お土産とまったりした休日
「本当に今日起こったことが一日の出来事なんて信じられないよ」
宿に入りながら密度の濃い日だったと改めて思う。
「おねえちゃんおかえり~。今日は遅かったね。どこかへ寄ってたの?」
「ううん、今帰ったところなの。さっきまで依頼だったんだよ」
「そうなの? 大変だったんだね。今日はどこまで行ってきたの?」
「それが聞いてよ。あっ、エレンちゃん時間ある?」
「多分。もうピークは過ぎたから、休めないかお母さんに聞いてくるね」
「は~い」
エレンちゃんも話を聞きたそうだし、私もこの疲れを話して紛らわせることにした。
「大丈夫だって! それでどうしてこんなに遅かったの?」
「それがね。今日ギルドに行ったら~~」
私は簡単にギルドでの話と、このひと月は調査依頼を中心に行うことを伝えた。
「じゃあ、泊まりがけになることもあるの?」
「最悪、野宿か隣町まで行くこともあるかも」
「そうなんだ。ちょっと寂しいけど、冒険者として成長してるんだね」
「ここまでの急成長は望んでないんだけどね……」
「アスカ、遅かったじゃない。みんな心配してたのよ?」
私がため息をついていると、エステルさんも手が空いたのか、声をかけてくれた。
「エステルさん、ありがとうございます。今後はちょっと遅くなったり泊まりもありそうで」
「本当なの!? ノヴァもリュートも実力はまだまだでしょ。アスカも無理はしないでね」
「はい、危なくなったら引き返しますから。ねっ、ミネル」
《チッ》
「ならいいんだけど、ミネルもしっかり見張っておいてね」
《チチィ》
任せてとミネルが大きく円を描いてぐるりと回る。果たしてどっちが保護者なんだろうか?
「ほら二人ともご飯よ」
みんなで話しているとミーシャさんが食事を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。そうそう、エレンちゃんにも話そうと思ってたんですけど、これどうぞ」
「いつももらってばかりで悪いわね……ってこれはサンドリザード!?」
「ミーシャさん、やっぱり分かっちゃいます?」
「アスカちゃん。あんなところまで行ったの? あそこはCランクの人たちが行く場所だって聞いてたけれど……」
「ええっ!? おねえちゃんほんとに大丈夫?」
心配してエレンちゃんが私の体をペタペタ触ってくる。
「だ、大丈夫だよ。だから、あはっ! そこは触らないで!」
「ご、ごめん」
「でも、ミーシャさんの言う通りよ。本当に大丈夫なの?」
「今日はジャネットさんもいたし、他のパーティーの人とも合同だったので……」
「それでも危険よ。きちんと計画を立てるのよ」
「はい」
「それでこの肉があるってことは……」
「道中で出会いました。みんなと協力して倒したんですけど」
私は食事をしつつ、改めてみんなに今日のことを話す。特にみんなが聞き入ったのはやっぱりティタのことだ。
「へぇ~、人間を助けるゴーレムかぁ~。私にもそんな魔物がいたらな~」
「エレンちゃんもお友達になる?」
お友達かは分からないけど私はティタをそう思っている。
「うん! それで、重たい洗濯物とかを持ってもらうの」
「エレンはそこに行きつくのね。確かに洗濯物は重いけど」
「そうなんですよね。別に持って下りる時はいいんですけど、洗った後は本当に重くてすぐ後ろまで運ぶだけでも疲れるんですよ。私も最初は大変でした」
「だよね。だから、おねえちゃんは魔法で洗濯物干してたんだもんね」
「あはは……そういえばエレンちゃんは見てたんだったね」
「何度もね~」
「みんなには内緒にしてね。それで話は戻るんですけど、その肉は倒したサンドリザードのもので今日のお土産です」
「本当にいいの? これなら宿で買い取るけれど……」
「いいえ、その代わりとびっきり美味しい料理をお願いしますね!」
「分かったわ、主人にきつく言っておくわ」
「お手柔らかにしてあげてくださいね」
ミーシャさんはサンドリザードの肉を大事そうに抱えると厨房に入っていった。それからしばらくすると。
「なに~~!!」
