痛みと初めての野宿
警戒を繰り返すこと三百メートルほど。ここまで警戒が必要かなと思ったところで、何かに当たる。
「フィアルさん……」
「アスカが少し先ですか、いますね」
「数は?」
「八体ぐらいだと思います。あっ、すみません。探知の魔法で気付かれたみたいです!」
「そっちの方が驚きだね。相手に魔法を使える奴がいる。フィアル!」
「ええ、私が下がって狙い撃ちます。悪いですが二人は時間稼ぎを!」
接近してくる魔物に対して、私たちは身を隠すことなく対峙する。見えてきた魔物はオークメイジとオーガの集団だ。メイジの他にもオークはアーチャーもいる。
「風の守りよ。ウィンドバリア」
ジャネットさんに風の膜を張り、遠距離攻撃から守る。その後は自分にもかけて、再度探知の魔法を使う。ここで左右に回られたら厄介だ。
「ありがとな、アスカ」
「いえ、それより左側に寄ってるのがいます」
「了解! 注意しとくよ」
そこまで言って私たちは戦闘に入る。まず迫って来たのがオーガ三体。その後ろにオークアーチャーが二体とメイジが続く。だけど、よく分からないのが左からも来ている。
アーチャーが射るのに合わせて後ろのメイジも火魔法を使ってくる。弓はよほど接近してこない限り大丈夫だろうから、私は火魔法の迎撃に移る。
「それぐらいの威力の魔法なら! ファイアーボール!」
私はメイジ二体分の威力の火球を出して、向こうの魔法にぶつける。
ボンッと大きい音とともに火球同士がぶつかり合い消滅する。その結果が分かっていた私は、その間に弓を構えてアーチャーがいたところに矢を放つ。しかし、残念ながらアーチャーたちは移動していて当たらなかった。
「貰いました」
その時、私の後ろ側から放たれた矢が一体のメイジに刺さる。フィアルさんが放った矢だろう。
「ちぃっ、さすがに硬いというか力が強い」
ジャネットさんの方には三体のオーガが集まっている。囲まれないように立ちまわっている様だけど、なかなか厳しい状態のようだ。
「風よ、ウィンドカッター!」
オーガ一体に向けて三つの風の刃を放つ。さしものオーガも危険を察知したのかこちらに意識を向けた。その隙にジャネットさんが他の二体を相手取り、うち一体を切り伏せる。
ただ、こっちを向いたオーガは魔法で倒すまでには至らなかった。どうやらこのオーガも普通より強いみたいだ。魔力を解放していても倒せないなんて。
「まだまだ!」
私がもう一度、魔法を唱えようとすると横から矢が飛んで来た。しかし、事前に張っておいたバリアの守りで矢がそれる。
「邪魔しないで!」
オーガに放つ予定の魔法をアーチャーに放つ。それでアーチャーは倒せたものの、オーガはまたジャネットさんの方に向き直った。二対一でも勝てないのに何で向かったんだろう?
「最初の奴!」
もう一体いたんだった。きっとそいつが……。
「アスカ、危ない!」
「えっ!」
気付いた時には遅かった。私のすぐ側まで魔物の気配が近寄っていた。
「いつの間にこんなに近く」
オーガが巨体をもって私に殴りかかってくる。
「ちぃ!」
どこからか剣が飛んできてオーガの脇に刺さる。しかし、そんなことも関係ないとばかりにオーガは腕を振り下ろしてくる。
「ぐぅぅぅっ!」
バリアを砕かれ、吹き飛ばされた私は地面を転がる。運よくというか木にはぶつからなかったみたいだ。
「腕が…」
左腕が動かない。しかも、痛みで集中もできない。だけど、オーガはそんなことはお構い無しに迫ってくる。
「こんなとこで終われない! ケノンブレス!」
咄嗟に最近覚えたての魔法を放つ。しかし、痛みで思うように集中できずにオーガの横にそれ、木をぶち抜いた。
「くっ、当たれ!」
再度放ったものの直撃しない。その内にオーガは当たらないと思ったのか一気に距離を詰めてくる。
《ガアァァァ》
「この距離なら、ケノンブレス!」
いくら制御が出来なくても、相手がまっすぐ進むのは変わらないんだから!
