番外編4-2
ギルドに戻るなりカウンターにいた他の受付から声をかけられた。
「ジェシー先輩! 心配しましたよ。表で冒険者に連れ去られたって聞いて……」
「あなた休憩中だったわね。そんなことあるはずないじゃないの」
「俺たちもそう言ったんだがな」
「全くだ、俺が引きずられたっていうのにな」
「お前はバルドーか? 懐かしいな」
「おう! 元気だったか?」
「当り前だ。と言いたいとこだが、クルスは辞めたしゲイツは帰ってこない。もう二年も前からだがな」
「そうか……まあ、長くやってりゃ仕方ないことだな。それよりお前たちに土産話があるんだぜ」
「もちろん土産もあるんだろうな? 滅多に帰ってこないんだから、それぐらいくれても罰は当たらねぇぜ」
「なんでお前にって言いたいとこだが、今回は用意してある。無駄になった分もあるが、次に使ってもらったら喜ぶだろう」
そう言って俺はマジックバッグから土産用にと、アスカに作ってもらったグリディア様の像を取りだす。
「グリディア様の像? そんなんこっちじゃ珍しくも……って何だこれ? よくできてるじゃねぇか!」
「だろ? 俺の知り合いの細工師に頼んで作ってもらったんだ」
「それで、ジェシーが張り切ってたんだな? おやっさんは?」
「今鑑定をしてくれてるよ」
「じゃあ、今は取り込み中だな。にしてもいい出来だな。最近のは質が悪くて俺たちも手が出せないんだよ」
「商人から聞いたよ。有名どころしか売れないんだって?」
「しかも、最近は偽の銘まで入れてくる始末だ。みんなうかつに手が出せないのさ」
信仰として確立しているからこそ、偽物を崇めるわけにはいかないということで、みんな慎重になっているんだな。
「バルドーって言うおっさんはいるか?」
その時、護衛をしていたパーティーが入ってきた。全くいいところでうるさいやつだ。
「どうした、そんなに騒いで?」
「いた! さっきの出来事、挑戦と受け取っていいんだな? 俺はCランクの冒険者だぞ?」
「別に構わないがな」
「どうしたバルドー? 変なのに絡まれてるな」
「来る時の護衛だ。あいつだけは受け付けなかったんでな」
「まあ、同感だ。それじゃみんな! 奥を空けようか」
「「オオッー!」」
冒険者の不文律。荒事は双方合意の内容で。多くは実力差もあって仲裁で片付くが、戦いに発展することもある。その時にはギルドの奥にある訓練所を使うことが許されている。普段は昇格時の試験に使用されている場所だ。
「では、これよりバルドーと……」
「スレイだ!」
「スレイの仲裁戦を行う。この勝負に勝ったものの主張に負けたものは従うこととなる。戦闘前に互いの主張を」
「客の分際で護衛ぶりやがって。俺が勝てば貴様の荷物をもらう。元々は俺たちが持ってきてやったんだから構わんだろう」
何言ってんだ。それはお前らというかお前の仕事のうちだろう。
「できるとも思わんがな。俺が勝ったらお前はパーティーを抜けることだ。メンバーとお前は釣り合っていない」
「なんだと! 俺がいるから成り立っているんだぞ!」
「やれやれ、イノシシの代わり位いくらでもいることも分からんとは。とんだCランクだな」
「なにぃ!」
「それまでだ。後は勝負で決めることだ」
「良いだろう。吠え面をかかせてやる」
「威勢がいいのはいいことだが、ノヴァでもここまで馬鹿じゃないな」
「始めっ!」
「おおっ!」
いきなり大きく振りかぶり、大剣で一撃を入れてくるスレイ。はぁ、こいつは対人はほとんど経験はないのか、それとも格下とだけ戦ってきたのか。
「魔物と戦うだけが護衛じゃないのによくやるぜ」
簡単にかわすと肩口に一撃を入れる。当然そこには金属の鎧があり攻撃は弾かれる。
「そんな場所では意味がないぞ!」
