買い物結果と宿泊
「思ったより高かったねぇ」
「……ですね。おじさんのところなら半分で買えますよ」
店頭に並んでいた物だっておじさんも私も作れそうだし、原料を考えてもちょっと高いんじゃないかと思った。
「まあ、職人が町にいないなら輸送費込みかもしれないねぇ」
「確かに。おじさんの店は職人がおじさんですからね」
自分で値段を決められるということ以外に輸送コストゼロは大きい。商隊が仕入れる時はそこに護衛とかの費用が入っていくし、本来の相場はこんなものなのかも。これは今後旅をする時の参考にしよう。細工の費用と原価だけでなく、他の要素も考えないとね。
「で、同業者としてはどう見たんだい?」
「う~ん。なんていうんですかね、はっきりしてるなって」
「はっきりしてる?」
「私が買ったぐらいのと、ケースに入った物の材質や細工の技術が完璧に分かれてるんです。その間なんてないって感じで……」
「なるほどね。アスカが作る細工は材質が変わっても一定の品質だし、値段ごとに少しずつ全体の品質が上がってる感じだからねぇ」
「そうなんですよ……って何で知ってるんですか?」
「そりゃ、可愛い妹分が作ったものなんだから覗きにも行くさ。これもそうさ、気づかなかったのかい?」
ジャネットさんが左の耳を見せる。そこには確かに私が作ったイヤリングが付いていた。あれは原料が確保できないから片側だけ作る代わりに、魔石を使って魔法をかけたやつだ。
「それ結構高かったんじゃ……」
「でも、綺麗だろ?」
「は、はい、その……似合ってますけど」
あんまり自分の細工を付けて似合ってますよとは言いづらくて、小声になってしまう。
「もっと自信持ちな。あたしだって買った時は他の冒険者にからかわれたもんさ」
「そんな、ひどいです! せっかく似合ってるのに……」
「アスカがそう言ってくれればそれでいいさ。それより次はどこに行く?」
「何か買いたいものかぁ。そういえば部屋がちょっと寂しいかな?」
「なら雑貨屋だね。いくつか種類があるから先にそれっぽいところから行こうか」
私の好みを汲み取ってくれて、いくつかある店の中からジャネットさんがお薦めの店に連れていってくれた。そこはお薦めしてくれた通りに、可愛い小物と育てやすそうな植物が置いてあった。私は植物の前にじーっと立ち止まって考える。
「どうしたんだい。そんなに真剣に考えて」
「いえ、ミネルたちが食べちゃわないかなって……」
「ああ、なるほどねぇ。確かにあの子は何でも食べるからねぇ」
せっかく育て始めたのに次の日には丸裸なんて嫌だから、買う時は慎重に選ばないと。
「でも、あれだけ賢いんだから自重するんじゃないかい?」
「食になると割とこだわるんです」
「その辺は飼い主似か、それならどうしようもないね」
「仕方ありません。今回は見送ってこのハンカチにします。それと、このペン立てとインク瓶ですね。インクは黒だけじゃなく他の色もと」
彩色に必要なものを手にとっては必要か判断して入れていく。そして会計を済ませるとまとめて袋に入れてもらった。
「さて、じゃあ二軒目だね」
「はい!」
次はどんなところかなと思ってお店まで行くと立ち止まる。店構えは明らかに子どもターゲットですごく可愛い飾りつけだ。
「これは……私たちが入るには子どもすぎませんか?」
「あたしはそうだね」
私のことも否定して欲しいかな。ちょっとこれはあからさますぎる。でも、こういう店の方が今度開く販売会にぴったりの飾り付けがあるかもしれない。
「物は試しですね。入ってみましょう」
「おっ、やっぱり気に行ったかい?」
「違います。販売会の為ですよ!」
断じて牛の人形につられたわけじゃない。そういう飾りもあったらいいなと思っただけだ。
「いらっしゃいませ~」
中に入るとお姉さんが出迎えてくれた。思っていた通り、制服もとっても可愛い。店内を見てみると確かに私が手に取りたい物もいっぱいあるけど、ちゃんと飾り付け用のも売っていて、周年行事用なのか布製の物まで用意されている。
「これなら、ちゃんと使えそうです。あっ、これもいいなぁ」
色々手に取るけど、どれも子ども用とは思えないぐらいしっかりした作りになっている。
「妹さん? 見る目があるわね。さっきから商家用の良い素材を選んでいるわよ」
「そうなのかい? まあ、日頃からいいもの見てるからねぇ」
しばらく物色して、私は飾り用の布とそれに付ける飾りを数点買った。これで今用意しているものと合わせて、子ども向けのコーナーが充実するだろう。
「じゃあ、あたしもちょっと買ってくるね」
ジャネットさんが店を出るところで、急に言い出したので私は外で待つことにした。荷物も持ってるし、すぐに済むって言われたしね。会計が済んでジャネットさんが戻ってくる。でも、手には何も持っていないんだけどちゃんと買えたんだろうか?