というライギルさんの大声がこっちまで響いたのだった。
「エステルさんもどうぞ。傷むかもしれないので内臓はちょっとだけですけど……」
「私にも? ありがとうアスカ。でもよかったわ。私、あまり内臓は好きじゃないから一口食べられればいいの」
「そうなんですね。覚えておきます」
「別にいいわよ。それにアスカは冒険者なんだから取ったものはきちんと自分のものにしないと」
「だったら、エステルさんにあげてもいいですよね?」
「もう、この子は……」
ぎゅっとエステルさんに抱きしめられる。うむ~、私と違って成長しているんですね。うらやましい。
「そういえば、他の冒険者が宿に来ていませんか?今日からアルバにも新しい人が来てるはずなんですが……」
「う~ん、確かに二組ほど見慣れない人が来たわね。だけど、とても礼儀正しかったわよ」
「うんうん。私も頑張ってるね~っておこずかい貰っちゃった!」
エレンちゃんってばそんな満面の笑みをしなくても。
「きっとその人たちも私と同じで調査に来た人だと思います」
「へぇ~。おねえちゃんは次も別のパーティーの人と一緒に出掛けるの?」
「どうかなぁ。今日はジャネットさんの知り合いだったからってところも大きいし、私たちはDランクのパーティーだからね。足手まといって思われるんじゃないかな? 実際そういうところもあるし」
「でも、あの二人はともかくアスカは強いでしょう?」
あの二人はってエステルさん、身内だからか容赦ないなぁ。
「ほら、私ってちょっと常識がないところがあるって言うか、経験が不足してますから……」
「「あ~~」」
《チチッ》
何で二人ともハモるの。ミネルまで一緒になって。
「でも、その調子で隣町って危なくないの?」
「危ないとは思いますけど、町の周りもこれまでと違うので、私自身どこまで行けば危険か分からないんですよね。今はギルドからの依頼もあるので、受けようとは思ってます」
「……改めて言うけど無茶だけはダメよ。無事に帰ってきてね。出来たらあいつらも元気で」
「はい。心配してもらってありがとうございます!」
「当り前よ。ほら、残りの料理食べちゃいなさい。食べてくれないと私、帰れないからね」
エステルさんはそう言って奥に引っ込んでしまう。
「ふふふっ。エステルさんも普段はあまり感情を出さないから恥ずかしかったんだね」
「心配して貰えて嬉しいけど、心配ばかりかけないようにしなくちゃね」
「う~ん。おねえちゃんの場合はまず強くなることよりしっかりすることからかな?」
「ひど~い」
そう言いながら私はお皿に残った料理を食べ進めるのだった。ちなみに隣に座っているエレンちゃんのお皿にはもう何も残っていない。いつの間に……これじゃあ本当に私がしっかりしてないみたいだ。
「よし、頑張ろう!」
《チィ?》
気合を入れた私を不思議そうに見つめるミネルをよそに、決意を固めるのだった。
「ふぅ〜。さすがに今日は身体を拭いておかないとね」
部屋へ戻った私はお湯を持ってきて身体を拭く。今日は疲れたので自分の分だけささっと沸かしたのだ。
「今日はもう疲れたから早く寝よう」
疲れたからか余計に汗や血が付いていないか気になる。出来るうちは冒険帰りにやっておいた方がいいとジャネットさんにも言われたし、少ない気力を振り絞って体を拭き終えると、桶とタオルを返しに行き、そそくさとベッドに入る。
「お休みミネル。おやすみなさいアラシェル様……」
私は目を閉じるとすぐに眠りについた。
《チッチッ》
「うん……あさ?」
ぼんやりとした頭で時間を確かめる。カーテンからのぞく光の具合からおそらく朝だろう。
「ん~、まだ体がだるいけど、これからのことを考えると弱音を吐いちゃいけないよね」
簡単に体操をしてミネルにご飯をあげる。
「はい、ミネル。今日の朝ごはんだよ。たくさんお食べ~」
《チィ~》
ミネルは昨日も頑張ってくれたのに、今日の朝も私を起こしてくれるなんてけなげな子だ。その行為に報いるためにも今日は奮発しなきゃね。取り出したるは昨日のサンドリザードの肉の一部。内臓も食べるのか心配だけど、今まで好き嫌いしてこなかったし大丈夫だよね?
