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6/15

男女、十七歳にして同衾せず。

 窓からすぐそこに見える電線で、仲睦まじい2羽の雀がチュンチュンと(さえず)っている。


「……ふわぁ、ぁふ……」


 俺は大きく口を開けて、あくびをした。

 どうやらもう朝らしい。


「…………?」


 微睡みながら目覚める。

 そしてすぐに違和感を覚えた。

 なんかいつもよりベッドが狭いのだ。

 それに加えてやたらと腹部が温かい。


「……なんだ?」


 枕から頭を浮かせてあごを引き、視線を下に向けてから掛け布団を眺める。

 すると仰向けになった俺のちょうど脇腹の辺りが、人間ひとり分くらいこんもりと盛り上がっていた。


 これは何なんだろう?

 目覚め切らない頭を捻りつつ、布団を(まく)る。

 すると茉莉がいた。


「…………えっと……」


 茉莉はすやすや眠っている。

 俺は眠気まなこを擦りながら観察する。

 脇腹にくっ付いた茉莉は、まるで猫みたいだ。

 丸まくなって、すぅすぅと寝息を立てている。


「……むにゃ、悠くぅん……」


 寝言を呟き出した。

 もにゃもにゃ言っている。


「……悠くん、好きぃ……。えへへぇ……」


 表情を(とろ)けさせた茉莉は、なんとも幸せそうだ。

 だがしばらく観察していると、次第にその顔が赤く染まってきた。

 ぎゅっと目を瞑り、きゅっと唇を結ぶ。

 やがて口を解いたかと思うと、さっきよりはっきりとした口調でとんでもない寝言をこぼしだす。


「――あっ、だめぇ。悠くんそんなことしちゃダメだよぉ。みんな見てるのにぃ」


 いや待て待て!

 そんなことってどんなことだよ⁉︎


「あっ、あっ、あっ、……らめぇ……ゆ、くん、らめぇ……!」


 頬を上気させてなんか(つや)っぽい。

 というかこれ、(あえ)いでないか⁉︎


 なんだかドキドキしてきた。

 吐息を吐き出す桃色の唇に、自然と目が引き寄せられる。


「らめぇ……!」

「ま、茉莉、お前⁉︎ どんな夢みてんだよ!」


 鼻息が荒くなる。

 だがしかし――


「……らめぇん……。らーめぇん……」

「……は?」


 ラーメン?


「……悠くん……は、さっきラーメン、食べたでしょー。……私のおうどん返してぇ……」


 このやろう……。

 純情(うぶ)な男心を弄びやがって!