わざわざ狙ってやってるんだがなぁ。こいつ本当にCランクなのか? ジャネットが怒りだすだろうな。こんな奴と一緒の扱いは気にいらないって。
「さあ、どうした? さっきの一撃以外何もしてこないのか?」
「おい、バスティーはいるのか?」
俺はスレイを無視して審判に話しかける。
「ああ、控えているが……」
「なら問題ないな」
実力をランクだけで考えてる奴にはお灸も必要だ。
「審判と話とはいちいちイラつく奴だ!」
「こっちこそ、Cランクの実力がこの程度だと思われるのは心外だ!」
構えを変えて相手の剣を狙い一気に弾く。
「ぐっ!」
さらに大きく腕が弾かれたところに一閃を入れる。
「これで戦意も消えるだろう」
「は?」
気付いた時にはもう遅い。スレイの右腕は途中から切断されていた。断面は綺麗だが痛みは徐々に来るだろう。
「あああああっっっっ!!!!」
「これが実力差というもんだ。見ただけでも分かるぐらいにはならないと生きてはいけんぞ」
「うで、腕が……」
「降参するか?」
「する! するから腕を……いてぇぇぇぇ!」
「「スレイ……」」
メンバーたちは心配そうに元リーダーを見つめている。
「あたしの出番かね」
「よう。久しぶりだなバスティー」
「そうだねぇ。さてと、そこの男。腕を治して欲しかったら金貨十枚だよ」
「いくらでもいい。早く……」
「駄目だね。あたしゃ前払いしか受け付けないんでね」
「そんな。個人じゃ急には……そうだ! パーティー資金を集めればあるはず!」
「どうするんだ?」
スレイがパーティーメンバーに金を出せと叫んでいる。だが、これは私闘であってパーティーには関係のないことだ。
「出します。ただし、スレイ。約束通り、私達のパーティーからは抜けてもらうわ。それと半分でいいから必ず返して」
「あ、ああ」
「優しいこったな。利子付けてもいい位だと思うが」
「これでも世話になってた時もあったから」
「確かに金貨十枚だね。水の癒しよ、ハイヒーリング!」
水が腕と腕の切断面に作用して一気に傷が消えていく。
「うでが……戻った」
「これを機に無茶なことは控えるんだな」
そう言って出ようとすると止められる。
「待て、バルドー」
「何だ。シウスか?」
「また強くなってると思ってな、久しぶりだしいいだろ?」
構えからしてすでに向こうは戦闘モードだ。引き下がる方が危険だろう。こいつは街中でも仕掛ける男だからな。
「おい、スレイ。さっさと戻りな。ここにいたら死ぬぞ」
「はぃぃ~」
「じゃあ始めるか」
互いの刃が交差する。どうやら奴も腕は上がっている様だ。
「いやぁ~、さっきのすごかったっすね。シウスさんはここらでも有名なBランク冒険者なのに、Cランクで互角なんて」
「ごまかされるなよ、ランディ。バルドーは指名依頼が嫌でCランクにいるだけだからな。申請すれば明日からBランクだぞ」
「俺にはお前の方が意外だよ。闇討ちまがいで勝負を仕掛けてきた奴がパーティーのリーダーなんてな」
「闇討ちも今はやってない」
「へぇ~、昔の方が戦闘狂だったんだリーダー。今でもたまに暴れてるけど落ち着いたんだね」
シウスと同じパーティーのゼタが意外そうに言う。こいつも相当変わったみたいだな。
「まあ、強くなるとな。そこまで相手になる奴が少なくなるんだよ」
「あまり荒事はするなよ。リーダーなんだからな」
「分かっている。にしてもあのパーティーをどうするつもりだ?」
「それだよなぁ。あいつがリーダーだと死んじまうから追い出したが、前衛がいなくなっちまったしなぁ」
間違ったことをしたとも思わないが、それによってあのパーティーのバランスが崩れたのも確かだ。だからこそスレイも大きい顔ができてたんだろうしな。
