休息と予定
食堂に降りると奥の席が空いていた。きっと、今日のメニューのことで色々聞かれないように考えてくれたのだろう。こうしておけば基本的に誰も私に聞いて来ない。この席はそういう席なのだ。
「はい、お待たせアスカちゃん」
ミーシャさんが料理を持ってきてくれた。今日の夕食はお昼と違って、ローストビーフのように焼いた料理だ。そこにサラダとパンがあり、お昼にも食べたスープが置いてある。ただし、具材の方は違っている様だ。どちらかというと野菜物やキノコが入っていて、逆に肉は少なめだ。
「あまり肉ばっかりっていうのもどうかなって考えてこうしたみたいよ」
「嬉しいです。ずっと食べちゃうと美味しくいただけないですから」
「ミネルもいるのね。じゃあ、あなたにはこっちね」
後で持って行ってくれるつもりだったのか、奥からすぐにミネル用の食事も持ってきてくれた。だけど、ミネルがあんまり喜んで飛ぶものだから、注意はしないと。
「ミネル! 他のお客さんもいるから飛んじゃだめだよ」
《チィ》
はっとしたミネルがすぐにテーブルに降りてくる。
「おお、あれがこの宿にいるって言うヴィルン鳥か。本当にいたんだな」
「これであたしたちの明日の狩りもうまく行くかしら?」
「ああ、当然だぜ」
何だか霊感スポットみたいになってきてるなぁ。ミネルってそんなに影響力があるんだね。
「ほら食べよう、ミネル」
それはそうとせっかくの食事。熱いうちに食べなきゃね。そして私はお昼にもまして静かに食事をするのだった。だって、このローストされたサンドリザードのお肉は反則だよ。柔らかいし、じゅわりと肉汁も出て極めつけはこのソース! きっとライギルさんも頑張ったんだろうな。
「おや、いい食べっぷりだねアスカ」
「あっ、ジャネットさん。今帰りですか?」
「ちょっと前にね。具体的に言うとアスカが宿の前で……」
「ストップ! それ以上は……」
「冗談だよ。まあ、昨日の続きみたいなもんだね。とは言っても他のパーティーにお邪魔させてもらって、北側をちょっと見に行っただけだけどね」
ちょっと見に行ったといってもパーティー行動だから、疲れたから帰るとも言えないのにさすがジャネットさんだ。私たちは今日冒険に行くなんて言ったら、泣いてすがりそうだ。
「どうでした収獲は?」
「う~ん、昨日よりも成果としては少ないね。崖のところを無理やり抜けてったんだけど、出会ったのは普通のオーガぐらいで、変異種にも出会わなかったよ。何より、オークの一体も出なくてパーティーとしてはろくな実入りもなかったね。目当ての魔物も出ず、オーガ数体とゴブリンの集団じゃ儲けがね。せめてオークが数体出れば収入はともかく、数日分の食料を確保できたのにねぇ」
そう言いながらジャネットさんはエレンちゃんに注文を言っている。
「ま、かといって流石に三日連続で調査依頼なんてやってられないから明日は休むけどね。今後は泊まりがけ覚悟だねこりゃ。一日に行ける範囲だと調査もすぐに行き詰まるよ」
「そうなんでしゅね。じゃ、わたしも準備をしないとれすね」
「こらアスカ。しゃべるか食べるかどっちかだよ」
「……。」
「正直だね。見た感じ昨日のサンドリザードのメニューか。そりゃ仕方ないか。すぐに隣町経由で王都へ運ばれる商品だから、この町じゃあ革ぐらいしか見ないもんねぇ」
食べ終わった私はさっきのジャネットさんの言葉に返事を返す。
「こっちには運ばれてこないんですか?」
「地図を頭に思い描いてみな。あの場所自体がここと隣町の中間地点で向こう側に多く生息しているんだ。普段はあっちの冒険者の方が狩る機会が多いからね。商人に売るにしてもこっちじゃルートが少ないからせっかく新鮮なやつを獲っても捌けずに値下がりした価格で取引されることにもなるし」
「でも、売れたら高いんじゃないんですか?」
「そこまで珍しくもないし、鮮度の落ちを考えると安定した方に行くね。冒険者は行く時は危険と隣り合わせだけど、帰ってきたら安全に行かないと続けられないよ。宿についたら剣にひびが入っていて、買い替えようにも思った金額にならなかったら大変じゃないか。おっ、あたしのにもサンドリザードが入ってるんだね。気が利くじゃないかエレン!」
「もうそろそろお客さんもいなくなるし、余りものだけどね。ジャネットさんにはおねえちゃんの面倒を見てもらってるから」
「ああ、任せときな! こんな得があるなら今まで以上に面倒見てやるよ」
そういうとさっきまでの話はどこへやら、料理に集中しだすジャネットさん。まあ、自分でしゃべるか食べるかって言っていたぐらいだし、ここは食べさせてあげよう。
「そういえば今日はリュートはいないんだね。いつもはこの時間に見るんだけど……」
