番外編 宿屋の娘エレン
私はエレン。アルバの宿屋『鳥の巣』の看板娘だよ。7歳ごろから宿の手伝いを始めてもう四年、この間に家族旅行には行ったことがない。
なぜなら、宿は何時も大忙し。なんだか年々忙しくなってる気さえしてきた。でも、ここが私の家だし今日もまた頑張ります!
「ああ~疲れた~」
ただいまの時間は十四時。ようやくお客さんも減ってきて目の前には食事が運ばれてきた。
「はい、エレン。いつもお手伝いありがとう」
「ほんとにくたくただよぉ~。お母さん誰か雇えないの?」
「そうした方がいいとは思うんだけど、中々話が進まなくて……」
どうやら、雇いたいとは思っているけど、どこに依頼をするか迷っている様だ。冒険者ギルドなら荒くれものでも困るし、商人ギルドは冒険者ギルドにお世話になってるから気になるってところなのかなぁ。
食事も終えて、後は夕方まで店番だとゆったりしているとふいにドアが開く。新しいお客さんかな?
「いらっしゃいませ~」
できるだけ元気よく挨拶する。これが客を逃がさない接客術なのだ。そしてこれが私とアスカさんの出会いだった。
「宿泊したいけど部屋は空いてる?」
まあ、満室になることなんて滅多にない。空いてますよ~と返す。でも、このお姉さんの格好はなんだかおかしい。値段も聞かずに空いてるなんて言うのは冒険者の人っぽいけどそんな感じが全然ない。
気になって聞いたら今日冒険者になったんだって! 年齢を聞いたら私より二歳も年上だった。背が低いから同い年かと思ったのに……。
「夕食の時間とか決まってるの?」
鐘の音で分かると言ったらそれも知らないみたい。でも、村だとないところもあるって言ってた人もいたし、多分そうだったんだろう。とりあえず十日ほど泊まるといって銀貨二枚を払ってくれた。
それに、説明してくれてありがとうと、ついでにおこづかいまでもらっちゃった。いい人だけど心配だなぁ。っと次の人が受付に来たから相手しないと。それにしても美人できれいな銀髪の人だったな。
「エレンちゃん次こっちね」
「はい~」
パタパタパタパタ
夕食の時間になったらまたまた大忙しだ。さっきの美人のお姉さん、アスカさんとも話をしてみたかったけどそれどころじゃない。お母さんたち早く誰か雇って~。
食事時間が終わり、ようやく夕食タイム。とはいえ疲れた私はさっさと食べて明日に備えてねま~す。お父さんとお母さんは仕込みとかしてるみたいだけど私はここまでなのだ。
次の日もいつもと同じようにお客さんたちより早く起きて受付に座る。少しすると三階のパーティーの人が引き払っていった。よしよしこれでシーツの回収が楽になるな。
「おはようございます」
お母さんが声をかけた先にアスカさんがいたので私も挨拶をする。シーツが綺麗だったと褒められたのでうれしかった。こういう家に生まれたとき仕事を褒められると嬉しいって思う。
朝ごはんが食べたいと言われたので、お金をもらってお母さんに伝える。料理を食べると、ん? って顔をしたけど気にせず今は食べている。何だったんだろ?
「今日はもうお出かけですか?」
こんな時間に起きてくるぐらいだから、依頼でも受けに行くのかなと思うとその通りらしい。ついでに店はいつ開くかと聞かれたので二の音の時間だと教えてあげた。その後は見送りをして私は何時ものお仕事。すなわちシーツ交換と掃除だ。
「んしょんしょ」
毎日のことだけどやっぱり疲れるなぁ。誰か手伝ってくれる人がいるといいんだけど、この宿は冒険者向けだし普通はしてくれないよね。町にいる子なら別だと思うけど……。
そこでアスカさんの顔が浮かんだ。冒険者って言ってたけど、強そうにも見えないしまだまだ新人さんだし、うまく依頼が見つからなかったら手伝ってくれるかも! それに、最終的に冒険者やめることになったらあの美貌ならお客さんもいちころだよ。
「お母さ~ん」
仕事もそこそこに私はお母さんに名案があるよと話をしに行く。アスカさんなら冒険者で商人ギルドも関係ない。わざわざ依頼を出さなくていいからお金も浮くんじゃないかな?
「あらあらどうしたの?」
「えっとね、手伝ってくれる人のことなんだけど……」
お母さんは最初こそお客さんなのよと言いつつも、手伝いをしてくれる人ができるのには賛成らしく、あくまでもアスカさんが納得してくれたらって話になった。よ~し! 必ず引っ張ってきちゃうんだから。
「ただいま~」
雑用を済ませて店番をしていると、アスカさんが帰ってきた。思ったより早く帰ってきたし、やっぱりあんまり稼げなかったみたいだ。でも、見慣れない弓も持ってるし買ってきたのかな?