「あの……手ぶらですけど?」
「アスカは何言ってんだい。マジックバッグがあるだろ?」
「!」
なるほど、冒険以外でも使えるよね。最近は大きい買い物しないから忘れてた。でも、そのせいで何買ったかが分からないなぁ。
「ほら、次の店はどこだい?」
「う~ん。欲しいのはあらかた買っちゃいました」
さっきまでの荷物を私もマジックバッグに入れて今後の予定を話し合う。
「なら、ちょっとデザートでも食べるか」
そうして通りの奥に連れてこられて入ったのは、お菓子のお店。この香りは……。
「ケーキ?」
「そうだよ。ここはちょっと名の知れた店なんだ。値段はちょっと高いから、あんまり人はいないけどね」
「構いません。食べましょう!」
こっちに来てから甘味を食べた回数は本当に数少ない。大体がドライフルーツなんかの果実になる。ここで、ケーキを食べられるなんて。
「こちらがメニューです」
店員さんもかなり洗練された動きだ。そして運ばれてきたメニューを見る。
「何々……定番ケーキ大銅貨二枚、チーズケーキ大銅貨二枚と銅貨五枚、フルーツタルト大銅貨三枚。本当に高い」
「だろ? 砂糖が高くて中々値段を下げられないんだ。これでも他の店と変わらない値段なんだよ」
「確かに砂糖は高いって聞いたことありましたけど……」
ここまで高いなんて。ケーキ一つで宿に泊まれるよ。でも、高級品だけどこんな機会もめったにないしここは食べないとね。
「じゃあ、私は定番ケーキと紅茶のセットで」
「なら、私はチーズケーキと紅茶にしとくよ」
注文が決まったので店員さんを呼ぶ。時間がかかることもなくすぐに持ってきてくれた。
「はい、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
さあ、この世界のケーキの味はどうかな?
