お手伝い終了!
五分ほどメニューを眺めて覚えた私がこれからどうしようかと思っていると、二階からエレンちゃんが下りてきた。
「アスカさん、もう洗濯は終わり?」
「うん、女将さんに今メニューのこと教えてもらって覚えたところ」
「はっや~い。さすがだね! それじゃあ、店が始まるまでに簡単に拭き掃除しよっか」
そう言ってエレンちゃんが奥から台拭きを二枚持ってくる。
「はい! これでテーブルと椅子を軽く拭いていってね」
「わかりました!」
ビシッと敬礼し返事をしてテーブルを拭き始める。台拭きは程よく湿っていて拭きやすく水も出ない。十ほどあるテーブルを順番に二人で拭いていく。
食堂のテーブルは丸型で椅子は簡素で肘置きもない。まあ、飲食店はこんな感じだよね。すいすい~と拭いて行き、ちょっと台拭きにごみがたまるなと思い玄関に手をかける。
「だめ~!」
「えっ!?」
あわてて手を引っ込める。何かいけなかっただろうか?
「よかった~。この時間に玄関のドアが開いたら基本的にお昼開始だとみんな思ってるから開けないでね。宿を出る冒険者の人だといいんだけど……」
「そういうことだったんだ。ごめんね」
「ううん、私も説明してなかったし。あと、十分ぐらいだね」
その後、テーブルを拭き終えた私たちは奥に引っ込んで開店時間を待つ。ちなみに泊まりの冒険者がお昼を食べる時は先に着席ぐらいならいいらしい。お昼は宿泊費とは別料金だからちょっとした配慮だ。
「お昼ごはんはサービスにないからね。でもね、お部屋にも持って行くことはできるよ。ただし、ピークを過ぎてからだから遅くなるけどね」
「へえ~、それは便利かも。時間さえ気にしなければ待ってればいいんだし」
「アスカさんがなんだか駄目人間に思えてきたよ……」
ごろごろしたい日は誰にだってある! そう強く主張したかったけど、年下の女の子に悪影響を与えないように黙っておいた。
「二人ともそろそろ開店の時間よ。お願いね~」
「はい!」
「は~い! それじゃ、ドアを開けますか。一緒に行こ」
私はエレンちゃんに手をつながれて一緒にドアの前に行く。う~、なんだか緊張するなぁ。するとエレンちゃんが耳元でこう言うんだよと伝えてくる。よし! これもお仕事、頑張らなきゃ! 息を吸い込んでドアを開けたら、二人で同時に口を開く。
「「鳥の巣、昼の部開始です!」」
開けられたドアから外を見る。あいにくの雨はいつの間にか小降りになっており、小さな雨よけのある軒下にはすでに何人かのお客さんが待っていた。
「おう! 待ってたぜエレンちゃん」
「こちらへどうぞ~」
エレンちゃんが案内していくのを私も見様見真似で案内する。
「こ、こちらへどうぞ……」
「あん? ああ」
案内の仕方が悪かったのか、少したどたどしい感じになってしまったけど、一応席には案内できた。
「ご、ご注文は?」
「ああ、いつもの……え~とBセットの大盛だ、ほいお代」
「ありがとうございます」
代金として大銅貨を一枚を貰う。さっき、メニューを見たから大丈夫だ。セットはAとBが銅貨八枚、Cが銅貨十枚すなわち大銅貨一枚だ。これに大盛が銅貨二枚でエールは銅貨三枚。ジュースは銅貨二枚でいくつか組み合わせると、綺麗な数字になるような単価付けのようだ。
そして代金は先払い。ただし、追加分に関しては後払いになる。そこも間違えないようにしないと。
「では、少々お待ちください」
私はカウンターに戻って女将さんにメニューを伝える。それから、すぐに踵を返して別のお客さんのところへ。
「アスカさん。あっちとあそこのテーブルは聞いてあるから」
「ありがとうエレンちゃん。私もあそこは聞いたよ」
「じゃあ、残りの二つとも聞いてきて」
「は〜い」
ぱたぱたと小走りに駆け寄って注文を聞いていく。二人目の人はAセットとジュース。三人目は二人連れでAセットの大盛とAセットのみと。ん、二人目までだと大銅貨二枚の支払いだけど、三人目の人は連れの人にはお釣りが必要だね。
「エレンちゃ~ん! お釣りって私が出してもいい?」
「あっ! 持ってくね」
始まる前にこれでお金を受け取ってと袋はもらったけど中身は空だった。今の中身は大銅貨二枚だけだからお釣りの分がないのだ。
「はい、銅貨二枚だね!」
「ありがとな。ところでこの人は? 俺ら見たことないけど……」
「今日お手伝いに入ってくれてる、新人冒険者のアスカさんだよ! たま~に入ってくれると思うからよろしくね!」
「よろしくお願いします」
私は頭を下げて挨拶をする。
「あ、ああ。こっちこそな」
「それじゃあ、ごはんもすぐ持ってくるからね~」
お客さんに挨拶をしてエレンちゃんと一緒にカウンターまで戻る。するとすぐに料理が運ばれてくる。早い!