とりあえず夕食の時間を聞いてメモしておく。宿泊してる人には一応、時間になったら呼びに行くようにしている。とはいっても忙しいからあんまりできてないんだけど。
「今日も忙しいよ~」
あっちへ注文、こっちは配膳と今日も忙しい。息つく暇もないと思ったけど、アスカさんの食事の時間だと思い出して気晴らしに向かうことにした。
「お母さ~ん、悪いけどアスカさんに時間伝えてくるね~」
返事は聞かずに二階へ向かう。この時間なら止められるのわかってるからね。
「ごはんだよ~」
「エレンちゃん? もうそんな時間なんだね、ありがとう」
ドア越しにお礼を言われる。期待はしてないけど言われると嬉しい。適当な返事の人もいるからね。
そして、下に降りてきたアスカさんに食事を運ぶ。夜はまだメニューが少ないから助かるよ。宿に泊まる人は追加注文がなければ二種類だからね。
「ごちそうさまでした」
忙しい中ふとアスカさんの方を見ると手を合わせてなんかしてた。何だろう? 食器はって言われたけど置いといていいからと言って次のテーブルへ。ごめんなさい、まだまだ夜は忙しいのだ。
「あれ?」
落ち着いてきて食事を下げようと思ったら、アスカさんの食器の隅から大銅貨が出てきた。わざわざお金使う用事もないし、置いてくれたんだろうなぁ。こんないい人なら手伝いもしてくれるかも。嬉しさと期待に満ちて残りの時間も頑張る私だった。
ポタポタポタ………
朝起きると天気はあいにくの雨。ここ最近降ってなかったから仕方ないといえば仕方ないんだけど、私にとってはいい知らせだ。なんといっても雨の日はお客さんが少ないんだもん。宿にとってはよくないかもしれないけど私にとってはラッキーな恵みの雨だよ。
雨ということで内心うきうきしながら食堂で朝ごはんを出していたら、アスカさんが憂鬱な顔をして降りてきた。
「今日は買い物に行きたかったんだけど……」
私は残念ながら店は大体開かないと伝える。アスカさんはでも雨が上がったら違うよねなんていう。
「イベントがない限り開きませんよ」
アスカさんって一体どんなところで暮らしてたんだろう? 食品とかは期限もあるけどそれ以外のお店はほぼ閉めている。雨を防ぐのも大変だし、傷むのを避けるから常識なのに。
「暇だ~」
どうやら買い物ができないと分かったアスカさんは予定が消えてしまったらしい。ならば、冒険に行かないのかとも思ったけれど、せっかく暇と言ってくれているんだからその予定貰いましょう!
きっと、この時の私は悪い顔をしていたんだろうなあ。でも、何事もほどほどがいいと私は後で思い知らされるのであった……。
「まずはシーツの回収から」
手伝いをしてくれることになったアスカさんをお母さんに紹介して、いざお仕事へ。最初は安全なバルドーさんの元へ。バルドーさんはたまに食材の差し入れもしてくれるいい冒険者だ。部屋に入る前には札の説明もして入る。
「シーツ交換の時間です!」
ちょっと男臭い部屋だけどアスカさんは気にしてないみたいだ。私はバルドーさんにアスカさんを紹介する。ちょっと話しただけなんだけど、なんだか見てて心配なんだよね。バルドーさんはというと目の前に美少女が来て焦ってる。
だけど、私はさっさとシーツを回収したいのでバサッと引っぺがす。何か落ちた気もするけどいいよね。一応、アスカさんに出た後で口頭でも連れ込まれないよう注意しておく。なんだか心配だなぁ。
その後も色んな冒険者の人に紹介しつつ、シーツを回収したけどみんな好意的に接してくれた。これは、結構いいんじゃないかと思う。ただ、問題が一つだけ…。アスカさんは力が全くなかった。あれは私よりないだろう。確かに宿の手伝いとかで動いているけど、私だって体も大きくないし力も強くない。そんな私より明らかに非力だ。冒険者ってひょっとして結構誰でもなれちゃうのかな?
「じゃあ、アスカさん。たらいのそっち側持ってね」
シーツを回収し終えた私たちは井戸のそばまで来て洗濯の準備をする。簡単だけど洗い方の説明をしてと…。
「分量はどのくらいなの?」
分量?そんなの測ったの前は何時だろう。値段も聞かれたけどわかんないな。でも、アスカさんだって女の子なんだし、匂いとか気になるよね。後でお父さんに聞いてみよっと。手本として1枚だけ私が洗ってみる。相変わらずつめた~い。まあでも冬じゃないだけましだ。その後はアスカさんに洗ってもらう。冷たさにびっくりしたのかちょっと手が止まったけどすぐに洗い出した。洗い終えたシーツを見るときれいだ。これはこの冷たさから解放されるチャンスだな。
「私は残りのシーツの回収とかシーツ引いたりしないといけないから離れるけど、ここは頑張ってね」
そそくさと私は現場から逃走した。でも、アスカさんは嫌な顔もせずに引き受けてくれて助かった。
「さてと、私はシーツ交換に行かなきゃね」
任せた以上はこっちもちゃんとやらないとね。各部屋を回ってシーツを回収&引いていく。一人だと結構往復するけど要は慣れだ。三十分もかからずに終わり、アスカさんのところへ残りのシーツを持って行く。
「何やってるの、アスカさん……」
いや、何をしているかは私も分かってはいる。杖持ってたし、多分魔法を使えるんだなとは思ってた。でも、洗濯に使ってるのは見たことないし、何より冒険者にとってスキルは隠すものだからこんなに大っぴらに使う人はいない。
「お洗濯だよ~」
手も触れない洗濯なんて見たことないなぁ。横を見ると風もない日なのにシーツがはためいてるし……。
こんなことに使えるぐらい魔力があるってことなのかもしれないけど、ほんとに大丈夫かな? 貴族とかに目をつけられないように注意しとかないと!