「ん~、これ。この味~。懐かしくて安心する味だよ~」
完全に作り方がマニュアル化していない世界だからこその、この懐かしさを感じさせる味だ。うんうん、こういうケーキよく食べたなぁ。それに紅茶がとっても良く合って香りと味で甘さをスッキリさせてくれる。
「はぁ~、いくらでも食べられそう……」
「へぇ~、まだ頼む?」
「それは辞めておきます」
もう一個頼みたいところだけど、それだと会計が大銅貨五枚になっちゃう。さすがにそこまで使うのは無理だ。
「う~ん、堪能しました!」
「そりゃ良かったよ。にしても本当に食にはこだわるねぇ。料理はあんまりしないのに」
「ちゃんとやってますよ。ちょっとずつですけど」
でも時間もないし、厨房を借りる形になっているのであんまりできてないのも確かなんだけど。
「まあ、旅に出るまでにはきちんとできるようになりなよ」
「それはもう。毎日、ステーキだけなんて嫌ですからね」
「そうだね。おっと、そろそろいい時間だから宿に戻るとするかい」
「えっ、本当ですね。じゃあ、行きましょうか」
それか二十分ほど歩いて宿へ戻る。ちょっと、通りからは外れたところにある分安いんだって。
「ジャネット、戻ったのね。フィアルはもう部屋にいるわよ」
「ありがとう。それじゃあカギをくれ」
「はい」
「うん? 奥の方は工事中かい?」
「ええ、今度お風呂を作ることにしたの。なんでもアルバの方で個人風呂が人気だって聞いてね」
「そうなんですか?」
そんな話しは聞いたことなかったけど、確かに最近宿に来る人が多いと思ったら噂が立ってたんだ。
「でも、ちょっと大きくないかい?」
工事中のお風呂場を見て感想を言うジャネットさん。
「そこなのよ! 個人風呂を二つ作るならギルド経由で倍の設計料を払わないといけないから、あえて二人用にしたの」
アイデアを守るために著作権や意匠権などがまとめてこの世界では設計料という呼称で管理される。私の個人風呂もいつの間にかライギルさん名義で登録されていて、きちんと設計料の収入は半年に一度貰えるようになってるみたいだ。
ちなみにライギルさん登録なのも、宿の経営者の登録の方が目立たないということで、ほとんどのお金は私に入るらしい。残りの分は収入にかかる税金分だ。
「でも、一人用も二人用も少し大きいだけで変わらないだろう?」
「そうなのよね。せっかく二人用にしたのに一緒だって言われると反論できなくて。ジャネット、何か良い案ないかしら?」
「あたしに言われてもね……」
ちらりと私の方を見るジャネットさん。きっと、個人風呂の権利を持ってるのも知ってるんだろうなぁ。
「じゃ、じゃあ、恋人風呂ならどうですか? それなら、個人風呂には真似できませんよ」
「恋人風呂……確かに良い案だわ! ありがとう、あなたお名前は?」
「アスカですけど」
「ジャネット、いい子を連れてきてくれたわね。これで、私の二人風呂は安泰よ! 今日の宿代と食事代はタダにしておくからね」
そう言うとお姉さんは奥に引っ込んでしまった。
「良かったのかいアスカ?」
「はい。別に個人風呂もそんなに考えて作ったわけじゃありませんし」
「まあ、アスカがいいならいいか。その代わり、今日の夕食はしっかりいただかないとね」
「ふふっ、そうですね」
宿の部屋に戻った私達はいったん荷物を置いてフィアルさんの部屋へお邪魔する。
「入るよ」
「どうぞ」
フィアルさんの部屋は私たちより狭い部屋だった。一人部屋なんだろう。それでもアルバの私の部屋よりはちょっと広いけど。
「報告はどうでしたか?」
「マスターにも色々聞かれたけど、きちんとアスカが報告してくれたから大丈夫さ」
「それはよかったです」
「フィアルさんの方はどうでしたか?」
「問題なく今後も卸してもらえます。ただ、ちょっとだけ値上がりしますが」
「そこらへんは仕方ないと思うしかないね」
「ええ」
双方の報告も終わり、宿の食堂で食事を取る。ジャネットさんは夕方にケーキを食べたのに何でもないという形でただ飯を食べていた。フィアルさんも話しを聞いて料理の量を少なめにして、遠慮なく多くのメニューを食べていた。こちらは今後の参考にするんだろう。二人とも逞しいなぁ。
「ほらアスカも食べな! あんたのおかげでただなんだから」
「で、でも、もうお腹いっぱいですし、お店の方にも……」
「遠慮しないでいいんだよ。向こうはこの先、お金が入り続けるんだから」
そう言って何杯目かのお酒をお代わりするジャネットさん。意外にもフィアルさんもお酒は強いようで、遠慮なく頼んでいる。冒険者って怖い。私は無料やただという言葉を口にしないようにと心に刻んだのだった。
そして、夜も更けたころみんなで部屋に引き上げたのだった。初めての泊まりがこんな宴会になるなんて。ある意味衝撃の一日は終わり、私も眠りについた。