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パラレルA.D.2250

呑んだくれの星

作者: 仁司方


 二十世紀中葉、アポロ計画にたずさわっていた科学者や飛行士たちは計算尺を使って宇宙船のすすむべき軌道をもとめていたという。

 いまのわれわれからはそんなアナログ能力は喪われている。そもそも計算尺なんて船には積まれていなかったので、お利口なコンピュータがいかれた日にはそれまでだったのだ。


 それでも生命の危機は眠っていた能力を呼び醒すもので、われわれの宇宙船はどうにか不時着だけは成し遂げていた。人間死ぬ気になれば、いや、実際死にかければ、なんでもできるものだ。


 振動が収まったところを見計らって、わたしは声をあげた。


「全員無事か? 周辺環境と船の損傷を調べるんだ」


 乗員はみんな怪我ひとつなく元気なようだ。わたしの仕事は終わり。うむ、船長というのはなかなか気楽でいい。せっかくの重力下なので、カップにコーヒーを注いで優雅に待つことにした。ブリッジを出て、ささやかだが割りあてられているキャプテンルームへ移動する。


 インスタントコーヒーをすすっていると、航宙士のセフェル=ゼウナスと機関士のリュッツェル=サカイが報告にやってきた。船体各所、各機関の損傷は軽微、少なくとも修理可能である――との報告に、わたしはウムと満足げにうなずく。

 もっとも、コンピュータがフェイルしているので、セルフモニタが誤っている可能性はある。とりあえず人間に調べられる範囲は問題なし、あとはコンピュータをまともに再起動してから。


 つぎに顔を出したのは、宇宙地質学者のドクター・リー=ホスロウだった。

 地球型惑星に到着するまで冷凍睡眠していてもいいじゃないかなどといっていたが、星系の外縁部に到達した時点で起こしておいてよかった。必要が出てから覚醒させていたのでは、冬眠ボケが治るのに何日かかるかわかったものじゃない。


「やあドクター。予定より若干早い仕事になったが、どうだった」


 とわたしが水を向けると、ホスロウは面白くもなさそうな顔でこういった。


「表層が液体の星でさいわいでしたな。人類社会から隔絶してまでやってきたのに、名もなき星の一部になっておしまいでは甲斐がない」

「いちおう最大限の生存確率を望める選択はしたつもりだよ。ここまではまだうまくいっているようだ」


 われわれの船が不時着したのは、いわゆる木星型大型ガス惑星の周囲を回る衛星のひとつだった。本来の目的地はもっと星系の中心部に近い、地球型の岩石惑星だったのだが、エンジンの不調と航法コンピュータの異常が重なったおかげで、木星型の大重力に捕まってしまったというわけだ。


 ドクター・ホスロウのいうとおり、われわれは冷凍睡眠カプセルに詰められ、恒星間亜光速航行エンジンによってこの星系まで運ばれてきた。植民可能かどうか、有人による探査をするためだ。

 無人探査機による予備調査では「有望」とされていたが、やはり人の目で直接調べる必要がある。もとの時間軸には戻れない、自己犠牲的でヒロイックな旅路だ――というほど悲壮な感傷があるわけではなかった。主観ではまだ出発してから一年も経っていない。


 もちろん地球では二十年以上経っている。光速の九九パーセント以上のスピードで移動してなお、宇宙は絶望的なまでに広い。われわれを送り出した太陽系連合がまだ存在しているかは不確定だ。不満を募らせる人々を宥めすかすのにも限度があるだろう。われわれでも、われわれと同時期に出発した探査団でも、とにかく大規模な植民のできる星を見繕えないと太陽系はパンクしてしまうのだ。

 前回の通信によれば、まだ連合は統治能力を保っていた。こちらからも目的の星系に到達した旨は伝えたが、通信波が届くのにほぼ二十年かかる。はたして、調査が上首尾に終わったとしても、その結果が太陽系に伝わって、移民船団が発進するまで、本当に連合は崩壊せずに残っていられるだろうか。


 まあ、太陽系の心配をする前に、われわれはまず自分たちを救い出さなければならないわけだが。


 ホスロウは周辺環境を調べてきたはずだ。わたしがうながすと、ドクターはとくにメモを取り出すでもなく報告をはじめる。


「われわれはアルコールの海に浮かんでいるようです。もっとも、メタノールなので飲用には適しませんが。大気は主に窒素とメタン。宇宙服なしで外に出るのは、やめておいたほうがよさそうですな」

「メタノールがあるならエタノールはいくらでも作れるさ。なにより燃料補給には困らずにすむ。意外といい星を引いたかもしれないね」


 アルコールは炭素と水素と酸素でできている。船には化学プラントを積んでいるので、稼働させればいろいろ作れる。大気中から窒素を補えば人間の口に合う食料も生成可能だ。補給物資としては上等だろう。

