第70話
カートを動かしていると咲がカップ麺の前で足を止めた。
「あっ、新商品が出ていますね」
「激辛ラーメンか……そういえば、コマーシャルでみたな」
「私も学校で聞きましたね。滅茶苦茶辛くて食べきれなかった……とか。……ちょっと興味ありますね」
「……そ、そうだな。さすがに一人で食べるのは大変だろうが、二人で半分ずつなら……いけるか?」
「ちょ、挑戦してみましょうか」
「そうだな」
楽しそうに咲が笑っているのを見て、治も微笑をこぼした。
それから、治と咲はレジへと並び、二人の順番となった。
女性の店員は愛想のよい笑顔とともにレジ打ちをしていたのだが、咲の目を見て固まった。
「あ、あれひ、飛野先輩!?」
「え!? えーと……」
咲は困った様子で頬をかいていた。それから、店員はレジをしながら口を開いた。
「あっ、す、すみません。私一年生なんですけど……か、彼氏さんと一緒に買い物、ですか?」
彼氏、と言われ治はむせそうになった。それを否定しようとした治だったが、それより先に咲が言った。
「え、えーと……ま、まあそんなところ、ですね」
「そ、そういえば噂になっていましたね……あれ、本当だったんですね」
突然の彼氏宣言に、治は驚く。そのまま困惑したまま、支払いを終え、治はもらったレジ袋に購入したものを詰めていく。
隣では咲が同じように袋に入れながら、申し訳なさそうな声をあげた。
「……すみません、今日は先ほどの彼氏についての話をしようと思いまして」
「あ、ああ」
彼氏、という言葉に自然緊張してしまう。
「先日助けていただいたと思いますが、あれからどうやら少しずつ私に付き合っている人がいるという噂が流れてしまいまして……」
「なるほど……けど、どうしてさっき嘘をついたんだ?」
「そ、その……私、この前みたいに告白されて何かあったら嫌で、その風よけといいいますか……だから、付き合ってくれませんか?」
「つ、付き合う……っ」
その言葉の意味は分かっていたが、治はむせそうになりながら言葉を拾った。
咲は顔を真っ赤にして首をぶんぶんと横に振った。
「も、もちろんそのフリですよ!? め、迷惑でなければ、彼氏のフリをしていただきたいと思ったのですが……」
「分かってるって……。彼氏のフリ、だな。俺も色々相談に乗ってもらっているんだしな。それで咲の助けになるのなら、いくらでも使ってくれ」
「……ありがとうございます」
嬉しそうに咲が微笑むため、治は勘違いしそうになってしまう。
だから治は何度も心中で自身に言いつける。咲は煩わしい告白をなくすためにそう言っているだけだと。
ビニール袋に商品を入れ終わった治が二つの袋を持とうとして、咲がすっと持っていった。
「ビニール、持つよ」
「いえ、いいんです……その、持たせてください。両手が塞がっていますと――」
そこで咲は、先ほどの女性店員を見る。
つられて治も見たが、彼女は仕事をしながらちらちらと治を見ていた。
「――手を、握って帰れないじゃないですか」
咲が頬を緩めながら、治の手を取った。
治はその柔らかな感触に、息をのむ。
(勘違いするな、勘違いするな俺!)
治は恥ずかしさで頭がいっぱいになりながら、耐え切った。
「分かった。それじゃあ、帰ろうか」
治が強く咲の手を握り返すと、咲は顔を真っ赤にしながら小さく頷いた。
そんな可愛らしい反応をされ、治はますます鼓動が早くなる。
握る手から伝わらないでほしいと祈りながら、治は帰路についた。




