そう、みんなハーレム主人公になりたかったんだ。
突然だが、みんなで遊びに行くことになった。
みんなというのは俺、美哉男、茉莉、わこの4人。
まぁいつものメンバーだ。
そして行き先は千葉ネズミーランド。
今日の発案者は美哉男である。
なんでも、あのヤックからどうにもぎくしゃくしてしまっている俺とわこの関係を心配してのことらしい。
俺もわこのことはどうにかしなきゃと思っていたから、美哉男の発案にありがたく乗ることにしたのである。
◇
2階から茉莉が玄関まで降りてくる。
「悠くん、お待たせぇ」
「おう。んじゃ出かけるか」
みんなとの待ち合わせは駅前10時。
まだ少し時間に余裕はあるけど、遅れるよりは早めに着いた方がいいだろう。
俺が茉莉を連れて家を出ようとしたところで、廊下の奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん待ってー! 私も行くぅ!」
七奈だ。
すでに出掛ける準備を済ませた可愛い妹が、俺たちのいる玄関に向かってくる。
しかし、すかさずお袋のブロックが入った。
「待ちなさいナナちゃん! 行かせないわよ!」
「もうっ、またなのぉ⁉︎」
お袋が廊下を通せんぼする。
「なんで邪魔するのぉ? お母さんそこをどいて! 私もお兄ちゃんと遊びに行きたいー!」
「退きません! ナナちゃんはお留守番よ!」
「くっ、かくなる上は……」
七奈がブロックを躱そうとフェイントを仕掛けた。
だがお袋には通じない。
逆に襟首を握られ、完全に捕まってしまった。
「ぐぇっ⁉︎ く、苦しいよぉ。離じで……!」
「大人しくお留守番する?」
「しないもん!」
「じゃあダメ。離しませーん」
いつか見た光景だ。
それがまた目の前で繰り広げられている。
七奈が地団駄を踏み出した。
「……ずるい! お母さんってば、どうして茉莉ちゃんばっかり贔屓するの? ずるいよ! ずるい、ずるいっ!」
「こらっ! ナナちゃんはもう中学三年生でしょう? そんな子供みたいにわがまま言わないの!」
お袋がはぁとため息を吐く。
「ナナちゃん、お願いよ。しばらく悠くんのことは茉莉ちゃんに譲ってあげなさい。だってナナちゃんにはこれから幾らでも時間があるでしょう?」
「やだ、やだぁ! そんなの茉莉ちゃんにだって時間くらいあるじゃない!」
「そ、それは――」
お袋が言葉に詰まった。
咳払いをして誤魔化す。
「こほん! んっ、んん! と、とにかくナナちゃんはお留守番です! ほら、悠くん。はやく茉莉ちゃんを連れて出掛けなさいな。あ、夕飯の時間には帰るのよ?」
「あ、ああ。じゃあ行ってくる」
あっけに取られていた俺が返事をすると、隣で茉莉が七奈に向けて申し訳なさそうに手を合わせた。
「ナナちゃんごめんねっ。しばらく悠くんのことわたしに貸してね。……きっと、そんなに長くはないと思うから」
普段と違う茉莉の様子に、七奈が神妙な顔をする。
しかし茉莉はすぐにいつもの笑顔に戻って、えへへと笑った。
「それじゃあ、ナナちゃん、おばさん、行ってきます! あ、お土産ちゃんと買ってくるからねー!」
こうして俺たちは、忙しなく家をでた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
待ち合わせ場所に着いた。
どうやらまだ美哉男とわこは来ていないようだ。
日曜午前の駅前には、私服姿の学生たちの姿がちらほら見えた。
俺は茉莉と並んで人の流れを眺める。
「……はぁぁ、寒いねぇ」
茉莉がかじかんだ手に息を吹きかけた。
2月もそろそろ終わりに差し掛かってはいるものの、朝はまだ底冷えのする寒さで、春は遠い。
「……うう、さむさむ……」
俺の隣で茉莉がぶるっと身体を震わせた。
「あっ、そうだ」
かと思うと、ぎゅっと抱きついてくる。
「お、おい茉莉」
「こうすればいいんだ。……えへへ。悠くんはあったかいねぇ。ぬくぬくぅ」
「……ったく」
茉莉の幸せそうな笑顔を見ていると、文句を言う気も失せてくる。
ちょっと周囲の通行人の視線が気になりはするけど、こいつのことは好きにさせておこう。
◇
しばらく待っていると美哉男がやってきた。
「すまん、待たせたか?」
「美哉男くんおはよー! 大丈夫、時間通りだよ」
「よう美哉男。あとはわこだが――」
言葉の途中でわこの姿を見つけた。
すこしぎこちない足取りで、赤くした顔を俺からそらしながらこちらに歩いてくる。
「お、おはよう、三枝くん」
斜め下を向いたまま、ぶっきらぼうに挨拶してきた。
いつものブレザーとは違うわこの私服姿に、俺は少し胸が高鳴る。
「おはよう、わこちゃん!」
「……ん、茉莉もおはよう。あとついでに根古宮も」
「おう、はよー。って、また俺はついでかよ⁉︎ それよりなんだ柴犬? ずいぶん気合い入れてお洒落してきてんじゃねぇか」
「う、うっさい! バカ根古宮は黙ってなさいよ!」
「えへへ。ふたりとも仲良いねぇ」
わこと美哉男の漫才に、茉莉が屈託なく笑った。
すかさず突っ込みが入る。
「良くないわよ!」
「ああそうだぞ茉莉ちゃん。俺らのはただの腐れ縁」
「そうかなぁ?」
そろそろ電車の時間だ。
俺は雑談をかわすみんなを促すことにした。
「じゃあ全員揃ったし、行くか」
「うんっ!」
茉莉が歩き出した俺の左腕に自分の腕を回し、寄り添うみたいに身体を寄せてきた。
「お、おいこら茉莉。歩きにくいだろ? 離せ」
「やぁだよ。だってこうすると、あったかいんだもん! あ、そうだ。わたし良いこと思いついちゃった」
「良いことだぁ?」
どうせろくでもないことに違いない。
言葉の続きを待っていると、やはり茉莉は突拍子もないことを言い出した。
「ねぇ、わこちゃん! 反対側が空いてるよ!」
茉莉が俺の右側を指し示す。
わこがギョッとした。
構わず茉莉は続ける。
「きっとみんなでくっ付けば、もっと温かいよ? ほら、わこちゃん。遠慮せずに、ささっ!」
「お、おい茉莉! 『ささっ』じゃないって! そんなこと言ったらわこが困るだろ。――って⁉︎」
わこが無言で腕を組んできた。
右腕から伝わってくる温もりに、俺は驚く。
けれどもわこのその顔は耳まで真っ赤で、いっぱいいっぱいなのが分かる。
「わ、わこっ! なんでお前まで⁉︎」
「なに? 茉莉は良くて、あ、あたしはダメなの?」
「そ、そんなことないけど……!」
「な、なら良いじゃない。ほら、行くわよ」
俺はテンパった。
なんだこの、いきなり両手に花は⁉︎
「くくく。ひゅー! お熱いねお前ら!」
美哉男だけ無責任にこの状況を楽しんでいた。