 悪くない調査結果に気を良くして、わたしはホスロウにコーヒーをすすめようとしたが、急にインカムが鳴りはじめた。緊急事態を知らせる甲高い発信音。


「どうした?」

『外部から光学的なパルスを検知しました。解析はできていませんが、明らかにパターンがあります。この星には、なにかいる』


 と、通信手のアレシア=ユルガノフがやや緊迫した声でいってきた。インカムの警報テストではなかったらしい。


「なんだって?」

「未知との遭遇、ファーストコンタクトですな。そいつは船長の役割だ」


 ホスロウの口調は、なぜか楽しそうだ。

 冗談にしてはたちが悪い。外宇宙知的存在だと? 面倒なことだ。船長は気楽でいいと思っていたのに。



 一〇分後、わたしは宇宙服を着て船外に出ていた。

 もっとも、周囲は見渡す限りメタノールの海だったので、船の上から足を動かすことはできなかった。ホバークラフトの下部のようなラバークッションが展開して、船が沈んでしまうのを防いでいる。もともと、地球型惑星の探査に際しても海洋へ降下することを前提としていた船だ。

 ついでだから、損傷がないか目視できる範囲を点検する。バイザー越しで見る限りは問題なさそうだ。


 空は暗かった。人間の目ではほとんどなにも見えない照度だろう。小さく弱々しいながらも、この星系の太陽が水平線の上に出ていて、宇宙服のバイザーの暗視装置がわずかな光を増幅して周囲の映像をとらえていた。


「光信号はどっちの方向から飛んできているんだ?」


 そうわたしが訊ねると、アレシアが位置データを送ってきたのだろう、バイザーにガイドフレームが表示された。すこし身体の向きを変えて右手を見る。自動でズームがはじまり、とまった。


『これまでのパターンだと、あと十五秒ほどで再照射されてくるはずです』

「挨拶か、警告か。まだこちらからはなにもしてないんだよな」

『はい』


 ほとんど待つ必要はなく、アレシアのいうとおりの時間で、光の明滅がはじまった。バイザーに信号の内容が表示されていく。

 船のメイン電脳はまだおねんねしているが、宇宙服に組み込まれている小型端末は単体でもある程度の仕事ができるのだ。つまりコンピュータをとおして信号を受け取ったのは、今回がはじめてだということ。


 それにしたってスラスラとデコードできすぎる……。


「おいおい、こいつは地球型の通信プロトコルだぞ。どういうことだ」


 ぞっとした。なぜ未知の星系で自分たちの言葉が通じるのだ。先方は、こういっている。


〈歓迎しよう友よ。祝いの杯を酌み交わさん〉

「なれなれしい……」


 この星系には、われわれよりも先に、無人探査機がやってきている。そいつを捕獲したか、接触してデータを吸い取ったかすれば、こちらの通信規格を解析することはできるかもしれない。探査機の来着意図を正確に読み取っていれば、有人探査の前兆だとわかっても不思議はない。


 しかしそれほどに高度な文明があるなら、無人探査機から送られてきたデータにも示唆する内容があったはずだ。だがそんなものはなにもなかった。ここまでわれわれが航行してくるあいだにも、意味のある内容の電波などは検知されていない。

 まさか、文明の存在そのものを隠すことができるまでに、高度に発達した技術があるというのだろうか。ドッキリか。われわれ地球人をからかうための壮大なお遊びか。


 わたしは思い切って宇宙服のサーチライトを点灯、光信号を送る。


〈あなたはだれか〉

〈われらは酒の海で溺れる、呑んだくれである〉


 理にかなった答えではあった。どうやら呑んだくれではあっても前後不覚なまでに酔ってはいないようだが、たしかに酒が回っているような感じの調子ではある。

 どうやらまともに会話が成立するようなので、一番気になったことを訊いてみた。


〈なぜこちらの言葉と通信規格を知っている?〉

〈地球人類の来客ははじめてではないからだ。われらはあなたがたのことを少しは知っている。敵視はしない、友好関係が築けると期待している。接舷の許可をもらいたい〉


 そんなバカな。われわれ以外のだれがここまでやってきたというのだ。

 それとも、無人探査機のことも客だったと考えているのか? しかし探査機は淡々と観測する以外の機能は一切持っていなかったはずだ。ヴォイジャーやパイオニアのように地球外知性へ向けたメッセージなども載せていない。


 とはいえファーストコンタクトではないというのなら、多少わたしの負担が軽くなるのも事実だ。わたしのせいで星系間戦争が勃発したなどと、将来うしろ指差されるようなことになってはたまらない。向こうから友好関係を求めてくるのはけっこうなことだろう。


 右手で握手を求めてきながら左手にナイフを持っていたら? そのときは仕方あるまい。どうせ、宇宙船を修理しなければこっちは逃げられもしないのだ。


 断ってどうにかなるものでもない。わたしは返信する。


〈接舷を許可する。直接お会いしよう〉

〈感謝する、友よ〉


 ほどなく、先方の「船」が見えてきた。しかしほとんど水没――いやちがうな、酒没とでもいうか――している。なにでできているのかはよくわからない。角張っていて、あまり航行には適していないような感じだ。


