エレンちゃんとお買い物
「さあ、おねえちゃん。まずはドルドだよ」
さあさあとエレンちゃんに手を引かれて私も駆け出す。本当にエレンちゃんは楽しそうだ。
「ちょ、ちょっと待って」
元々、鳥の巣から離れていないこともあって、私たちはあっという間にドルドに到着した。私は普段歩いて街中を移動するので、目まぐるしく風景が動いていくのが新鮮だった。
「とうちゃ~く」
「そ、そうだね」
ドルドに着くと店の前でちょっと息を整えてから入る。
「いらっしゃい。おや、エレンか」
「久しぶり。今日はおねえちゃんと一緒に来たんだ」
「おお、そっちのはたまに来る冒険者だね。肩に乗っているのはもしかしてヴィルン鳥かい?」
「こんにちは。そうです、一緒に入っても良いですか?」
「構わないよ、暴れなければね」
「ありがとうございます。大丈夫だよね、ミネル?」
《チィ》
私たちを出迎えてくれたのは、前に保存食を見せてくれたおばさんだった。無事にミネルの入店許可も貰うことが出来たところをみると、ひょっとして店長さんなのかな?
「うんうん、さすがはエレンの姉だの。教育が行き届いている」
「でしょう~、すごいんだよ。ランクもすぐに上がっていくんだから!」
「まあ、最初は誰でもね。だけど、物を見る目もいいね。ちょっと味寄りだけどね」
「美味しい食事は大事ですから!」
「そうさね。だけど、不味い物にも少しは慣れてないといけないよ。自分だけで冒険しているうちはいいけどね」
「確かにそうですね」
知らないパーティーと合同になったら時間の余裕もないかもしれないし。
「それで今日は何を見に来たんだい?」
「う~んと、おねえちゃんが普段何を見てるのかなって思って」
「それならこの辺の服とあっちの保存食だね。冒険者用の食事も美味しくないのは選ばない贅沢な子だよ」
「そうなんだね」
エレンちゃんに説明をしながらいつもよく見る場所を見て回る。
「あっ、これ次の部屋着にいいかも」
「ほんとだ、おねえちゃんに似合ってるね」
「エレンちゃんもこっちのはどう?」
「どうかなぁ? ちょっとわたしには大きいかも」
「すぐに伸びるよ」
「なら買っちゃおうかな?」
私たちは服を見た後で保存食も見て、私は次の冒険用にドライフルーツを少しと服を上下一着、エレンちゃんは上着を二着買った。
「それじゃあ、次の店に行こうか。荷物貸して」
「うん」
エレンちゃんから服を預かってマジックバッグに入れる。こういう街での買い物にもマジックバッグは便利だ。
「次の行先はどこかな?」
「次はねぇ~、ベルネスかな?」
エレンちゃんの希望通りベルネスに向かう。ベルネスは町の東側になるので南側のこちらからはちょっと距離がある。
「エレンちゃん、途中に寄るところはない? 東側との間とかで」
「うん! 今日はこっち側で色々見てみたいんだ」
「分かった。それじゃ行こっか」
再びベルネスを目指して進む。今日は天気もいいので人通りも多くなっている。
「エレンちゃん、手繋いで行こっか」
「いいの? じゃあ……」
《チチッ》
「ミネルは繋げないからごめんね」
私の言葉を受け、ベルネスへ着くまでミネルはエレンちゃんの肩と私の肩を往復していた。彼女なりの感情表現なのだろうか?
