だらりと読書
買ってきた魔導書を机に置き、椅子に座って読んでいく。
「何々、『ケノンブレスは風魔法でも特殊な部類で物理だけどそれ以外の特性もある。特に生物についてはより効果を発揮し、傷がつかなくとも倒した実績がある』か……多分この魔法って真空状態を作る魔法だよね。じゃあ、呼吸を止めることもできるってことかな? それとは別に圧力の力で切断することもできるみたい。使いこなせればかなり便利な魔法だね」
これまでの風魔法といえば、単体の威力はあっても物理属性だったので、こういう特性を持つ魔法は貴重だ。
「後は火の魔法だよね。こっちはまだ初級魔導書しか持ってないからあんまり使えないんだよね。かといって試す場所も少ないし、どうしようかな~」
《チチッ》
悩んでいるとミネルが私の様子を窺うように肩へと止まる。
「ミネル? そうだよね。別に焦らなくてもいいよね。だけど、調査のこともあるから全く何もしないで良いってわけでもないけどね」
最初こそテーブルで本を読んでいた私だったが、次第にだるくなってきたので、行儀が悪いけどベッドでごろごろしながら読むことにした。
「はぁ~、落ち着く~。前はこうやって読んでたからなぁ。さて、読み進めようっと」
続きのページを開き読み進める。研究によって生み出されたケノンブレスだけど、危険な為に冒険者ランクというより魔力の高さと魔力操作などのコントロール系のスキルが重要とされるみたいだ。最低使用魔力は200ほどで望ましいのが250からか。
「どっちも満たしているから私は大丈夫かな? だけど、危険な魔法だから最初は威力を抑えて、使い所も考えないとね。詠唱の方はこれか。他の魔法もないかな?」
修練書というからには他の魔法もいっぱいあるかなと思ったけど、基礎力の向上についての考えが書かれている項目が多い。集中の仕方や、魔法の扱い方など十分な基礎力の身につけ方が記載されている。きっと、ケノンブレスを習得するためのものなのだろう。
「他の魔法も普通の魔導書に載っているものばかりかな?」
魔法の使用はこれまでよりも効率的にできそうだけど、これ以上新しい魔法の情報はなさそう。本の内容に見切りをつけた私は、あまり集中して読んでも疲れるだけだと思い一回伸びをする。
「う~ん、疲れた~。今は何時ぐらいだろう?」
ミネルと一緒に食堂へ下りて時間を確認する。今は……十二時過ぎてる!
「いつの間にこんな時間が……」
一時間以上も本を読んでいたなんて驚きだ。お客さんの方を見回すとリュートが接客をしていた。普段より動きは重たそうだけど、きちんと店に来ていて安心した。
「あれ、おねえちゃん珍しいね。この時間にお昼なんて」
「あ、うん。時間を確認しに来ただけなんだけどね」
「折角だから食べて行ってよ。お父さ~ん、おねえちゃんきたよ~」
「おう!」
奥からライギルさんの声が聞こえる。わざわざそれだけのために知らせるなんてどうかしたんだろうか?
