男女、十七歳にして同衾せず。
窓からすぐそこに見える電線で、仲睦まじい2羽の雀がチュンチュンと囀っている。
「……ふわぁ、ぁふ……」
俺は大きく口を開けて、あくびをした。
どうやらもう朝らしい。
「…………?」
微睡みながら目覚める。
そしてすぐに違和感を覚えた。
なんかいつもよりベッドが狭いのだ。
それに加えてやたらと腹部が温かい。
「……なんだ?」
枕から頭を浮かせてあごを引き、視線を下に向けてから掛け布団を眺める。
すると仰向けになった俺のちょうど脇腹の辺りが、人間ひとり分くらいこんもりと盛り上がっていた。
これは何なんだろう?
目覚め切らない頭を捻りつつ、布団を捲る。
すると茉莉がいた。
「…………えっと……」
茉莉はすやすや眠っている。
俺は眠気まなこを擦りながら観察する。
脇腹にくっ付いた茉莉は、まるで猫みたいだ。
丸まくなって、すぅすぅと寝息を立てている。
「……むにゃ、悠くぅん……」
寝言を呟き出した。
もにゃもにゃ言っている。
「……悠くん、好きぃ……。えへへぇ……」
表情を蕩けさせた茉莉は、なんとも幸せそうだ。
だがしばらく観察していると、次第にその顔が赤く染まってきた。
ぎゅっと目を瞑り、きゅっと唇を結ぶ。
やがて口を解いたかと思うと、さっきよりはっきりとした口調でとんでもない寝言をこぼしだす。
「――あっ、だめぇ。悠くんそんなことしちゃダメだよぉ。みんな見てるのにぃ」
いや待て待て!
そんなことってどんなことだよ⁉︎
「あっ、あっ、あっ、……らめぇ……ゆ、くん、らめぇ……!」
頬を上気させてなんか艶っぽい。
というかこれ、喘いでないか⁉︎
なんだかドキドキしてきた。
吐息を吐き出す桃色の唇に、自然と目が引き寄せられる。
「らめぇ……!」
「ま、茉莉、お前⁉︎ どんな夢みてんだよ!」
鼻息が荒くなる。
だがしかし――
「……らめぇん……。らーめぇん……」
「……は?」
ラーメン?
「……悠くん……は、さっきラーメン、食べたでしょー。……私のおうどん返してぇ……」
このやろう……。
純情な男心を弄びやがって!
俺は反射的に指を伸ばした。
茉莉の鼻をぎゅっと摘む。
「――んぎゅ⁉︎」
指先に力をこめた。
「ふぇ⁉︎ は、はにゃが! はにゃがぁ……! 息れきにゃいよ゛ぼぉ……」
驚いた茉莉が目を覚ます。
「……よう、おはよう」
「悠゛ぐん゛⁉︎ おは、じゃにゃくて、おはにゃ! おはにゃはな゛じでぇ! いだいよぼぉ!」
茉莉は俺の指の上から手で鼻を押さえ、ジタバタしている。
その拍子にベッドボードから目覚まし時計が床に落ち、どすんと大きな音が響く。
「はにゃじでっ! ぅ゛ぇぇ! はな゛じでぇ!」
茉莉はもうすっかり涙目だ。
ちょっとやり過ぎたか。
さすがに可哀想になってきた俺は、パッと指を離して彼女を解放してやる。
「――ぷはっ! 痛かった! もう酷いよ、悠くんってば! なんでこんな意地悪するのぉ⁉︎」
「知るか」
「うぇぇん! 悠くん怒ってるー! なんで怒ってるのぉ? わたし、なんにも悪いことしてないのにぃ!」
茉莉がわんわん泣きながら抗議してきた。
形のよい頭で何度も俺の懐に頭突きをし、小さな拳でどんどんと胸板を叩いて抗議してきた。
「わかったわかった。俺が悪かったよ。もう泣きやめ」
「ぅぅぅ」
「それよりお前、なんで俺のベッドにいるんだ」
「……ふぇ?」
泣き止んだ茉莉が小首を傾げる。
「あ、ホントだ。わたし、なんで悠くんのお布団で寝てたの?」
茉莉は不思議そうに人差し指を下唇に当てる。
そのとき――
「お兄ちゃんー。どうしたの?」
バタンとドアが開かれた。
顔を出したのは七奈だ。
「いまなんか、物が落ちたみたいなおっきな音が、下まで響いて……きたん……だけ……ど……」
白の割烹着姿が眩しい。
朝食の準備中だったのだろうか。
現れた七奈は、手におたまを握ったままだ。
「…………え?」
