戦いと森林浴
隣町への依頼を受け、外に出ること早一時間。森を少し進んだところで今は若干の休憩タイムだ。まだ早いと思うかもしれないけど、今回の依頼は調査依頼なのでこうして休憩がてら、周辺の様子を書き留めている。私はというと……。
「アスカ、こっちのはどうだい?」
「う~ん、多分毒草ですね。確か、売れないぐらい変質しない毒だったと思います。ただ、それを食べる動物もいるので抜くかどうかは微妙ですね」
「なら、地図に書いておけば問題ないね。こっちの書き込みは終わったからそろそろ進もうか」
ジャネットさんと協力して薬草採りにいそしんでいたのだった。依頼を受けられるランクに制限がかかったのと、調査依頼と護衛依頼で薬草を重視しないパーティーが多いため、こうして競合が少ない状態で回れるのだ。
「いやぁ~、やっぱりこういうルートはいいね。こっち側は割と薬草も多いルートって言われてたからね。一か所ごとは少ないけど、隣町まで続いてるんだよ」
「そうなんですか? その割にあんまり歩いた跡がありませんけど……」
「まあ、護衛中心のパーティーが多いからだね。わざわざこっちまで入るのは少ないんだよ。あたしだって数回しか入ってないからね」
「ジャネットはさほど薬草の採取は上手くないですから……」
「あんたも人に言うほど上手くはないだろう?」
「そんな時間があるなら弓を引いていましたから」
「そうなんですね……うん?」
なんだか、奥の方で少し動いた気がする。
「やれやれ、まだ入り口だってのに……」
ジャネットさんが剣を抜いて、木の陰に隠れる。私は魔物に正面から対峙するように向き、様子をうかがう。
「向こうも気づいたようです。何もしてこないところを見ると弓兵や魔法使いはいないようですね」
「そうみたいですね」
私はもう少し近づいてくるのを待つ。この位置から魔法を使ってばらけさせてしまうとジャネットさんのことが見えてしまうからだ。
「よし……もう少し!」
魔物が私たちの戦力を図り終えたのか、にじり寄っていたのが一気に跳びかかってきた。相手はゴブリンで剣を持っているものが中心だ。
「来た! ウィンドカッター」
やや左寄りにゴブリンでも対処できるように放つ。案の定、ゴブリンたちは風の刃に気を取られてそっちの対処に手間取られている。
「行きますよ」
私の後ろからフィアルさんの矢が二本放たれ、ともにゴブリンの頭を射抜く。しかし、相手はまだ五体いてそのままの勢いで間合いを詰めてくる。
「はぁっ!」
私まで五メートルといったところで、横からジャネットさんが飛び出し、一閃で一体を倒す。そして、続く攻撃でもう一体を倒した。
「ウィンド!」
私は他の近づいてきたゴブリンに、圧縮した空気を当てて気絶させる。周りのゴブリンも衝撃の余波で勢いが削がれ、その場で立ちすくんだ。
「行くよ!」
「ええ!」
すかさずジャネットさんが手前に、フィアルさんが奥を攻撃して戦闘は終了した。
「ふぃ~、ここで戦闘とはね。やれやれだよ」
「本当に危険な区域になったようですね。ゴブリンも通常のものよりやや強い」
「そうだったんですか? 確かに剣を持っていましたが……」
「この剣を見れば判るのです。低位のゴブリンなら研ぐという行為が理解できないから、剣は錆びていきます。ですが、この剣は荒いけれど鈍く輝いているでしょう? 曲がりなりにも研ぐことを知っているということなんですよ」
「本当です! 私は分かりませんでした」
「まあ、アスカはこの間に戦い方も覚えて強くなってるからね。今更、ゴブリンがちょっと強くなったところで気付かないんだろ」
「ええっ、そんなことになってます?」
「なってるなってる。だって、この前の合同パーティーの時もオークが出てきてもなんとも思わなかっただろ?」
「まあ、オークは戦いなれてますし……」
「それ以上に、こうすればこの相手とは戦えるって分かってるからさ。自分じゃ負けないってことも」
「う~ん。それっていいことなんですかね?」
「どうだろうね。自分が強いってことを自覚するのにはいいんじゃないかい」
「そうですね。色々な人と組むなら自分を客観的に見ないといけませんから、今後は重要になります。パーティーが変わらないなら問題ないでしょうが」
「なら、ちょっと考えないとですね」
「そういうこと。それじゃあ、埋めて進もうか」
私は簡単な穴を掘ってゴブリンを埋めていく。一応、剣は持って行くことにした。この先、何が取れるか分からないけど、持ち帰るのが難しい時は熱で溶かして細工用に再加工できるか試してみるつもりだ。
「こうして休憩を繰り返してるけど、中々まとまった休憩にならないねぇ」
「アスカがことごとく休憩近くのところで、薬草を見つけますから。道中も合わせると結構な量ですよ、これは」
「本当だねぇ。今日中に持って帰れないのが悔やまれるね。ランクがわずかでも下がっちまうし」
「ルーン草が多くて助かります。これで少しはマジックポーションが流通しやすくなりますし」
「へぇ~、ポーションの在庫まで把握しているのかい、アスカは?」