「今日は何と! 昨日のサンドリザードと昨日の朝にもらっておいたお野菜です。残したらまたお昼に出すから好きなだけ食べてね!」
《チチッ》
ぐるぐる私の頭上を回ったミネルがご飯台に降り立つ。私の言うことを聞いて相当楽しみなようで、近くに来てご飯を置くまでぴょんぴょんと跳ねていた。
「それじゃあ、私は朝ごはん食べてくるからちょっとお別れだね」
軽く身だしなみを整えて階段を下り、食堂へ向かう。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。今日は疲れてるだろうから昼まで寝てるかと思ったわ」
「私もそう思ったんですけど、起きてみたら大丈夫ですね。ちょっとだるいのは確かですけど」
「無理しちゃだめよ。現にリュート君は来てないみたいだから」
「リュートが?」
真面目なリュートにしては珍しい。魔槍も使ってたし、昨日はよほど疲れたのかな? 私もだけど岩場ではランクの高い魔物との戦いもあったし、仕方ないよね。
「それじゃあ、洗濯は私が代わりにしておきますよ」
「でも、アスカちゃんだって疲れてるでしょう?」
「はい。だから、今日は全部魔法でやっちゃいます。これなら疲れないですし、すぐに終わりますから!」
「……じゃあ、お願いしてもいい? 今日は昼のお客さんも少ないからってエステルちゃんもお休みにしてたのよ」
「任せてください!」
朝食を取った私は一度部屋へ戻る。魔法で洗うなら一回目のシーツの回収が終わってから洗濯しても間に合う。それまでは前に買った本でも読んでおこう。
「どれにしよう。やっぱり昨日は戦いがあったから魔法の本かな?」
考えた末に、風魔法の中級魔導書を読むことに決めた。そうと決まれば早速開いてと……。
「この前は嵐の魔法を覚えたんだよね。次は何にしようかな?」
嵐の魔法とはオーガたちとの戦いで使ったストームだ。あれ以外にも中級魔導書にはいくつかの魔法が載っている。
他に火力を一点集中させた魔法も使えるようになったけど、その中間が欲しいかなぁ。
「ウインドカッターも使い勝手がいいけど、結構オーガ系には弾かれてるし、それを破れるぐらいでさらに巻き込めるのがいいんだけど……」
ぽんぽんとそんな都合のいい魔法があるとも思えないけど探すだけはしてみよう。そう思いぺらぺらとページをめくっていく。
「う~ん。やっぱりそれらしい魔法はないなぁ。風魔法じゃ厳しいのかな。ん?」
ページをめくっていると最後の方に紹介の形で一つの魔法が載っていた。記載を詳しく見てみるとコントロールや消費MPの多さもあり、一般的な冒険者には忌避されると書いてある。
「むむ、なんだか私の中に眠っていた中二心がくすぶられるなぁ。こう……なんて言うか人にできないようなことができるって言うのが。平凡には生きたいけど隠し持つ力? みたいな感じだね。ミネルもそう思わない?」
《チチィ》
ミネルからの返答はまたおかしなことを言ってという感じだ。だけど、魔法そのものには賛成のようで読み進めるように促してきた。
「はいはい、分かったから。え~と、魔法名はケノンブレス、空気を高度に圧縮して放つ魔法です。ただし、圧縮した空気の扱いが難しく、並の術師には扱いきれないでしょう。命中率も悪く、MP消費も大きいので使い手もほぼいません。……か、ますます気に入ったかな」
私は書かれている内容に目を通していく。ただ、ここに載っているのはあくまで概要だけで、どういう風に唱えるのかなどの重要な情報は抜けている。
「これはもう一度本屋さんへ行って探さないとね」
次の予定が決まったと思っていると、ドアがノックされた。
「おねえちゃんいる~? 準備できたよ」
「エレンちゃん! 分かった、すぐ行くね」
