変わった木
「ん~~~」
大きく伸びをする。昨日は早めに寝たし準備もばっちりだ。杖を片手にローブを着て、慣れない胸当てをつけたら今日こそ出発だ。
「おはようございま~す」
「おはようアスカちゃん」
「おね~ちゃん、おはよう」
ミーシャさんとエレンちゃんにあいさつをして朝食を取る。ちなみにエレンちゃんには昨日間違えておねえちゃんと呼ばれてから、そう呼ばれている。妹が欲しかったから私もうれしい。
「おねえちゃん今日はやる気だね!」
「もちろん! 久しぶりの冒険だし、外にも結局出てなかったし」
出された朝食を食べていざ出陣! と思っているとミーシャさんから声をかけられた。
「はいこれ。パンと野菜ね。お昼にでも食べて」
「ありがとうございます。きっと、成果を上げてきます」
みんなの応援を受けて私はギルドへ向かう。
ギルドの中に入ると、結構人がいた。今まで朝の時間帯に来ることはなかったけど、こんなにいるもんなんだ。私は採取の依頼を探してボードから取った。……人がいてなかなか取りづらいなぁ。
「おはようございます! 依頼を受けに来ました」
「あらおはよう。アスカちゃん久しぶりね」
「ホルンさん、お久しぶりです。採取の依頼です」
私はリラ草とルーン草の依頼を渡す。ムーン草を取らなかったのは前は林の中で見つけたから。今日は林には入らないつもりだ。
「この二つね。今日も林に入るの?」
「この前、魔物に出遭いましたから今日はそこには行かないつもりです」
「そう、えらいわね。それじゃあ待ってるわ」
「はい!」
ホルンさんに見送られてギルドを出る。勿論、マジックバッグを借りることも忘れない。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。外に出るのか?」
「はい! これ」
私は冒険者カードを見せて門を出る。さて、出発だ。今回も西門から町を出て林のところまで歩いていく。だけど、今日の目的地はその場所から街道を外れて奥へ行ったところだ。あの辺は人通りも少なかったし、林の奥側は森につながってないみたいだったから気になったんだよね。
「ふんふ~ん」
意気揚々と進んでいく。朝方で行き交う人もまばらだ。どっちかというと商人さんが多いかな?
「お嬢ちゃんこんなとこまで一人かい?」
「大丈夫です。こう見えても冒険者ですから」
「そうなのか。小さいのに大したもんだ。何か珍しいものでも見つけたら頼むよ」
「分かりました。おじさんも気を付けてね!」
商人のおじさんとちょっとだけ会話したあとも進んでいく。この間に宿屋で働いたおかげだろうか、ちょっと体力ついたかも?
「はぁ、ぜ~はぁ~」
そんなことないよね。あれから一時間とちょっと歩いたけど、林が見えたところでやっぱり休憩。お昼には早いからちょっとお水を飲んで、草の上に小さいシートを敷いて座る。こんな風に風を感じて草原に座ってるなんてまだ信じられない。女神さまに感謝しないと。
今度材料を買ってきて像でも作ろうかな? 手先はあんまり器用じゃないと思うけど、魔法ならできるかもしれない。そうして、十分ぐらい休憩を取ると体も落ち着いてきた。
「よしっ! そうと決まれば今日の分も集めて早めに帰らないとね」
林の近くに来た私は街道を左方向へ直角に曲がり、林に近づかないように進んでいく。ちょっと背の高い草とかもあって邪魔なので、風の魔法で刈ろうとしたけど手を止めた。
「こういうところにこそ薬草って生えてないかな?」
キョロキョロと見渡してみる。しかし、背の高い草の周りにはなさそうだ。思い返せばこういうところで薬草を取った記憶もないな。
「それなら遠慮なく……エアカッター!」
