ご奉仕キャンペーン
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。今日も早いわね」
「はい。今日もミネルが起こしてくれたんですけど、友達を連れてきたみたいで」
「そうなの? 友達ってヴィルン鳥?」
「いいえ。見た感じは普通に町にいる鳥みたいでした。サイズは同じぐらいでしたけど」
「じゃあ、バーナン鳥ね。その辺の害虫なんかを食べてくれて町の人にもかわいがられている小鳥よ」
「そうなんですね。ちょっとだけ心配してたのでよかったです」
「それはそうと朝ごはんよね。こちらになります」
ミーシャさんが出してくれたのはいつものパンではなくてコッペパン状で間に野菜と何か具が挟まれていた。
「これなんですか?」
「食べてみてのお楽しみよ」
こ、これは! 間違いなくサンドリザードとレタス風の野菜と大根風の野菜を使ったシャキシャキ食感とソースが絡んだ素晴らしいパンだ! なんて解説をしている場合じゃない。
「美味しいです! 昨日の今日なのに、よくこんなパンが作れましたね」
「まあ、ちょっとそのせいで私も寝不足なの……」
きっと私に新しい料理を食べさせたくて、遅くまで頑張ってくれたんだろうな。
「ありがとうございます」
このために頑張ってくれたんだからお礼を言っておかなきゃね。
「いいえ。アスカちゃんの気にすることじゃないから。それで今日はどうするの? 昨日は疲れてたでしょうし、またお休み?」
「今日はちょっとイベントに向けて細工物を作ろうと思うんです。ちょうど今まで作ってきたものの端材がたまってきたので」
「イベントね。そんなものこの近くであったかしら?」
「時期というより私の中でのことなのでお祭りとかじゃないですよ」
「そうなのね。楽しみにしてるわ」
「はい。頑張りますね」
食事も終えた私は部屋へ戻ってミネルたちの様子をうかがう。
「ミネル~、それにお友達もご飯どうだった?」
《チチッ》
《チュンチュン》
美味しかったと言わんばかりに三羽とも私の頭上を舞う。
「ほらほら、そんなにぐるぐる回ってたらぶつかっちゃうよ。それじゃあ、みんな遊んでおいで。私は今からお仕事に入るからね」
カーテンを開いてばたんと窓を開けると、待ってましたと言わんばかりに三羽とも飛び立っていく。……そういえばあの二羽はどうやって入ってきたんだろう? まあいいか、とりあえず今は細工仕事だね。
「さて、材料を出していこうかな」
私はこの数か月で溜まってきた端材を並べていく。これらを使ってどんなイベントをするかというと『訳あり商品セール』だ。日頃の感謝を込めてちょっと形、大きさの小さいものなど訳ありを集めましたとか通販でよく言っているあの手のものだ。
「依頼で残った使いづらい金属のかけらや、色味がそこまでよくない石が余ってきてるんだよね〜」
それらを加工して製品にするのだ。もちろん、製品といっても質自体が悪かったり、大きさが小さいので今までより安い価格になる。
「正直、原価と同じぐらいにしかならないとは思うんだけど、みんなにおしゃれを楽しんで欲しいし、子どもたちにも手に取って欲しいしね」
何度か街中を見回してみたけど、手作り品が多いためどうしても子どもが買えると言ったら肉串などの即物的なものだ。こういったアクセサリーは大人向けばかりで中々町では見かけない。そういった子たちにも身につけられる機会を与えたくて考え付いたのがこれだ。
「先に余りものですって銘打っておけば、これまで買った人からもそこまで言われないだろうし、いいアイデアじゃないかと思うんだよね~」
とりあえず最初に手を出すのは金属からだ。ワンピースを身につけ、能力も開放して一気に作ってしまおう。こういうところで一気に作れば、そこそこ手の抜けたものになるだろうし。
「題材はと……ちょうどこの前、小説も読んだし街中のものにしよう。最初はバーナン鳥の番かな?」
これは、一度像を作っている時に失敗した金属で、大きめだけど色に混ざりができて材料としてはダメなものだ。魔力でその混ざりの部分を羽に持ってきたらきっといい感じになるんじゃないかな?
後は……ふと机を見ると抜けた羽根が落ちていた。見た感じミネルのものだろう。
「二個目は銀を使ったヴィルン鳥の羽根だね。このままじゃちょっと小さいから、大きさは二倍ぐらいでと。次はアンクやクロスにしようかな。こういうデザインって一定の需要があるもんね」
ただし、この世界でのアンクやクロスの扱いは知らないけどね。だけど、今回は訳ありセールだからこういう機会に色々試していこう。でも、ダガーとかは無しかな? 逆にこっちじゃ普段から見覚えのあるものだし、それなら本物買うってことになりそうだしね。
実際安物の刃物は本当に安い。銅貨数枚で生活用のナイフぐらいなら買えてしまうんだから。
「素材が良くないって宣伝に使うのに、実用価値のないダガーなんてさらにいらないよね。じゃあ何にしようかな……」
他といってもなぁ。真珠とかあれば別だけど、真珠を見かけたこともないし、私自身そんなにアクセとか身に付けなかったし。う~ん、思いつくのはチャームぐらいかなぁ?
