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学生の本分は学業にあります。

 今日も1日の授業が終わり、放課後前のホームルーム。

 担任の能登繭子教諭(三十路独身)が教壇に立って、着席した生徒たちを見回している。


「お前ら、わかってるなー? 週明けから期末テストだぞ」


 そうなのである。

 うちの学校では3月上旬から期末考査が始まる。

 それが終わればホワイトデー、そしてすぐに春休みとスケジュールが流れていくのだ。


「いいか? 後悔したくなければ明日明後日の土曜日曜は、遊び呆けずにちゃんと勉強しておけよぉ? 赤点取ったやつは春休み返上で補習だからなー」


 教室のそこかしこから「うげぇ」と声があがる。


「補習ってマジかよぉ。勘弁してくれ……」


 俺も御多分に漏れず不平を呟いてから、辟易とした顔で机に突っ伏した。


「じゃあ解散。真っ直ぐ家に帰れよー」


 能登先生が教室を出て行く。

 けれども俺は突っ伏したままだ。

 隣の席から茉莉が様子を伺ってきた。


「悠くんどうしたの? すっごい嫌そうな顔してる」

「お前、いまの能登センの話聞いてなかったのか? 赤点取ったら補習だぞ? 休み返上だぞ? うぼぁぁ……」


 斜向かいの席から、わこのため息が聞こえてきた。


「……はぁぁ……補習かぁ……」


 そういえばわこも俺と同じく、下から数えた方がはやい順位の成績だった。

 こいつと一緒に夏休みを補習授業で潰した苦い思い出が蘇る。


「……なぁ、美哉男ぉ」


 俺は藁にも縋る想いで、前の席に呼びかけた。

 美哉男が嫌そうな顔で振り向く。


「なんだよ、悠介?」

「頼む。助けてくれ。また勉強を教えてくれぇ……」

「断る」


 きっぱりと言い切ってから、美哉男がカバンを掴んで立ち上がった。

 そのまま教室を出ようとする。

 俺はその背中に追い縋った。


「なんでだよ! 薄情なやつだな!」

「ええい離せ! 俺も今回はギリギリなんだっての! だから他人の面倒まで見てる余裕なんかねぇの!」


 掴んでいた制服を振り解かれる。


「……俺は帰って勉強する。じゃあな」


 俺を見捨てた美哉男は、そのままスタスタと歩いて帰宅してしまった。


 ◇


 頼みの綱だった美哉男にまで見放されるとは……。

 これはもう、春休み返上まっしぐらである。

 俺は絶望した。

 だがしかし意外な所から、救いの手が伸ばされた。


「悠くん、悠くん。もしかして勉強苦手なの? だったらわたしが教えてあげよっか?」

「は? なに言ってんだお前」


 俺はつい素で返してしまった。


「……え? なにって、わたしが勉強みてあげようかなって思ったんだけど……」

「――はぁぁ⁉︎ お前がぁ⁉︎ いやないない。ないって! だってお前、茉莉だぞ? アホの茉莉」

「ふぁ⁉︎ ア、アホ⁉︎」


 おっとしまった。

 本音が漏れた。

 茉莉が顔を赤くする。


「ひ、酷いよぉ⁉︎ アホの茉莉⁉︎ ぶぅ! わたしのことそんな風に思ってたなんて、悠くん酷いぃ! わたしアホなんかじゃないよぉ!」


 失礼な物言いに茉莉はお冠だ。

 ぷくっと頬を膨らませて、俺の二の腕をぽかぽか叩いてくる。


「謝って、謝ってぇ!」

「わかったわかった! 俺が悪かったって。いくら本当のことだからって言っていい事と悪いことがあるもんな」

「もうっ、まだ悠くんがわたしのことアホの子扱いするー!」


 俺たちはいつもみたいに戯れ合う。

 かと思うと、わこが割り込んできた。


「ま、待って三枝くん!」

「ん? どうした?」

「そ、そういえばあたし、聞いたことがあるわ……」

「なにをだよ?」

 