シーツの一回目の回収が済んだみたいなので早速、井戸へ行き洗濯を開始する。
「風よ、舞い踊れ!」
シーツを水と一緒に空中へ上げ、洗濯を開始する。さらに、能力を開放して桶で同時にすすぐ。こうしてやれば二倍の速度で洗濯ができる。
「よしよし、さっさと終わらせちゃおう。後はぎゅっと絞ってパッと開く!」
ぱしぱしと最後に風で水滴を吹き飛ばせばお洗濯完了だ。物干し台にかけて後は第二陣を待つだけ。
「おねえちゃん。ちょっと早いけど二回目を……ってもう終わってる!?」
「今日はちょっと早く済ませたかったから」
「じゃあ、ここに置いておくね。助かったよ、ありがとう」
「ううん。これぐらいなら問題ないから。それじゃあ、洗濯が終わったらミーシャさんに伝えておくからね」
「うん! じゃあ、私はお掃除に行ってくるから」
エレンちゃんは今日も元気よくお掃除へ行った。私はと言えば、さっきのやり方でさっさと洗濯を終える。時間にして五分程度だ。きっと今までの最短記録だろう。
「ミーシャさん終わりました~」
「えっ、今エレンが持って行ったばっかりだけど……」
「今日はちょっと疲れてたので急いでやりましたから!」
「普通は逆なんだけど。でも、ありがとう。助かったわ」
「じゃあ、私は部屋へ戻りますね」
「ええ、今日は本当にありがとう」
「いいえ~」
私は挨拶をすると自分の部屋へ戻っていった。ちなみにリュートはというと、一時間ほど後に来たらしい。やっぱり疲れていたようで、そのことを後日嬉しそうに言いふらしていたノヴァも、当日は女将さんに気を使ってもらって就業時間を遅くしてもらっていたとのことだった。
こういうところでもまだまだ私たちは未熟なんだなぁと思った出来事だった。
「さあ、ミネル。読書の続きだよ」
ミネルと一緒にさっきの本を開く。一応、見たつもりだけど漏れがないか確認しないとね。今日は疲れてるから余計に注意力も下がっているだろうし。
「うん。見落としもないみたいだし、本屋さんへ行こう!」
《チッ》
ミネルを連れて宿を出る。いざ、本屋さんへ! なんだかんだ最近は像の作成もあって、外へ出ることも少なかったしいい機会かも。
「おばあちゃんいますか~」
「おや、アスカかい。今日はどんな本だい?」
「この本に載ってるこの魔法が書かれてる魔導書がないか探しに来たんですけど……」
私は風魔法の中級魔導書を出す。
「ほうほう、この魔法かい。変わった魔法に目を付けるねぇ。確かにこの魔法は普通の魔導書には載ってないだろうねぇ」
「どうしてですか?」
「この魔法は危険なんだよ。圧縮過程の空気が弾けることもあるしね。昔は未熟な魔法使いが制御を誤って死んだり、死亡させたりって事例が多くてね。今は書かれていることも珍しいんだよ」
「そんなに危険な魔法だったんですか……」
「まあ、お前には問題ないだろうねぇ。これがその本だよ。銀貨三枚だね」
「なんだかさっきの話と違って安いような……」
「その話を聞いてわざわざ覚えようって人間も少ないからね。それにこの魔法が載っている本を扱っている者たちで、ある程度は管理の基準が作られているから簡単には売れなくてねぇ。最後に買ったのは誰だったか……」
おばあさんの話はちょっと怖かったけど、ますます興味の出た私は銀貨三枚で本を購入した。改めて題名を見てみるとケノンブレスのみの本ではなく、風魔法修練書とある。
「その本は風魔法をより上位へと研鑽を積む者のために書かれた本だよ」
「研鑽を積むつもりはないんですけどね」
「まあ、覚えられるということ自体が研鑽につながっていると思えばいいさね。それじゃあね」
「ありがとうございました」
用は済んだとばかりにおばあさんは奥へ引っ込んでいった。私も目的の物を手に入れたので意気揚々と宿へ帰るのだった。