「ミネル、服が汚れると大変だからちょっと外で待っててね」
《チッ》
返事をすると軒先に止まるミネル。ベルネスは外に小さい庭もあるから、しばらくは大丈夫そうだ。
「すみませ〜ん」
「いらっしゃいませ~。あら、アスカちゃん。それにエレンちゃんは久しぶりね」
「お姉さんも久しぶり」
「こんにちは」
「今日は二人でお買い物?」
「はい、ちょっとコートとか冬物を見ようと思って」
「なるほどね。まだ冬も始まったばかりだけど、早くも本格的な冬物とは、アスカちゃんはおしゃれね」
「そ、そうですか? 私のいたところだと普通だったもので……」
お姉さんに返事をしながら季節について考える。この世界だと秋は七月から九月だから間違えそうになっちゃうんだよね。
「おねえちゃん、わたしの服も選んでよ」
「いいよ。だけど、私もあんまり服を選んだことがないから気に入らなかったら言ってね」
「大丈夫」
「それじゃあ、二人とも冬物のところね。まだ、あまり入ってきていないからこの辺だけになるけど……」
案内され服を見てみると、確かに品揃えは良くなかった。
「思ってたより少ない……これは服を組み合わせて決めた方がよさそう」
私は直ぐに最初の予定を変更して、秋物の薄手の服と冬物の服を重ね着する形でイメージする。この世界の服の流通はちょっと遅いみたいだ。
「それじゃあ、まずはこの淡い青の上着だね。これは薄手だから合わせるのにちょっと厚めの長袖を選んでと。こっちはちゃんとした冬物だね。少し丈も長いし、大きくなってもしばらくは着れそう」
ベルネスの服はちょっと値段も張るし、簡単に着れなくなるのはさみしいだろうから、ちょっとだけ大きめのものを選ぶ。
「どうかなエレンちゃん?」
「これ? かわいい~! ありがとうアスカおねえちゃん」
「そうだ! 今日の記念にこれ買ってあげる」
「えっ、でも悪いよ……」
「いいの、たまにはお姉ちゃん風を吹かせないとね。前にミーシャさんから服をもらったし」
「ありがとう!」
「服は決まったかしら?」
「はい、これとこれとこれで」
選んだ服を包んでもらって会計を済ませる。二着で銀貨二枚と大銅貨四枚かぁ。そこそこするけどこればっかりは仕方ないよね。服はいるものだし、お洒落もしたいしね。
「お待たせ、ミネル」
《チィ!》
店を出た私たちはミネルと合流する。
「服も買ったしそろそろお昼だけど、エレンちゃんはどこか行ってみたいところある?」
「う~ん、前から気になってる店なんだけど……」
エレンちゃんが指さしたのは木造でオープンテラスのある店だった。エスニック風な建物で、確かに一度はこういう店に入りたい気持ちも分かる。
「じゃあ、入ってみようか?」
「いいの? なんだか一人だと入りづらくて」
「いいよいいよ、入ろう!」
「いらっしゃいませ! お二人様ですか?」
「はい」
「ではこちらの外側の席へどうぞ」
「ありがとうございます」
私たちは案内された席に座る。ここなら、外に近いしミネルのことも何も言われなさそうだ。
「こちらがメニューです」
「ありがとうございます。さあ、エレンちゃん選ぼう」
「うん。わっ、いっぱいメニューがあるね。迷っちゃう〜」
悩んだ末にエレンちゃんが選んだのは、山菜と魚介類を鉄板で炒めたものとスープにパンだった。パンはちょっとだけ鳥の巣のに近かったけど、私はこの手のパンとは別れたので、クレープ生地に肉など様々な具を巻いたものを頼んだ。
それとは別にサラダも頼む。サラダには具は少ないけどスープも付いてきた。
「こちらですね。お飲み物はいかがでしょう?」
「う~ん、じゃあこれで」
「私も同じものを」
「かしこまりました」
店員さんがオーダーを聞き終え奥に引っ込んでいく。お昼の時間が近いからか、注文が飛び交っている。
「お店も今はこんな感じかなぁ」
「そうだね。今の時間ならもう開いてるし、忙しいところかな?」
「おねえちゃん今日はありがとね。わたし、あんまり同年代の知り合いもいないし、こういうところに誰かと一緒に来てみたかったんだ」
「そうだったんだね。私でよければいつでもは無理だけど、また誘ってね」
「うん!」
その後もエレンちゃんとは色々な話をした。わずかだけど火の属性持ちだから影で魔力を高められないかと考えていることや、宿の部屋のことについてなど話題のほとんどが宿のことだった。
この歳にして家業のことを良く考えているんだなということが改めて分かった。
「エレンちゃんは宿が好きなんだね」
「うん、泊まってくれる人もだけど、お父さんもお母さんも好きだもん」
「ふふっ、エレンちゃんかわいい」
あまりの可愛さについ頭を撫でてしまった。でも、こんなに可愛い妹だもん、しょうがないよね?
