第69話
学校が終わり、教室を出る準備をしていた。
「島崎くん、帰りに一緒にカラオケいかない?」
「……いや、ちょっと用事があってな」
「えー、それじゃあ土日はどう?」
「……あー、ちょっと仕事があって」
「え、アルバイトしてるの!? どこどこ!? スーパーとか!?」
「……あー、いや、そのあんまり言いたくないというか」
「えー、知りたいなー」
「ほら、美咲。困ってるんだからやめてあげなよ」
別の女子が美咲、と呼ばれた女子の首根っこを掴んで去っていく。
治はほっと胸を撫でおろしてから、教室を出た。
ここ最近、教室でこのように話しかけられることが増えていた。
悪い気はしなかったが、一人の時間が好きだった治としては複雑な気持ちだった。
水高を出てスーパーへと向かって歩き出した。十分ほどで目的のスーパーに着いて、その入り口で治は咲を待っていた。
何度か深呼吸をしながら、周囲をきょろきょろとみていると、ちょうど急ぎ足でやってくる咲を見つけた。
治と目が合った咲は、それから駆け寄るようにして治の前までやってきた。
「待たせてしまってすみませんでした、治さん」
「いや、全然大丈夫だ。それじゃあ、早速買っていくか」
「はい、行きましょうか」
治と咲はともに中へと入り、カートとレジかごを持って入店する。
それから、青果コーナーへと行くと咲はそこで周囲を見た。
「どうしたんだ?」
「……いえ、あまりこちらは私にとって縁のない場所でしたので。なるほど、こんなに色々と置かれていたんですね」
「……高校に入学してから野菜は買ったことあるのか?」
「あ、ありますよ……っ! カップ麺にだってネギとか入っているじゃないですか!」
「それは買ったうちには入らないんじゃないか?」
「あ、あとは年末とか、お盆とかに、買いましたね!」
「それ帰省したときに親の買い物についていっただけじゃないのか?」
「そ、そんなことありませんよ……っ。……か、カレーですよね? 昼休みに簡単に作り方は調べました。まずはニンジンですかね?」
「そうだな。選んでいこうか」
「はい」
咲はニンジンが入った袋を掴み、見ていく。
「ニンジンは、芯が細く、色が濃く、表面につやがあるものが良いそうですね」
「……お、おお。なんだか主婦の知恵みたいなことをよく知っているな」
「治さんと行くと決まってから、調べましたからね。ああ、この袋にしましょうか? とても良さそうですよ」
「そうだな」
咲はニンジンをカゴに入れ、満足そうに笑みを浮かべた。
「次はジャガイモですかね?」
「あとそこのキノコ入れてもいいか?」
「え? キノコですか? 大丈夫ですが、カレーにキノコを入れるのは初めてかもしれませんね」
「そうか? キノコカレーとかってあるだろ?」
「私は……そういえば、母がキノコ苦手でしたから一度も食べたことありませんね」
「咲はキノコ大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ」
「そういえば、咲は苦手な食べ物はあるのか?」
咲は掃除機のように何でも食べていたので、治は純粋に気になっていた。
恥ずかしそうに咲は頬をかいてから、近くの野菜を見た。そこには袋詰めされたピーマンが並んでいた。
「……ピーマンはちょっと苦手ですね。それ以外はだいたい大丈夫だと思います」
「そっか。確かに独特な味だよな」
「はい……未だに慣れなくて、治さんはどうですか?」
「俺は……ナスがちょっと苦手かな」
「え、そうなんですね。確かに私も小さい頃は苦手でしたね」
「今は食べられるのか?」
「はい、克服しましたよ」
そんな話をしながら、必要なものをカゴに入れていく。




