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おうどんって、きっと万能調味料。

 キッチンに茉莉が立っている。

 レシピを書き留めた用紙と、まな板に乗せた食材とを何度も交互に眺ながら、料理を作ってる。


「なぁ、なんか手伝おうかー?」


 俺はリビングから彼女の後ろ姿に声をかけた。

 すぐに返事がやってくる。


「大丈夫だよ、レシピもあるし。悠くんはソファに座って、お料理が出来上がるの待ってて」


 余計な手助けは逆に邪魔になるのかもしれない。

 少々手持ち無沙汰ではあるが、言われた通り待つことにする。


 ところで今晩は平日なのだけれど、七奈は友だちと遠出して遊びに行くだかで帰りが遅い。

 共働きの親父やお袋も、いつも通り夕飯の時間には帰ってこれないから、家には茉莉とふたりきりだ。

 だから彼女がこうして料理を勝って出てくれているのである。


 ぼうっと茉莉の背中を眺めた。

 七奈譲りの白の割烹着が似合っている。

 俺はなんの気なしに、料理をする背中に話しかける。


「なぁ茉莉。そういえばそのレシピ、ナナが書いたやつなんだって?」

「そだよぉ」

「ふぅん。よくあいつが書いてくれたなぁ」


 俺は茉莉と七奈のやり取りを思い返す。

 ふたりはお世辞にも仲が良いようには見えない。

 というか七奈のやつが、一方的に茉莉のことを敵視している感じだ。


「あー、なんだ。茉莉。いつもナナが迷惑掛けて

 なんか悪りぃな」


 茉莉が料理の手を止めずに応える、


「……迷惑? 迷惑って、なにがぁ?」

「あいつ、お前にだけ妙に当たりがキツいだろ? 普段は出来た良い妹なんだけどさ」

「なんだ、そんなこと?」

「いやそんなことって……。お前は気にしてないのか?」


 茉莉がくるりと振り返った。

 白の頭巾でまとめた髪。

 その下に咲いた笑顔が眩しい。


「おかしな悠くんだね。気にするもなにも、わたしはナナちゃんのこと大好きだよ? それに昔からあんな感じだったじゃない」


 茉莉はくすくすと思い出し笑いをする。


「うふふ。わたしが悠くんと遊んでるとね? ナナちゃん『お兄ちゃんを独り占めしちゃダメー!』って割って入ってきて」

「……あー、そうだったっけ?」

「そうだよぉ。覚えてないの? だからわたし、久しぶりに会ったナナちゃんが、あの頃となんにも変わってなくてホッとしたんだぁ。なんだか懐かしくて……。それにね、悠くんに関して以外のことだとナナちゃんわたしにもすっごい優しいんだよ? お部屋の掃除とか整頓なんかも一緒にしてくれたんだぁ」


 ほぅ。

 そうだったのか。

 それは知らなかった。

 さすがは自慢の我が妹である。


 俺はホッとした。

 実はふたりの仲のことを実は少し気にしていたのだ。


 七奈は俺の可愛い妹だ。

 ちょっと風変わりなところはあるけれども、共働きの両親の代わりにいつも頑張ってくれていて、あいつには感謝しかない。

 だから俺は、茉莉に七奈を嫌って欲しくなかった。


「……お前って、いいやつだよなぁ」


 茉莉を眺めながら呟く。

 これで胸の支えがまたひとつ無くなった。


「うふふ。なにそれぇ?」


 茉莉はいつもみたいに楽しそうかな微笑んでから、料理に向き直った。


 ◇


 茉莉がトレイに器をふたつ乗せてやってきた。


「お待たせ、悠くん! お料理出来たよぉ。じゃじゃーん! 『肉じゃがうどん』です!」


 肉じゃが……うどん?