 乗っているのは、体高一メートル少々の、緑色の肌をした生き物だった。服のようなものを身につけてはおらず、素肌を丸さらしにしているように見えるが、二本脚で直立していて、両腕があって、頭部は身体の一番上についているようだ。こちらの常識とそうかけ離れた姿ではなかった。


 動力は不明だが、「呑んだくれ」星人の船はなめらかに接舷してきた。

 降りてきたというか、こちらの船によじ登ってきたのは、最初から見えていたひとりだけ。ほかに乗員がいるかはわからない。わたしは背筋を伸ばして、まずはあたりさわりのない挨拶をする。


〈わたしは太陽系連合政府直轄・第二十二有人探査団の代表者です。まさか言葉の通じるかたがいらっしゃるとは思わなかった。お騒がせして申し訳ない〉


 本当は「太陽系連合政府直轄・第二十二有人移植惑星探査団」なのだが、少し端折った。さすがにいきなり植民目的だと明かすのはまずいだろう。


 こちらはまだサーチライトの点滅で意思を伝えていたのだが、通信機に外部入力があったかと思うと、いきなり音声が聞こえてきた。呑んだくれ星人は服を着ているようにも見えないのだから、機械を身につけているとは思えないのだが。


「やあ。歓迎するよ、まずは乾杯といこうじゃないか」


 高い声だが、聞き取りやすい発音だ。最近は――といってもわたしが太陽系にいたころだから、地球時間で二十年は前だが――同じ人類でも分化がすすんでいるというのに。トリトン人よりも共通語がうまいじゃないか。ますますあやしい。地球馴れしすぎだろう。


 とりあえず、訊いてみる。


「この星に、われわれより以前に太陽系人類がやってきたというのは、本当ですか?」

「本当だよ。イワンはいいやつだった。酒を愛する心さえあれば、ぼくらは百万光年先からきた相手だって歓迎するさ」


 呑み助のイワン……スラブ系だろうか。しかし太陽系連合政府が有人異星系探査船を送り出したのは、今回がはじめてのはずだ。

 もしかして、われわれが出発したあとに革新的な技術の進歩でもあったのだろうか? 第二陣に追い抜かれた? だがそれなら、この星系の外縁部に到達したときの交信で教えてくれてもよかっただろうに。いくらなんでも超光速航法は実現されていまい。通信波より宇宙船が速いということはないはずだが。


 内心で首をひねりながら、わたしはもう少し踏み込んで尋ねた。


「それは、どのくらい前の話かわかりますか?」

「ええとね……そちらさんの標準時間に直すと一〇〇万分くらいだな。だから、地球標準年でいえば二年近く前だね」


 われわれに先立つこと約二年――となると心あたりがある。

 試作段階だった亜光速宇宙船を、連合政府に反対する騒擾分子が奪取して逃亡するという事件があった。たしか一〇隻くらいかっぱらわれたはずだ。イワンはその一味で、この星まで辿りついたというわけか。

 盗まれた試作船が思いのほかスムースに飛んだので、本調査の進発が前倒しされたというのは密かな事実だった。イワンたちがテストを代行してくれたようなものだ。


 それにしても、呑んだくれ星人はずいぶんと頭の回転が速い。記憶力もすぐれているようだ。技術文明に頼らない代わりに、個々の能力が高い種族なのかもしれない。われわれから見ればほとんどエスパーだ。


「それで、イワンはどうしたのです?」


 わたしがそういうと、呑んだくれ星人の表情が目に見えて翳った。遭遇したばかりなのに見てわかるほど表情が変化したということは、そうとうに大きな心理的変動があったのだろう。


「……酒に生きるものは酒に滅ぶ。イワンは不幸なことに、その生命の源をあまりたくさんは持っていなかったんだ。ぼくらの酒がイワンにとって毒であることはわかったのだけど、止めることはできなかったよ。たとえ死するとも呑むことはやめない――イワンは真に酒を愛する者だった、いまでも尊敬している」


 呑んだくれ星人は真摯な口調だったけれど、わたしは内心であきれていた。ようするに、酒を切らしたイワンは、毒と承知でこの星のメタノールを痛飲して死んだのだ。アル中がメタノールを呑んで中毒するのは、そうめずらしいことでもないが。

 しかしはからずも地球人類代表となったのだから、もう少しマシな死に方をしてほしかったものだ。


 わたしが言葉を失っているうちに、呑んだくれ星人はつぎの話題を見つけていた。


「あなたはイワンとは少しちがうようだね。胸部の脂肪腫はなんだ? イワンの持っていた地球の生物図鑑には『ラクダ』とかいう生き物が載っていたが、そいつと似たようなものかな。胸に邪魔なものをつけているわりに、両脚のあいだはすっきりしているようだけど」