「いいえ。この前、偶然出会ったジェーンさんから聞いたんです。最近、マジックポーションの依頼が増えたって」
「ああ、他の地区からパーティーを呼んだから消費が激しくなったのかもね。護衛依頼で契約を取るのに一番いいのが実力を示すことだから、みんな最初は大盤振る舞いだからね」
「あんまり目立つと危ないんじゃあ……」
「そういうこともあるんだけど、実力を見せれば解決するし、わざとポーションを使って見せて経済的に余力があることを見せるところもあるからねぇ」
「そういうもんなんですね」
「だからといって契約が取れる訳じゃないですから、無理はしない方がいいですよ。それに契約といってもアスカの場合は旅に出るなら困りますよ?」
「あっ、そうですね。期間限定とかにしないといけませんね」
「まあ、今すぐじゃないんだし半年ぐらいならいいかもね」
「う~ん。でも予定をその商隊に合わせないといけないのがしんどいですね。他にも色々やってる身としては」
「そうだろうね。アスカの場合は冒険者やってればいいわけじゃないからねぇ」
「ふむ。そろそろ、昼にしますか」
「もうそんな時間ですか」
私たちは持ってきた携帯食料を広げる。フィアルさんのはサンドウィッチのような食事だ。いかにもらしさが出ている。私は日中食べられるというので、パンと蓋つきのスープ。ジャネットさんが干し肉とフルーツだ。
「アスカはスープかい? 冷えて固まってるみたいだけど」
「ふふっ、ちょっと見ててくださいね。火よ!」
私は火の魔法でスープを温め液状に戻すと、パンと一緒に食べる。
「お昼まで出先で温かいものとは。相変わらずアスカはこだわるねぇ」
「これでも結構我慢してるんです。あんまり多いと荷物が増えちゃいますから」
「それならあたしの使ってるマジックバッグを買うといいよ」
「……ちなみにいくらなんですか?」
「金貨三十枚」
「私にはまだ早いですね。旅が始まってから考えますよ」
「色々入れられて便利だけどねぇ」
「整理して入れるのも大事だから、あまり早くに大きいのを使うのもどうかと思いますよ」
「こっち見て言うな」
楽しい時間はあっという間ですぐにみんな食べ終わってしまう。ちなみに食べている間もフィアルさんは立って食べていた。サンドウィッチだから気にならなかったけど、今にして思えば見張りをしてくれていたんだろう。
食事に使った場所は明るかったので、そのまま長めの休憩にする。う~ん、森の音と香りに癒されるなぁ。今日はちょっと早起きだったし、ご飯の後に少し休もうと私は木に身を預けた。
「……ねえアスカ、アスカ?」
「さっきから寝ていますよ」
「しょうがないねぇ」
「まだまだ、小さいですし仕方ありません。三十分ほど長く休憩を取りましょう」
「やれやれ、一応ここも敵地なんだけどね」
「う……ん、わたし……」
「おはようさん」
あれ? 確か私は休憩してて木にもたれていたはず。
「ひょっとして寝ちゃってました?」
「三十分とちょっとさ。まあ、大した時間じゃないよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ。こういうところで眠れると分かっただけでも重要です。新人というか人によっては野営時に眠れない人もいますから」
褒められているのか分からないけど好意的に受け取っておこう。
「さて、行くとしようか。十分休んだからこの先の休憩は書き留めたらすぐに動かないとね」
「すみません」
「それぐらいで取り戻せる分だ。構わないよ。それで頭もすっきりしていい動きができるならその方がいい位さ」
こうして私たちは再度歩み始める。もうすぐ、最初に行った湖を過ぎる辺りだ。最近はここでも戦闘があったのか、土を掘り起こした跡が見える。
「どうやら数日前に戦闘があったみたいだね」
「元々、水場は危険でしたが、戦闘の規模もそこそこありそうですね」
私たちは注意しながら進む。この先は以前から魔物の襲撃が多かった地域だから特に注意が必要とのことだ。
「この依頼票にもあるけど、二日に一度はこの先で魔物と出会ってるみたいだね」
「じゃあ、警戒しないとですね」
私は風の膜を前方に広げて生物にぶつからないかを確かめる。……三十メートルぐらい先までは安全みたいだ。ふぅ、と少しだけ警戒を解いて歩く。
「こらこら、探知で正解を出して緩んで進むんじゃないよ。思わぬところから来るかもしれないよ?」
「えっ、動きに出てました?」
「明らかにほっとしたため息を出してただろ。集中するとそういうのが良く聞こえるんだよ」
「こっちも反応はないので当たってはいる様ですね」
「あんたらは気楽でいいね。先頭のあたしが一番、そういうのは苦手なんだから……」
「こういうのは経験だけじゃなく勘も必要ですから。アスカは魔法のようですが」
「ま、それに頼らせてもらうとするかねぇ。分かる範囲を過ぎる前に声をかけてくれ。それで一旦立ち止まるよ」
「はい」
そうして、私たちは警戒と進行を繰り返し、一歩一歩着実に進んでいくのだった。
一応、今日の番外編からアスカは異世界に転生した人間から、異世界に生きる人間に意識が変化しています。




