第71話
アパート近くにまで来たところで、咲が治を見た。
「治さんは一度家に戻って荷物を取りに行きますか?」
「……あー、でも買ったものあるしな。これを咲の部屋まで運んでからでもいいんじゃないか?」
治はそういって、右手にもった袋を持ちあげる。そこにはスーパーで買ったものがあった。
咲はちらと袋を見てから、手を伸ばした。
「それでは二度手間になってしまいますし、私が運んでおきますよ」
「……大丈夫か?」
咲の発言を受け止め、治は彼女に袋を渡した。それを掴んだ咲は、表情を僅かに引きつらせた。
それから、ぐっと袋を持ち上げる。両手に袋を持った咲はこくりと頷いた。
「このくらいなら、部屋までは何とか運べます……っ!」
ぷるぷるとしながらも、咲は運べるのをアピールするようにその場で軽く動いた。
治は苦笑しながら、咲にそれらを任せた。
「分かった。それじゃあお願いするな。とりあえず、俺は一度家に戻って着替えとか準備してからまた戻ってくるよ」
「分かりました。お待ちしていますからね」
「ああ」
咲とそこで別れ、治はアパートへと向かう。
自室へと戻り、治は鞄に服を詰めていく。その手は僅かに震えていた。
(……マジで、泊まるのか? いやいや、変なことは考えるな。……厚意で言ってくれているんだから、それに、ここで変なことをすれば嫌われるかもしれないんだ。気を付けないとな……っ)
治は何度も自分に言い聞かせるように、頷き、泊まるための道具を用意していった。
〇
十階まであがり、咲の部屋のドアチャイムを鳴らした。
遅れて咲が現れ、治は彼女とともに部屋で一緒にカレー作りの準備を始めた。
「……咲、一つ聞きたいんだけど、いつもカレーはどのくらい食べるんだ?」
「……そうですね。3~5皿くらいですかね?」
「……なるほど、作り置きはできそうにないな」
治はちらと鍋を見る。その鍋で作れる量としては、一日分持てばいいほうだろう。
「お、治さんはどのくらい食べるんですか?」
「……空腹のときに3皿くらいだな。基本は2皿くらいだ」
「……なるほど。でも、大丈夫ですよ。一度作り方を見れば私も作れますから。……その後は私が用意しますから、治さんは執筆に集中してください」
「……そ、そうか?」
「はい」
そこまでしてくれなくてもと思ったが、治は彼女の厚意をありがたく受け取ることにした。
キッチンに並び、食材の準備を始めていく。
「そういえば、咲は……カレー作ったことはあるのか?」
「つ、作ったことはありますよ。小学校の時になりますが……」
「家庭科の授業じゃないのかそれは?」
「……はい」
「まあでも、経験があるだけまだいっか……それじゃあ、ニンジンの皮をむいて切ってもらっていいか?」
治は洗い終えたニンジンを咲に手渡した。
咲はこくりと頷き、ピーラーを取り出して、ニンジンへと当てた。
問題なく進んでいるのを確認して、治も玉ねぎ、ジャガイモの準備を始めていく。
「思っていたよりも上手に出来ているな」
「治さんは一体私のどのような姿を想像していたのですか」
むすっと頬を膨らます咲から、治は視線をそらした。
「ま、まあ……その。とにかく、上手に出来そうで良かったよ」
「……もう、馬鹿にしないでくださいよね」
咲はむくれたまま、ニンジンを切っていった。




