番外編4-3
ジェーンの日常
「はあ……だるい」
まったくどうしてこうも毎日働かなければいけないのだろう。別にのんびりでいいのに……。
「ジェーンさん、納品の確認です」
「まって……」
今日もまたドアがノックされる。週に二回はポーションを取りに来るお兄さんだ。
「はいこれ……」
「どうもありがとうございます。それとこれ食べてください」
このお兄さんはまだましな方だ。あれこれ作ってくれ何て言わないし、最近はこうやって食料も運んでくれる。こういうことをしてくれるのは、ジャネットとこの人だけだから大切にしないと。
「そういえば、この前ギルドの人に聞いたんですけど、ジェーンさん他のパーティーにお邪魔したみたいですね」
「……うん、結構楽しかった」
「よかったです。あっ、仕事で疲れてますよね。それじゃあ、三日後にまた!」
「あっ、行っちゃった。久しぶりに出かけたし、もうちょっといて話しても良かったのに……」
別の日
「おうジェーン生きてるかい?」
「ジャネット。今日はどうしたの?」
「これを見てくれよ。サンドリザードの内臓だよ!」
「おおっ! ……すごい」
「テンションをごまかしても無駄だよ。どうだい、お眼鏡にかなうかい?」
「かなうかなう。じゃあ、早速……」
「待った。先に出かけてからね」
「でも、傷んじゃう」
「品質に関係するのかい?」
コクリと頷く。実際には水の魔法で冷やせるから関係ないけど。私はこの目の前のごちそうに飛びつきたいのだ。
「さあ、今から調合するから」
「お、おう。ちゃんと寝ろよ」
「……」
サンドリザード。それも新鮮な物なんていつ以来だろうか? 私一人じゃ狩れないし、めったにないものだ。強壮剤にするのはもったいない気もするし、高級気付け薬かな?材料が足りないからすぐに補充しに向かわないと。
こうして私は一日がかりで高級気付け薬の製作を行った。本当にいいものをくれたジャネットには感謝しないと、と思っていたんだけど……。
「ほら約束の出かける時間だよ」
「きょ、今日は納品の日だから……」
「キチンとそっちにも話は付けたよ。ほら観念しな」
「あうぅ、ひっぱらないで」
こうして今日も私はジャネットとお兄さんに会うだけの毎日を繰り返している。だけど、最近はたまにアスカとも会うし、それがちょっとだけ楽しみだ。
フィアルの場合
「店長~、こっち手伝ってください」
「分かりました。ちょっとだけ待っててください。料理が完成しますから」
ふぅ。人気店なのはいいけれど、忙しすぎますね。店員もぎりぎりで、増やしたいところですが中途半端な人間を雇う訳にも行きません。とはいえパンクする前に人を入れないといけないのも確かですし困りものです。
「こっちは任せてください。そっちはよろしくお願いします」
「はい!」
手早くかつ静かにテーブルを片付けていきます。ここはレストラン。音は厳禁、あくまでくつろぐ空間を提供しているのですから。こういうところまできちんとできる人材は少ないですね。大体が酒場のノリになってしまいますから。
「もう少し、敷居を低くしたい思いはあるのですが……」
そんなことを考えているうちにお昼時も過ぎてしまいました。忙しいのにも慣れたもので、もはや日常となっています。
「ふぅ~、今日も終わりですね」
「ええ、みんなもお疲れ様です」
「毎回思いますけど、店長って体力ありますよね」
「そうそう。私たちはいっつも限界なのに!」
「これでも冒険者ですから。これぐらいは当り前ですよ」
実際、木を飛び移ったり見張りをしたりするよりはるかに楽です。ただ、その常識と彼女たちとの常識が離れているということでしょう。
「それじゃあ、夕方までの時間はいつも通り料理研究ですか?」
「ああ、それなんですがしばらくは休みにします」
「どうしたんです? 店長らしくないですね~」
「最近、東側が危なくなったって話しを聞きましたか?」
「あっ、知り合いに聞きましたよ」
「ほんと? 物騒ね~」