 俺は反射的に指を伸ばした。

 茉莉の鼻をぎゅっと摘む。


「――んぎゅ⁉︎」


 指先に力をこめた。


「ふぇ⁉︎ は、はにゃが! はにゃがぁ……! 息れきにゃいよ゛ぼぉ……」


 驚いた茉莉が目を覚ます。


「……よう、おはよう」

「悠゛ぐん゛⁉︎ おは、じゃにゃくて、おはにゃ! おはにゃはな゛じでぇ! いだいよぼぉ!」


 茉莉は俺の指の上から手で鼻を押さえ、ジタバタしている。

 その拍子にベッドボードから目覚まし時計が床に落ち、どすんと大きな音が響く。


「はにゃじでっ! ぅ゛ぇぇ! はな゛じでぇ!」


 茉莉はもうすっかり涙目だ。

 ちょっとやり過ぎたか。

 さすがに可哀想になってきた俺は、パッと指を離して彼女を解放してやる。


「――ぷはっ! 痛かった! もう酷いよ、悠くんってば! なんでこんな意地悪するのぉ⁉︎」

「知るか」

「うぇぇん! 悠くん怒ってるー! なんで怒ってるのぉ? わたし、なんにも悪いことしてないのにぃ!」


 茉莉がわんわん泣きながら抗議してきた。

 形のよい頭で何度も俺の懐に頭突きをし、小さな拳でどんどんと胸板を叩いて抗議してきた。


「わかったわかった。俺が悪かったよ。もう泣きやめ」

「ぅぅぅ」

「それよりお前、なんで俺のベッドにいるんだ」

「……ふぇ?」


 泣き止んだ茉莉が小首を傾げる。


「あ、ホントだ。わたし、なんで悠くんのお布団で寝てたの?」


 茉莉は不思議そうに人差し指を下唇に当てる。

 そのとき――


「お兄ちゃんー。どうしたの?」


 バタンとドアが開かれた。

 顔を出したのは七奈だ。


「いまなんか、物が落ちたみたいなおっきな音が、下まで響いて……きたん……だけ……ど……」


 白の割烹着姿が眩しい。

 朝食の準備中だったのだろうか。

 現れた七奈は、手におたまを握ったままだ。


「…………え?」


 七奈はベッドでじゃれ合う俺たちを見て固まった。


 ◇


 しばらくして、ようやく七奈の金縛りが解けた。

 かと思うと、地底から響いてくるようなドスの効いた低音で問いかけてくる。


「……ねぇ、ふたりとも……ベッドで……なにしてたの……?」


 俺は茉莉と見つめ合う。

 すると茉莉が空気を読まずに照れ出した。


「あっ、悠くん見つめちゃダメだよぉ。いま寝起きの顔たがら、そんなにまじまじ見つめちゃだぁめっ。だって恥ずかしいでしょお?」

「いや、そう言うのいいからっ」


 頼むから空気を読んでくれ。

 俺は七奈が恐ろしい。


「そ、それよりお前、なんでここで寝てたんだ?」

「んー、わかんない! 昨日の夜中にトイレに行ったから、寝ぼけちゃったのかなぁ? 起きたら悠くんが、わたしのお鼻を摘んでるからびっくりした」


 にへらと笑いながら抱きついてくる。


「でもねー? 起きて一番に悠くんのお顔が見られて、わたし嬉しいな。ちょっとお鼻は痛かったけど。えへへ」


 茉莉が俺の腹部に顔を埋めた。

 そのまま大きく息を吸い込む。


「……すぅぅ、はぁぁ……。ふわぁ、悠くんの匂いだぁ。んふふ、幸せぇ。……悠くん、悠くん、悠くぅん……」


 一切遠慮のない甘えっぷりである。

 ドアの方から、ブチっとなにかが切れる音が聞こえた気がした。

 いや、空耳か?


「……まぁ……つぅ……りぃ……ちゃぁあん……?」


 俺は即座に七奈から顔を背けた。

 視界の端にチラッと映った我が妹は、般若の顔をしてこめかみをピクピクと震わせていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 着替えて階下におりる。

 キッチンのテーブルに座り、七奈の作ってくれた朝食を食べる。

 茉莉も一緒にだ。


「いただきまぁす!」


 茉莉がたっぷりとジャムを塗ったトーストに、ぱくりと齧り付く。


「はむ、はむ。美味しい! ナナちゃん、朝ごはんありがとねっ」

「つーん」


 七奈がそっぽを向いた。

 まぁ無理もなかろう。


 とは言えそれでもこうしてしっかりご飯を用意してくれる辺り、出来た妹である。

 こいつには感謝しかない。


「……ふわぁぁ」


 お袋があくびをしながらやってきた。


「……あれ?」


 椅子に座ったお袋は、目敏く俺の頭にできた大きなたんこぶを見つけた。


「悠くん、その頭どうしたの? すっごい腫れてるわよ」

「……いや、ちょっとな」


 これはさっき七奈に投げられたオタマが当たった跡だ。

 だが話すまい。

 これ以上七奈に機嫌を悪くされては困るのである。

 俺が応えないでいると、お袋は諦めた。


「……変な悠くん。まぁ大事がないなら良いわ。ところでナナちゃん、お母さんにコーヒー淹れてくれる? ってあれ? ナナちゃん機嫌悪い?」

「べ、別に悪くないもん」

「ふぅん、なら良いけど。じゃあいただきます」


 お袋も食事を始める。

 俺に七奈にお袋。

 それに新しく茉莉を加えて全員だ。

 ちなみに親父はいつも平日深夜まで働いているせいか、土日は昼前まで起きてこないのである。


 ◇


 テレビから流れてくるバラエティニュース番組の音声をBGMの代わりしながら朝食を続ける。


 そうしていると、ふいに茉莉が俺を呼んだ。


「悠くん、悠くん」

「どうした?」

「あのねぇー、実はお願いがあるんだぁ」

「なんだ? 部屋の掃除や荷物の片付けか? それなら後で手伝ってやるけど」

「わっ、いいの? ありがとう! 悠くんやっぱり優しいね! でもお願いは別のことなんだぁ」

「じゃあなんなんだよ?」

「あのね、あのね! ご飯食べ終わったらわたしとデートしよ?」


 ようやく落ち着いてきた食卓に、茉莉がまた爆弾をぶっ込んできた。


「デ、デートだぁ⁉︎」


 俺は思わず声に出して聞き返す。


「ん、デート! 今日はわたしとデートしよっ!」


ぐぉぉ……!_:(´ཀ`」 ∠):


ブクマと、評価を、……ぜひ……

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