七奈はベッドでじゃれ合う俺たちを見て固まった。
◇
しばらくして、ようやく七奈の金縛りが解けた。
かと思うと、地底から響いてくるようなドスの効いた低音で問いかけてくる。
「……ねぇ、ふたりとも……ベッドで……なにしてたの……?」
俺は茉莉と見つめ合う。
すると茉莉が空気を読まずに照れ出した。
「あっ、悠くん見つめちゃダメだよぉ。いま寝起きの顔たがら、そんなにまじまじ見つめちゃだぁめっ。だって恥ずかしいでしょお?」
「いや、そう言うのいいからっ」
頼むから空気を読んでくれ。
俺は七奈が恐ろしい。
「そ、それよりお前、なんでここで寝てたんだ?」
「んー、わかんない! 昨日の夜中にトイレに行ったから、寝ぼけちゃったのかなぁ? 起きたら悠くんが、わたしのお鼻を摘んでるからびっくりした」
にへらと笑いながら抱きついてくる。
「でもねー? 起きて一番に悠くんのお顔が見られて、わたし嬉しいな。ちょっとお鼻は痛かったけど。えへへ」
茉莉が俺の腹部に顔を埋めた。
そのまま大きく息を吸い込む。
「……すぅぅ、はぁぁ……。ふわぁ、悠くんの匂いだぁ。んふふ、幸せぇ。……悠くん、悠くん、悠くぅん……」
一切遠慮のない甘えっぷりである。
ドアの方から、ブチっとなにかが切れる音が聞こえた気がした。
いや、空耳か?
「……まぁ……つぅ……りぃ……ちゃぁあん……?」
俺は即座に七奈から顔を背けた。
視界の端にチラッと映った我が妹は、般若の顔をしてこめかみをピクピクと震わせていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
着替えて階下におりる。
キッチンのテーブルに座り、七奈の作ってくれた朝食を食べる。
茉莉も一緒にだ。
「いただきまぁす!」
茉莉がたっぷりとジャムを塗ったトーストに、ぱくりと齧り付く。
「はむ、はむ。美味しい! ナナちゃん、朝ごはんありがとねっ」
「つーん」
七奈がそっぽを向いた。
まぁ無理もなかろう。
とは言えそれでもこうしてしっかりご飯を用意してくれる辺り、出来た妹である。
こいつには感謝しかない。
「……ふわぁぁ」
お袋があくびをしながらやってきた。
「……あれ?」
椅子に座ったお袋は、目敏く俺の頭にできた大きなたんこぶを見つけた。
「悠くん、その頭どうしたの? すっごい腫れてるわよ」
「……いや、ちょっとな」
これはさっき七奈に投げられたオタマが当たった跡だ。
だが話すまい。
これ以上七奈に機嫌を悪くされては困るのである。
俺が応えないでいると、お袋は諦めた。
「……変な悠くん。まぁ大事がないなら良いわ。ところでナナちゃん、お母さんにコーヒー淹れてくれる? ってあれ? ナナちゃん機嫌悪い?」
「べ、別に悪くないもん」
「ふぅん、なら良いけど。じゃあいただきます」
お袋も食事を始める。
俺に七奈にお袋。
それに新しく茉莉を加えて全員だ。
ちなみに親父はいつも平日深夜まで働いているせいか、土日は昼前まで起きてこないのである。
◇
テレビから流れてくるバラエティニュース番組の音声をBGMの代わりしながら朝食を続ける。
そうしていると、ふいに茉莉が俺を呼んだ。
「悠くん、悠くん」
「どうした?」
「あのねぇー、実はお願いがあるんだぁ」
「なんだ? 部屋の掃除や荷物の片付けか? それなら後で手伝ってやるけど」
「わっ、いいの? ありがとう! 悠くんやっぱり優しいね! でもお願いは別のことなんだぁ」
「じゃあなんなんだよ?」
「あのね、あのね! ご飯食べ終わったらわたしとデートしよ?」
ようやく落ち着いてきた食卓に、茉莉がまた爆弾をぶっ込んできた。
「デ、デートだぁ⁉︎」
俺は思わず声に出して聞き返す。
「ん、デート! 今日はわたしとデートしよっ!」
ぐぉぉ……!_:(´ཀ`」 ∠):
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