魔法って便利だね
エレンちゃんについて行って、次々にシーツを回収する。二階は八部屋あり、私の部屋を含め五部屋を回収。後は十時以降だった。そのままエレンちゃんは三階に上がろうとするのだが……。
「エレンちゃん待って~、重くて上がれないよ~」
「えっ、うそでしょアスカさん。まだ四枚ぐらいしか、かごにないんだけど……」
そう、すっかり忘れていたけど私は腕力と体力はポンコツの冒険者なのだ。腕力一桁は伊達じゃない。
「ごめんなさい。ちょっと腕も痛いの……」
「しょうがないなあ。じゃあ、一回降りよっか」
エレンちゃんは仕方なく一度下まで下りてくれて外へと向かう。
「この井戸のところで洗うからここにいったん置いとくの。飛ばないように石を上に置いてね」
言われて辺りを見るとちょっと大きめの石が見えた。きっとこれを乗せるのだろう。
「よい……しょっと」
な、なんとか持てた。というかそんなに大きくもない石にここまで力がいるものだろうか?
「ねえエレンちゃんこの石って……」
「言っとくけど普通の石だよ。アスカさんって本当に冒険者? なんだか心配だなぁ」
十一歳の子どもにまたもや心配されるとは。だけど、残念ながらそれだけの姿を見せているわけだし、早く立派にならなくちゃ。
「んじゃあもう一回上がりま~す」
再びエレンちゃんの号令がかかり三階へと上がっていく。三階は二階よりも部屋数が少なく四部屋だ。
「あれ? エレンちゃん。三階はずいぶん部屋が少ないんだね」
「ああ、この階はパーティー向けの部屋だからだよ。何人かで滞在してくれたりすると助かるんだ~」
空いちゃうともったいないけどねと付け足しながらエレンちゃんがドアをノックする。
「ああ、どうした?」
「シーツの交換です。入ってもいいですか?」
「いいぜ、ほら」
ドアが開くと中には男性の冒険者が三人いた。みんな屈強そうな体つきをしている。
「ほらさっさと取っていってくれ」
「は~い」
「すぐにやりますね」
エレンちゃんに続いて私もシーツを取り始めるところでふと声をかけられた。
「あんた宿にいたか? 初めて見る顔だな」
「アスカさんはまだ駆け出し冒険者だからこうやってたまにお手伝いしてくれるの。よろしくお願いしますね」
「お、お願いします」
エレンちゃんが急に答えたのでびっくりしたけれど私も慌てて返事をする。
「そうなのか。でも、ギルドでも見たことないな」
「町に来たのもついこの間です。よろしくお願いします」
「おう、まあ儲け話以外なら頼ってくれ」
「そうだな」
一人の冗談に残りの二人の人が笑い合う。どうやらこの人たちもいい人みたいだ。私も笑顔で答える。
「それじゃあ、替えのシーツはすぐ持ってきま~す」
「失礼します」
「ふぃ~、無事に回収完了。さあ残りもやっちゃおう。と言っても一部屋は空き部屋だし、もう一つの部屋はもう出ていったから人がいるのは後一部屋だけど」
次の部屋でも比較的好意的に迎えられ、残りの一部屋のシーツも回収して下りていく。
「ふぅふぅ、はぁはぁ」
「……アスカさん大丈夫?」
「だ、大丈夫。もうすぐ着くから」
「まあ、そうなんだけど、でも洗うのはこれからなんだよね……」
「ガンバリマス」
外に頑張って出た私とエレンちゃんは井戸の近くに来てシーツをかごにまとめる。
「じゃあ、アスカさん。たらいをあそこまで運んで」
そう言われて指差された先には大きめのたらいが置いてあった。どうやらこれで洗うようだ。一緒に端同士をつかんで持っていく。
「これに半分とちょっと水を入れたらこっちの洗剤を入れて、最後に小さい桶に溜めた水で洗い流す感じなの」
「そうなんだ。洗剤とかは高いの?」
「どうなんだろう? アスカさんは女性だし気になるよね。今度聞いとくね」
そう言いながらエレンちゃんは水を井戸からくみ上げている。小さい子がやるには結構重労働だと思う。たらいに水がたまったところで洗剤を投入。
「エレンちゃん、何も見ないで入れてるけど分量はどのくらいなの?」
「慣れてるから特に測ってないよ」