注意もしたし、残りのシーツを頼んで私は途中になってる廊下掃除でもしておこう。
掃除も終えて食堂に行くとアスカさんが席についていた。
「それじゃあ、開店準備していこっか」
二人でテーブルと椅子を拭き始める。と、アスカさんが入り口のドアを開けようとする。
「だめ~!」
ドア開けたらすぐにお客さんが入ってきちゃう。私も昔よく怒られたんだから。それから、準備も無事に終わり開店させる。心配でちらちら見ていたけど難なくこなせているみたい。あんまり大きな村じゃないところから来てるみたいだったけど配膳の経験があるみたいだ。
「なんだ、エレン。新しい子が気になってるのか?」
「まあね。私が誘ったから」
常連の人に声をかけられた。よく来てくれるし、会計も楽にしてくれるからいい人なんだよね。
「そうか、先輩風吹かしたいんだな」
「そんなんじゃないもん」
忙しいけど今日は雨だからそんなに大変でもない。でもアスカさんにとってはやっぱり大変みたいだ。ただ、金額もメニューも間違えてないから、これなら今後も期待できそう。
ちょっとずつ席が空いてくると早めの食事だってお母さんに言われた。アスカさんを気遣ってだろうけど、早く休めて私もうれしい。
「アスカさんは肉と魚のどっちにする?」
「私は少食で悩んでるの」
「じゃあ、半分こしよ!」
よしよし、これでどっちも食べられる。食事も終わるといよいよアスカさんの給料についてだ。ここでも安くでいいよと言ってくれる。お父さんたちもアスカさんが心配なのか、給料は平均に抑えて食事を出すという事でトータルをちょっと多めにしたみたいだ。
でも、毎日入ってくれる人も欲しいなぁと二人にお願いしてみる。それからアスカさんに会えたのは夕食時だった。ああ、あれは明らかに寝ぐせだ。やっぱり疲れちゃったんだなぁ。
案の定、アスカさんは次の日、筋肉痛で動けなかった。せっかく楽しみにしていた買い物も中止して食事以外は部屋から出てこなかった。
それで吹っ切れてしまったのか、次の日もその次の日も手伝ってくれた。とっても助かるんだけど冒険者じゃなくないかな? そして私はというと……。
「アスカおねえちゃん、これあそこのテーブルね」
「は~い」
アスカさんをおねえちゃんと呼ぶようになった。ちょっと言い間違えたのが始まりだけど、アスカさんが妹にあこがれていたみたいで定着している。そして、もう一つ困ったことが発生した。今日もシーツを変えていると……。
「なあ、エレンちゃん。アスカちゃん紹介してよ!」
これである。一日目こそ新人目線だったが、二日目三日目となると多くの問い合わせが来てしまったのだ。しかも、おねえちゃんは綺麗すぎて逆に話しかけにくいみたいで、私にばかり聞かれてる。
しょうがない、宿の娘として個人情報は守らないといけないけど、こうチャリンと頂いてはね。
「ちょっとだけだよ。アスカおねえちゃんはジュースを飲むときは両手で飲みます。こんな感じ」
私はアスカおねえちゃんのジュースを飲む姿を真似てみる。これでおひねりが出るなんて楽でいいとと思うかもしれないけど、宿の人だけじゃなくてお昼に来る人からも言われてちょっとしんどい。
美人は集客につながると思ったけど、これはこれで別の苦労が発生して疲れちゃうな。
「向こうにいたときも少食だったのおねえちゃん?」
食事中もおねえちゃんのことが気になる私はちょっと聞いてみた。どうやら、昔は体が弱かったから運動系は苦手らしい。そんなことを話していると冒険者らしくないなぁってつぶやいてしまった。まあ、今更なんだけど……。私もお母さんたちも正直、このまま働いてくれてもと思っているぐらいらしくない。
「林はこの前もゴブリンと戦ったしな〜」
そんなことを考えてると爆弾発言が飛び出した。おねえちゃんゴブリン倒したことあったんだ! ゴブリンは町の外にいる魔物でも弱い方だけど、あいつらは人間の武器を拾ったりして戦うこともあるからすぐ逃げろって言われてる。
抜けてるように見えて魔物と戦えるなんて……。横を見るとお母さんたちも同じ感想だったみたい。明日は宿のお仕事はお休みして冒険に出かけるんだって。
「ここぞとばかりにお客さんたちに質問されないといいなあ」
淡い期待を持って私はいつもの朝へと旅立ったのだった。