第68話
「……一緒に作る、か」
『は、はい。私もカレーが食べたいのと、作り方を覚えたいのとありまして……』
「覚えるというほどでもないけどな」
『それでも……ダメでしょうか?』
治は訴えかけるような咲の言葉に、自然と笑みをこぼしてしまった。
「ああ、いいよ。カレーは……咲の家で作ったほうがいいのか?」
『……いや、それでは治さんのカレーの作り置きができませんし……っ。ま、真由美! アホなこと言わないでください!』
今度はスマホを遠ざけながら、咲が声をあげたようだ。ぷんすかと咲の怒ったような声が遠くで響いている。
「アホなこと?」
『……え、い、いやなんでもないですから! き、気にしないでください!』
「……そうか? 気になるんだが……」
『別に、咲っちの家に泊って行けばいいんじゃないの?』
遠くから、かすかにだが真由美の声が聞こえた。
アホなこと、と咲が断定したのもわからないでもなかった。
『……も、もう真由美……。ということ、なんです』
「さ、さすがに……それは、咲に悪いだろ?」
『え? い、いや……私は別に……その、気にしないといいますか。むしろ治さんに悪いと思いまして……執筆されるためにカレーを作ってこもろうとしていますのに……』
「……いや、俺は別にいいんだけどな、ノートパソコンだし、ネットができない環境に身を置いた方が集中できるしな」
『え? ……なるほど、館詰め、と言う奴ですね?』
「そこまで追い込まれているわけでもないけどな」
苦笑しながら治は答える。
締め切り自体は近づいているが、まだ慌てるような時期ではなかった。
それでも、七月には期末試験があるため、その前までには試験に集中できるような状況を用意しておきたく、急ぎたかったのも事実だった。
『そうなんですね……そ、それで……どうしましょうか?』
咲の言葉に、治は悩んだ。彼女に踏み込みすぎて嫌われたくはないという気持ちと、ここで踏み込んで少しでも異性として彼女に興味を持ってほしい。その相反する気持ちがぶつかりあい、そして治は――
「……泊まりに行ってもいいか? やっぱり一人だと怠けてしまうし、俺からスマホを取り上げてくれないか、と思ってな」
『……わかり、ました。ただ、私の家……食材がありませんので購入する必要があるのですが、どうしましょうか?』
「それなら大丈夫だ。今日の帰りにスーパーに寄って帰ろうと思っていたんだよ。スーパーで買って、家から泊まるための服を用意してから咲の家に行くよ」
『……そうですか。……私もスーパーに一緒に行ってもいいですか? さすがに私の食事でもありますし、私も手伝いますよ』
「い、一緒に買い物か?」
『……そ、そうなりますね。ダメですか?』
「いや……一緒に行こうか」
『……はい。それでは、スーパーの場所などはまたメッセージで送ってください。学校が終わり次第、向かいますから』
「……ああ、ありがとな」
電話を終えた治はほっと胸を撫でおろした。
拒絶されなくてよかったと安堵したのも束の間、すぐに緊張に襲われる。
「……そういえば、俺は何日咲の家に泊まるんだ!?」
詳しい日程についてまでは話していなかった。治の予定では、今日の夜に三日分の食事を作るつもりだった。
つまり、今日から日曜日までは引きこもる準備を整える予定だった。
そのままで行けば、咲の家で日曜日まで過ごすことになる――。
そう考えた途端、顔が熱くなる。
(……だ、大丈夫か、俺?)
とてもではないが、教室に戻ってクラスメートと一緒に食事をするという余裕はなかった。