「……みるな!」


 しまった。つい声を荒げてしまった。べつにいやらしい目的で宇宙服を透視していたわけではないだろう。ごく普通に観察していただけなのだろうが、この生き物は本当に超能力同然の知覚を持っているらしい。しかし視線で裸に剥かれてしまっては、女としてはこう反応しても仕方ないだろう。わたしを責めないでもらいたい。


 両腕で身体を隠したわたしの動作にいかなる意味があるかはわからなかったにせよ、こちらが拒絶を示したことは伝わっただろう。呑んだくれ星人は、こちらの不機嫌が伝染したような口調になっていた。


「あなたはなにを目的にこの星へやってきた? イワンは故郷を追われたといっていた。そういえば政府直轄の身分だといっていたね。つまり体制派ってやつだろう。あなたはイワンの敵なのか?」


 まずい雰囲気になってきた。

 呑んだくれ星人的な思考では、酒呑みイワンの敵は、それすなわち酒の敵、禁酒法を振りかざす抑圧者だと思い込まれても不思議はない。コミュニケーション不足の関係は、ほんの些細な勘違いで破綻しがちなものだ。


 へたにいいわけするともっとまずいことになるかもしれないと、わたしが会話を続ける糸口を見出しかねていたとき、こちら側の船の気密ドアが開いた。

 六角形にあいた空間から、なにかのビンが差し出される。


 それを見たとたん、呑んだくれ星人の表情がたちまちゆるんだ。ビンの内容物を瞬時に識別したらしい。つまりあれは酒ビンだということになる。

 宇宙服を着た人間が顔を出した。一見ではだれだか区別がつかなかったが、声はドクター・ホスロウのものだった。


「長々と立ち話もなんだから、呑みながらにしようじゃないか。しかしわれわれはこの星の空気を呼吸できないようだから、ヘルメットを脱げない。イワンくんとはどうやって酒を酌み交わしたのかね?」

「あなたたちには酸素が必要、そうだったね。ぼくらは窒素を吸っている。イワンの船の空気はどちらもあったんだけど」

「それなら問題ない、こっちの船で呑もう。実はきみたちの身体に酸素が悪さをするんじゃないかと心配していたが、大丈夫ならいいんだ」


 といって、ホスロウは手招きする。呑んだくれ星人は、すっかりわたしのことなど目に入らなくなっていた。自分の船にとって返すと、バケツのようなものを取り出して、足下の海からたっぷりとメタノールを汲み上げる。それを抱えて、嬉々とした様子でこちらの船のドア口に立った。


 二重ドアの手前のゲートを操作しながら、ホスロウがわたしのほうに首を巡らせてきた。たぶん、ウィンクでも飛ばしてよこしてきたのだろう。どうやら借りがひとつできたらしい。


    ****


 呑んだくれ星人は、酒さえあればあとは本当になんでもかまわない、という性分のようで、ドクター・ホスロウは、呑みながら短いあいだにいろいろと聞き出していた。


 彼ら――呑んだくれ星人は、われわれ地球型生物が水に依存しているように、メタノールを生化学反応の媒体としているらしい。しかしわれわれは水で酔っぱらったりはしないわけだし、だいたいにして、いちいち水で酔っていたのではまともに生きていけない。とはいえ、生命に必須の液体を摂取するだけで気分がよくなるというのは幸せなことではあろう。この星が平和だという意味でもあるにちがいない。


 驚くべきこととしては、さっきもちらといっていたが、彼らが窒素を吸気としているという事実だ。窒素は生体に必須の元素ではあるが、単体では安定しすぎていて反応しづらい。つまり生物にとっては利用しにくいものなのだ。おそらく彼らは吸った窒素と呑んだメタノールに含まれる酸素を体内で合成し、硝酸を得ている。近寄っても臭気は感じないので、似たような組成であるアンモニアは生産していないか、あるいは体内で即座に消費しているのだろう。地球上の生物で大気中の窒素を直接利用できるのは一部の細菌のみだ。もしかしたら彼らの体内には大量の共生菌が抱えられているのかもしれない。

 こちらの常識からすれば、彼らは動物よりは植物のほうに近い。


 とはいっても、ホスロウやサカイと一緒になってどんどん酒をあおるその姿は、まさに人間の呑んだくれだった。たがいのアルコールを取り違えないように、注意してみていないと危ないかも。


 酒を私物として持ち込んでいたのはホスロウだけだったので、技師でもあるサカイが化学プラントを動かして、船外のメタノールからエタノールを製造し、そこに香りや風味になりそうな分子をてきとうに混ぜて、即席の合成酒がでっちあげられた。意外と呑めるものができたと思っていたが、現在のサカイの様子を見ればそれも納得だ。酒が関われば普段の何倍もの能力を発揮するらしい。この船には潜在的イワンがふたりも乗っていたということになる。