そして待つこと二十分。他の人は料理が運ばれているのに私の分だけはまだ来ていない。何かあったのかなと思っているとようやく運ばれてきた。
「はい。おねえちゃん用の特製メニューだよ。サンドリザードの香草レバー炒めと骨から取ったスープと、お母さん考案の野菜パンだよ」
私の前にはずらりとおいしそうな料理が並べられた。香草レバー炒めからは早くもおいしそうな匂いが漂ってくる
そして、それに負けないぐらいスープからも良い香りが……。
「あっ、ちゃんとミネルの分もあるからね。体にいい香草と肉を混ぜて作ってるんだよ。はい!」
エレンちゃんがテーブルの隅にミネル用の食事も置いてくれた。
「ミネル、よかったね。だけど、朝あれだけ食べたでしょ。大丈夫?」
《チィ》
ミネルは嬉しそうに料理の前に下りていく。そして首を私の方に向ける。そんなにじーっとみつめなくても。
「ほら、おねえちゃん。早く食べてあげないとミネルが食べられないって」
「そうなの? ミネルは気が利くいい子だね」
ミネルを一撫でしてからいただきますを言って、私はまずスープに手を付けてみる。
「う~ん、塩味と骨から出ただしが効いてておいしい~。肉も柔らかいし鳥に近いのかな?」
《チチッ》
「ミネルも美味しい? よかったね」
私たちはその後、美味しいと無言を行き来しながら料理を平らげた。
「ふぅ~、食べた~。ありがとうエレンちゃん。ライギルさんにもお礼言っておいて。ちょっと眠くなってきちゃった」
「うん、言っておくね。それじゃあ、おねえちゃんまたね」
ミネルを連れて部屋へ戻った私は、今日も朝から魔法を使って疲れたのか眠気に襲われていた。色々進めたいこともあったけど、今日はお休みしよう。
「ごめんねミネル、遊んであげられなくて。ちょっと眠るから……」
《チッ》
ミネルにそういうと私はすぐに眠りに落ちて行った。
「う……ん?」
あれからどれぐらい時間がたっただろう? 私は目が覚めるとすぐにカーテンを開く。
「思ったより時間は経ってないんだね。まだ明るいや」
大体、太陽の位置からすると十六時ぐらいだろうか? あれだけすぐに眠れたのだから六時間ぐらいは眠ったのかと思ったけど。
「まあでもよかった。これで夜に起きたら眠れなくなるだろうしね」
宿は木造だし、そこまで防音について考えられていないので、夜に起きていてもほとんどすることがない。風の魔法を使えば誤魔化すこともできるけど、また魔法を使ってしまうのはよくない。きっと今もまだMPは回復しきっていないだろうし。
「だけど、ちょっと中途半端な時間に起きちゃったかな? これからだと出かけても店は閉まっちゃうし、かといって食事の時間まで少しあるしなぁ」
何をしようかなと思っているとちょっと小さくピィと鳴き声がした。
「ん、ミネルも寝てたのごめんね、起こしちゃった?」
《チッ》
首をちょっと振って応えるミネル。だけど、やっぱり眠そう。
「気にしなくていいから寝てていいよ。私は本でも読んでるから」
そう言って机から本を取り出す。取り出したるはこの世界の小説だ。残念ながら紙が高いためページ数は少ないけど、うまくまとめられていて何度も読んじゃうんだよね。
「もっと、娯楽本もいっぱい出たらいいのにな。この作家さん以外の本もあるけど、アルバだとそんなに見かけないんだよね」
本屋のおばあさんにも聞いたけど、娯楽目的で高い本を買う人は少ないから、商隊もそんなに運んでくれないとのこと。王都だったら貴族向けに経営してる本屋があって、そこは種類が多いみたいだけど。
図書館で貸し出しとかないですかって聞いたら、高い本を閲覧するだけでもある程度の階級が必要なんだって。こういうところは不便だなぁと思う。誰でもいつでも読める、活版印刷技術ってすごいんだなぁ。早く誰か発明して欲しいよ。
《チィ》
本を読み進めしばらくすると、ミネルがこっちにやってきた。
「どうしたの。もう、お休みはいいの?」
《チチッ》
大丈夫とミネルがふわりと部屋を飛び回る。
「それじゃあ、まだご飯までは時間があるからお外へ行こっか!」