「いやいや、始まってすぐ来ることは分かってるし、用意してるから。一からは作んないよ」
「ソーデスヨネ」
牛丼屋さんとかでもいちいち煮込みからなんてできないし、ある程度まではやっておきますよね。料理はあんまりしてなかったからなぁ。
「じゃあ、それぞれの注文のところに持って行ってね。順番、間違えないようにね」
「了解です」
私は出された料理を最初に注文を受けた人へ持って行く。
「お待たせしました。どうぞ」
「おう、嬢ちゃん見ない顔だな?」
「はい、最近町に来たんです」
「そうか。ここは住みやすいとこだが気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます。では……」
次の配膳があるので下がる。それを繰り返して次々とやってくるお客さんに対して注文を取り、料理を運ぶを繰り返す。ひと段落したところでちょっとカウンター裏で休憩した。
「エレンちゃん、今日って雨だから人少ないって言わなかった?」
「そうだよ。今日はいつもよりは少ないよ。今で二十人ぐらいだけど、多いときはもう三十人ぐらいいるときあるし」
「そんな時はどうしてるの?」
「お母さんと二人で入れ替わりながらやってるかな?」
なんというパワフルな十一歳児。私なんかよりよっぽど強そう。これ以降はピークも途切れて、空席も埋まらなくなっていく。
「このぐらい引けたら十分ね。二人ともご苦労様!さあ、食べていいわよ」
女将さんがカウンター前のテーブルに料理を二人分置いてくれる。
「ちょっと早いけどいいの? やった~お母さんありがとう!」
「ありがとうございます」
目の前には野菜中心で見た目ロールキャベツのようなものとサラダとパンにスープ。それと、カットステーキと温野菜とパンの二種類が並んでいる。どちらもさっきまで運んでいたものだ。
ただ、ロールキャベツといってもその辺の肉の切れ端の上下に葉物野菜を置いただけみたいだけど。
「アスカさんはどっちにする?」
「ちょっと悩んでるの。私は少食だからどうしようかなって」
「じゃあ、半分こしよ! 残ったら私が食べてあげる」
「本当? じゃあそうしようかな」
とりあえず私は肉のAセット側に座って、パンのお皿にちょっとスペースを空けてそこに肉を置く。
「はいどうぞ!」
「ありがとう! じゃあ、私も!」
二人で仲良くご飯を食べる。朝食や夕食ももちろん美味しいけど、昼食が一番美味しかった。聞けば朝は量も少なく価格も安くして、夜は冒険者向けに量を少し多めにして、昼は街の人向けに質重視とターゲットを変えているらしい。
今日来た人もほとんどが街の人で、いつもにぎわうのだとか。冒険者の人は私みたいに宿泊と夕食付き目当ての人が殆どだし、急に食べなくなることもあるから夕食はそんなに豪華にならないそうだ。
お昼ご飯を食べ終えて片付けを手伝っていると、十五時を越えてしまった。女将さんたちはこの時間から昼ご飯になることが多いそうだ。
「大変なんですね。もう少し余裕があった方がいいんじゃ……」
「そうなんだけど、人を入れると値段にも関わってきてしまうの。何とかしたいんだけど……」
この宿はギルドでも優良認定されているらしく、私みたいな他の村や町から来た冒険者を紹介してくれる。その代わりに少し周りより安く泊まれるようにすることと、ちょっとギルドへ紹介料を払わないといけないらしい。
「でも、このままだと身体を壊しちゃいますよ?」
「分かっちゃいるんだがな。これで今までやってこれたからさ」
ご主人のライギルさんが食べながら答えてくれる。でも、こんないい人たちが倒れてしまったらみんなが大変だ。
「お父さんたちがこうだからわたしも大変なの……」
「エレンちゃんも苦労してるんだね」
あまりの繁盛ぶりに子ども同士でしみじみとする。
「そういえば、今回の手伝いの報酬について話してなかったわ。大体、あなたぐらいの子は半日ぐらいだと大銅貨二枚から三枚までね」
そっか。半日のお手伝いだけで一人分の宿泊費がかかっちゃうんだ。一人でも一日丸々いてもらったら確かに大変かも。でも、お昼の売り上げもあるんだから何とかならないかな? っと今は報酬だ。じゃあ、大銅貨二枚でいいかな。今日はあんまりできなかったし。
「それじゃあ、大銅貨二枚で」
「なあ……」
「そうね」
ご主人と女将さんが何か目配せしている。なんだかいいなあと思ったけど何だろう?