「イワンも、化学プラントを積んだ船に乗っていればメタノールを呑んで死ぬこともなかったろうに」


 キュラソー風味のエタノールが入ったグラスをテーブルにおいてわたしがつぶやくと、呑んだくれ星人が目を輝かせてこういった。


「本当にすごい機械だ。海と空気からこんなうまいものが作れるなんて」


 そして呑み干したジョッキをバケツに突っ込んでメタノールを汲み、テーブルの上に並んでいるフラスコのひとつを取ってジョッキに中身を注ぐ。ジントニック風メタノールになった。


「まあ、香り分子なんて、突き詰めちゃえばほとんど炭素と水素と酸素だしね」


 とサカイがいって、レモンハイ風エタノールの入ったビーカーを(当然ながら連日カクテルパーティを催す想定はされていないので、しゃれたグラスはそろっていないのだ)傾ける。ゼウナスとアレシアはあまりいける口ではないらしい。いちおう、ゼウナスはウィスキー風、アレシアはシェリー風のエタノールが入ったカップを持ってはいるが、呑むペースは遅い。


 唯一真物(ほんもの)の酒を――どうやらショーチューらしい――手にしているホスロウが、呑んだくれ星人に話しかけた。


「この星に陸地はないのかね? もしかしたら、われわれの宇宙船の修理に金属が要りようになるかもしれないのだが」


 船の不調はすでに伝えてある。高度な機械を直すような技術はないけれどできることは手伝うよ、というのが呑んだくれ星人の答えだった。

 呑んだくれ星人は、見方によってはかわいらしく思えなくもない顔で、少し考えていたようだが、すぐに口を開いた。


「金属か。この星にも鉱脈はあると思うけど、ぼくらはあんまり用がないから掘ったりはしてないな。イワンの船から部品を取って修理するってのはどうだい?」

「そりゃあ、そのほうが手っとり早いが。しかしイワンの船は、ようするに彼の墓標だろう。解体してしまって問題ないのか?」


 話を引き取って尋ねたのはわたしだ。イワンが呑んだくれ星人にとって尊敬すべき客人まれびとだったということはもう把握できているので、多少慎重になる。


「同胞の助けになるなら、きっとイワンも許してくれるさ」

「それならありがたく使わせてもらうが。ところで、きみがわれわれと会っているということを、きみの仲間は承知しているのかな。きみとのあいだにした交渉ごとは、きみたちみんなに対して有効なのだろうか」

「イワンと話したときもちょっと理解しづらかったんだけど、ぼくらはそんなに『社会性』ってのがないんだ。各々勝手にやってるよ。だからきみたちみたいに力を合わせて大きなものを造ったりはできない。その代わりに、身分なんてものはないし戦争もやらない」


 理解しづらいといっているのが不可解なほど、的確な答えに聞こえた。

 呑んだくれ星人は、相互の隔たりの原因がどこにあるのかをきちんと把握している。あくせく働かなければならないわれわれに対して、呑んだくれ星人は毎日酔っぱらって気楽に暮らせる世界の住民だというわけだ。まさにユートピアだな。しかし、こちらとしては困った事態になる可能性も内包している。この呑んだくれ星人がうなずいてくれたことでも、ほかの呑んだくれ星人には通用しないかもしれない。


「きみの仲間たちとわれわれが話し合いをするさいには、きみに仲介をお願いしたいが、引き請けてもらえないだろうか」

「ぼくはきみらがイワンの同郷で、酒を愛する文化を持っていることを紹介する。まあ、べつにいちいちぼくから説明しなくても、もう伝わってると思うけど。それ以上に必要なことなんてあるかな?」


 わたしとしては、できるだけ慎重に交渉をすすめたいだけなのだが、そんな心配をすること自体、呑んだくれ星人にとってはナンセンスなことなのだろう。

 話の接ぎ穂に困ったわたしを横からフォローしてくれたのは、またもホスロウだった。


「まずは一席心ゆくまで呑み明かそうじゃないか。イワンくんをしのぶ酒宴を催そうと思うが、どうだろう」

「いいね、それ」


 すぐに身を乗り出し、呑んだくれ星人は熱心にうなずいた。


「準備はこちらに任せてくれたまえ。きみは、できるだけ大勢仲間を集めてきてほしい。会場は、イワンくんの船が見えるところがいいと思うが」

「うん、さっそくみんなに連絡するよ」


 呑んだくれ星人はもうすっかりその気になっているようだ。呑み助は呑み助どうしで話をさせたほうが早いらしい。ホスロウに丸投げしてしまうことにして、わたしは酒をあおった。


    ****


 宿酔(ふつかよ)いの頭痛で目が醒めた。

 少し呑みすぎたか。横を見ると、アレシアがテーブルに突っ伏している。わたしも呑み会場に使っていたブリーフィングルームでそのまま眠ってしまったのだ。われながらはしたない。たしかアレシアが先に沈没したはずだ。男どもを追い払ったところまではどうにか記憶しているが。