 俺は首を捻った。

 レシピは七奈によるものの筈だが、これまであいつがそんな珍妙な料理を作った試しはない。


「はぁ? 肉じゃがうどんって、お前ちょっとレシピを見せてみろ」


 俺はテーブルに乗り出して、隅に置かれていたレシピを手に取る。

 文字を目でなぞった。

 けれどもそこには、七奈の可愛らしい字で普通の肉じゃがレシピが書かれているだけだ。


 俺は今度は肉じゃがうどんに顔を向け、改めてじっくり眺める。

 太麺うどんに、普通の肉じゃがが守られている。

 肉じゃがは牛コマとじゃがいも、人参、さやえんどうを煮込んだいつも七奈が作ってくれるやつである。


「えへへ、アレンジしてみました!」


 ……やはりか。

 俺は思わず呟く。


「……不安だ……」

「えええ⁉︎ だ、大丈夫だよぉ! おうどんはなんにでも合うんだから、きっと美味しいに違いないよ! ささ、食べて食べてー」


 まぁ、せっかく作ってくれたものに文句をつけていても仕方がない。

 俺は黙って箸と丼を持ちあげた。


「いただきます」

「うん! 召し上がれっ」


 ずるるっと、勢いよくうどんを啜った。


「……ほぉ。これはなかなか……」


 太麺に絡みついた甘辛いタレが、舌を刺激してきた。

 麺を咀嚼して飲み込んだ俺は、今度はごろごろとしたおじゃがを頬張る。

 するとほくほくに煮込まれたじゃがいもが、途端に口の中でほろほろと崩れていく。


 牛コマを口に放りんで奥歯で噛み締めると、満足のいく肉の食感と一緒に溶け出したあつあつの牛脂の旨みが、口いっぱいに広がった。


「…………美味……い」


 ぽつりと漏らすと、茉莉がパァッと笑顔を咲かせた。


「ほんと⁉︎ わぁ、やったぁ!」

「いや、これホント美味いって! 肉じゃがとうどんがこんなに合うなんてなぁ。知らなかったぜ。やるじゃないか茉莉!」

「えへへ、ぶいぶい!」


 茉莉が両手でピースサインをしてはしゃいでいる。

 笑顔と一緒に綺麗な髪が揺れて――

 なんというか、可愛い。


「悠くんが喜んでくれて良かったぁ。まぁ大部分は、ナナちゃんのレシピのおかげなんだけど。ナナちゃんには感謝だね!」

「そんな謙遜するなって。実際に作ったのはお前だ」


 それだけ伝えると、俺は器を持ち上げなおし、肉じゃがうどんをがっついて食べた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 食後、俺は茉莉と並んでキッチンに立ち洗い物をしていた。

 茉莉は後片付けも自分がすると言ってくれたのだけど、俺が無理やり押し通した形だ。


「ふんふんふぅ〜ん。はい、悠くん。次はこのコップをお願いねぇ」

「おう」


 ガラスコップを受け取り、乾いた布で拭いてから水気を取り棚に収納していく。


「はい、次はお皿ぁ」

「ん」

「じゃあ、次はお鍋ぇ」

「ん」


 どんどん片付けていく。

 ふいに茉莉が呟いた。


「悠くん、悠くん」

「ん?」

「なんだかね? なんだかこうしてると、わたしたち新婚さんみたいだねぇ」


 一緒ドキッとする。

 というのも、実は俺もさっきからそんなことを考えていたからだ。


「……ん。……ま、まぁ、そうかもなぁ」


 俺は正直に応えた。

 茉莉が嬉しそうに、ふにゃりと微笑む。


「だよねぇ。わたしいまとっても幸せなんだぁ」


 茉莉が洗い物の手を止めて引っ付いてきた。

 そのまま俺の肩に。こてんと頭を預けてくる。


「えへへ、わたしの旦那さまぁ」


 茉莉はすっかり新婚さん気分を楽しんでいる。

 俺は今度はなにも応えず、ただ穏やかに流れていく時間だけを堪能していた。

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