「報酬の件だが、じゃあ今回は大銅貨二枚だ」
はいとライギルさんから報酬の大銅貨二枚を受け取る。おお~これが今世、初の労働対価だ!
「それと、今後手伝う時は最低大銅貨二枚と昼ごはん付きだ」
「えっ、は、はい」
思わず返事をしてしまった。
「返事ももらえたことだし、今日は休んでいいわよ。急に動いて疲れたでしょう?」
「多分大丈夫だと思います」
自信はないけど平気だと思う。いくら体力無しの私でもこのぐらいでどうにかならないとだろう。
「じゃあ、アスカさん。またね~」
エレンちゃんともいったん食堂でお別れして、私は部屋へ戻る。一応、冒険者として日課のステータス確認でもしようっと。今決めただけだけど。
「ステータス!」
名前:アスカ
年齢:13歳
職業:Eランク冒険者
HP:50
MP:120/210(1210)
腕力:7
体力:14
速さ:21
器用さ:28
魔力:75(285)
運:50
スキル:魔力操作、火魔法LV2、風魔法LV2、薬学LV2、(隠蔽)
出てきたステータスとカードの能力を比べてみる。おおっ! 5だった腕力が7になったのを始め、ちょっとずつ上がってる。これって結構いい感じなのかな? 一日で上がるといえばいいんだろうけど上昇の幅は小さいからなぁ。
「でも、上がったことは事実だし、この調子で頑張ろう」
しかし、私は初めてのお仕事でやはり疲れていたようで、そのまま昼寝をしてしまい、起きたのは十九時頃だった。食堂へ下りると今日は冒険者の人も少ない。泊まっている人以外はあまり来ていないようだ。
「アスカさん、おはよ~」
「エレンちゃん、こんばんわ。寝てたのわかる?」
「髪の毛でね」
エレンちゃんと少し話をして夕食を食べて部屋へ戻った。明日こそはショッピングと意気込む私だったがふとあることを思い出した。
「そうだ! 鏡鏡……」
自分の顔がどんなのかまだ確認してなかったんだった。机の中を見ると手鏡があったのでそれを手に取ってみる。
「ふえぇぇぇ!」
あの女神様なんてことを……。綺麗でサラサラな銀髪をありがとうと思っていたけど、こんな目立つお顔まで……。ちょうどかわいいから美人になりかけな感じで、将来はきっと美人になりますよと周りが言いそうな顔だ。そんな顔としか言えない感じで整っている。
「これじゃあ、将来のんびりできないんじゃないかな~」
前世だったら絶対アイドルだ。それも『は~い』とか言わない。『はい、ここですね』としっかりクールな感じだ。あっ、でも目元はちょっと下がっててかわいい感じもあるな。でも、終了~。これ以上はなんだか自分をほめそやす感じでムズムズするからね。
「お礼を言うべきなんだろうけど……」
まあ、なるように成れ。明日に備えて今日もまた私は早めに眠るのだった。
小鳥のさえずりとともに優雅に起きる私。そんな風に思ったのは一瞬でした。
「痛い、全身が痛いよぅ」
いわゆる筋肉痛というやつだ。まさか、昨日一日動いただけでなってしまうなんて……。とりあえず気合を入れて食堂へ。
「おはようございます」
エレンちゃんと女将さんにあいさつする。
「「おはよう」」
挨拶を返してくれた二人だったが、私の変な動きに何やら不審な目を向けている。
「「もしかして……」」
「その先は言わないでください」
冒険者としてではなく、人として情けない自分をこれ以上貶めさせないためにご遠慮願う。
「大丈夫? 今日は買い物行くんでしょう」
「今日はやめときます……」