 時計を見てみると、呑んだくれ星人と遭遇してから十三時間ほど経過しているようだ。何時間呑んでいたかはちょっとさだかでない。呑んだくれ星人が仲間を呼び集めに出て行ってからはどのくらい経ったのか。


 ブリーフィングルームのドアを開けてみると、やたらと良い匂いがしてきた。腹が鳴る。食欲を刺激する香りだ。


「おはようございます船長」


 ブリッジに上がってみると、ゼウナスが挨拶してきた。きちんと身だしなみを整えている。わたしはたぶん、ひどい顔だろう。


「おはよう。イワン記念式典はどうなった。呑んだくれ地球人二名はなにやってる」

「サカイはプラントをフル稼働させてますよ。少なくとも百人くらいはお客がくるようですからね。ドクター・ホスロウは船長たちの分の朝食を作ってます」

「ドクターは芸達者だな。しかしずいぶんいい匂いだが、パック食品じゃなさそうだ」

「ええ、呑んべえ人からの差し入れですよ。毒味は済ませました。いちおう組成もチェックしてあります。僕らでも消化できる。プラントがふさがっていますから、差し入れはかなり助かりました。せっかく有機物のある星に降下したのに、いままでどおりの再生食じゃ味気ない」


 ようやく、わたしは船が動いていることに気がついた。ゼウナスがブリッジにいるのも操舵しているからだ。イワンの船が安置してあるところに向かっているのだろう。


「開場まであとどのくらいの予定なんだ?」

「この星の連中は時間感覚も統一されていないようです。こっちがイワンの船のある場所に辿りついた時点で、何人か呑んべえたちがそろっていれば開始、あとは流れ集合でしょうね」

「会場まではどのくらいで着く?」

「四時間くらいだと思います」


 それを聞いて安心した。食事をして、身繕いをする暇はあるらしい。


 ブリーフィングルームに戻ってみると、アレシアはもう起き上がっていた。ホスロウがテーブルに朝食を並べてくれている。


「おはようございます」


 目の前のモーニングプレートに半ば目を奪われながら、アレシアが挨拶してきた。


「おはよう。ドクターは料理もできたのか」

「料理というほどでもありませんが。食べられることは証明済みですよ」

「ゼウナスにも聞いたよ。毒味をしてくれた労に免じて、勝手に先に食べたことは赦してあげよう」


 わたしはホスロウへ向けて軽口をたたいてから、椅子に座った。

 テーブルについて、皿に並んでいる料理をフォークとスプーンで食べるというのはずいぶんひさしぶりのことだ。


「いただきまーす」


 どうやらアレシアはわたしがくるのを待っていたようだ。仮にも船長だから自分だけさっさとありつくのはまずいと思ったのか。べつに遠慮しなくてもいいだろうに。


 メニューは、パンこそ船内プラントで作って冷凍してあったものだが、あとは全部この星のものらしい。海藻のようなものと白身魚のようなもののマリネに、やはり白身魚のようなもののフライ、それにスクランブルエッグのようなもの。

 マリネに入っているのは見た目こそ海藻だが、口に入れてみるとレタスのような食感だった。白身魚はほとんど見たとおり、主張の少ない淡白な味。スクランブルエッグのようなものは本当に卵の味しかしないが、正体はなんだろう。


「なかなかいけるじゃないか。この星の生き物はどんな姿なんだ?」


 旨いからといって見た目もよいとは限らないが、ホスロウに訊いてみたところ、


「嫌でも見る機会がくることでしょう。あわてることはありませんよ」


 と、なにやら意味深な回答だ。ちゃんと手足と頭と顔のある呑んだくれ星人を見る限り、ほかの生き物もそこまで異様な形はしていないだろうと思うのだが。地球にだって深海には宇宙生物にしか見えないゲテモノがいっぱいいるのだし。


 なんにせよ、ひさしぶりにまともなものを食べた気分になれたのはたしかだ。あとはシャワーを浴びて、ぱりっとした服に着替えれば、どうにか恰好はつくだろう。

 食器を片づけ、代表者として式辞のひとつも述べねばならないから時間がほしいと断って、アレシアより先にシャワールームを使わせてもらった。実際はだれも聞く耳を持たないだろうなとは思うが、まあ、形式であり、アリバイだ。


 地球外知的生物との遭遇というのは、居住可能な惑星の発見よりも重大なことだろう。わたしは、船の修理を終え次第、太陽系へとって返そうと決めていた。呑んだくれ星人との接触と会合を記録して戻れば、手みやげとしては充分なはずだ。

 そこまで考えたところで、ふいに、進発した探査団がこぞって知的生物と接触して、移民星の探査をせずに太陽系へ戻っていたらどうしようかなどと、ありえない仮定が頭に浮かんだ。自分でちょっと笑ってしまう。