「いっそのことお前がリーダーになったらどうだ?」
「やめろ。こっちには帰省で帰ったんだ。しばらくは休業だよ」
「休業ということはあの細工屋に行くのか?」
「もう連れていかれたよ。全く、帰るごとに通わされる身にもなって欲しいもんだ」
「……はぁ~。お前もスレイとは言わないがもう少し周りを見ないとな」
「そうだね。あたしたちとナンバーワンパーティーを争っていた時はもっと周りを見てたよね」
「うるせぇ。ほら、お前らにも土産だ」
俺はさっき渡しそびれたグリディア様の像を二人にも渡す。
「こいつは中々いい物だな。しかも、デザインもこの辺では見かけんものだ。帰国してすぐに買ったのか?」
「向こうで作ってもらったんだよ。おやっさんに聞いたらちゃんと加護も入っているそうだ」
「なんだと! お前がそんなものをくれるようになるとはな。俺たちも毎年のように買い替えていたんだが、ここ二年間は使い続けていたんだ。加護どころか質の悪いのしかなくてな」
「今じゃ、有名工房も土産物感覚さ。やな時代だよ」
「じゃあ、ちょうどだな。お前らもほら」
「わ、私達にも?」
「図々しいぞ。お前らは初対面だろうが!」
ぼかっと新人の頭を叩くシウス。魔法使いにその力の入れようはどうかと思う。
「構わんぞ。ちょうど、クルスたちの分があるからな。こいつらに使ってもらう方がいいだろう」
「そうか。それなら遠慮なくいただこう。ただし! この二体分は俺が金を出す。お前に借りを作りたくはない」
「勝手にしろ。だが、安くはせんぞ?」
「上等だ!」
そして、シウスに都合四体分の女神像を渡す。湖面も通常も種類ごとに一体はある。土産用に別に用意しといてよかったぜ。
「この、女神像ってまだあるんですか? 知り合いの冒険者にも渡したいんですが」
「おやっさんの鑑定が終わったら、店で売るだろうからちょっと待っててくれ」
「分かりました、楽しみにしてます。でも、本当によくできてますね。この私服姿みたいなのも女性っぽくて」
「ああ、まあ、女の細工師だからな」
「そうだったんですか!? いつか会ってみたいですね」
「きっとびっくりするぞ!」
なんせあの容姿にあの実力だからなぁ。こうして俺はギルドでの用事も済み帰ろうとする。
「バルドーちょっといい?」
「何だジェシー?」
「今回は久しぶりに帰ってきたけど、また前みたいにすぐに旅へ出るの?」
道でジェシーに呼び止められた。確か前は帰ってきて三日ぐらいでさっさと出て行ったんだったな。
「いいや、そろそろ俺も年だし一旦休業して、ここに住むかどうか決めようと思ってな」
「本当!」
「とはいっても、一度は約束しているから向こうに戻るがな。女神像も予想より売れそうだからそいつに会って仕入れもしないといけないしな」
俺はアスカのことを思い出す。冒険者としては未熟なはずなのに高い能力を持つ、娘のような不思議な奴だ。寂しくて泣き出さないうちに一度は顔を見せないとな。
「ひょ、ひょっとしてその細工師って女性なの?」
「さっきの会話聞いてなかったのか? そうだぞ、それがどうかしたか?」
「じゃあ、今度帰ってきたらその人も一緒なの?」
「どうだろうな。アスカはまだ子どもだし来ないんじゃないか? 世界中を回りたいって言ってたしな」
「こ、子ども! いつの間にそんな趣味に!?」
「何を考えてるのか知らんが、あいつはすごくなるぞ。俺の娘みたいなもんだしな」
「そう……もう娘まで……むすめ?」
「ああ、お前だから言うがまだ十三歳なんだ。それでもこの出来だ、将来期待できるだろう?」
「ほっ、な~んだ。そういうことだったのね。それじゃあ、しばらくはこっちにいるのね」
「そうだな。二か月位はゆっくりしたいな」
「じゃあ、あのね。話しを聞いてくれる……」