 信じられないという表情で茉莉を眺めたわこが、今度は神妙な顔をして語り始める。


「……えっとね。うちの学校って普通に入学試験を受けて入るより、途中で編入試験を受けて編入してくる方が、百倍難しいって。だから、茉莉は本当に――」

「え? マジ? ということは――」


 俺は膨れっ面の茉莉をマジマジと眺めた。

 こいつはつい最近、うちのクラスに転校してきたのだ。

 つまり難関らしい我が校の編入試験を突破してきたと言うことだ。


「え? も、もしかして、お前ってかしこいの?」

「ぶぅー、なにそれぇ⁉︎ わたし勉強できるもん! 編入試験だって満点だったもん!」

「ま、満点⁉︎」


 こいつマジモンの天才じゃねぇか⁉︎


「悠くんが困ってそうだから、せっかく勉強を教えてあげようと思ったのに……。もう知らないっ」


 茉莉がヘソを曲げてしまった。

 そっぽを向く。


「あ、あわわ……。これはまずい!」


 俺は慌てた。

 いま俺は、天才から試験勉強を教わる千載一遇のチャンスを逃そうとしている!


「ま、まずいわ、三枝くん! はやく茉莉の機嫌を取って! これ以上、拗らせないうちに!」

「お、おう」


 というかわこのヤツ、いつの間にか自分も一緒に勉強を教わるつもりでいやがるのか。

 まったく、抜け目のないことだ。

 だが今はそれをとやかく言うときではない。

 俺は促されるまま、背中を向けてしまった茉莉に声を掛ける。


「……あ、あはは……。な、なぁ茉莉ぃ? 茉莉さぁん?」

「ぷんぷんっ!」

「――ぶふぉ⁉︎」


 俺は吹いた。

 なんだよそれ⁉︎

 つか『ぷんぷん』とか声に出して怒るヤツなんて初めて見たぞ!

 やっぱりこいつアホなんじゃ……。

 俺は口に出掛かった突っ込みを、すんでの所で飲み込む。


「あ、あはは、茉莉さぁん? ご、ごめんな? 謝るよ」

「許さないもん!」


 すっかり機嫌を損ねてしまっている。

 茉莉のくせに生意気な。

 とはいえ、実際これは困った。

 どうしたものか。


「……あっ、そうだ」


 俺は良いものがあったことを思い出した。

 財布から紙切れを取り出し、茉莉に差し出す。


「なぁ、茉莉? これやるよ。だからそろそろ機嫌なおせって。……な?」

「わたし、そんな風に物で釣られたりしないもん!」

「そう言わずに、な? ほらこれ見てみろよ」


 茉莉がチラリとだけこちらを見た。

 俺は説得を続ける。


「ほぉら、学食のチケットだぞぉ? これがあれば、お前の大好きなうどんが、なんと3回も食べられるんだぜ?」

「――お、おうどん⁉︎」


 背を向けて拗ねていた茉莉が、勢いよく全身で振り向いた。

 俺が差し出した学食チケットを、ガシッと両手で包むように掴んでくる。


「お、おうどんのチケット、くれるの⁉︎」

「あ、ああ」


 俺は茉莉の豹変に驚いた。

 というか食いつき過ぎだろ。


「ふわぁ……! 悠くん優しい……。おうどんのチケットをくれるなんて、優しいよぉ! ホ、ホントにいいの? 今更やっぱりダメなんて言わないよね⁉︎」

「ああ、もちろんだ。だがこのチケットをやるには条件がある!」

「条件?」

「なぁに簡単なことだ。俺に土日でみっちりと試験勉強を教えろ。そうすればこのチケットはくれてやる!」

「そ、そんな簡単なことでいいの⁉︎」


 茉莉がひまわりが咲いたみたいな笑顔で、パァッと笑った。

 釣られて俺も悪い笑みを浮かべる。


「教える! もちろんだよぉ! えへへ、悠くんありがとぉ」

「くくく、なぁに気にするな。勉強のほうはよろしく頼むぞ?」

「うん! 悠くんだぁい好き!」


 すっかり機嫌の良くなった彼女の様子に、俺はチョロいもんだと内心ほくそ笑む。


「……あはは。心配して損したわ。茉莉ってば、なんて安い子なの……」


 背後からわこの呆れた声が聞こえていた。

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