祭壇に祈りをささげるって話だよ。祭壇なんてアスカは持ってないだろ」
「そうなんですね。他の巫女がやってるなら私もやらないと。アラシェル様、消えちゃうかもしれないし……」
「消える? 何言ってるんだい。神様が消えたりしないだろ?」
私はジャネットさんに転生云々の話を抜いて、ちょっとだけ内容も変えて神託の話しをする。
「なるほど、アスカの信仰心によって巫女に認められたねぇ。まあ、あれだけ頑張れば納得だけど、他に巫女がいないぐらい影響力の小さい神様なら、確かに心配だね。それならいっそ教会に見に行ってみるかい?」
「レディトにあるんですか?」
「アルバにもあるから帰ってからでも構わないと思うけどね」
「じゃあ、帰ったら早速見に行きます」
こっちの教会より、あっちの方が普段から行っている分、融通も利きそうだし。
「じゃあ、今日は早く帰りましょう」
「こら、依頼も受けないで帰るつもりかい。飯を食べてさっさとギルドに行くよ」
「は~い……」
宿の食堂で朝食を取ってからギルドへ向かう。さすがにジャネットさんも今日は昨日の夜みたいに大量に頼まず、いつもの量だけ食べていた。
「さて、何かいい依頼はっと……」
「おや?」
「何だいフィアル。いい依頼でもあったのかい?」
「いえ、そうではないんですが、私の仕入れ先の商会が護衛依頼を出しているのを見つけて」
「ならそいつにしよう。一石二鳥だね」
「まあ、私としては助かります。なにせ荷物が無事届くかは自分自身の腕にかかってますから」
「条件は……多くも少なくもない。荷物が早く着くことはないけど安定した稼ぎになりそうだね」
「そうですね。これからも取引をしていくなら顔見せも必要でしょう」
「じゃあ、この依頼受けてきますね。出発時間も依頼受諾後すぐからってありますし」
「ええ、お願いします」
こうして、レディト初めての依頼はフィアルさん御用達の商会の護衛依頼となったのだった。
「この辺で待ち合わせなんですけど……」
「まあ、向こうもこんなに早く依頼を受けてくれると思ってないのかもね」
「申し訳ありません」
「フィアルさんが謝ることじゃないですよ。あっ、あれじゃないですか?」
指差したそこには商人と思しき人がいる。
「おや、あなた方が今回の護衛ですか?」
「そうだよ」
「おお、助かります……ん? フィアルさんではありませんか?」
「ええ、以前お伝えした通り、私も一応冒険者ですので自分の商品を守るのは当たり前ですよ」
「話は伺っておりましたが、今の状況で護衛を受けられるほどとは……それに奥にいるのはジャネットさんですね。何度も護衛を受けていただいて、ありがとうございます」
「そうなのかい? あんたとは初めて会うんだけどね」
「申し訳ありません。普段は移動専門の人間を使うのですが、この度怪我をしてしまいましてな。みんなも不安になっているので、私が直接出向くこととなったのです」
「こっちの商人たちも苦労してるんだねぇ」
「それで護衛は三人とお聞きしていたのですが……」
「いるだろ。ほら」
バンッと背中をたたかれる勢いで前に出される。
「あ、あの、このパーティーのリーダーのアスカといいます」
一応リーダーということを言っておけば説明しやすいかなと思って言ってみた。これが通用するなら今後はこの紹介の仕方を使っていこう。
「冒険者の方は若い方もいらっしゃると聞きましたが、こちらの方はエルフか何かなのでしょうか?」
「いいや、正真正銘の十三歳だよ。だけど、魔法が使えるからね。腕は問題ないよ」
「なるほど。では当てにさせてもらいます。街道沿いといえど、オーガに遭った商隊もいましてな。こちらも強い護衛は歓迎いたします」
「だけど、護衛料は控えめが良いんだろ?」
「まあ、そこは商人ですからな。では、奥に馬車を待たせておりますので案内いたします」
案内されたところには二台の荷馬車が用意されていた。
「二台かい。三人でって言うのはちょっときついかもね」
「あっ、私なら風の・・もがっ」
「確かに、魔物から襲われて三人でというのは難しいかもしれませんね。ですがこれ以上人を増やすというのも……」
護衛依頼は通常パーティーで受けるけど、依頼料は今回の場合、一人頭銀貨三枚が支払われる。パーティーに報酬を払わないのは、ソロの冒険者を加えやすくするためだ。
だから私たちの場合は三人しかいないので、運良く魔物に遭わなかったり、ゴブリン程度だけなら商人は安く済むのである。ただし、大物に遭った時の危険や損失は上がるけどね。
「なら、こうしようじゃないか。もし、道中襲撃に遭った時に荷を守れたらボーナスってことで。もちろん、逆に荷物が傷ついたらマイナスでいいよ」
「よろしいので? 馬車二台を守るのは大変かと思いますが?」
「ああ、構わないよ」
「そうですね。私も構いませんよ」