《グォォォォ》
ようやくケノンブレスを当てるとオーガの腹をぶち破った。他の魔物は? 奥にはメイジとアーチャーが重なるように倒れている。傷から見てフィアルさんのものだ。片方は短剣によるものだった。
奥ではジャネットさんが残りのオーガを切り伏せていた。しかし、何度か攻撃をくらったようでケガをしている。
「いつつ、大丈夫かアスカ?」
「は、はい。何とか……」
腕が満足にあげられないので口だけで返事をする。
「全く、自分が見つけた奴を忘れるなんていけない子だねぇ」
「ごめんなさい」
「まあ、生きてりゃいいよ」
「ジャネットこそ持ってる剣を投げて、無防備になっていたでしょう? 当たり所が悪かったら大変だったんですが」
ジャネットさんの怪我って私を助けたからなんだ。
「ジャネットさん……」
「何だい、そんな顔したって怪我した事実は戻らないよ。今度はもう少しうまくやればいいさ」
「うう~」
抱き付きたかった私だったけど、腕がうまく動かないのでぶつかる格好になる。
「こら、もう少し落ち着きな。っていっても今回は無理か。全く、子どもだねぇ」
「子どもじゃないです~」
「そのセリフは子どもしか言わないけどね」
「それより、ポーションを飲むなりして現状からの復帰が先ですよ。二人とも」
そうだった。こんな状態じゃ、また魔物が出てきたらやられちゃう。涙を拭けないからジャネットさんに拭いてもらって、魔法を唱える。
「風の癒しよ、エリアヒール!」
癒しの魔法をみんなにかける。私の肩や腕の傷も治っていくのだけど……。
「痛っ!」
左腕が動くか確認しようとすると、激痛が走った。
「こらこら、そう簡単に傷が治るなら苦労はしないよ。さっきだって集中力が欠けてたんだからね。無理せず自分だけに掛け直しな」
「は、はい」
ううっ、すごく痛かった。でも、これが生きてる痛みだとも思った。再度魔法をかけると痛みは大分引いたけど、まだちょっとだけ違和感がある。
「それだけの魔法でもってことは大分ひどかったみたいだね。フィアルは見てたのかい?」
「ええ、ギリギリ受け身の形にはなりましたが、左腕で受けていたから、腕がちぎれなくて幸運なレベルでしたよ」
ちぎれっ……ひぇぇ。そんなことあるんだ。
「嫌なら、あたしみたいにちょっと重たいけど、きちんとした鎧を付けな」
「軽い素材でなくですか?」
「ミスリルなら多少はましだけど、それでも結構重いね。竜の皮でもあれば軽いかもね」
「絶対高いですよね」
「でも、軽さと丈夫さを考えれば仕方ないさ」
「……よしあらかた書き留めました。後は素材ですが、やはりウォーオーガですか」
フィアルさんが息絶えたオーガを見ながら呟く。
「だろうねぇ。あの速さに戦闘センスはそれ以外ないね。他のも下手したらなってたかもね」
あんなのがもっと出てきてたらと思うと背筋がぞっとしない。早いところここを離れよう。
「とりあえずは牙と角を取ってと……オークはどうする?」
「今日のご飯の材料として使えますから、軽く解体して一体分だけ持って行きましょう。この調子なら色々する余裕はなさそうなので、他のは解体せずそのまま入れて、溢れるようなら道中捨てましょう」
「了解、ならちゃっちゃとやるか」
ジャネットさんが剣を、フィアルさんがナイフで解体を始める。私は警戒モードで待機だ。今回は都合よくオークメイジの魔石が手に入ることはなかった。ウォーオーガはお腹に穴が開いている程度で、牙の状態もいいらしい。素材としては今回の目玉なのでよかった。
「しかし、今回は参ったね。これじゃDランクのパーティーも立ち入り禁止だよ」
「全くですね。どんなに実力があるDランクでも、魔法使いなら近距離で、剣士なら遠距離でやられていたでしょう」
「今、考えてるより厳しく侵入注意を促すか、制限の時期を延ばすかだね」
「致し方なしですね。私でもこれは逃げの一手です」
「ソロならそうだね。数の時点で不利だしねぇ」
解体をしながら、どのぐらいの実力が最適かジャネットさんたちが話している。だけど、内容からすると私たちのパーティーでは、半年は修行が必要だということで落ち着いた。そうして再び私たちは歩き出す。その間もジャネットさんたちは熱心に話をしている。
「ノヴァたちが実践的に修行しても、立ち入れるまで最低三か月はかかるだろうね」
「そのくらいですか……たまにであれば付き合いますよ。パーティーメンバーとして普段は同行できませんからね」
「なら、できる時は連絡をくれよな。引っ張っていくから」
「二人は仕事もあるんですけど……」
「親方に話はしてるよ。それに宿にもな。何だったらアスカも来ても良いんだよ?」
「私は……ほら、別のお仕事もありますし!」
以前のやり取りを繰り返す。あのしごきのような特訓がこっちに向かないようにしないと!
「ですが、アスカの弓の腕も上がっているようですし、この際きちんとした構えを教えてあげますよ」
ええ~、ありがたい話だけに逃げられない。
「はい」
がっくりと心の中でうなだれながら、私は観念した。そのまま、進むこと三時間ほど。あれからもゆっくり進んでいたせいか思ったより進んでいない。その間にゴブリンとオークとは出くわしたものの、数も五体で難なく倒した。
「そろそろいい時間だね」
「では、今日の野営はここで」
二人が立ち止まって今日の野宿をする場所を決める。まだ、日もあるのに早くないのかな?
「アスカ。今から組み立てたりするけど、結構時間かかるから経験しておきな」
指示されるまま私は動き出す。テントセットをフィアルさんが木の横に出す。私も手伝い、杭を打ち込んで布を被せてどんどんテントが出来上がる。だけど、出来上がったらかなりの時間が経っていた。
そして次は水の確保。近くに水があるのは確認していたけど、料理で使う分と飲料とを考えると結構距離がある。
「ああ、それと今回は料理用の薪も集めるよ」
「火なら私が……」
「今回だけだっての。火が使えないパーティーがどれぐらい苦労しているか分かるようにね」
そう言ってみんなで薪を集め出す。しかし、日の入りが悪い森では乾燥した木が少ない。小さい木を拾い集めても湿気っていてダメということもある。
一時間ぐらいかけて、なんとか料理用も含めた野営用の木を集めた。一晩でこんなに必要なんだ。
「一応言っておくけど、この量じゃ夜に戦闘があったら足りなくなることもあるからね」
「大変なんですね」
「では、アスカ初めての野営開始だね」
こうして私の初野宿が始まった。