これは一人だと困るな。高いものだったらなおさらだ。何か測れるものも買っておこう。
「じゃあ、見といてね。実際にやって見せるから」
エレンちゃんが横から波打った板を出してシーツを何重かに束ねたものを、いったん水に浸けてその板でこすっていく。しばらくすると汚れが落ちて、ちょっとだけ白みが増した。ん~、洗濯機しか見たことなかったけど、ない時代はこうやってたのか……。
「こんな感じだよ」
「わかった、ちょっとやってみるね」
見よう見まねで私もやってみる。冷た~い、さすが井戸水。冷えた温度が手に染みる。だけど、負けずに頑張れ私。……そうだ! ちょっとだけ、ちょっとだけなら温度上げてもいいよね。
魔法をこそっと使って、ちょっとだけ水の温度を上げる。そんなずるをしながらも頑張って一枚洗い終えた。
「う~ん、思ってたよりきれいになってるかな? それじゃあ後はよろしくね!」
「ふえっ!?」
急な言葉でびっくりする。ええと後何枚だっけ?十二枚もある……。
「ほら、私は残りの分と新しいシーツをつけてこないといけないから」
「あっ……」
そうだ。部屋を出る時にも言っていたけど、替えのシーツをまだ持って行ってなかった。私じゃシーツをつけられる自信はないし、しょうがない。
「じゃあ、ここは任せて」
「うん、頑張ってねアスカさん」
エレンちゃんも行ってしまったし、おとなしく洗濯の続きをやろう。……それにしても中々の力仕事だ。あんまり手に力が入らなくなってきた。何か手を使わずに洗う方法はないかな? 四枚ほど洗ったところで力尽きそうな自分を励ましながら考えてみる。
そういえば洗濯機って中で回転してるんだっけ? 試しに腕をたらいに突っ込んで回転させてみる。
「冷たっ!」
そろそろ逆回転だと思って腕を止めると、途端に水が跳ねてきた。これはダメそうだ。逆回転しないとシーツは流れるままになるけど、無理にやると水がぶつかり合ってしぶきが上がる。
「良い案だと思ったのにな~。水の動きがもうちょっとコントロールできればよかったのに……」
ここで水魔法の解禁をしちゃおうかとも一瞬考えたのだけど。
「こんなので一々解禁してたらあっという間に全属性だよね」
そう思ってもう一度考え直す。別に贅沢は言わないから、要するに回転と反転が出来て、なおかつ水がこぼれなければいいんだ。こぼれるこぼれる……。
「そうだ!」
私は思いついたことを試してみることにした。魔法ならさっきも火の魔法で水を温められたし、こぼれないようにするもきっとできるはず。
「風よ」
魔法はイメージで使うものだ。私は魔力操作のスキル持ちだから、それを信じて使ってみる。すると、見る間にたらいの中に流れが出来て、シーツも流れていく。それを右に左に流れを変えていく。この時にたらいは風の魔法で押さえつけて水も飛ばないようにした。
「おおっ!これなら何もしなくてもいい!」
調子に乗った私は残り八枚のシーツも魔法で順番に洗っていくのだった。
「何……やってるのアスカさん……」
そろそろ終わりかなと思っていると、裏口のドアが開く。エレンちゃんがシーツの交換を終えてきたようだ。
「何ってお洗濯だよ?」
「あの……アスカさん。手が触れてないよね」
エレンちゃんに言われてはっと気づく。魔法を使ってない振りもせずに「私、使えるしこういうこと得意なんです」と宣伝しているような姿だ。ちなみに洗い終わったシーツは、物干し台があったのでかけて端を挟むと魔法でそよ風を送り続けている。風があると乾きが違うからね。
あと、干していて気づいたけど、裏口から井戸までと物干し台のところは屋根がついている。まあ、雨の日は洗濯しませんってわけにはいかないよね。
「あはは、べ、別に魔法とか使ってないよ。そう!風がね、いい風が吹いてるの」
「……そうだね。アスカさんの手のひらから物干し台のシーツに向かってね」
う~ん、これはごまかせないかな。
「黙っててね」
「もちろん。宿泊者の情報は簡単には売らないよ。でも、どうしてそんなこと始めたの?」