《チッ》
私も目は冴えているので、ミネルと一緒に宿先で適当に歩いたり、指の動きに合わせて飛んでもらったりする。ちょっと日が落ちてきて指の動きも見えづらいので、途中からは火の魔法を使って指に明かりを灯して行った。
「ん? なんだ見せもんか?」
「宿が誰か雇ったのか?」
「いや、アスカちゃんだろ」
「何だ。なら心配ないな」
少しずつ人が集まってきていることにも気づかず、私はそれからもしばらくミネルと遊んだのだった。
「おねえちゃんおかえり~。ごめんね、今日はちょっとお客さんが多くって!」
「あ、うん。知ってる」
自分のせいだとは言えず、小さく丸まって部屋へ戻ろうとする。しかし、戻る途中でおお~! と大きな声がしたから聞き耳を立ててみる。
「今日はサンドリザードか! しかも、この値段とは大将も頑張ったな」
「ああ」
「お礼に今度親戚が来たらここを紹介するよ。それにしてもこのご時世に誰がくれたんだい?」
「それはアスカちゃんからよ。みんなも感謝して頂戴ね。うちじゃあ、年に一度出せるかどうかなんですから」
「ミーシャさんそれ本当かい? そういやさっき……」
「おねえちゃんがどうかしたの?」
「いやな……ああ、いい匂いがしたと思ってな」
「まあね。おねえちゃんもお昼に食べてたけど、すごい勢いだったからね」
「そりゃ楽しみだ、ははは……」
おじさんがいらないことを言わないように階段の隅から眼力で注意する。どうやら作戦成功のようだ。私は今日の客入りの責任を取らないようにしないと。何よりばれた時の説明が恥ずかしい。なんだろうな、こう……自分で自分のギャグを説明する時の痛さに似ている。あれを防げるなら眼力の一つや二つ使うんだから。
「ふぃ~。ひとまず戻ってきたけど、夕食に行く時が心配だよ」
他にも見てた人が話をしてないだろうか? していないことを祈ろう。今日はお勉強も十分やったので、食事までの空き時間は小説の続きを読むことにした。
今読んでいる小説は意外にも町の少年少女を描いたものだ。冒険者になって町のみんなを見返したい少年と、危ないことはやめて一緒に暮らしたい少女の恋愛模様を描いている。
「最初から惹かれ合いつつも、お互いの主張が相容れないところにライバルの女魔法使いが現れるんだよね。彼女は少年に才能があるといって冒険に引っ張り出すんだけど、そこでもひと悶着あって……だけど、ページの都合で途中までしか載ってないのは悲しいな~。おばあさんに聞いてもこの先の話はまだ入荷していないってことだし」
娯楽小説も売り上げを考えてか、貴族が主人公の話が多い。どちらも貴族で片方が悪徳貴族だったりもするけど、最終的には善の貴族が悪の貴族を倒して終わりというのが主流だ。
「確かに統治とかの関係もあるし、下手なことは書けないんだろうけど、こういう話ももっと欲しいなぁ」
ちなみに私の読んでいる本のタイトルは『まちびと』だ。今のところダブル主人公で描かれているようで、少年少女ともに個別と共通のストーリーを挟んで進行している。
「でも王都が舞台じゃないのは少ないから頑張って欲しいな」
残念ながらどこの国の本も大体が王都などの大都市を舞台にしている。そういうところで生活している人ほど本を読む機会が多いから、身近にイメージできる場所を使うのだろう。
「確かに25メートルプールならイメージできるけど、アメフト場とか言われてもピンとこないよね」
プールなら学校にも町にもよくあるし、分かり易いもんね。それに勝手なイメージだけど中央の貴族って地方貴族を田舎ものとか呼んでそうだし、田舎の話だと興味がわかないかも。
この小説の舞台はそこまで田舎じゃないけど、大都市と言うほどの場所でもないところみたいだ。
「大きさでいったらここか、隣町ぐらいなのかなぁ」
「おねえちゃ~ん。席空いたよ!」
考え事をしていると時間が経つのは早いもので、席が空いたとエレンちゃんが教えに来てくれた。
「は~い、今行くよ~。ミネルも来る?」
《チチッ》
ミネルも私の肩につかまって一緒に下りる。さあ、今日の夕食は何かな~?