「でも、どんなデザインがいいんだろうね。花を使うものは作るとして後は月とか? 他には何があるかな。まあ、思いつくものを作っていけばいいよね!」
数を作って割安感も出しつつ、一点ものアピールもできるのが一番だし、とりあえず思いつく限り私は作り続けた。
「う~ん、これで大体二十個は出来たかな。金属はこれでほとんどなくなっちゃったし、木に移ろう」
オーク材の方は形を変えてというのができないので、その大きさに合わせたものを作っていくしかない。
「こういう制限があると難しいよね。金属は熱で溶かしたり変形させられる分、やっぱり加工しやすかったし」
魔法がある世界でもこういう自然なものを扱う方が難しい。小さい角材は動植物の置物かな? 板状の物は熱で変形させて箱にでもしよう。彩色はあまりやったことがなかったけど、この機会にチャレンジしてみようかな? 頑張ればいつか完全なアラシェル様像に近づけるわけだし。
「そうと決まれば早速木の板を薄く切ってと……後は熱を加えて曲げてみて」
私は薄く切った板を曲げて箱状にする。蝶番の部分は見様見真似だったけどどうやらうまく行ったみたい。もちろんその部分だけは金属を使った。
「後は飾りだよね。今から彫ってもいいけど彫るってなると結構時間も集中力も使っちゃうしなぁ……そうだ! 貼り付けができるんだった」
以前、宿の裏の壁を作った時に親方さんの道具を使わせてもらってから、自分用に木材用の接着剤を買っていたんだった。
それでもその後に作ったのは、一刀彫というか組み合わせたりはしないものばっかりだったので、結局、仕舞ったきりになっていた。
「今こそあれの出番だね。そうと決まれば出すとしようかな。確か、机の奥の方に仕舞ってたはず……これかな?」
奥の方にしまい込んでいた接着剤を出してくると、使えることを確認する。それが判れば後は簡単だね。
「小さい木くずを使って模様を彫っていくだけ。色々な模様を適当に作って貼り付けて乾かすだけで完成。あっ、でも先に色を塗った方が綺麗かな?」
やったことがないのでわからなかったけど、とりあえず一回先に色を塗ってから接着してみよう。乾かすのも火魔法を使って乾燥を促す。
「色がぐじゅぐじゅにならないように接着剤を薄く塗ってと」
くっついたのが分かったらさっきと同じように熱を送って乾かす。うん、はがれる心配もないし塗料も落ちてこない。今後も作る時は先塗りで行こう。安心して私は一息つく。さすがに魔法で色々作って、木材もちょっと使ってとそこそこ時間も使ったし、時間を確認するため食堂へ下りる。今日はミネルもいないから時間もわからないしね。
「エレンちゃんいる~」
「あっ、おねえちゃん。やっぱりいつも通りの時間だね」
「そうなの? 確認に降りてきただけだったんだけど……」
「な~んだ。てっきりミネルが知らせてくれたのかと思ったよ」
「ミネルはお友達と一緒にお出かけしたよ。今はお部屋で細工物を作ってたんだ」
「そうだったんだ。じゃあ、ごはん持ってくるね」
とてててとエレンちゃんが厨房に向かっていく。特に注文もしていないけど何が来るんだろう?
「あら、アスカ。なんだか久しぶりね」
「あっ、エステルさん! 確かに最近は時間合いませんでしたね。お久しぶりです」
「そうそう。私は午後の掃除や洗濯物の回収とかの時間にお昼を食べてたし、お昼時だとこっちも話しかけられないしね」
「なんだか、私が来た頃よりお客さんも増えてるみたいですよ」
「確実に増えてるわよ。まあ、とはいってもパンの持ち帰りの人もいるし、席も増えたから前みたいにてんてこ舞いにはならないけどね」
「そうですよね。前はテーブルの隙間を縫うように、でも早くって焦ってましたしねぇ」
ずずっとお茶をすするような感じで私は話す。
「そうそう。でも、改修工事もうまく行って良かったわ。この前もエレンちゃんは家に戻るのが面倒になったって言ってたけどね」
宿の改修工事のおかげで、エレンちゃんの家は宿への直通通路がなくなり、一旦外に出て家に帰ることになった。それが雨の日とかは煩わしいらしく、嘆いているのだ。
「まあ、私からしたらちょっとぜいたくな悩みね。近いとはいえ雨の日は毎回濡れながら来ているんだから」
「傘とかは使わないんですか?」
「かさ?」
「雨に濡れないためのものですよ。こ~んな感じの……」
私は傘の説明をしたけどエステルさんにはいまいち伝わらなかった。ビニールとかはないし、布とか紙を使うって言えばいいのかな?
「布とか紙だったら水が入ってきちゃうじゃない。からかってるのアスカったら」
「本当ですよ。濡れないように防水加工をすれば大丈夫なんです」
「じゃあ、今度作って見せてよ。革とかを使った雨具はあるにはあるんだけど、結構高いのよね」
「分かりました。また今度見せてあげますね。とは言っても私も使ったことはあるんですけど、作ったことはないので自信はありませんけど」
「ええ、頑張ってね」
エステルさんが洗い物をするために奥に引っ込んでいく。それと入れ替わりにエレンちゃんが来る。
「はい。おねえちゃん、お昼ご飯だよ! 最近はお肉の日が多かったから、お野菜中心だよ」
「ありがとう、エレンちゃん。それじゃあ、いただきま~す!」
こうして私の昼下がりは過ぎていった。