ふたりの女子は話し合う。
今日も今日とて、茉莉と一緒に登校する。
席につくと、わこも登校してきた。
俺の斜め前の席の彼女は、机にかばんを置いていつもと変わらない様子で挨拶をしてきた。
「おはよー、三枝くん」
「あ、ああ。おはよう」
「林さんもおはよう。ついでに根古宮も」
「うん、おはよー!」
「おう……って、なんで俺だけついでなんだよ!」
いつもと変わらぬ朝の風景だ。
というかもしかして身構えていたのは俺だけなのだろうか?
昨日ヤックで告白というか何というかそのようなものを受けたばかりだから、俺はこうして今日、わこと顔を合わせることに対してちょっと緊張していたのである。
席に座ったわこを斜め後ろから眺める。
軽くウェーブの掛かった明るい色の髪。
身長は女子の平均より少し高くて、同年代の女子に比べて少し大人びた印象を受ける。
ここからでは横顔しか見えないが、こいつもこいつでかなり容姿が整っていることには違いない。
茉莉が可愛い系なら、わこは綺麗系だ。
たしか学年の男子にも結構人気があるとか、小耳に挟んだ記憶もある。
(俺を、1年の頃からずっと好きだった、か……)
わこはどんなつもりであんなことを言ったのだろうか。
いま、彼女がどんな表情をしているのかは、斜め後ろの席からでは窺えない。
ぼんやり背中を眺めていると、わこの隣りの席から美哉男が彼女の顔を覗き込んだ。
「うひひ。おい柴犬」
「…………なによ?」
「顔が真っ赤だぜ? あと気付いてたか? お前、教室に入ってきたとき、手と足が一緒に前に出てたぞ? ひひっ、なにテンパってんだよ」
美哉男がわこを揶揄う。
隠すみたいに顔を背けていたわこが、美哉男のほうを向いた。
それで俺にもようやく彼女の顔が見えた。
たしかに真っ赤だ。
「う、うっさいバカ根古宮! 話しかけんな!」
俺はわこも俺と同じように緊張していることがわかって、少しホッとした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昼休み到来のチャイムが鳴り響く。
「な、なあ、美哉男! 今日はふたりで飯を食わないか?」
「ん? 別に構わんけど、……ははぁ、さては悠介。
お前、わこと話すのが気まずいんだろ?」
「うっ」
美哉男のくせに鋭い。
こいつの指摘通り、俺はまだわことどんな顔して話をすれば良いのかよく分からないのだ。
昨日の今日だしな。
わこは特に口を挟まずに、窓の外をみている。
「べ、別にそんなことねーし! ほら、さっさと行くぞ」
「あ、悠くん。わたしも……」
「悪りぃ。今日はこいつとふたりで食うから。ほら、美哉男っ」
「へいへい」
美哉男が昼めしの入ったコンビニレジ袋を手に席を立つ。
「じゃあそういう訳だから」
俺たちは男子ふたり連れだって教室を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そそくさと教室をあとにした男子たちが、屋上で昼食を摂ることにしたその頃、一方で取り残された茉莉は、ひとり学食に足を運んでいた。
「うどんっ、うどんっ」
トレイを持って空いている席を探す。
すると視線の先に、わこを見つけた。
茉莉は近寄って声を掛ける。
「あ、わこちゃーん! わこちゃんも食堂にしたんだ? まったく悠くんってば薄情だよねぇ。お昼ごはんくらい一緒に食べてくれたっていいのにぃ」
ぶぅと頬を膨らませる。
「……林さん。なにか用?」
「用事というかわこちゃんとご飯食べたいなって。あ、わたしのことは茉莉でいいよぉ。ね、ここ座っていい?」
言うや否や、茉莉は返事も聞かずわこに並んで座る。
「えへへ、今日はきつねうどんにしました! じゃじゃーん! おあげが大きくて、美味しそうでしょー!」
テーブルに置かれたトレイのうえで、うどんがホカホカと湯気を立ち上らせている。
その丼容器のすぐ隣に薬の山が置かれていた。
それに気づいたわこが尋ねる。
「……林さん、それなに? もしかして薬飲んでるの? そんなにたくさん?」
「あっ、これは――」
茉莉が薬をさっとポケットに隠す。
「……えへへ。しまったなぁ……。わたし、悠くんが居ないからって、油断しちゃった」
バツが悪そうな顔をする。
「えっとね、わたし長いこと療養してたって前にお話したでしょ? このお薬はそれなんだぁ。……あ、でもわたしがお薬たくさん飲んでること、悠くんには内緒にしていて欲しいの。だって、わたし、悠くんに心配掛けたくないから」
「……内緒って、それはいいけど……。えっと、もう病気は治ってるのよね?」
わこが確認した。
すると茉莉が曖昧に微笑む。
「……うーん、どうかなぁ? それよりご飯にしようよ」
茉莉が話題を変える。
これ以上デリケートな問題をズケズケ尋ねることに遠慮したのか、わこはその話題転換に乗ることにした。
茉莉がわこの弁当箱を覗き込む。
「わこちゃんは今日もお弁当なんだね! うわぁ⁉︎ そのミニハンバーグ美味しそうー。ね、ね、わたしのおうどんと交換しない?」
「……うどんと交換って。……貴女、考えなしに言ってるでしょ? どうやって麺類とおかずを交換するのよ?」
「ええ⁉︎ 出来るよぉ! たしかに麺はちょっと無理かもだけど、揚げさんなら、こうやってちぎって――」
わこがため息を吐く。
そして揚げを摘んだ箸を差し出してこようとする茉莉を制止した。
「林さん、貴女ねぇ。昨日のヤックでのことを覚えてないの? あたしも三枝くんが好きって言ったこと」
「……ほぇ? もちろん覚えてるよ?」
茉莉が首をかしげた。
「だったら、なんでそんな風に普通に接してくるの! あたしたちは同じ男子を取り合う仲で、言わば敵同士なんだよ⁉︎」
わこは少しイライラした様子だ。
軽く声を荒げている。
けれどもそれに対し、キョトンとしていた茉莉がにこりと笑顔を向けた。
「やだなぁ、わこちゃん。わたしたち、敵同士なんかじゃないよぉ」
「……だったら、なに?」
「決まってるよ。だってわこちゃんも悠くんのこと好きなんでしょ? だったら、わたしたちは悠くんのことが好きな仲間だよ!」
いつもと変わらぬ笑顔が向けられる。
その態度が、いま茉莉が発した言葉が本心からのものであることを告げていた。
「あ、あとわたしのことは林さんじゃなく、茉莉でいいよ!」
「……ほんっとに、貴女は……」
わこは茉莉をじっと眺める。
「…………はぁぁ、もういいわ。わかった。そんな風にされなら、ひとりで気を張ってるあたしがバカみたいじゃない」
毒気を抜かれたわこが、肩の力を抜いた。
「……三枝くんのことが好きな仲間、ね」
ふぅとため息をひとつ。
「ま、敵同士って考えるよりは良いか」
ようやくわこが緊張を解いて、素の表情を茉莉に向けた。
「わかったわよ。じゃあどっちが三枝くんを射止めても恨みっこなしよ? ……茉莉」
「うん!」
茉莉も嬉しそうに応えた。