「もう~、おねえちゃんやめてよ~」
《チチチッ》
ミネルも続けと言わんばかりに頭に乗っかっていく。
「ミネルまで……」
「お料理お持ちしました……あら? その鳥はヴィルン鳥ですか?」
「あっ、ありがとうございます。小鳥でもまずかったですか? でも、この子はとても賢い子で……」
「いいえ、ヴィルン鳥は心清いものに寄り添い、見たものにも幸運が訪れるとも言われているんです。うちで飛んでいる姿が見られるだけでも、ありがたいことなんですよ。ですから大丈夫ですよ」
「そうなんですか、よかったです。あっ、この子が食べられそうなものってありますか? サラダの野菜を小さく刻んでもらったのとか……」
「店長に言ってきます。端の方の出せない野菜もありますから」
そう言ってお姉さんは奥に引っ込んでしまった。
「行っちゃったね」
「そうだね。料理が冷めちゃうし、ミネルには悪いけど先に食べちゃうね」
《チィ~》
いいよとも恨めしそうとも思える声でミネルが鳴く。食べ始めて五分ぐらいで店の奥から男性とさっきのお姉さんが出てきた。
「こんにちは。そっちが話に聞いたヴィルン鳥だね」
「こんにちは、店長さんですか?」
「うん。口に合うか分からないけどどうぞ」
店長さんが持ってきた料理がテーブルの端に置かれる。量もミネルに合わせて少なめだ。
「どうミネル、食べられる?」
《チチッ》
最初にジャネットさんからご飯をもらった時と同様にミネルは恐る恐る口にする。森では見たことのないものだらけだから、余計に怖いのかも。
《チッチッ》
最初に肉を次に野菜を食べたミネルは、美味しかったのかどんどん食べていく。
「ふふっ、気に入ったみたいです。ありがとうございます」
「いや、こちらこそヴィルン鳥を街中で見られるなんていいものを見せてもらったよ。それに自分の料理を食べてもらえるなんて……」
「割とミネルは誰が出しても食べてるけど、すごいことなのかな?」
エレンちゃんが私も気になっていたことを言ってくれた。確かに今までライギルさんもミーシャさんもだし、色々な人がちょっとずつあげてるのを見たことがあるけど、全部食べてたしなぁ。
「ヴィルン鳥は警戒心が強いけど、懐いた相手のことは信頼するから、その周りにいる人のことは信頼してるんだ。逆に僕みたいに会ったことのない人からのエサは食べにくいって言われててね。料理人からしたら食べてもらえることが一種のステータスなんだ。自分の料理が安全だと証明できる訳だからね」
「へぇ~、ミネルって結構すごいんだね」
「そうだね。さすがはアスカおねえちゃんのペットだね」
「あら、アスカってあの細工師の?」
「えっとまあ、細工もしてますけど……」
驚いた。アルバはそこまで広い町じゃないけど、細工師としての私を知ってる人がいるなんて。
「この前出た新作の小さいお花が重なってるアクセサリー買いました。また、新作お願いします!」
「は、はい」
「こら仕事中だぞ」
「店長こそ……あっ、お食事中すみません。それでは」
お姉さんが店長さんを引っ張っていく。深く聞かれなくて助かったし、ミネルについて話が聞けて良かったなぁ。
「料理も美味しいしね。だけど、あなたって結構すごいんだね」
《チッ》
私は元気よく出された料理を食べているミネルにそう呟くのだった。
それからも青果市場や私もたまに見に行く午後市へも行った。午後市は朝市と違って生鮮品が少なくなる代わりに、細工物などの加工品が主体となっていて、飾りなどを見に来るにはちょうどいいのだ。
「わ~、これかわいい」
「本当だね。木製だけどそれがいい感じだね」
そのネックレスは木の細工の上部から細くした縄が通っており、真っ直ぐに四角柱が伸びている単純なデザインだ。ただ、四角柱には彫り物がされている。
「おや、これかい? 魔除けにもなる、呪いものだよ。価格は大銅貨二枚だね」
「うっ、結構するんだね」
「でも、お呪いも入ってるなら仕方ないんじゃない? これ、二つください」
「はいよ」
「誰かにあげるの?」
「はい、エレンちゃん。おねえちゃんからの贈り物だよ。これなら仕事中も付けられるし、おそろいだね」
「お、おねえちゃ~ん」
ひしっとエレンちゃんがしがみついてくる。おお、意外に力強いなぁ。
「ほほっ、よい姉妹愛じゃ。そういう風に売ってみようかの」
「ご自由に、それじゃあ」
私たちは店主さんに手を振ってお店を後にした。こうして多くのお店を見て宿へ帰ると、結構な荷物になっていた。全部マジックバッグへ入れてたから気にせず買いすぎちゃったかも?
「今日は楽しかったねエレンちゃん」
「うん。だけど、こんなに買ってもらっちゃっていいの?」
「たまにはおねえちゃんらしくしないとね。それに、一緒のものをつけられてうれしいよ」
「わたしも~」
今日は二人で出かけて、やっぱり誰かと一緒に遊ぶのは楽しいなぁと思った。