「それ関係で仕入れの場所やルートが変わるかもしれないのです。この先も安定して入荷するためには先方に話もしないといけないですから、そのための書類を作らないといけなくなりました」
「大変ですね」
「それと、書類が出来たら話し合いにもいかないといけませんから、少し店はお休みします」
「ほんとですか?」
「ええ、さすがにみんなだけで店を回させるわけにもいかないですからね」
「やった~。どこ行こうかな?」
「さっきの話聞いてた? 遠出はできないわよ」
「つまんないの~。店長~、ついていったらまずいですか?」
「不味くはないですが、Cランク二人にDランクが一人ですよ。ついて来れますか?」
「おとなしく帰りを待ってます。お土産よろしくです!」
「期待せずに待っててください。しかし、料理の研究は鳥の巣のおかげでかなり進みましたね」
「本当ですよね。アスカちゃんでしたっけ? パンの代わりに向こうからもいくつかレシピをもらってますけど、もう使用料と利益が逆転しかけてますよね」
実はパン製造に関しての使用料の一部は、向こうからレシピをもらうことで賄っています。ですが、そこからもらったレシピのアレンジを店で出したものが、最近は大人気なのです。リピーターも増えて正直、こちらのプラスの方が大きかったのではないかと、思わせるぐらいの勢いがあります。
「だからといって負けないようにしないといけません。こっちは料理のプロで、アスカは素人なのですから」
「そうは言っても向こうだってプロの話を聞いたんでしょう~。なら互角ですよ」
「まあ、料理研究は今後も行って、いつかあっというものを見せてあげますよ」
「私もその日を楽しみにしてますよ」
その日は書類作りに多くの時間をかけた。しかしながら、まだ少しかかりそうです。この調子だともう少し隣町へ行くには時間がかかりそうですね。
三女神の日常
「今日もまた、神託を出したらしいね」
「あらグリディアは情報が早いのね」
「当り前だよ。全く、しょうがないね。あんたは神の言葉の意味を分かってるのかね」
「今回はどんな神託なのですか?」
「聞いてよアラシェル! 今回は祝福の洗礼よ」
「は? なんだその抽象的な神託は」
「流石にそれは皆さん分からないのではないでしょうか?」
「おかしいな~。一番勢力が大きくなった時もこの神託だったんだけど……」
「言っちゃなんだけど、あんたの信者おかしいんじゃ……」
「戦ごとに信者が増減するあなたと違って、こっちはこれでも平均的に推移してます!」
「ですが、よくそんな抽象的な神託を実行できますね。前回の時はどうしたんでしょう?」
「神が教えを広めよと言っておられるってなって、各国へ積極的に布教したかな? 変な宗教が広がりかけてたし」
「あっ、思い出したぞ! それで各地の宗教ともめて宗教戦争一歩手前になったやつだろ。何出してるんだ。撤回しろ撤回」
「ですが、折角出したお告げが間違いというのも悲しいものですね。何かアドバイスをして考え方を誘導できませんか?」
「それよ! さすがはアラシェル! そうと決まれば何がいいかな~」
「はぁ~、まあいいけどね。あたしは丸く収まれば」
「すみません。ですがやはり信者の方は受け取った言葉を大事にしたいと思うので……」
「それはあたしも認めるよ。あたしの信託も信じてもらえたからこそ、こうして今があるわけだし」
「じゃあ、二人で一緒にどんな言葉がいいか考えましょう」
「肝心のシェルレーネを放っておいていいのかい、アラシェル?」
「彼女の信者なのですから、一番は彼女の考えた案でしょう? そこに足りない分があったら付け足すと言うことで」
「あんたも言うねぇ」
「彼女が納得することこそ大切ですよ?」
それが無意識でも意識的でも彼女が納得した事実さえあればいい。その考え方、想いこそが神の領域。人と違う生き物の証でもある。
「まあ、私の考えは決まっていますから下を見ていますね」
「また下界ウォッチングかい? 飽きないねぇ」
「全く飽きませんよ。ここに来て初めてできるようになったことですから。少なくともこれから数十年は……」
そう答えながら私は地上の一点を見つめていた。