進むところだけ刈ってあんまり目立たないようにする。貴重な薬草とかが奥にあるとばれて大変だし。進んだ先はちょっとした窪地になっており、この辺りは草もあまり背が高くない。ここなら薬草もあるかもと思い、ちょっと真ん中に行って荷物を下ろし周りを見てみる。
「わぁ! 結構ある」
ここから見えるだけでもルーン草がいくつか見えた。私は踏みつぶさないように近づき大事に採る。採り方は分かっているからあとはより良く採るだけだ。できるだけ気を付けて……。
周辺にはリラ草も生えていたので一緒に採った。でも、ルーン草の方がちょっと多いかな? ぐるっと一時間ほど周囲を回りながら採ったあとは、お昼にすることにした。
「うんうん、この調子なら思ったより早くバッグも買えるかも」
そう口にして私はパンをひと齧り。
「バッグもだけど食事もだよね……」
ミーシャさんに持たせてもらったパンはやっぱりあんまりおいしくない。この町で食べる一般的なパンだというから、どこの町でも同じような味なんだろう。もう少し、グレードの高い味を食べたいのだ。お昼も他の料理がおいしいだけに気になってしまう。
「気を取り直して再度開始」
とはいうものの周りは結構採ったし、場所を変えないといけない。この周辺の土地勘もないし、あんまり遠くには行きたくない。ふと林を見るとちょっとだけ大きな木があるのが見えた。
「へ~裏側にはちょっと違う木もあるんだね。入ってすぐのところみたいだし……」
さて、今日私は朝に何と言ったでしょうか? この時の私は食事を終え安心しきっていた。林へ進むと途端に薄暗くなる。こっち側はどうやら街道沿いよりも木の背が高いようで、より薄暗い。
「早まったかなぁ。でも、すぐそこだし……」
言い聞かせるように私は進んでいく。ちらりと足元を見るとそこにはムーン草が。やっぱりこの林全体にちょっとずつ生えているみたいだ。素早くかつ丁寧にいただいていく。
そうして少し進むと一本だけ違う木の根元までやってきた。根元には真っ白なキノコ。これは前に取ったコークスキノコだ。体力にも魔力にも作用する上に、おいしいらしい。お土産にいいかも! そう思って十個生えているうちの六つを取る。全部は取りすぎだからね。
「それにしても大きい木。なんだか温かい気もする……」
木にちょっと寄りかかるとガサッと音がした。
「なに!」
《グルルルゥゥゥ》
オオカミが奥の木の陰から二頭現れた。なんていってる場合じゃない!
「ウィンドカッター」
先手必勝で放った魔法は避けられてしまう。ゴブリンたちも集団で一頭を狩っていたし、何か考えないと。その間も何回か魔法を使うものの、簡単によけられてしまう。
《ワゥゥ》
二頭が少しずつ近づいてくる。正面からじゃだめだ、何とかゴブリンみたいに不意を突かないと……。
「そうだ! ウィンドカッター!」
私は再度風の刃を三つ生み出す。作り出した三つの刃を正面に二つと下から勢いよく一つ放つ。正面はそれぞれを狙い、下からの刃は右の一頭に絞る。左の一頭は簡単にかわすが右の一頭はぎりぎりだ。
さらに私は魔力操作のスキルを使って、正面からの刃を後ろから、上へと飛んだ刃を下へとやる。音で判断したのか後ろからの攻撃かわされてしまったけれど、上からの攻撃は対応できなかったらしい。そのまま胴を貫通してドウッと一頭は倒れた。
「やった!」
喜んでいると左のオオカミが突っ込んでくる。仲間がやられたせいか顔つきも最初より凶暴だ。
「きゃあぁぁ」
私はパニックになり必死で杖を振り回す。
《キャン》
運よく杖が当たったようでオオカミは一歩引いた。そのまま対峙したあと、再び私は先ほどと同じように魔法を使った。最初の一撃をかわされて次で……。
「って体当たり!?」
さっきの攻撃を見ていて学習したのか突っ込んでくる。これでは自分に刃が当たるから戻せない!