こうして、ひとり銀貨三枚とボーナスが襲撃一回につき銀貨一枚ということで話が付いた。向こうは準備も終えていたみたいで、話が終わるとすぐに出発だ。昨日来たばっかりだけど、いったんはさよならだねレディト。こうして門をくぐって、アルバへの街道を私たちは進みだした。
「ほら、アスカ頼んだよ」
「はい。でもこれじゃあ、だまし討ちみたいですけど?」
「向こうも費用を抑えるために納得したことだからね」
「分かりました」
私は昨日と同じように風の魔法を前方に放ちながら進んでいく。ちなみに私は前の馬車の御者さんの横に、後ろの商人さんの横にはフィアルさん。ジャネットさんは前の馬車の中だ。
「ば、馬車って結構揺れるんですね……」
色々なアニメで見てきて、みんな優雅に乗ってたはずだけど現実は厳しい。
「これはまだいい方ですよ。小さい商会の物になるともっと揺れます。貴族の馬車はかなり衝撃を抑えたものもあるようですが。まあ、それを荷馬車にしたら笑われるでしょうね」
御者さんの口ぶりから察するに揺れない馬車は超高級品みたいだ。
「アスカ酔ってないかい?」
「んん~、今のところは何ともないですね。ジャネットさんは大丈夫なんですか?」
「あたしはもうかなり護衛依頼を受けてきてるからね。そんなことはないよ」
「そうなんですか。でも、帰りは歩かなくてらくちんですね」
「まあね。歩きの護衛もあるから毎回とはいかないけどね」
「へぇ~、色々あるんですね……!」
二人で話していると、何かが風の魔法に引っかかった。
「止まってください!」
「お嬢ちゃんどうした?」
「いいから止まりな!」
一旦馬車を止めて、ジャネットさんと一緒に少し前に出る。
「おや、どうしたんでしょうか?」
「何かいるようです。こちらは私が対応しますので心配なく」
「あ、ああ……」
風魔法で分かったのはおおよその大きさと数だけ。
「数は七体ですが、判別まではできません!」
「了解。数だけでも分かれば十分だよ」
そして茂みの方から出てくるものに対するため、私は魔法を唱えておく。
「ウィンドカッター!」
放った魔法を頭上に滞空させて現れるのを待つ。
「ひぃぃぃっっ!」
どんな魔物かと待ち構えていたが、なんと茂みの中から現れたのは人間だった。
「おい! いきなり茂みからでてくるなんてどうしたんだい?」
「あっ、あんたたち助けてくれ! オーガが、オーガが!」
それだけ言って、ジャネットさんの足にしがみつく冒険者。しかし、ジャネットさんはその冒険者を容赦なく蹴り飛ばす。
「逃げてんなら邪魔だよ! 冒険者ならきちんと自分で責任持ちな!」
それだけ言うと、すぐに剣を構えなおした。私も相手がオーガと分かった以上は直ぐに魔法を追加する。ついでに弓での攻撃も考えられるので、すぐに自分にバリアの魔法を張った。
そこへ、オーガの集団がやって来た。数は五体。一体は手に人間をつかんでいたが、私たちを見るとその人を投げ捨ててこっちに照準を合わせてきた。
「風の守りよ。ウィンドバリア!」
私は魔導書を読んで以前より出力を上げた魔法で馬車を守る。そして、周囲の人にも魔法をかけていく。
「ウィンドバリア!」
より肌に密着するとともに、動きをサポートすることもできるように魔力を込めた、中級の防御・補助魔法だ。これを戦闘員のジャネットさんとフィアルさんにもかける。
「あなたは馬車へ」
「あ、ああ……」
冒険者が馬車へ向かったところでオーガたちが一気に襲ってくる。さすがに五体を一気は分が悪い。私は上空で待機させていた風の刃を一斉に振り下ろし、敵の動きが止まるようにする。
「これてひとまずは足止めを!」
地面には三本が、残りの三本は向かってくるオーガに突き刺さった。運よく一体の足の付け根近くに刺さり、無力化できたみたいだけど、後は腕や足を掠るぐらいだ。だけど、力強い相手を一体でも止められたことは大きい。
「こちらからも弓で援護します」
後ろの馬車からは矢が飛んで来る。弓を構えるフィアルさんの姿が馬車の上に見えた。
《ガァァ》
フィアルさんの矢で目を射られたオーガは、痛みによりその場で暴れ出す。他のオーガもそのおかげで動きづらいようだ。今がチャンス!
「ジャネットさん! 右の二体をお願いします!」
「はいよ!」
こっちにオーガが来ないように対応してくれていたジャネットさんに、右側のオーガを任せる。私は暴れているオーガがわき目も振らずに突進してこないように、先に片付けることにした。
「嵐よ、ストーム!」
暴れているオーガとそれを止めようとするもう一体のオーガ二体を巻き込むように嵐の魔法を放つ。相変わらず威力の低い最初の方の刃では表皮に傷をつけるのが精いっぱいだけど、中ほどまでくると食い込みだす。
「終わりだね」
そして次第に刃が刺さっていき、二体のオーガは倒れた。
「はあっ!」
ジャネットさんの方もどうやら終わったようだ。最初に動きを奪ったオーガはフィアルさんがとどめを刺してくれていた。