柴わこは、戦線布告する。
結局、茉莉は俺が止めるのも聞かずに、ハンバーガーを2つも買った。
「えへへ。美味しいねぇ」
ご満悦な様子でチーズバーガーをパクついている。
「うまうま」
「ったく、1つにしとけって言ったのに。晩めし食べられなくなっても知らないぞ?」
「大丈夫だよぉ。だって成長期だもん!」
「ほんとかねぇ」
美味そうに頬袋を膨らませる茉莉を眺めながら、俺も自分用に買ったてりやきハンバーガーの包装紙を解く。
パクりと齧りついた。
途端に甘辛いソースとマヨネーズの味が口いっぱいに広がっていく。
「うめー! やっぱりヤック美味いなぁ」
このチープさが堪らない。
たまに食べると特にそう思う。
むしゃむしゃ食べていると、対面でちまちまポテトを摘んでいた美哉男が話しかけてくる。
ちなみに俺の隣の席は茉莉だ。
「悠介はいつもそれだなー。たまには他のも食べたらどうだ?」
「ほっとけ。俺はこれが好きなんだよ。そう言う美哉男こそ、ポテトとフィレオフィッシュばっかじゃねーか。肉を食え肉を」
取り止めのない会話を続ける。
しばらくそうしていると、横手から茉莉が苦しそうな声を漏らした。
「……ぅぇぇ……も、もうお腹ぱんぱん……。だめ……。もうこれ以上、食べらんない……」
案の定、すぐ満腹になったらしい。
見れば茉莉の手は、二つ目のハンバーガーを半分ほど食べたところで、完全に止まってしまっている。
俺はため息を吐いた。
「お前なぁ? だから言ったじゃないか」
「だってぇ……。お腹すいてたし、食べられると思ったんだもん!」
「その調子じゃ晩めしも食えないだろ。ナナに怒られるぞ?」
「ば、晩ご飯はちゃんと食べるよぉ」
「……ほんとか?」
「う。た、たぶん……」
「ったく、忠告を聞かなかったお前が悪いんだから、そのバーガーくらいはちゃんと残さず食べろよ」
「わかってるよぉ……」
茉莉は辛そうな顔で再びハンバーガーに向き合った。
ノロノロと齧り付く。
けれども開いた口はとても小さく、まるでヒマワリの種を齧るハムスターみたいに少しずつしか食べることが出来ていない。
「……ぅぅ、お腹いっぱい……。やっぱり、もう無理ぃ……」
ハンバーガーを握ったまま、テーブルに突っ伏す。
かと思うとすぐそこまでに起き上がった。
「あ、そうだ! わたし、いいこと思い付いちゃった! えへへ、悠くん、悠くぅん……」
茉莉はさっきまでの満腹で苦しげだったさ表情から一転。
今度はにこにこ楽しそうに笑いながら、俺の口元に向けてバーガーを握った手を伸ばしてくる。
って、これはまさか⁉︎
「あーん。悠くん、ほら口開けてぇ? あーん」
やはりか。
やはり、あーんか……。
「あーん、捨てるのはもったいないし、でもわたしはお腹いっぱいで食べられないでしょ? だから悠くんが食べてー」
俺は差し出されたハンバーガーをじっと見る。
そこにはついさっき茉莉がかじったばかりの跡がハッキリとついている。
「いや、これって……」
普通に間接キスなんじゃないのか?
だよな?
茉莉はきっとそんなことは考えてもいなくて、ただ子どもの頃のノリのままなのだろう。
けれども俺は違う。
柄にもなくドキドキしてきた。
「あーん。……どうしたの? あ、もしかして悠くんもお腹いっぱい?」
「い、いや、腹ならまだ大丈夫だけど……」
「だったら食べて食べてー? あーん」
美哉男はいつもみたいにニヤニヤしながら俺たちを見ている。
「ククク……どうした悠介ぇ? ほら、はやく食べてやらないのかぁ?」
「ちっ」
こいつ楽しんでやがる。
あとで覚えてろよ。
だが実際問題、このフードロス問題が取り沙汰される現代社会において、食べ物を捨てるのはたしかに気が引ける。
気恥ずかしいが、仕方あるまい。
俺は覚悟を決めて口を開こうとした。
だがそのとき――
◇
突然、わこが現れた。
「あ、いたいた」
キョロキョロと店内を見回した彼女は、目敏く俺たちを見つけたかと思うと、軽く手を振りながら近づいてくる。
「やほー、三枝くん。……よしよし、ちゃんと林さんもいるわね」
「お、おお、わこか。どうしたんだ?」
俺はあーんを中断した。
「んー、実はクラスの女子に、ふたりが揃ってヤックに入るのを見かけたって聞いて追いかけてきたの」
はて?
追いかけて?
それはまたどうしてだろう。
わこが美哉男の存在に気づいた。
「……げ⁉︎ 根古宮もいるじゃん……」
「んだよ柴犬。俺がいたら都合が悪いわけ?」
「だから柴犬つうなっての! ……んー、ま、あんたが居てもいっか。それより――」
わこが茉莉を見た。
「林さんどしたの? それ要らないの? ならあたしが貰うわね」
「……あっ、それは悠くんの……」
わこが茉莉からハンバーガーをサッと奪った。
すぐにパクパクと食べてしまう。
「ふぅ、ごちそうさま」
「あぁ、悠くんの、ハンバーガーがぁ……」
茉莉がしょんぼりした。
意識的なのかそうじゃないのか、わこはしょぼくれる茉莉をスルーして問いかけてくる。
「ね、ちょっといいかな?」
「なんだよ?」
「いっこ確認。……三枝くんと林さんって、いま一緒に住んでるんだよね?」
気を取り直した茉莉が笑顔で応える。
復活がはやい。
「そだよー」
「と言っても、ただの居候なんだけどな」
「ぶぅ! ただの居候なんかじゃないよぉ! だってわたし、悠くんのお嫁さんになるんだから!」
「あー、それそれ。林さん。そのお嫁さんになるって話、林さんは本気なんだよね?」
「うん! もちろんっ」
わこがなんとも言えない複雑な表情をした。
沈黙が訪れる。
たっぷり十秒ほどなにかを悩むような素振りをしていた彼女は、やがて意を決したように口を開いた。
「…………そっかぁ。ん、だったら、あたしも覚悟を決めて、ちゃんと宣言しとかないとね」
両手でパンッと自分の頬を張る。
「――よし!」
「お、おい、わこ。一体なにを――」
俺の言葉が遮られた。
困惑する俺とは対照的に、わこは真摯で熱のこもった視線を向けてくる。
「聞いて下さい。えっとね、実はあたし三枝くんのことが好き。1年の頃からずっと好きでした。だから、だからね……」
すうっと空気を吸い、はっきりとした声で告げてくる。
「三枝くんのお嫁さんになるのは、林さんじゃなくて、あたしってこと! それだけ言って置きたかったんだ。……じゃねっ」
唖然とする俺を残して、わこが身を翻す。
そのまま彼女は、現れたときと同じように颯爽と去っていった。