落ち着くところに落ち着く感じ。
ネズミーランドにやってきた。
「うわぁ! ここがネズミーなんだ。……あっ、あそこにいるのって、もしかしてミッキィネズミ⁉︎ すごいすごい!」
駆け出した茉莉が着ぐるみのネズミに抱きつく。
「ギャハハッ、僕ミッキィ! 地獄ノランドヘヨウコソ! ギャハハッ」
「きゃー! 喋った! 可愛いっ!」
いやそれ可愛いか?
俺は内心ツッコミを入れる。
だってネズミだぞそれ。
声も嫌に甲高くて、俺にはむしろ不気味に思える。
「にゅふふ。堪能したぁ」
茉莉が着ぐるみから離れた。
「じゃあね、ミッキィ」
「ギャハハッ、ランドヲ楽シンデキテ氏ネ! ギャハハッ」
俺のもとまで戻ってきた茉莉、満足気にホクホクの笑みを浮かべながら話す。
「あぁ、可愛いかったぁ。わたし、子供の頃からずっとミッキィとハグするの憧れてたんたぁ。また夢が叶っちゃった!」
俺は気になって尋ねる。
「夢が叶ったって、他にはどんな夢を叶えたんだ?」
「えっとね、悠くんと一緒に高校に通うことでしょ? 悠くんと一緒にデートすることでしょ? それからそれから――」
茉莉が俺と一緒にあれをしたこれをしたと、ささいな夢をひとつずく指折り上げてた。
「夢って、お前そんな小さなことでいいのか?」
「いいんだよぉ。わたしがそれでいいと思ってるんだから」
「そういうもんかねぇ。というか、なんかもっと大きな夢はないわけ?」
問いかけると茉莉は間髪いれずに応える。
「もちろんあるよ! まだ叶えてない、おっきなおっきな夢!」
「ほう、それは?」
「悠くんのお嫁さんになること!」
少しの照れもなく言い切った茉莉、俺は面食らう。
「そ、そうか」
「うん、そう! じゃあそろそろ行こっか。美哉男くんとわこちゃんが待ってるよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
午前は激しめのアトラクションを中心に、園内を遊んで回った。
ジェットコースターや高所からの落下型アトラクションを楽しんだ俺たちは、少し疲労を感じていまは休憩中だ。
午後からはすこしのんびりとしたアトラクションを回る予定である。
俺としてはアラブの冒険家やどこぞの海賊をモチーフにした、ボートライドでゆっくりとストーリーを楽しむ形のアトラクションなんかが好きなのだが――
「ふぅ、疲れた。よっこいしょ……」
ベンチに腰を下ろし、背もたれに身体を預ける。
「なぁに、三枝くん。おじいさんみたい」
「お、おう。わこか」
並んでベンチに腰掛ける。
ちなみにじゃんけんで負けた茉莉と美哉男は、いま買い出しに行っていてここには居ない。
俺とわこの二人きりだ。
そういえば今日の企画って、たしか余計な気を回した美哉男のやつが、ぎくしゃくしている俺とわこの間を取りもとうしたのが発端だったっけ。
気まずい気持ちで沈黙していると、わこが話し出した。
「……ね、三枝くん。茉莉、可愛いね」
「ん、あ、ああ。そうだな」
「あの子、昔はあんな感じゃなかったんだって?」
「いや性格はずっとあんなもんだったぞ。ただ、見た目がな、もの凄く変わった」
「へぇ、そうなんだ?」
今日だってすれ違う来園者の視線が、何度も茉莉に集まっていたくらいだ。
それにわこだって美人だから、きっと俺と美哉男が一緒にいなければナンパされまくりだったに違いない。
わこがぽつりぽつりと続きを話す。
「なんだかね。あの子が来てから、あたしたちの生活があの子を中心に回ってる気がする。でもね、不思議と嫌じゃないの。茉莉ってなんだか不思議な子よね」
「……そうだな」
そうかも知れない。
なんだかんだで、俺もいつもあいつのことを考えてしまっている。
「…………ん、と」
「……え、えっと」
話が途切れ、俺たちなんとなく押し黙った。
そのまま数十秒の時間が流れる。
居心地の悪さを感じて、口を開こうとするも、言葉が出てこない。
……気まずい。
沈黙を破ったのは、わこのほうだった。
「ね、三枝くん。三枝くんは、茉莉のことが好きなの?」
どうなんだろう。
俺は改めて考えてみた。
というか茉莉は茉莉だ。
再会して間もないのに、もうすでに傍にあいつがいることが自然になっている。
好きには違いないけど、でも果たして俺に、茉莉に対する恋愛感情はあるのだろうか?