「え~とね、四枚目ぐらいのシーツを洗ってる時に疲れてきたからそれで簡単にできないかと……」
「アスカさん面白いね。そんな理由で魔法使う人は初めて見たよ。うちでもたまにお湯を沸かしてくれる冒険者の人はいるけど、そんな人でもびっくりするよ」
「そうかなぁ。きっと便利になると思うんだけど」
「みんながみんな使えるわけじゃないからね。そういう人は貴族の邸とかで働いちゃうし」
「そうなの?」
「よく知らないけど貴族の人って気が短いんだって。お風呂に入りたいって言ったら、すぐ入れるように火の魔法使ってるらしいよ」
ん~、何となくイメージは沸くなぁ。でも、そのために人を雇うって貴族はお金持ちなんだな。
「でも、きれいに洗えてるね。それに早いし、もうこれでやっちゃえば?」
「やっておいてなんだけど、私って力がないし体力も付けたいからなるべく自分でやりたいの」
「それじゃあ、ちょっとずつだね! 魔力はまだ持ちそう?」
「多分大丈夫だと思うけど……」
「それじゃあ、はいこれ! よろしくお願いしま~す」
「ええっ!? シーツの交換が終わったら一緒にやってくれないの?」
「廊下のお掃除とかやることはまだまだいっぱいあるの! それじゃあ、先に終わったら食堂で休んどいてね」
「……は~い」
力なく返事をした私は回収されたシーツを新たに洗い始めるのであった。
「疲れた~」
あれから追加された三枚のシーツを洗って、今は食堂に戻っている。洗ったといっても魔法なのだけど。そして、終わったところで気付いたのだ。
「たらいとか水とかどうするんだろう?」
中に戻ってみてもエレンちゃんがいないので仕方なく女将さんに言って教えてもらい、それも済んでようやく椅子に座ったところだ。
「お疲れ様、アスカちゃん。これどうぞ」
女将さんが出してくれたのはぶどうジュースのようだ。そういえばこの世界に来てから飲んだことないなぁ。早速、一口飲んでみる。
「ん~、美味しい~」
「そう、よかったわ。ごめんなさい、最初からあの子ったらろくに説明もせずに……」
「いいえ、いつもお母さんが頑張ってたこととかよく分かったし、大丈夫です」
「そうなの? でも、心配でしょう。村にいるのよね?」
「いえ、先日の流行り病で亡くなったので、私は家を売って出てきたんです」
「あら、悪いこと聞いたわね」
「いいえ、気にしないでください」
実際に顔を合わせたこともない人の死で悲しまれるとかえって私が悪く感じてしまう。記憶はあるけど会ったことのない母親か……。それからも女将さんとは色々な話をした。
まだこの世界の知識がない私にとってありがたい。買い物の仕方や露店の注意も受けたし、1人だとだまされちゃうところだった。
「本当に気をつけなさい。アスカちゃんはすぐ騙されちゃうわ」
「そんな風に見えます?」
自分じゃこういうのは分かんないからね。ちゃんと聞いておこう。
「そうね。なんていうか、冒険者って多かれ少なかれ我を通すところがあるから。もちろん依頼を受ける上でそれは必要でしょうけど。そういうこだわりとか、一歩引いた危機感が全くないのよ」
確かにそうかもしれない。私が冒険者をやりたい理由もこの世界を見て回りたいからっていう、まだ漠然としたものだし、今後は気をつけよう。
「さあ、それよりもうすぐ昼の支度をしないとね。メニューを覚えておいてね」
そう言われてメニューを見せられる。そんな簡単に覚えられるかなって思ったけど、大きくは三つしかなかった。
「お昼は冒険者たちも帰ってこないことが多いからAセット、Bセット、Cセットのみよ。Aが肉でBが野菜中心、Cが両方、後は大盛ができるのと横に飲み物と簡単な副菜があるだけだから」
なるほど。裏を見ると他のメニューが載っている。何々、エールとジュース二種とバラ肉の炒め物とポテトか。これぐらいだったらいけそうかな。
「じゃあ、ここで少しメニュー覚えておきます」
「よろしくね。私は奥に行ってるから」
そういうと女将さんと別れてメニューを覚え始めた。