 ひとりでにやにやしていたら、シャワールームから戻ってきたアレシアに怪訝そうな目を向けられているのに気づいた。


「宴会がはじまる前から呑みだしてるんですか、船長」

「わたしはドクターやサカイほど酒好きじゃないよ。たしなみはするけどね。彼らを、呑んだくれ星人たちをどうやって太陽系に紹介しようか考えてた」

「この星の住民たちは考える時間に恵まれています。たぶん、わたしたちより賢いでしょう」

「そうだろうね。イワンとどの程度のあいだ、なにを話していたのかはわからないが、それでもわれわれがどういう生物なのかをほぼ理解している」


 うなずきながらも、わたしは少し驚いていた。アレシアがここまで自分の意見をはっきり述べるのはめずらしい。もちろん人類最初の恒星間宇宙船団の乗員となっているのだから、優秀な人材であるのは当然だが。


「星系の内側にはいかずに、太陽系へ引き返すおつもりですか?」

「ああ。実は、地球外知的存在に遭遇したら、探査の続行と太陽系への帰還のどちらを優先するか船長が判断せよ、という付帯指令があるんだ。わたしは戻るべきだろうと思う。――イワンのこともあるしね」

「この星はそっとしておくほうがいいと思います。いまのままで本格的に接触したら、きっと地球人にここはめちゃくちゃにされてしまう。かといって、わたしたちが太陽系へ戻ると知ったら、今度はもっと大勢で押しかけてくると思われるかもしれない。イワンはこの星に骨を埋めることになりましたが、だからこそ客として丁重に取り扱われたのであって、わたしたちが出て行くのを彼らは黙って見ているでしょうか。出て行くのは咎めないかもしれませんが、戻ってくることを警戒されるでしょう。彼らの知能で四十年以上研究をすれば、きっと地球側と同等以上の技術力を得られるはず」

「つぎにわれわれがこの星系に戻ってくるときは、呑んだくれ星人たちが技術力で武装して待ち構えている、か。懸念はわかるが、しかしこの星で一生暮らすわけにはいかないだろう。不可能ではないだろうし、彼らも歓迎してくれそうだが。われわれは、あくまで太陽系人類のために働いているんだ。きっとほかの探査団が先住者のいない好条件の星を見つけてくれていると、わたしは信じているが、そうでなかったら、この星系への植民を再検討しなければならない。むしろわたしは、この星の人々に地球型の機械の使い方を覚えてもらいたいと思っている」


 この星に通信設備を置いて、われわれは太陽系へ帰還する。随時呑んだくれ星人たちとは連絡を取りつつ、彼らに星系中心方面の調査を代行してもらう。

 さいわい、地球人と呑んだくれ星人では、好適する星の条件が若干異なる。メタノールが大量に存在する星なら呑んだくれ星人が住み、水に恵まれた星があれば地球人が入植すればいい。


「――まあ、呑んだくれ星人たちは拡大志向が薄いようだから、自分たちの居住範囲を広げるための探査というのに興味を示さないかもしれないが」


 わたしは、地球人と呑んだくれ星人は共栄できるだろうと、アレシアに説明した。かならずしも納得したという表情ではなかったが、アレシアはうなずく。


「船長のご判断に従います。争いもなくのんびりできるなら、地球に帰らなくてもいいなんて、都合のいい考えでした。太陽系には、何千億もの人が待っているんですよね」

「本当に、ここでのんびりしていられるなら、わたしも働きたくないよ。呑んだくれ星人たちと話していれば、暇はしないですみそうだしね」


 わたしもそういって苦笑する。

 われわれの務めは決して軽いものではない。仮に居住可能な星のすべてが占有されていたとしたら、先住者と戦争をしてでも確保しなければならない、それが太陽系連合政府の立場なのだ。


    ****


 結果からいえば、アレシアの心配は杞憂だったが、わたしの見通しも甘かった。


 イワン記念酒宴自体は成功裏に終わり、おとずれた多くの呑んだくれ星人がわれわれと友好関係を結ぶことに同意した。船の修理には全面的な協力が得られることになったが、彼らは対価として化学プラントを要求した。

 ようするに彼らは、生のメタノールではない、さまざまな味と香りのする酒に酔ったのだ。水や酸素、そのほか生存に必須となる物質をリサイクルする機能は船に備わっているので、化学プラントを渡しても太陽系へ帰還する航行には問題ないのだが。


 アンテナを設置して交信することにも同意は得られたが、星系内探査を代行してもらうことへの理解はしてもらえなかった。


「あなたたちが引っ越し先を求めているということはわかった。この星系の太陽に近い方向に条件の合いそうな星があるのなら、好きにするといい。われらはべつだん現状で不自由していないからね」


 それが、歳嵩のほうらしい、とある呑んだくれ星人の答えだった。いわれてみればそのとおりだ。われわれ地球人類だって、必要に駆られてやむをえず母星の外に進出したのだから。