「このぉ、ウィンド!」
近づいてきたオオカミが跳びかかった瞬間に私は圧縮した風を思いっきり放つ。空圧砲のように放たれたそれはオオカミの腹部に命中し、オオカミはあおむけに倒れた。
「はぁはぁ、ま、まだ息はある……。ご、ごめんなさい、エアカッター!」
次も勝てるかわからない、生きるか死ぬか。私はその感覚を改めて感じ、オオカミの息の根を止めた。
「はぁはぁはぁ……」
肩で息をする。動悸が治まらない。ちょっと経って深呼吸をして体を落ち着ける。二分後、ようやく落ち着いたところで状況を確認する。オオカミたちは二体とも倒したし、とりあえず血の臭いに他の魔物が引き寄せられないようにさっさと回収しよう。
「バッグを開いて……」
かぱっと開いたバッグにオオカミを二体とも入れる。もうほとんど空きスペースはないだろう。あとは処理をしないと……。風の魔法で穴をあけて血の付いた土を入れて蓋をする。こうするだけでも臭いが漏れにくくなるだろう。処置を終えたところで改めて木に集中してみる。
「さっき、あんなことがあったけどこうすると気分が落ち着くなぁ」
五分ぐらいそうしていると本当に落ち着いてきたし、元気も戻ってきた。そういえばこの木は枝自体がちょっと太めだし像を作るのにちょうどいいかも……。
ごつん
「いったぁぁぁい!!」
そんなことを思っていると頭に衝撃が走った。なんだと思って下を見てみると、木の枝が折れて落ちてきたみたいだ。ばちでも当たったのだろうか?
枝には多くの葉が付いたままになっており、枝もけっこう太くてすぐにでも使えそうだ。まさか、人の考えが分かる木とか……なんてね。
「折角だからこれはいただきます」
私はパンパンと手を合わせて、いい感じの枝が手に入ったことに感謝し、持ち帰ることにした。
「でも、これ入れて容量オーバーとかならないよね?」
心配になった私はちょっと重たいけど、我慢して抱えながら帰ることにした。
「これもまた冒険者の試練だよ~」
林を抜けて一路、町へと向かう。さすがに戦って疲れも出始めたので今日の冒険はここまでにする。街道まで出ればあとは歩くだけなのだけど……。
「重たい、休憩しよう」
二十分に一度は休憩を取って休む。町までは一時間半ほどだというのにまだ半分ぐらい道程は残っている。そろそろ十四時過ぎだし、夕方までには帰れるといいなぁ。そのあとも進んでは休むを繰り返し、町の入り口に着いた時には十六時頃になっていた。
「おお、今朝の冒険者じゃないか。おかえり」
「はい、今帰りました」
ビシッっと背筋を伸ばしてカードを見せる。
「よし、通っていいぞ……ところでその枝は?」
「拾ったんです。ちょっと作りたいものがあったので…」
「そ、そうか頑張れよ」
門番さんに見送られながら私は町に入り、ギルドを目指す。枝を抱えているせいか、ちらちら見られている気もするがしょうがない。
「失礼しま~す」
ギルドに着くと挨拶をして入る。中は結構空いてるな。冒険者にとってこの時間は中途半端な時間なのだろうか?