自問自答しても答えは出ない。
「……わからん」
正直に告げてみた。
緊張していた風なわこが、肩の力を抜く。
「そっかぁ、三枝くん、自分じゃ気付いてないんだね。ならあたしにも、まだチャンスはあるのかなぁ……?」
呟くように言葉を漏らしたわこが、ずっと遠くを眺めていた視線を俺に向けてきた。
そして殊更明るい声色で話を続ける。
「茉莉はほんと可愛いと思う。天真爛漫で、笑顔が可愛くてで、悪意なんてカケラも持ってないような、素敵な女の子。……でもね。でも、あたしだって負けないから!」
俺は黙ってわこの話に耳を傾ける。
「告白のこと、すぐに返事が欲しいとかじゃないんだ。ただちゃんと意思表示しておきたかっただけと言うか……。だから三枝くん。そんなに身構えないでくれると嬉しい」
俺はまたいつの間にか硬くなっていたようだ。
指摘されてそれに気づいた俺は、意識して身体の力を抜く。
「ね、前みたいに気楽に接して欲しいな。ダメ?」
「……ダメじゃない」
「そっか、良かったぁ」
わこがベンチにもたれながら、へにゃりと微笑んだ。
その弛緩した笑みに、心の支えが解けていく。
まったく、俺たちはなにをぎくしゃくしていたんだろうか。
またいつもみたいに接しよう。
「……ん、そうだな。よくよく考えると、柴犬相手に緊張も何もないもんだ」
「あ、なにそれ酷い! 柴犬言うな!」
こうして俺たちは軽口を叩き合い、元の関係に立ち直った。
◇
買い出しに行っていた美哉男と茉莉が戻ってきた。
「お待たせぇ」
「いやぁ屋体のくせにすげぇ行列だったぜ。悠介、ほらよ」
美哉男が差し出してきたチキンレッグを受け取る。
するとわこが横から割り込んできた。
「うわっ、それ美味しそうじゃない。ね、三枝くん、あたしにひと口ちょうだいよ」
「はぁ? お前にはチュロスがあるだろ。茉莉、こいつにチュロスをやってくれ」
「はぁい。わこちゃん、シナモン味とキャラメル味、どっちがいいかな?」
「うーん、迷うなぁ」
「わたしはね、わたしはね! 半分こがいいと思うんだぁ」
「それだ! いいこと言うじゃない茉莉。やるわね」
「えへへ、褒めて褒めてぇ」
女子たちが和気藹々と戯れ合う様子を眺める。
すると美哉男がいつもみたいにニヤニヤした顔を向けてきた。
「おう悠介。わことはうまく仲直りしたみたいだな」
「……別に、元から仲違いしてた訳じゃねぇし」
「ははは。そうだな。ま、とにかくみんなでネズミーまで来たかいはあったわ」
美哉男に思い通りにされたみたいで、俺はなんとなく素直になれない。
だから素っ気ない態度で、そっぽを向きながら呟いた。
「……悪りぃな」
「なぁに、気にすんな。いいってことよ」
俺は内心、今日という日をセッティングしてくれた美哉男に感謝した。