 それでも、知的好奇心の旺盛な個体は存在した。われわれの船に同乗して、太陽系へ行きたいという呑んだくれ星人が現れたのだ。

 わたしとしては少々困りものの提案だった。呑んだくれ星人の性質上、あくまでも個人であって、彼ら全体の代表者にはなりえない。交渉使節にならないのでは、ただの観光客を連れ帰るようなものだ。最悪の場合、実験動物あつかいされてしまうかもしれない。しかし呑んだくれ星人たちは勇気ある仲間をたたえ、すっかり感極まって離別の杯を交わしはじめる始末だった。


「冷凍睡眠装置は地球人に合わせて造られている。あなたの身体は冷凍したらもう解凍できないだろう」


 技術面の説明をして、やんわり拒否しようとしたのだが、


「問題ない。ぼくらは寿命が長いからね。片道二十年くらいどうってことないよ」


 と、けろりとした顔で答えられてしまった。


 けっきょく断る口実が見つからず、冷凍された地球人五名と覚醒したままの呑んだくれ星人一名を乗せて、宇宙船は呑んだくれ星系をあとにした――のだったが。


 太陽系の最外縁、彗星環宙域で解凍されたわたしたちが見たのは、呑んだくれ星人の変わり果てた姿だった。

 なにごとがあったのか、真相の究明はそうむずかしいことでもなかった。彼の枕元に、グラスがあったからだ。中身はすべて蒸発してしまっていたが、エタノールが入っていたのだろうと推定できた。メタノールではなく。私たち地球人にとってメタノールが毒であるのと同様、呑んだくれ星人にとってのエタノールはやはり害のあるものだったらしい。


 つまり、この呑んだくれ星人はイワンと同じ状況に陥ったのだ。

 しかし、われわれとて無能ではない。呑んだくれ星人にとってのメタノールは、地球人にとっての水に等しいものなのだから、必要な分量は積み込んでいたのだ。船の基本リサイクルシステムに手を加えて、呑んだくれ星人が生きていけるだけのメタノールが再生されるようにしていた。たしかに、化学プラントは置いてきてしまったので、大量には造れなくなっていただろうが。


 ――そこで、わたしたちは落とし穴に気づいた。

 必要量だけでは、足りなかったのだ。故郷を離れた狭い船内という環境で、彼の「酒量」は増えていたにちがいない。船が毎日再生産する分だけでは、足りなくなっていたのだろう。そしてイワンがメタノールを呑んだように、エタノールに手を出した。


 呑んだくれ本星とのあいだの通信は、彼の死の直前まで交わされていたようだ。コンピュータには、船の燃料タンクからメタノールを失敬していた彼と、それをやめさせようと説得する本星の呑んだくれ星人たちの交信が記録されていた。

 どうやって船体に穴をあけずにタンクからメタノールを抜き取っていたのかはわからないが、呑んだくれ星人はほとんど超能力者のようなものだから、そうむずかしくはなかったのだろう。彼らはその能力を維持するために、常に酔っていなければならなかったのかもしれない。


 しかしながら、われわれも危ないところだったようだ。呑んだくれ星人の酒量でタンクからメタノールを抜き取られ続けていては、いかにメインエンジン用ではない補助的な燃料とはいえ、航行に支障が出ていた可能性もある。


 最終的には、彼は自殺に近い状況だったといえるだろう。船内を汚染しないよう、自らに防腐処置を施していたことからも、覚悟のエタノール摂取だったことがうかがえた。


「たとえ死するとも呑むことはやめず」――というのはイワンの言葉だったか。


 通信機には、呑んだくれ本星からの最新メッセージが届いていた。


〈不幸な結果になった。だが、あなたがたの責任ではないと承知している。われらとあなたがたとのあいだの友好関係に変わりはない〉


 こちらのせいにしないでくれるのはありがたいが、われわれのうちのだれかを起こしてくれればよかったのにと思った。リサイクルシステムのプログラムを書き換えるなり、サブエンジンの設定を見直して燃料メタノールに余剰を持たせるなりで、対策ができただろうに。


 とはいえタイムラグの大きな交信でややこしいやりとりはできないので、そのことは返信に書かなかった。


〈無事に太陽系へ帰還できました。彼の亡骸は丁重に埋葬します。これから、政府にあなたがたからの友好のメッセージを伝えます。正式な回答はもう少しあとになると思いますが、きっと良い返事ができるでしょう〉


 わたしは呑んだくれ星へ通信波を送ってから、太陽系のほうへアンテナを向け直した。すでにさまざまな問い合わせがきている。コンピュータがある程度の回答をしているはずだ。わたしも、乗員たちも忙しくなる。


 今回のことで、呑んだくれ星人たちのあいだでは、きっと涙なしには語れないひとつの叙情詩が成立したことだろう。だが、不謹慎ながらわたしは少し笑ってしまった。


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