「おかえりなさい。空いてるわ……よ」
ホルンさんのところが空いていて声をかけられたのですぐに向かう。だけど、やっぱり私の持っていた枝に気を取られたみたいでびっくりしている。
「ちょ、ちょっとまってね」
じーっとホルンさんは枝を見たかと思うとすぐに口を開いた。
「そうそう、ちょっとギルドマスターが用事があるって言ってたから来てもらえる?」
「いいですけど?」
そう言われて二階へと上がる。
「あ? どうしたホルン。アスカだったか……まで連れて」
「それが……あの枝なんですけど」
「枝? アスカ、お前なに枝なんて持ってんだ。木こりにでもなるのか?」
「あっ、いえ。目的があってちょっと使うんです。ちょうどいい大きさだったので」
「それなら別にいいが……ん、その葉っぱは?」
「きれいですよね~。ちょっとの間、部屋に小枝を飾ろうと思って」
宿の部屋は掃除がしやすいように基本的には殺風景だ。でも前から飾り気が欲しかったのでちょうどだと思ったのだ。
「いやそれシェルオークだろ?」
「しぇるおーく?」
「やっぱり知らなかったのね。世界中のどこにでもあるけれど、本数の少ない木でその葉は回復薬や万能薬にもなるのよ。木材は魔除けの力があると信じられていて大切な建造物を作る時に使用されるの」
「へぇ~、すごいんですね」
そんなことはつゆ知らず、私はとりあえず頭の上に落ちてきたと話をすると二人ともびっくりしていた。なんでもこの木は意思があると信じられていて、強欲な貴族が伐採して利用しようとした時は、自らを枯らして使い物にならなくしたという逸話もあるのだとか。
「すごいも何もそのまま売ってもお金になるわよ。ちゃんと葉も一枚で値段がつくんだから」
そう聞くとすごい木の枝なんだと思う。でも、葉っぱはともかく今回、枝は使っちゃうしどうしようかな?
「あの中にはシェルオークを知っていそうな人はいないから、こっちに来たけど注意しなさい。そもそもアスカちゃんはどうしてマジックバッグに入れなかったの?」
「そ、それは……」
朝にあれだけ周辺で薬草探しますって言って来たばっかりだしなぁ。でも、木の枝取ってきたしどうせばれちゃうか、よし!
「その……新しい場所で採取をしてたら見慣れない木があるな~ってそう思って、手前の方にあったからちょっと入ってみたんです」
「ふぅ~ん、今日は森や林には近づかないって言ってたのに? 別にいいけれど、冒険者自身で決めたことだし」
ホルンさんからちょっと非難めいた目で見られる。
「ごめんなさい……」
「ふふっ、本当にいいのよ。私たちには止める権利もないし。でも、まだまだ駆け出しなんだから焦らなくてもいいと思うの。特にあなたは他の人と違って薬学や魔力操作があるんだから」
「そうですね。もう少し注意します」
ホルンさんにも言われ、私は改めて注意深く行動することを誓う。
「それはそうと、他には何か取ってきたのか? 依頼受けてたんだろ」
「そういえばそうでした。じゃあ、出していきますね」
ホルンさんが受付からいくつかかごを持ってきてくれたので、アイテムごとに出していく。最初はリラ草、続いてルーン草とムーン草、コークスキノコは今回、お土産にするから三つだけ出しておこうかな?
「あら、コークスキノコまであるのね。本当に〝少しだけ〟奥に行ったのでしょうね?」
「い、一応……」
「まあいいわ。すぐに鑑定するわね」
真剣にホルンさんが鑑定をしてくれる。私はドキドキしながら結果を待った。
「……はい、終わったわ。まずは薬草からね。リラ草が15本でAランク4本、Bランク11本、ルーン草が23本でAランク5本、Bランク12本、Cランク6本、ムーン草が8本でAランク2本、Bランク4本、Cランク2本ね。合計は…っと。合計は金貨1枚、銀貨2枚、大銅貨7枚、銅貨7枚ね。ちょっとだけ相場が値下がりしているの、ごめんなさい。これ以上は下がらないと思うから」
「いいえ、大丈夫です」
「それとコークスキノコはどれもAランクね。味も期待できるわよ。合計で銀貨4枚ね」
「そんなにするんですか?」
美味しいとはいえただのキノコなのに……。
「コークスキノコはHPもMPも回復するから冒険者にも人気だけど、おいしいから食料としても値が張るのよ」
何だろうな。マツタケとかそういう扱い何だろうか。
「これ以外にはもうない?」
「あと、まだあるにはあるんですけど……」
私はオオカミのことを話した。