力なく朝食を食べる。結局その日は一日中部屋で過ごしてしまった。こんな日もある、そう思った一日だった。
あれから三日経った。私はというと機を逃したせいか買い物に行かず、ずっと宿の手伝いをしていた。今日もいそいそとお昼ご飯を運ぶ。
「アスカちゃーん、次こっち注文!」
「はい、ただいま!」
「アスカちゃん、Cセットの大盛できたわ」
「はいは~い」
四日目ともなるとちょっと慣れてくる。ちなみに洗濯については六枚までは手洗い、以降は魔法で済ませている。筋肉痛になって動けなくなるよりはましだと思って妥協した。
「うまかったよ。じゃあな」
「は~い、ありがとうございますってグレイブさん追加分!」
「おっと、ほいよ」
追加注文もさばけるようになり日々進歩している。その内、客足も引いていき今日も遅めの昼食の時間だ。
「ふぃ~、疲れた~」
「疲れたね~、アスカおねえちゃん」
この間にエレンちゃんは私をおねえちゃんと呼ぶようになった。初めての人に説明するのも面倒だし、私も妹ができたみたいで嬉しいし倍お得だ。
「朝から働きづめでこの時間にようやく休んだって感じだよね」
「そうそう。やっぱりおねえちゃんはよくわかってるよ~」
「あらあら、二人ともお疲れ様」
今日もご褒美の食事が運ばれてくる。
「ん~、美味しいです!」
「本当に美味しそうに食べるわね」
「量は食べられないんですけどね」
「そうそう、本当にアスカおねえちゃんは少食だよね。向こうにいたときもそうだったの?」
向こうかぁ……。この場合だと前世の方だよね。あんまり動けなかったから、そんなに食べる必要がなかったんだよね。
「う~ん、昔はあんまり体強くなかったからそこまで食べる必要がなかったからかも」
「そうなの? じゃあ、ちょっとずつでも食べられるようにならないとね」
ふふふ、こんなに心配してもらえて、この宿の子になったみたい。っていけないいけない、私は冒険者だよ。
「どうしたの急に?」
「あっ、いやぁ。最近、全く冒険者っぽいことしてないなあって」
「今気づいたのアスカおねえちゃん?」
「まあ、私たちからすればエレンと変わらないぐらいのあなたが、無理に冒険に行かないのは安心するけれど」
「いやいや、私には壮大な目標があるので明日から心機一転、頑張ります!」
「アスカおねえちゃんって町に来たかったわけじゃないの?」
「うん、私の目標は世界中を見て廻ること。体が弱かったから本はずっと読んでたんだけど、いつか本の世界に実際に行ってみたかったの!」
「じゃ、じゃあ、すぐに出て行っちゃうの?」
「ううん。まだまだ体力もないし、旅をするならお金も貯めないとね!」
「そうなんだ……」
「あらあら、しばらくは安心ね。この町の周りはそんなに危なくないから」
「そうだな。だが、アスカ。森の方には入りすぎるなよ。あそこは冒険者でも怪我したりする場所なんだ」
三人で話をしていると客が捌けて、ミーシャさんのお昼ごはんを運んできたライギルさんに注意される。
「はい、あんまり入らないようにします。この前も手前の林でゴブリンに遭ったし」
「ええっ!? おねえちゃん戦ったの?」
「あれ? 言ってなかったっけ。私の部屋にある弓ってその時見つけたものだよ」
さすがにゴブリンが使っていたとは言えない。
「本当に冒険者なのね。それじゃあ、くれぐれも気を付けて頑張ってね」
「はい! 明日は久しぶりにギルドへ行ってきます!」
女将さんとも話をして宿の仕事は休み、明後日の仕事も明日帰ってきてから相談ということになり、やる気も新たに眠ったのだった。