「あっ、今日はリュートさん、疲れてたから早めに上がったよ。昨日大変だったんでしょ? 今日も遅れてきたし」
「なんだい。あれぐらいでだらしないね。明日あたりノヴァと一緒に鍛えてやろうかね」
「ジャネットさん、二人はまだEランクだし仕方ないんじゃ……」
「甘やかしちゃだめだよアスカ。何ならアスカも一緒にやるかい?」
「わ、私は副業の細工をやる予定なので」
危ない危ない。私に飛び火するところだった。この流れだと明日は本当に稽古日になるかなぁ。頑張ってね二人とも。私は部屋から見守ってあげるからね。
「アスカはそっちもやってるんだったね。そういえば……」
ジャネットさんが耳元に近づいて小さい声でいう。
「細工とかの器用さも誤魔化してるのかい?」
「魔力だけですよ……」
「そりゃよかった」
「何が良かったんですか?」
「あまりに急激に伸びてるもんだからそっちもちょっとずつ開放してるのかと思ってたけど、自然な伸びならまだまだ伸びるってことさ」
「へ~、だったらいつか魔力を越えたりするかもしれないですね」
「まあ、今の差を見るにそれは中々難しそうだけどね」
「でも、夢がありますよね」
「確かにね。パラメータが二つもそれだけ高レベルになるんだからね」
そんなことを話しながらジャネットさんと一緒に過ごした。ちなみに私には食事か話かといっておきながら、自分は器用に話しながら食べていた。こういう器用さは私にはない。おかしいなぁ、パラメータ上はほとんど差がないはずなんだけどな。
「ふぅ~、食った食った。ごちそうさまアスカ」
「いえ、一緒に狩ったものですし」
「折角だしここで来週の予定も決めちまうか?」
「二人がいませんけど?」
「それなんだけどね。今日、ホルンさんに言われたんだけど二人とも実力からすればDランクだし、昇格試験を受けたらどうかってね。だから、来週は冒険組と試験組に別れるのはどうだい?」
「私は別に構いませんけど、二人は納得するでしょうか?」
「逆に置いてかれないように頑張ると思うけどね」
「でも、二人だと危ないですし、パーティーにどこか当ては?」
「それがね。フィアルの奴が今回の件で、隣町まで直接仕入れの商談に行きたいって言うんだよ。だから、今回は三人パーティーだよ」
「そうなんですね。じゃあ、二人が納得するのであれば私は大丈夫です」
「よし! それじゃあ、二人にはあたしが明日言っておくよ」
「お願いします」
明日二人に言うってことは、もう稽古決定かぁ。まあ、試験の前に強い人と戦うことはいいかもしれないし、きっと必要なことだよね。
「それじゃあ、私はこの辺で」
「ああ、フィアルとはこっちが調整しておくから、また飯が一緒の時にでも話をするよ」
「はい。楽しみにしてますね」
ジャネットさんと別れた私は部屋に戻る。今日は特に何もしていない一日だけど、疲れを取るために早めに寝るとしよう。
「ミネル~。今日はもう寝るからね」
《チィ》
部屋の明かりとなっている魔石のスイッチを切ってベッドにもぐりこむ。おやすみなさいアラシェル様……。
《チュンチュン》
《チチィ》
「うん? 朝かな……」
小鳥のさえずりとともに目が覚める。窓の方を見るとミネルと他の小鳥が話している様だ。当然、街中なので種類が違うけど、様子を見る限りは会話できているんじゃないかって思える。
《チチッ》
ミネルが私に気づいてこっちに来る。それからもう一度、他の小鳥に近づいて一緒にご飯台の前へ来る。
「ひょっとして一緒にご飯を食べたいの?」
《チッ》
そうだと言うように跳ねたミネルを見て、寝起きだけどマジックバッグから肉と野菜を取りだす。私はミネルの食事だってまだわかってないので、他の鳥のことになるとさっぱりだ。とりあえず半々の状態でエサ箱に置く。
「食べられるかわからないけど、はいどうぞ!」
《チッ》
まずは見本を見せるようにミネルが一口食べる。続いてもう一羽の小鳥が食べる。さらに奥の一回り小さい小鳥が食べる。一応、みんな肉は食べられるみたいだ。
《チュンチュン》
あっ、大きい子が一気に食べようとして、小さい子が押しのけられそうになってる!
「駄目。きちんとお野菜の方も食べて。それと、小さい子の分も残してね」
《チッ》
私の言葉を伝えようとしているのか、ミネルも食事をやめて大きい方の小鳥に話をしている。その間に小さい鳥が肉にありつけているようだ。
「うんうん、よかったね。でも君もお野菜をちゃんと食べるんだよ」
《チュン》
は~いと返事をするように小さい小鳥も鳴く。この世界の動物たちはひょっとして知能が高いのだろうか? とりあえず私もお腹が空いたので食堂へ行こうかな。
「みんな仲良くね。私もご飯食べてくるからね~」
《チチッ》
《チュン チュン》
皆の返事を聞いた私は安心して階段を降りて行った。